「新自由主義やグローバリズムが終わる」「資本主義の終焉」などが囁かれています。激動の時代だからでしょう。
しかし新自由主義は、ジョン・クイギンによると「ゾンビ経済学」と呼ばれます。すでに破綻した経済理論がよみがえってさまよい歩くからです。
今だからこそ新自由主義が経済に与えた影響を、あなたは知っておくべきでしょう。新自由主義が経済に与えた影響と諸問題について解説します。
新自由主義の経済の前提条件
新自由主義経済学は別名、新古典派経済学とも言います。新自由主義の前提条件について、簡単に触れておきます。
合理的経済人
新自由主義が経済を考えるときに、人間はみんな合理的経済人だと仮定します。
合理的経済人とは「すべての物事を損得、ないし効率で合理的に判断する人間」です。
しかし人間は不合理であり、効率のみで判断できない生き物です。合理的経済人という前提条件は、とても非現実的な仮定と言えます。
一般均衡理論に見る非現実的仮定
新自由主義経済学の主要理論には一般均衡理論があります。簡単に言えばアダム・スミスの「(神の)見えざる手」を数学的に証明した理論です。
その一般均衡理論の前提条件には、以下のようなものがあります。
- 貨幣は存在していない、ないし介在しない
- 需要と供給は常に一致する=失業したら次の瞬間、転職している!
- 消費者は完全情報を得ている=地域の工務店のコスパの把握から、今日もっとも安いキュウリの売り場まで知っている!
「こんなこと、あるはずがない!」とあなたも思うはず。馬鹿げた前提条件を元に、壮大な理論を組み立てたのが新自由主義と言えるかもしれません。
見えざる手への信仰と競争原理
新自由主義にとって「(神の)見えざる手」は絶対的な信仰対象です。疑うことは許されません。
見えざる手とは「個人や企業が自由競争すると、見えざる手が社会全体の利益になるように導いてくれる」というもの。
しかし、自由競争を促進した結果は弱肉強食でした。
新自由主義の経済政策
新自由主義の経済政策とはどのようなものでしょう。「規制緩和」「小さな政府」「自由貿易」がキーワードです。
規制緩和による自由競争の加速
新自由主義は「見えざる手」を信じます。個人や企業がそれぞれの利益を追求して、競争すればするほど社会全体の利益に適うと考えます。
したがって規制緩和で自由競争を促進します。
小さな政府と民営化
自由競争を促進のためには、政府は経済に介入するべきではありません。つまり政府や自治体が運営していた水道、鉄道、道路、教育などもすべて民営化して自由競争するべき。そう新自由主義は考えます。
したがって新自由主義では民営化が進められます。
自由貿易による海外資本との競争
新自由主義で自由貿易は絶対善です。自由貿易を換言すると、海外資本との自由競争です。自由貿易を促進すればするほど、「見えざる手」によって世界全体の利益になるはずと考えます。
したがって新自由主義は自由貿易を促進します。
均衡財政主義による政府支出の縮小
政府の経済への介入は、最小限にするべきと新自由主義は考えます。ですから政府は集めた税金を再分配するだけの、均衡財政主義をとることになります。
新自由主義では、できるだけ国債を発行しない緊縮財政が採用されます。
新自由主義の経済政策が及ぼす影響
新自由主義的な経済政策は、どのような影響を及ぼすのか解説します。
格差拡大
新自由主義で多く指摘される問題は、格差拡大です。
自由競争と小さな政府を換言すれば、弱者放置です。大資本と零細自営業が戦えば99.9%、大資本が勝利します。
大資本はさらに富を蓄え、経済弱者は所得が上がらない状態で放置されます。
実際にアメリカのボトム9割の所得は過去30年間、1%しか上昇していません。EUの勝ち組と言われるドイツも同じようなものです。
日本の場合は上昇しないどころか、平均所得ですら数十万円以上も下落しています。
格差拡大は新自由主義の一番の問題です。
過剰なインフレ抑制によるデフレ化
新自由主義はインフレ抑制のための経済学です。新自由主義が台頭した1970年代、アメリカやイギリスではインフレ退治が必要でした。
しかし現在の世界はデフレ気味です。新自由主義によってインフレを抑制しすぎた結果、長期停滞に陥りました。
ハジュン・チャンの統計によれば1960年からの20年間と、1980年からの30年間を比較した結果は「前者の方が経済成長率もインフレ率も高かった」のです。
新自由主義によるインフレ抑制は、経済成長率の鈍化をもたらしました。
バブルと金融危機の頻発
新自由主義はバブルと金融危機を頻発させます。
なぜなら小さな政府により、政府の国債発行は抑制されます。抑制された政府負債に代わり、民間が負債を増やします。こうしてバブルが形成され、バブルはいつかはじけます。
すなわち金融危機が勃発します。
この動きはリーマンショックでも再現されました。リーマンショックの原因はサブプライムローンであり、民間の負債拡大が原因でした。
このようにして新自由主義は、バブルと金融危機を繰り返すのです。
共同体や文化の解体と過剰な効率化
新自由主義は文化や共同体を破壊していきます。
新自由主義は合理化と効率化を求めます。人々は自由競争にさらされて、勝ち残らなければなりません。
一方で共同体や文化は、合理化や効率化とは異なるベクトルに存在します。文化などはむしろ、無駄から生まれるとすら言えます。
よって新自由主義は文化や共同体を、非合理的・非効率的と捉えます。
自由競争に役立たずなそれらは、一切合切破壊されていきます。
実際に日本では、弱まった地域共同体の再生が課題視されます。合理的な大都市化とその弊害が、地域共同体の弱体化につながっています。
こうして新自由主義は共同体や文化を、ことごとく破壊し尽くしていきます。
