ベーシックインカムとは?財源や歴史、導入国の現状等の論点整理

 旧ブログで論じ尽くした感があるのですが、本稿はベーシックインカムの議論の整理をしたいと思います。

 ベーシックインカムの歴史、財源、種類を解説し、議論される点も解説していきます。
 最後に、新たに私が得た知見。つまり現代貨幣理論(MMT)的に、ベーシックインカムはどうなのか? という議論をしたいと思います。

 先日、給付金ベーシックンカムBIは、ナゼこの世の地獄なのか? – 進撃の庶民にて、みぬささんがベーシックインカムを論じました。それに触発されて、です(笑)
※上記の記事を見るまで、ベーシックインカムという単語すら忘れてました(汗)

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ベーシックインカムの走り、スピーナムランド法

 18世紀から19世紀に、イギリスではスピーナムランド法が施行されます。産業革命の真っ只中にあり、一部の職人以外の労働が単純労働に置き換えられた時代です。

 当時のイギリスやイングランドは、長時間労働や安い賃金が蔓延っておりました。労働者を保護する法律が、存在しなかったのです。
 余談ですが、イギリスがメシマズな理由は、この頃に家庭料理が失われたからともいわれます。

 つまり、産業革命によって供給能力が大幅に増えたものの、富の偏在が激しくなり、格差拡大の一方だった時代です。
 成金の「ジェントルマン(と呼ばれた)」が、我が世の春を謳歌する一方で、極端な貧困層を生み出した時代です。

 スピーナムランド法は、そんな時代に生まれました。ギルバート法という救貧法を拡大解釈し、パンの値段から生活費を逆算し、支給するというものでした。

 スピーナムランド法は、ベーシックインカムの失敗例としてあげられることが多いです。しかし一方で、報告書の信頼性の欠如、その他の救貧法の一部であったことなどで、「必ずしも失敗とはいえない」という批判も存在します。

2つのベーシックインカム議論の基本形

 ベーシックインカムとはなんでしょう? じつは2つの議論が存在します。

  1. 救貧法を基礎概念としたベーシックインカム
  2. 社会保障の一元化を基礎概念としたベーシックインカム

 1.を救貧ベーシックインカム、2.を一元化ベーシックインカムと便宜上表記します。

救貧ベーシックインカムの特徴

 一般的にいわれるベーシックインカムは、おおよそこちらになります。負の所得税ともいわれる議論です。

 一定以下の所得の層に対して、毎月決まった額を支給する制度です。所得を基準にして、例えば200万円の年収なら、所得税がマイナス◯%というような形になります。
 要するにマイナス◯%のぶん、給付金がもらえるということです。

一元化ベーシックインカム

 社会保障の一元化のための、ベーシックインカムという議論も根強いです。こちらは健康保険料、年金等々の社会保障を一元化して、ベーシックインカム的に現金給付しようというものです。

 主に新古典派経済学や、新自由主義はこのベーシックインカムを推します。

 基本的には社会保障費の一元化=合理化なので、財源は増えません。今まで社会保障費に当てていた財源を、一律支給するだけです。
 これによって政府と社会保障制度をスリム化する、という議論になります。

 一元化ベーシックインカムは、反緊縮派からすれば当然「論外」の議論です。

ベーシックインカムの財源は?

 一元化ベーシックインカムは、新たな財源が必要ない+論外なので、ここからは救貧ベーシックインカムを論じます。

 しばしばベーシックインカムでは、財源はどうするのか? が議論になります。
 単純に現代貨幣理論(MMT)で考えれば、インフレ制約以外で財源の問題はない、ということになります。
 しかし、そう単純でもありません。

 ベーシックインカムの額にもよりますが、果たして供給が追いつくか? という問題は存在します。

 供給を支えるのはインフラですが、ベーシックインカムによってインフレになれば、逆にインフラに支出できなくなる可能性もあるのです。

 仮に所得制限をつけたとして、半数の国民にベーシックインカムを月7万円、支給するとしましょう。これで4.2兆円/月です。
 年間で50兆円の政府支出拡大となります。

 消費性向は低所得層向けなので高いとして、0.6とします。つまり30兆円が支給され、使用されます。
 乗数効果を考えなくても、6%ほどのインフレになるでしょう。乗数効果を含めれば、10~12%と考えられます。

 これではベーシックインカム以外の予算を、インフレ退治として縮小するしかなくなります。
 現実的には、貧困層向け限定などに、ベーシックインカムはなるでしょう。

 年額10~15兆円程度の政府支出であれば、許容できるかも知れません。
 この場合、7万円/月の支給であれば、8~12人に1人がベーシックインカムの支給を受け取ることになります。
 ……これってもう、ベーシックインカムじゃなくね?

ベーシックインカムでよく議論される論点

  1. 労働意欲が下がる?
  2. 企業がベーシックインカムを悪用して、正規雇用などが少なくなる?
  3. ベーシックインカムで幸福度がアップする?
  4. 日本のデフレギャップが「実際にいくらか?」という問題
  5. ビルトイン・スタビライザーが埋め込めるかどうか?

