世界的にコロナ禍もあり、グローバリズムが見直されようとしています。グローバリズムの見直しを求めてきたのは、グローバリズムへの反発である反グローバリズム運動でした。
反グローバリズムとはどのような背景で盛り上がり、思想的にどのような特徴を持っているのか解説します。
運動への賛否はともかくとしても、教養として知っておくことは大切です。
グローバリズムとは何か
1970年代のオイルショックでスタグフレーションが引き起こされました。スタグフレーションとはインフレ+失業率悪化という現象を言います。
スタグフレーションのインフレ退治のため新自由主義が採用され、後のグローバリズムへと舵を切っていきます。
1990年代にソ連が崩壊したことで、一気に世界はグローバル化します。その結果として「多国籍企業の出現」「国境の希薄化と移民問題」「格差の拡大と富の偏在」が起きました。
多国籍企業が現れる
グローバリズムの一番の特徴は「グローバル資本」「グローバル企業」と呼ばれる多国籍企業の出現でしょう。
世界各国に生産拠点や販売ルートを持つ多国籍企業は、国境をまたいだ活動をますます活発化させます。
こうした大企業の活動を阻害しないために、貿易ルールや関税撤廃などグローバルな市場ルール作りが行われました。
国境の希薄化と移民
国境を越えてヒト・モノ・カネが行き交う中で特に、グローバル化によってヒトの移動は活発化しました。EUはその最たるものです。
EUは第二次世界大戦の反省とプレゼンスをなくしていく欧州に危機感を抱き、欧州共同体を理想として発足しました。EU内でのヒトの移動が自由にできるなど国境の希薄化を実現。
しかしEUは現在、ヒトの移動の自由によって増加したイスラム移民に苦慮しています。移民問題はグローバリズムのもっとも顕著な問題と言えるでしょう。
格差拡大と富の偏在
多国籍企業の出現や世界をまたぐグローバル資本は、富の偏在をもたらして格差を拡大します。持つものはさらに富み、持たざるものはさらに貧しくなります。
実際にグローバル化が進んだ1980年代から2010年の30年間で、アメリカのボトム9割の所得はほとんど向上しませんでした。しかし富裕層に限れば所得は数倍以上に向上。
アメリカだけでなく世界各地で格差拡大が問題視されています。
なぜ反グローバリズムなのか
反グローバリズムとは、グローバル化やグローバリズムによって起こる各種の現象に反発・反対する運動や思想を指します。
具体的にどのような運動や思想的特徴を持っているのか、解説していきます。
背景①移民との衝突
EUでもっとも顕著な反グローバリズムは、移民との衝突や反移民運動などです。EUは構造上移民を防げず、イスラム移民が2010年代に激増しました。
移民との衝突には3つの動機が複雑に絡んでいます
仕事を奪われるという不安
2008年のリーマンショックまで、移民は問題視されていませんでした。世界的に景気が良かったので不満を無視することができたのです。
しかし2008年のリーマンショックが起きると世界経済は低迷、景気は悪化して失業率も上昇します。
失業率の上昇に伴って「移民に仕事を奪われている」という不満が具現化し、反移民運動へとつながりました。
なお大抵の反移民運動は移民排斥までいきません。移民拡大防止運動と表現するのが適切なものが多いです
文化の違いと多文化共生の拒否
移民との文化の違いも反移民運動へとつながります。
EUの指導者やエリートたちは多文化共生を掲げました。しかしイスラム教徒とキリスト教徒の生活習慣は大きく異なり、さまざまな衝突が発生します。加えて少数のイスラム教徒への配慮から、自らの文化を自粛する動きもありました。
自国文化に誇りを持つ国では特に、多文化共生の拒否が目立つようになります。そして2016年にドイツのメルケル首相は「多文化共生は完全に失敗」と認めました。
ナショナリズムへの回帰
仕事を移民に奪われる恐れと文化的衝突は、自然とナショナリズム――国民意識、国家主義――への回帰を促しました。
フランスの知性であり歴史人口学者のエマニュエル・トッドは「EUはナショナリズムを窓から投げ捨てたと思ったら、玄関から帰ってきていた」と表現しています。
反グローバリズムでは、多かれ少なかれナショナルなものへの回帰が志向されます。
背景②上がらない労働所得への不満
移民の流入や多国籍企業によるグローバル化は、人々の所得向上を妨げました。実際に過去30年間、アメリカのボトム9割の所得はほとんど向上していません。こういった事例はアメリカだけでなく、EUにも見られます。
なお日本は特に顕著です。所得向上が見られないどころか所得が下落しています。
貧困への競争
所得が向上しない原因は「貧困への競争」と言われる国際競争が原因の一つです。
多国籍企業は人件費の安い国で生産し、輸出して販売します。したがって、先進国は人件費の安い発展途上国との競争が発生します。
そして人件費を下げる競争、すなわち貧困への競争が発生します。
格差拡大に対する不満
