新自由主義とは何だろうか? この問いに答えるためには、イギリスのサッチャー政権を参照するのが良いでしょう。
第二次世界大戦が終わり、世界は戦前の反省からグローバリズムを規制しました。しかし1945年からわずか四半世紀で、またもやグローバリズムと新自由主義が台頭します。
どうして新自由主義が台頭したのか? サッチャー政権やレーガン政権で何があったのか。それを知ることは、新自由主義を考察する上で重要です。
できるだけわかりやすく解説します。筆者と一緒に、歴史を追ってみましょう。
時代背景
新自由主義が台頭してきた、1970年代とはどのような時代だったのでしょうか。
1970年代のオイルショックとスタグフレーション
1970年代初頭、オイルショックが起こります。第四次中東戦争やそれに関係する中東情勢の悪化が、オイルショックの原因です。
オイルショックによって石油価格が高騰し、世界各国は悪性インフレ、コストプッシュ型インフレに悩まされます。
石油の値段が上がり、工業製品などの原価が高騰。それに伴う利益圧迫と値上げで、イギリスやアメリカも景気が悪化しました。
インフレと景気悪化が同時に起こる、スタグフレーションが発生したのです。
ケインズが葬られ新自由主義が台頭
オイルショックを原因としたスタグフレーションは、批判の矛先をケインズ政策に向けます。
ケインズ政策とは1945年の第二次世界大戦終戦以降、西側各国で採用されていた福祉政策です。景気が悪くなれば財政出動、大きな政府をよしとする経済政策です。
しかしスタグフレーションへの不満は、ケインズ政策への批判に転嫁されました。ケインズ経済学の理論に欠陥があるから、スタグフレーションを克服できない! と言うわけです。
この批判によってケインズ政策は権威を失い、代わりに台頭したのが新自由主義や新古典派経済学です。
サッチャリズムと新自由主義政策
イギリス首相として1979年に就任した、マーガレット・サッチャーの経済政策をサッチャリズムと言います。
アメリカのロナルド・レーガン大統領が行った経済政策は、レーガノミクスと呼ばれます。
どちらも政策のベクトルは同じですが、本稿ではサッチャリズムを見ていきましょう。
マーガレット・サッチャーとは
1925年に、リンカンシャー州グランサムでサッチャーは生まれます。家は食糧雑貨商を営んでおり、父親は市長を務めたこともありました。
わりと裕福な家庭だったのでしょう。
大学時代にフリードリヒ・ハイエクにハマります。ハイエクは新自由主義、新古典派経済学の祖とも言われる人物です。
著作では「隷属への道」が、あまりに有名です。
サッチャーは1950年に、わずか25歳の若さで下院議員選挙に立候補するも落選。1959年に初当選を果たします。
1975年には保守党党首に立候補し当選、翌年には「鉄の女」との代名詞が定着します。
なお「鉄の女」は当初、批判として使用されました。
サッチャーが気に入り、あらゆる場所で代名詞として使われるようになったとのこと。
サッチャーがイギリス首相に就任するのは、1979年です。
オイルショックとスタグフレーション、そして英国病に悩まされていたイギリスを、立て直すという期待を一身に背負っていました。
規制緩和と構造改革
サッチャーが首相に就任して行った政策は、まさに新自由主義そのものです。水道、電気、ガス、通信、鉄道、航空などあらゆる国営産業を民営化し、規制緩和を行いました。
政府機能を削減し、いわゆる構造改革路線を突き進んだのです。
他にも労働組合を抵抗勢力として、その影響力をそぐことに成功しました。
金融規制も緩和し、外国資本の参入を認めました。ありとあらゆる新自由主義的な政策が、サッチャーの時代に行われたのです。
緊縮財政や小さな政府
一方でサッチャーは、社会保障に関しては拡大路線を採りました。この部分だけは、小さな政府路線とは異なります。
しかし民営化による行政の縮小は、明らかに小さな政府を志向しています。
加えてサッチャー政権では、消費税が8%から15%に引き上げられました。
自由貿易と国境の壁の希薄化
労働組合の影響力をそぎ民営化や構造改革を推し進めたのは、国際競争力の強化が目的でした。
国際競争力強化のためには、自由市場と競争が重視されました。
したがって政府による需要創出は極力抑えられ、マネタリズム――日本で言う異次元の金融緩和――による失業率の抑制を目指しました。
サッチャー政権が発足した3年後には、失業者数が倍増して300万人を上回りました。マネタリズムは景気に対して、効果を発揮しなかったのです。
さすがのサッチャーも支持率の低下を受けて、財政政策へと転換せざるを得ませんでした。
新自由主義政権は長期政権化する
サッチャー政権は1979年から、1990年まで続きます。レーガン政権は1981年から1989年まで続き、やはり長期政権化しています。
日本では小泉構造改革で知られる小泉政権が、2001年から2006年まで続いています。
そして安倍政権に至っては、2012年末から2020年まで長期政権化しました。
小泉政権は「国民は痛みに耐えて」と、構造改革を推し進めました。安倍政権は消費増税を、2回にわたり実施しました。
新自由主義を掲げる政権は、長期化しやすい傾向にあります。
サッチャー、レーガン、小泉、安倍に共通するのは「自助」や「自己責任」です。自助という概念を広めたのは、サミュエル・スマイルズです。
スマイルズは自助論で知られる、イギリスの作家です。
新自由主義政策は、競争と自由市場を重視します。すなわち競争に敗れても、それは自己責任と処理されます。競争に勝ち残るためには、絶え間ない自助が必要だと新自由主義者は説きます。
失業率が上がるのも、失業するのも自己責任。格差拡大も自助が足りないから。経営が傾くのも、売り上げが下がるのも全部自己責任。景気が悪いのは、生産性が低いからだ!
