日本国債がGDP比200%以上になり、一部のエコノミストはハイパーインフレを懸念しています。ハイパーインフレへの恐怖が先行し、どのように引き起こされるのか知る人は少数です。
正しい判断は正しい情報からしか生まれません。ハイパーインフレの定義から発生条件、そして戦後日本の高インフレやドイツのハイパーインフレの歴史を学びましょう。学ぶことで現在の日本の状況が理解でき、ハイパーインフレを懸念する声にも正しく対応できます。
ハイパーインフレとは
驚くことに、ハイパーインフレの定義は2種類あります。一般的に使用されるのはケーガンが提唱したハイパーインフレの定義です。
フィリップ・ケーガンの定義
フィリップ・ケーガンはアメリカの経済学者で、ハイパーインフレの定義を提唱しました。ケーガンの定義は毎月50%以上のインフレ率です。
年間、約1万3000%のインフレがハイパーインフレだとしました。物価が年間129.75倍(約130倍)になるのがハイパーインフレです。
このケーガンの提唱した定義が、一般的に使用されるハイパーインフレの定義です。
国際会計基準の定義
国際会計基準でもハイパーインフレの定義が決められています。3年間で累積100%以上のインフレがハイパーインフレと定義されています。
3年間で100%は、年間平均26%のインフレ率です。
国際会計基準の定義はあまり使用されません。ハイパーインフレではなく、高インフレの定義と言った方がしっくりきます。
エコノミストや経済学者が「ハイパーインフレ」と用いる場合、ほとんどはケーガンの定義です。
ハイパーインフレの発生条件
ハイパーインフレの発生条件はある程度、解明されています。統計的に確認できるハイパーインフレは歴史上57件です。分類していくと3種類に原因が分かれます。
- 戦争などで国内の供給が止まり、輸入もできない状態になる
- 革命などで旧体制が瓦解して新体制に移行したばかり
- もともと国内産業が発達せず高インフレが続き、そこにマクロ経済政策の失敗が重なった
これらの原因にプラスして対外債務問題、紙幣の乱発が輪をかけます。
例えば、最近起こったベネズエラのハイパーインフレは3.のケースです。石油産業に頼り切り、石油の黒字で日常品などを輸入していたため国内産業が未熟でした。もともと高インフレが続いており、そこに石油価格の下落などが起きてハイパーインフレへと発展しました。
1.は第1次世界大戦のドイツやハンガリーなどです。ドイツは後述しますが、ルール地方という一大工業地帯を占領されて供給力を喪失しました。
2.は冷戦崩壊後の旧東側諸国のウクライナ、ロシア、グルジアなどで見られます。
なお、戦後日本のインフレは年間500%が最高でハイパーインフレとは言えませんが、もし分類するとすれば1.のケースになります。
戦後日本の高インフレの原因
戦後日本のインフレは最大で年率500%でした。大変なインフレですがハイパーインフレではありません。ハイパーインフレは紹介したとおり、年率1万3000%のインフレです。
戦後日本の高インフレが起こった原因は、戦争によって国土が焼け野原になり供給力が喪失したからです。太平洋戦争で建物の25%、生産機械の35%、船舶の80%を日本は失いました。
戦後すぐに多額の賠償金が予想されていたのも、高インフレに拍車をかけました。他にも、民間の復興需要や通貨の供給過剰がありました。
要約すると「需要>>>供給」という状態が戦後日本でした。
なお、戦中もすでに闇物資の価格は高騰していました。戦中からインフレは起こっていたのです。つまり、既存の「敗戦で大量の国債の信用が――」という言説は間違っています。
実際には、敗戦前からインフレは始まっていたのです。
第1次世界大戦後のドイツで起こったハイパーインフレの原因
第1次世界大戦後のドイツはハイパーインフレを起こしました。一般的な原因として、ベルサイユ条約における多額の賠償金が挙げられます。
確かに一因ですが、すべてではありません。
第1次世界大戦でドイツは敗戦し、フランスやベルギーにルール地方を占領されます。ルール地方はドイツの石炭の73%、鉄鋼の83%を生産していた工業地帯です。
これらの資源や工業地帯を奪われて、ドイツの供給力は喪失しました。
供給力を失ったドイツはとにかく金がない、と紙幣を乱発します。さらに、多額の賠償金という対外債務も重なりました。
また、ドイツ帝国が終わりヴァイマル共和国という新体制への移行もありました。
こういった複合的な要因によってドイツはハイパーインフレに陥りました。その後、アメリカが介入してドーズ案で解決を図ります。
ドーズ案にルール地方の占領解消が盛り込まれていたのは、ルール地方の占領がハイパーインフレの大きな原因だったからです。
ドイツのハイパーインフレの発端も、戦後日本の高インフレと同じく供給力の喪失でした。
まとめ
ハイパーインフレとは「戦争や巨大災害」「革命」「もともと高インフレで国内産業が未熟」など、いずれかの条件で起こります。
日本では現在のところ、革命や高インフレの心配はありません。
例えば、日本でハイパーインフレが起こるシナリオは巨大災害でしょうか。東京、大阪、名古屋などの大都市圏が壊滅的被害を受け、国際社会も日本の救援に消極的だった場合はハイパーインフレに見舞われるかもしれません。
多大な供給力が損なわれ、輸入による補填も期待できないからです。
しかし、このような事態を起きる可能性は大きいとは言えません。
ハイパーインフレの心配をするくらいなら、他に解決するべき問題は山積みです。
せめて、デフレを脱却してから心配するべきでしょう。