現在日本や世界で、主に採用されている経済学は新古典派経済学です。主流派経済学、ネオリベラリズムとも呼称されます。
便宜上、主流派経済学と以下で表記します。
主流派経済学は日本で、1つでも役に立ったのか? が本稿の議論です。
日本では1990年代から、新自由主義的改革が推し進められてきました。その結果は何だったのか?
なぜいまだに日本は、デフレであえいでいるのか?
主流派経済学の基本的価値観を、わかりやすく解説しつつ、一体何が起きて、どうなったのか? を紐解いていきましょう。
主流派経済学の基本的価値観をわかりやすく解説
主流派経済学の世界観とは、一言でいえば「物々交換経済学」です。「え? 本当? そんなワケないんじゃないの?」とビックリされたでしょうか?
しかし本当です。一般均衡理論に最も貢献した1人、F・ハーンは告白します。
一般均衡論の確立に最も頁献した新古典派経済学者の一人であるF.ハーンは、新古典派経済学が一般均衡モデルにおいて貨幣をまともに扱えていないことを次のように告白している。
新古典派経済学による貨幣へのアプローチ
「最も発達した経済モデルには貨幣のはいる余地がない――これが貨幣の介在によって理論家につきつけられる、何にも増して深刻な挑戦なのである。ここで最も発達したモデルとはもちろん、ワルラス的一般均衡のアロー=ドブリュ一版のことである。考えうるすべての条件について先物契約が可能な世界では、内在的に無価値な貨幣は必要でもなければ欲せられもしない。そこで第一の、そして潔癖な理論家にとって困難な仕事は、アロー=ドブリュ-型モデルの顕著な特色である明澄性と論理的一貫性を犠牲にすることなく、それに替わるモデル設定を見出すことである。」(ハーン,1987,1頁)
現在においても、ハーンのこの指摘が依然として妥当しており、新古典派経済学は、貨幣を中心に据えた市場経済モデル、すなわち、貨幣経済としての市場モデル(価値の理論)を一般均衡理論と同じ抽象的次元において提示することができないのは何故であろう
難しい用語が並んでいます。端的に説明すれば「主流派経済学の理論的支柱である、一般均衡理論では貨幣が扱えない」というわけ。
なぜ貨幣が扱えないか? も非常に簡単です。
ハーンの告白は、「貨幣を扱える理論にしなければ……」でしたが、それは無理です。
なぜなら、アダム・スミス以来の主流派経済学は「貨幣は商品の1つである」という価値観に基づき、理論を組み立ててきたからです。
商品貨幣論ではどのようなことが起こるか?
貨幣は商品である、としましょう。これを商品貨幣論といいます。
この前提で、どのように世界は捉えられるでしょう?
- 金融も「商品と商品の取引にしか過ぎない」ので、金融市場も、実体市場も同一市場となる
- 貨幣も商品である=商品を生産すればするほど、貨幣も増える=需要があることになる
1.は主流派経済学が、金融市場と実体市場をわけて考えない理由です。2.は「セーの法則」です。供給すれば、需要されるという理論の裏には、商品貨幣論があったのです。
このセーの法則をもとにして生まれたのが、ワルラスの一般均衡理論です。つまり理論構造としては「商品貨幣論」→「セーの法則」→「一般均衡理論」となります。
ハーンが告白したように、一般均衡理論には貨幣が介在する余地がない。経済学者のダドリー・ディラードは主流派経済学を「物々交換幻想」と揶揄していますが、これは真実です。
余談ですが、一般均衡理論は現在、動学的確率的一般均衡という「あがき」をしているようです。いくら発展させても、物々交換経済学は「非現実的」になります。
ルーカスの勝利宣言と5年後の敗北
ロバート・ルーカスは、主流派経済学の重鎮です。彼は2003年に「経済学は恐慌を、克服した!」と高らかに宣言しました。
簡単にいえば、リアル・サイクル・ビジネス理論(実体的景気循環論)を完成させて、これが理論的に「正しい」と思い込んだわけです。
ただしこのリアル・サイクル・ビジネス理論は「合理的期待形成」や「非自発的失業(首にされたり、就職できないという状況)の否定」など、すごく非現実的な理論です。
当然ながら非現実的な理論は、現実によって否定されます。
ルーカスは勝利宣言をした、たった5年後に「リーマン・ショック」という現実の否定を受けることになります。
2008年のリーマン・ショックと主流派経済学の狼狽
2008年、世界を巻き込んでリーマン・ブラザーズが破綻します。
簡単にリーマン・ショックの経緯を、復習しておきましょう。
- 金融規制の緩和が1990年代を中心にされる
- サブプライムローン(低所得者への住宅ローン)の売出し
- 低所得者の破綻リスクは高い。したがってCDSやCDOと呼ばれる、金融商品の開発で「破綻リスクを、見えなくする」。
- CDSを理解しているものなど、誰もいないといわれるほど「高度で複雑」な仕組みだった
- しかし見えないようにしても、リスクは実在する。したがってサブプライムローンは焦げ付き、連鎖的に金融危機に発展した
簡単にいえば、金融工学なる詐欺によってウォール街が、やらかした。そう覚えておいても大丈夫です(笑)
発端のサブプライムローン(低所得層への住宅ローン)は、どう金融商品をこねくり回しても「いつかは、破綻する」のは明白でした。
イギリス女王の、経済学者への問いと沈黙
リーマン・ショックが起こったとき、イギリスのエリザベス女王陛下は経済学者を集め、こう問いました。
「なぜ、金融危機を予測できなかったのか?」
なにせ主流派経済学は、2003年にルーカスが「金融危機を克服した!」とまで宣言しましたから、この質問は堪えたでしょう。
対して経済学者たちは、その質問に対する答えを持ち合わせていないかのように、沈黙で答えたのです。
忘れ去られたミンスキー・モーメントの復活
ハイマン・ミンスキーという、異端と言われた経済学者がいます。ケインズ学派の経済学者です。ミンスキーは1989年、金融不安定性仮説を発表します。
「どういった経路で、バブルと崩壊がおきるのか?」を説明した理論です。
余談ですが、かの日本の経済学者(?)池田信夫大先生は、金融不安定性仮説を「単純すぎる」と一蹴してます。いや、複雑だったら良い、というものでもないでしょうに(笑)
閑話休題。
リーマン・ショックが起こった直後、市場関係者たちは口々に「ミンスキー・モーメントだ……」と囁いたそうです。
ミンスキーが予測したとおり、グロバーリズムの黄金時代(2002年~2007年)は、投資家たちの「チキンレース」だったのです。
こうして「異端のまま葬り去られ、忘れ去られたミンスキーと、理論的根拠であったケインズ学派」が復活の兆しを見せます。
リーマン・ショックでの、主流派経済学に走った衝撃は想像に難くありません。
海外では、主流派経済学者たちが積極財政を肯定し始める
全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】のP255によれば、こうです。要約します。
財務省は現代貨幣理論(MMT)批判の資料を出した。
※説明資料(わが国財政の現状等について)資料1 P57~P60
この中で、様々な海外の著名人の現代貨幣理論(MMT)批判を取り上げている。
しかし取り上げた著名人たちは、積極財政にも賛成してるんだけど?