大衆人とポピュリズムの増産
共同体や文化の破壊は人々を大衆人にします。大衆人とは原子論的個人とも呼ばれる、孤独な個人のことです。
文化や共同体など人間的な靱帯を破壊され、合理化・効率化という無味無臭な価値観を新自由主義では押しつけます。
合理化・効率化が判断基準となり、暖かみやつながりなどの人間的な非合理性が損なわれます。
地方から都会のマンションに引っ越してきたら、いきなり人間関係が薄くなって戸惑うようなものです。
こうして大衆人が増産されます。
大衆人とは砂漠の砂のような存在です。風が吹けばそちらに飛んでいきます。
したがって人気者を空気や雰囲気で支持し、ポピュリズムの拡大を加速します。
世界が新自由主義経済を採用した結果
一国で新自由主義が引き起こす影響について、上述しました。世界的に見た場合、どのような影響が現れるでしょうか。
グローバリズムと新自由主義の違い
新自由主義は一国の中で完結することもできますが、グローバリズムは地球規模でしか完結しません。なぜならグローバリズムは日本語訳で地球主義だからです。
グローバリズム×新自由主義は、国際関係を悪化させる働きがあります。
国同士の利害関係の密接化と争い
グローバリズムはしばしば「国同士の利害関係が密接になるから、戦争が起きにくくなる」と主張されてきました。
しかしこれは逆です。
お隣さんと疎遠だったら喧嘩もしませんよね。でもお隣さんと仲良ければ、ちょっとしたことで喧嘩します。
距離感が縮まるからこそ争いが発生します。
国同士でも一緒です。国同士の距離感が縮まるほど、争いも発生しやすくなります。
金融危機の波及と近隣窮乏化政策
新自由主義がバブルと金融危機を頻発させると述べました。グローバルに新自由主義が採用されると、一国の金融危機が世界に波及します。
リーマンショックはその好例でしょう。
金融危機で経済はダメージを受けます。すると国民は政府に「なんとかしろ!」と求めます。政府は国民の不満を解決するため、他国から富を収奪せざるを得ません。
すなわち近隣窮乏化政策です。
新自由主義がグローバルに採用されると、このように国際関係は悪化しやすくなります。
経済学者たちは何をしていた
新自由主義が経済に与える影響と、諸問題について書いてきました。これだけの問題を抱えた新自由主義を、なぜ経済学者たちは放置していたのでしょうか。
経済学者たちは何をしていたのでしょう。
現在、経済学者と呼ばれている人たちの大半は新自由主義経済学――新古典派経済学とも呼ぶ――しか学んでいません。
経済学者自身が新自由主義を支持してきました。
2008年のリーマンショックが起きたとき、エリザベス女王は経済学者たちに問いました。
「どうして誰もこの問題を予測できなかったの?」
経済学者たちは、沈黙で回答することしかできなかったそうです。
世界ではようやく、新自由主義の問題について経済学者が省みています。さまざまな経済学者が、新自由主義の誤りを認め始めています。
日本でもその動きが広まれば良いですね。今のところその気配はありませんが……。
まとめ
- 新自由主義は非現実的な前提条件を仮定している
- 新自由主義の経済政策は「規制緩和」「自由貿易」「小さな政府」
- 新自由主義の及ぼす影響で、もっとも取り上げられるのが格差拡大
- 新自由主義は国際関係を悪化させる働きがある
- 経済学者たちはエリザベス女王の問いに答えられなかった
新自由主義とは経済イデオロギーです。決して純粋科学ではありません。
新自由主義という経済イデオロギーの及ぼした影響は、非常に大きなものでした。その影響を知っておくことは、教養の1つとして役立ちますよ。
上記の本はエマニュエル・トッドや中野剛志、柴山桂太、藤井聡などの共著です。2014年の著書ですが未だに色あせません。
新自由主義とは何かを知りたい人に、おすすめしたい書籍です。
>現在、経済学者と呼ばれている人たちの大半は新自由主義経済学――新古典派経済学とも呼ぶ――しか学んでいません。
大学の一般的な経済学部では、恐らくは新古典派経済学とニュー・ケインジアンを学ぶ場合が多いでしょうね。問題はそれ以外の経済学を軽視しすぎていることです。
そもそも新古典派経済学とは、物理学的な分析方法で経済を研究するものです。その視点だけでこの世の経済現象のすべてを解明できるわけがありません。主流派経済学者の多くは、近代経済学以外のそれを認めたくないのでしょう。困ったものです。
これからの経済学は、人文学的な手法を用いる制度学派や、あるいは中野剛志氏がフリードリッヒ・リストにスポットライトを当てたように、歴史学派を重視すべきかもしれません。
>世界ではようやく、新自由主義の問題について経済学者が省みています。さまざまな経済学者が、新自由主義の誤りを認め始めています。
日本の経済学者にも多分は、今までの経済自由主義に基づいた近代的な資本主義の在り方について、それなりに疑問視する方がけっこうおられると思います。しかし仮にそうだしても、それを世間に浸透させるのは難儀でしょうね。どうやって浸透させるのかが、今後の大きな課題ですが。
グローバル化の弊害を見落とし、トランプ台頭を招いた経済学者のいまさらの懺悔
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13509.php
Newsweekjapan
>その視点だけでこの世の経済現象のすべてを解明できるわけがありません
まさにこれですよね。現在は行動経済学など、社会科学的アプローチの経済学も出てきたんだとか。
>どうやって浸透させるのかが、今後の大きな課題ですが。
難儀でしょうね~。権威の先生方が全員「こうだ!」とでも言ってくれれば、一気に浸透しそうですけど(笑)