自分たちの所得が一向に上がらない一方で、富裕層の所得はぐんぐんと増加し続けました。格差は拡大するばかりで縮まる気配すらありません。
こういった格差拡大も、不満をためるのに一役買っています。
過激な自由競争の是正
貧困への競争や富裕層ばかり得をする自由競争を是正し、格差を縮小させようとするのが反グローバリズム運動の特徴の一つです。
背景③エリート層への不信と反知性主義
格差の拡大、金融危機、失業率の上昇などはエリート層への不信を植え付けました。このエリート層への不信を「反知性主義」と言います。
反知性主義は日本で「知性への反発」と誤用されます。しかし本来は「エリート層への反発」であり「知性そのものへの反発」ではありません。
長期停滞への懐疑
リーマンショックを引き起こしたのはサブプライムローンという、金融エリートが開発した商品です。
また長期停滞に打つ手のないエリート層に対してもやはり、懐疑と不満が高まりました。
こういった状況が反知性主義へとつながっています。
EUという体制への不満
EUという体制もエリート層が作り出したものです。EUは財政出動を制限し、移民を大量に自国内に招き入れました。自分たちを助けてくれるどころか、競争相手を招き入れた体制こそEUです。
こうしたEUへの不満はイギリスのブレグジット(EU離脱)に象徴されます。
多文化共生の幻想
多文化共生を押しつけたのもエリート層でした。
移民を受け入れれば人件費を安く抑えることができます。コスト抑制のために移民を受け入れ、そのツケを庶民に押しつけることが多文化共生の本質です。極めて利己的であり、不信を招いて仕方の内はなしです。
グローバリズムを推し進めてきたのは主流派経済学と、各国のエリート層です。それに対して反グローバリズムは反発したり、懐疑的な姿勢を取ったりします。
反グローバリズム思想の5つの特徴
反グローバリズムとは体系化された思想ではなく、グローバリズムに反発し対抗するための運動です。しかし反グローバリズムにもいくつかの思想的特徴があります。
特徴①左右対立ではなく上下対立
反グローバリズムはエリート層やグローバリズムを推し進める政府、もしくは多国籍企業に対して反発する運動です。
従来のリベラルか保守かという左右対立は影を潜め、存在するのは上下対立です。
世界的にもリベラル、保守のどちらからも反グローバリズム運動は起きています。このことも上下対立を示唆するものです。
特徴②反緊縮と積極財政支持
グローバリズムは新自由主義を相性が良く、小さな政府と緊縮財政を志向します。したがって反グローバリズム運動では必然的に、反緊縮と大きな政府を志向します。
特徴③野放図な資本主義の修正
フランス人経済学者トマ・ピケティは「r(資本収益率)>g(経済成長率)」という公式を見いだしました。つまり資本主義を放置すると格差が拡大し続けることを発見しました。
野放図な資本主義は格差を拡大し続けます。
したがって反グローバリズムでは、野放図な資本主義の修正を目指します。
特徴④ナショナリズムへの回帰
グローバル(地球)に対するのはナショナル(国家)です。反グローバリズムを掲げる運動は多かれ少なかれ、ナショナリズムへの回帰を目指します。
特徴⑤積極的自由や人権思想の尊重
グローバリズムは「~からの自由(消極的自由)」ばかり重視して、「~への自由(積極的自由)」を疎外してきました。例えば「人が幸福を追求することへの自由」は、所得向上を阻むグローバリズムに疎外されています
ナショナリズムへの回帰がある一方で、積極的自由や人権思想を尊重する志向も存在します。
反グローバリズム運動の問題点
反グローバリズムは時代の必然として出てきた運動ですが、もちろん問題点も存在します。
一歩間違えると排外主義
EUなどでは特に移民に対し、強い拒否感を示す人々も多くなってきています。自分たちの生活や文化が脅かされるからです。
しかしこの拒否は、一歩間違えると排外主義につながりかねません。
ナショナリズムの高揚
「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うように、何事も行き過ぎれば毒です。ナショナリズムも適度であれば良い効果を発揮しますが、行き過ぎれば毒にもなります。
日本でも「右傾化」「ナショナリズム」と問題視されます。しかし日本で言うナショナリズムは、エマニュエル・トッドに言わせれば「ナルシズム」だそうです。
ナルシズムとナショナリズムの間には、大きな隔たりがあることを付け加えておきます。
自国ファーストで地球規模の問題が解決できない
反グローバリズムは国際協調より自国を優先しがちです。したがって例えば環境問題など、地球規模の問題を解決することに向いていません。
各国の反グローバリズムの運動
アメリカ
アメリカで2017年にドナルド・トランプが大統領に就任。トランプはアメリカ・ファーストを掲げてグローバリズム批判を繰り返しました。
またトランプの対立候補のバーニー・サンダースは社会主義者であり、グローバリズムや新自由主義を真っ向から批判。