- クリスティーヌ・ラガルド(IMF専務理事)
- ロバート・シラー(イェール大学 経済学者)
- ローレンス・サマーズ(元アメリカ財務長官)
- ポール・クルーグマン(ニューヨーク州立大学 経済学者)
- アデア・ターナー(イギリス金融サービス機構元長官)
- オリヴィエ・ブランシャール(元IMFチーフエコノミスト)
財務省が読んだら、発狂しそうなページです。
実際に、海外の主流派経済学者たちは、積極財政を肯定し始めています。理論より、現実を選択したのです。
問題を何1つ解決しようとしない、日本の主流派経済学の醜態
主流派経済学は「小さな政府」「市場原理主義」がイデオロギーです。したがって、デフレや金融危機でも「金融緩和以外はしない」のがデフォルトです。
積極財政? 財政支出の拡大? とんでもない! というわけ。
しかし見てきたように、リーマン・ショックによって主流派経済学は、衝撃を受けました。そうしてクルーグマンやサマーズのように「理論より現実を優先した」のです。
ところが日本の主流派経済学者は、主流派経済学の理論を金科玉条のごとく唱えるだけです。
20年以上に渡るデフレに対して、なに1つ有効な提案をしていません。それどころか、主流派経済学者の提案は、デフレを深刻化させるものばかりです。
日本の主流派経済学者の提案が、1つでも日本を豊かにしたか? 断じて否です。
社会科学の女王を名乗るくせに、エリザベス女王の問いに応えられないのもむべなるかな。
日本を代表する経済学者、浜田宏一さんは「消費税慎重論」と「消費税容認論」の間で、揺れ動いております。
参照:増税慎重だった浜田宏一内閣参与 消費税10%を容認
この程度のことも「判断できない」のが日本の主流派経済学者だったりします。当然、消費税増税は経済に、深刻な影響を与えます。が……彼らにはそれが、理解できないのです。
Q. 日本の主流派経済学者より役に立たないものは?
A.そんなものは、主流派経済学者以外に存在しない。
厳密にいうなら、宇沢弘文先生が主張していた社会的共通資本の理論は世の中を豊かにできると思います。宇沢先生は紛れもなく主流派経済学者(新古典派経済学者)でしたから。ただし、宇沢先生は新古典派の理論に貢献しながらも、主流派経済学の問題点を批判し続けた経済学者で、社会的共通資本のそれは主流派経済学とは相容れられないものです。ルーカスが宇沢先生のような経済学者にならなかったのは、近代経済学にとっても悲劇です。
宇沢弘文さん、じつは先日はじめて知りました。デヴィッド・グレーバーの負債論(まだ購入してない)のレビューで、名前が出てきていました。
あまり詳しくはないのですが……以下の記事が分かりやすく、なるほどと思いました。
伝説の数理経済学者 宇沢弘文先生を知っていますか?(佐々木 実) | 現代新書 | 講談社(6/6)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63907?page=6
手法としては数理経済学を使用しつつも、主流派経済学に反旗を翻した「もと主流派経済学者」という印象です。
なかなか興味深い方だなと感じます。
実はロバート・ルーカスは宇沢先生の弟子なんですよね。他に宇沢先生の弟子で有名な経済学者といえばジョセフ・スティグリッツ教授ですけど、この二人は全くタイプが異なります。
ちなみに以下の記事は、宇沢先生と親交があった拓殖大学の関良基准教授のブログです。一番下の記事を読むと、池田信夫さんの経済学者としての欠点がよくわかります。いやなんていうか、池田さんが宇沢先生のようになれなかったのは本当に残念です。
スティグリッツ教授「TPPは環境と生命の脅威」
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/9628cdba4f72a8ed3902c41849012215
代替案のための弁証法的空間 Dialectical Space for Alternatives
森を守る ―宇沢弘文先生の晩年の想い
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/222896534afa9517f2d8a7112b7a2e89
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宇沢先生の業績は初期から晩年まで一貫している
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/2388475d2dbbb8e3c29c4e0a93455058
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