このように押しつけられ、国民自身も騙されます。
新自由主義を推し進める政権は、こうして長期政権化します。
オイルショックで不当に葬られたケインズ
研究の徒や、学者には認めがたい話かもしれません。しかし学問にも、政治が存在します。いわゆる権力争いとしての、政治です。
これは厳然たる事実です。
1970年代のオイルショックを原因に、ケインズ経済学は葬り去られました。代わりに新自由主義や、新古典派経済学が台頭しました。
では新自由主義に、理論的正当性があったのでしょうか? じつは、ありません。
オイルショックの原因は、第四次中東戦争です。米英からすれば国外のことであり、解決できる問題ではありません。
したがってどのような経済理論でも、オイルショックから発生したスタグフレーションは解決不可能でした。
しかし新自由主義や新古典派経済学は、あたかもケインズ経済学の欠陥かのように流布することに成功しました。
政治やプロパガンダ以外の、何物でもありません。
サッチャーがその政治に、一役買っていたことは言うまでもないでしょう。
まとめ
- 1970年代のスタグフレーションは、オイルショックが原因だった
- スタグフレーションは外的要因から来ているので、どんな経済理論でも解決不可能だった
- サッチャーやレーガンは新自由主義を採用し、長期政権を実現した
- 日本でも小泉、安倍政権が新自由主義を採用して長期政権化している
- 自己責任や自助を押しつける新自由主義は、長期政権化しやすい
以上が本稿のまとめです。
なお新自由主義の弊害について、以下の著書がとてもおすすめです。
>したがってどのような経済理論でも、オイルショックから発生したスタグフレーションは解決不可能でした。
ということは、(1980年代の石油価格の下落によってスタグフレーションから脱却したが)今後また、原油価格の高騰等によって同様の事象に直面した場合、現代の主流派経済学であろうが、ケインズ派の系譜に連なるMMTであろうが、なす術はないということでしょうか?
>しかし新自由主義や新古典派経済学は、あたかもケインズ経済学の欠陥かのように流布することに成功しました。
それに引き換え、現代の主流派経済学=新古典派経済学はリーマン・ショックによってその虚構が暴露されて以来、10年以上経ったというのに、しぶとく生き残っている。何しろ、(新自由主義&グローバル化経済によって恩恵を受けている)多国籍企業やグローバル投資家が政治家と結びついて政治を動かし、さらにマスメディアも牛耳って国民世論を操作している現状では、主流派経済学を葬り去ることは至難の業。
ただ今後、欧米諸国において、グローバリズムによって塗炭の苦しみを受けた一般ピープルが覚醒し、いわば「平和的民主革命」によって政治の流れを根本から変えれば、MMTが新しい”主流派経済学”となることでしょう。
>今後また、原油価格の高騰等によって同様の事象に直面した場合、現代の主流派経済学であろうが、ケインズ派の系譜に連なるMMTであろうが、なす術はないということでしょうか?
まったく、その通りです。
そもそも経済学では、足りない原油を生み出せませんしね。
>MMTが新しい”主流派経済学”となることでしょう。
そうなってくれると嬉しいですよね~。
>国際競争力強化のためには、自由市場と競争が重視されました。
新聞紙の一般的な論調だと、自由貿易=善で保護主義=悪だという極論が、完全に固定観念になってますし。新聞紙で自由貿易を疑ったりしているのは、赤旗並みの左派メディアか、農業団体の新聞くらいだと思います。市場原理主義に懐疑的な地方紙でさえその多くは、自由貿易を疑う様子は滅多に見れません。
なんていうかマスメディアの考え方は、自由貿易主義が「基本的人権の尊重」のような神聖なもので、保護主義が全体主義のように忌み嫌うものだという理屈なんでしょう。冷静に考えてみたら、とんでもなく恐ろしい現象です。
>MMTが新しい”主流派経済学”となることでしょう。
正確には、現代貨幣理論(MMT)を含めたポストケインズ経済学が主流派になり得るのでしょうね恐らくは。
もっとも、大学などで経済学を学ぶのなら、主流派経済学と非主流派経済学の両方を同時並行で勉強した方が良いと思います。バランス感覚を養うことができます。マルクス経済学とかも、まだ捨てたものではありません。
>自由貿易=善で保護主義=悪
>自由貿易主義が「基本的人権の尊重」のような神聖なもので、保護主義が全体主義のように忌み嫌うものだという理屈
空気的にそういう印象論なんでしょうね。ある種の思考停止ですが……まあ、どうしようもないなと。
アンチ韓国やアンチ左翼を言うだけの下品で知識の少ない政治ブログが多いなか、
こちらのブログ主さんはしっかり政治経済や歴史を勉強されているようで関心して最近拝見しております。
気になることがあるのですがなぜ新自由主義政権は長期化しやすいのでしょうか。
このことについてのブログ主さんの考察を聞きたいです。
お読みいただき、ありがとうございます。
>新自由主義政権は長期化しやすいのでしょうか。
政権がやらかしても「自己責任!」と、民間や国民に責任転嫁しやすいからかと思います。
例:所得が下がった→生産性が低いのは自己責任!
他には改革が「何かしている気にさせる」からじゃないでしょうか。
この2点が原因かと思いますよ~。