SNSでトランプ支持が広がるなど、トランプ当選は反グローバリズムにとって象徴的な出来事でした。
イギリス
2016年にイギリスはEU離脱を決める国民投票を行いました。いわゆるブレグジットです。この投票ではわずか4%差でブレグジットが決定され、イギリスはEU離脱を決定。
EUに政策決定される部分が多く自国独自の決定ができないことや、移民を拒否できないことに不満がたまっていたと言われています。
ドイツ
EUの勝ち組であるドイツでも、グローバリズムに対する不満は高まっています。
反グローバリズム政党である「ドイツのための選択肢(AfD)」は2013年に結党され、2016年の州議会選挙では支持を伸ばして躍進。
特にドイツでは2015年に、100万人もの不法移民が押しかけて問題になりました。こういった背景もあり「ドイツのための選択肢(AfD)」は人気を集めています。
フランス
フランスでは国民連合(旧:国民戦線)が人気です。党首であるマリーヌ・ル・ペンは大統領選にも出馬し善戦しました。
国民連合は反EUを掲げており、不法移民の追放などを主張している政党です。
2019年5月にはマクロン大統領率いる共和国前進を破り、国民連合は第一党に躍り出ました。
イタリア
イタリアでも反グローバリズム運動は盛んです。五つ星運動は2009年に結党され雇用の安定化、反緊縮などを掲げています。
他にも「同盟(旧:北部同盟)」は移民排斥を唱える政党で、2018年には五つ星運動と連立政権を組みました。
イタリアの反グローバリズム事情は非常にややこしい。しかし反グローバリズム政党が政権奪取するほど、運動は盛り上がりを見せています。
日本
日本において反グローバリズム運動はほとんど盛り上がっていません。移民が少なく、生活実感としてグローバリズムを感じられないことが理由の一つでしょう。
そんな中においても、反緊縮を掲げるれいわ新選組が登場しました。加えて立憲民主党などの野党も、反緊縮に融和的な主張を採用し始めています。
日本においては反グローバリズムより、反緊縮の比重が大きいです。
まとめ
- グローバリズムは格差と移民を拡大させる
- グローバリズムへの不満や反発が反グローバリズム
- 従来の左右対立ではなく上下対立
- グローバルからナショナルへの回帰が起きている
- 特に欧州各国では反グローバリズムが盛り上がっている
日本では反グローバリズムと言っても「何だか遠い国のこと」という印象が強いです。しかし、間違いなく日本もグローバリズムの影響を強く受けており、反グローバリズム運動が必要な国の一つです。
>SNSでトランプ支持が広がるなど、トランプ当選は反グローバリズムにとって象徴的な出来事でした。
日本のマスコミは全くといっていいほど報道してないですが、トランプ政権はISDS(Investor-State Dispute Settlement)条項を事実上葬っていますしね。そういう実績に目を向けるなら、トランプ大統領が掲げるアメリカ第一主義にも良い点があるといえます。
トランプ政権がISDS条項を嫌った理由は、それが国家の主権を危うくすると思ったからでしょう。一方でアメリカ民主党は、環境保護などの公共政策が危うくなると思う議員が少なくない。
ようするに行き過ぎたグローバル資本主義は、民主主義国家の否定になってしまうのでしょう。国家と国民の主権や公共の環境にとって脅威になるなら当然です。なんていうか、民主主義国家の外皮を纏ったグローバル資本家主権国家みたいな印象がありますね日本とかは。
米国はISDSを捨て、EUは新たなメカニズムを提案―日本の選択は?
http://uchidashoko.blogspot.com/2020/02/isdseu.html
Alternative Trade & Investment Watch
ISDSの終焉 ISDSを葬り去る新NAFTA( USMCA )協定
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2018/10/naftaumca-a4ce.html
街の弁護士日記 SINCE1992at名古屋
ついに米国もISDS否定~世界に取り残された、哀れな日本
https://www.jacom.or.jp/column/2018/03/180308-34787.php
JAcom 農業協同組合新聞
NAFTA 2.0で労働者が得たもの
http://www.diplo.jp/articles19/1905-03NAFTA.html
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版
米国・メキシコ・カナダ協定
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E5%8D%94%E5%AE%9A
トランプってそれなりに、反グローバリズムやってるんですよね。
>行き過ぎたグローバル資本主義は、民主主義国家の否定になってしまうのでしょう
「世界経済における政治的トリレンマ」©ダニ・ロドリック
ですね。