フィンランドの実験的なベーシックインカムの結果

 フィンランドでは実際に、実験的にベーシックインカムを導入しました。17万5千人が対象です。フィンランドの総人口は550万人ですから、約3%に適用されたようです。

 この結果からは、興味深いことが判明しています。

  • 就業日数に変化なし、自営業も収入に変化なし
  • 幸福度はアップした

 労働では「プラス効果も、マイナス効果もない」ことが確認されてます。幸福度はアップしたようですが……これは100%信用できるかどうか? は疑問です。
 なぜなら、3%の人たちは実験的に選ばれ、優遇されたという事実が存在するからです。

 そりゃまぁ、幸福度はアップするでしょう。幸福度アップは「ベーシックインカムの効果」なのか「実験的に選ばれて、優遇されたから」なのかは判明しません。

 実験結果によれば、ベーシックインカム批判でよく使用される「労働意欲が低下する」は、あまりまっとうな批判ではないと思われます。
 幸福度のアップもまた、ベーシックインカムを肯定する意見としては心もとないと思われます。

スピーナムランド法で起こった、企業のベーシックインカム悪用

 スピーナムランド法をイギリスが行ったとき、スピーナムランド法目当てで賃金を引き下げるという現象が起きたようです。
 「スピーナムランド法で救済されるんだから、もっと低賃金でもいいでしょ?」というわけ。

 現代日本では、労働者を保護する法律があります。最低賃金も決まっています。
 しかし、非正規雇用を企業が増やすのでは? という懸念は存在します。

日本のデフレギャップが、実際にいくらか? という問題点

 日本のデフレギャップは膨大だ、だからベーシックインカムも大丈夫だという議論はよく聞かれます。
 川崎市議会議員三宅隆介ブログ: デフレギャップによれば、2014年度のデフレギャップは約30兆円/年だそうです。消費税増税で、最もデフレギャップが開いた年です。
 2013年は、20兆円ほどです。

 これらは平均概念における、潜在GDPから計算しています。出典は内閣府ですから。
 では最大概念における潜在GDPはいくらか? 誰にもわかりません。

 わからないからこそ、「インフレになるまで財政出動しろ」という議論になるわけです。
 思い出してほしいのは、デフレは最終的に供給能力すら毀損させる、という大原則です。

 日本の供給能力が、失われた20年で毀損されている可能性はかなり高い。つまり超巨大なデフレギャップが「もう存在しないかも知れない」可能性もあります。
 巨額の政府支出を約束するベーシックインカムは、経済の混乱を引き起こす可能性があります。

 少なくとも、漸進的に少しずつ、分量を見ながら実施するのが現実的です。

ビルトイン・スタビライザーが埋め込めるかどうか

 ビルトイン・スタビライザーとは、税の景気自動安定装置ともいわれます。好景気では法人税、所得税は多くなり、不景気では両方とも少なくなります。
 景気によって、税の軽重が変化する税制を指して、ビルトイン・スタビライザーといいます。

 ベーシックインカムにビルトイン・スタビライザーは埋め込めるか? も議論になります。所得制限付きのベーシックインカムであれば、大丈夫かもしれません。

 しかし「国民に一律いくら配る」というベーシックインカムの場合、ビルトイン・スタビライザーは期待できません。

ベーシックインカムの現代貨幣理論(MMT)的考察

 私はベーシックインカムに、反対でも賛成でもありません。しかし現在では、現代貨幣理論(MMT)のJGP(Job Guarantee Program 就労保証プログラム)を支持しています。

 ベーシックインカムとJGPの比較に興味のある方は、雇用保障プログラム-Job Guarantee Program(JGP)-とは?ベーシックインカムと比較してみるをご覧ください。

 ベーシックインカムは基本的に、供給能力の向上を約束しません。所得移転された消費者が、市場でなにに消費するか? を選択するわけです。
 これはある意味で、新自由主義的な政府支出の仕方となります。

 なぜ現代貨幣理論(MMT)や機能的財政論が、完全雇用を目指すのか? 国家の人的資源の最大活用、という側面があります。
 言い換えれば非自発的失業は、社会の損失と考えるのです。

 ベーシックインカムには、上記のような観点は存在しません。もちろん、人権的な観点から「最低限度の文化的な生活を保障する」という面は認めるところです。
 しかし現代貨幣理論(MMT)や機能的財政論の根本、人的資源の最大活用は果たされないのです。

 したがって現代貨幣理論(MMT)は、JGPを提案するわけです。

 なぜ現代貨幣理論(MMT)は、ベーシックインカムを支持せずにJGPを提案しているか? ベーシックインカムとJGPは「貨幣観」が異なるためです。

 ベーシックインカムの議論自体は、新古典派経済学が発端です。つまり商品貨幣論なのです。「価値のある、お金という商品を渡せば社会保障的にOK」というわけ。

 しかし現代貨幣理論(MMT)では、信用貨幣論を採用してます。信用とはなにから生まれるか? その多くは労働です。
 安定した正社員はローンを組みやすく、アルバイトはローンを組みにくいのも「信用」の問題でしょ?
 だからこそJGP(就労保証プログラム)というわけ。

 少なくともMMTer(現代貨幣論者)が、ベーシックインカムに積極的になることはないと思います。
 なぜならもっと良い方策、つまりJGPが存在するからです。

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