ルサンチマン・プロパガンダとは三橋貴明が提唱した概念で、彼のブログに2016年から登場しています。しかし、体系的な説明は存在しません。
そこで、ルサンチマン・プロパガンダを分解し、再構築することで構造を明らかにしました。ルサンチマン・プロパガンダの実例も掲載しました。
ルサンチマン・プロパガンダとは何か。今回の記事でその正体に迫りたいと思います。
ルサンチマンとは
ルサンチマンとは19世紀の哲学者キルケゴールが発見した概念です。その後、ニーチェが再定義してマックス・シェーラーが一般的にしました。
ルサンチマンとは「弱者が強者に嫉妬し、道徳的マウントをとること」です。
たとえば「お金持ちは、何かズルいことをしているから金持ちなんだ」という思考は、金持ちへの嫉妬から発生します。そして「ズルくない自分、清く正しい自分」を持ち出し、金持ちに対して道徳的マウントをとります。
こうして、嫉妬の炎に駆られて想像上で復讐するのがルサンチマンです。
換言すれば「嫉妬して、嫉妬している自分を道徳的マウントの上位に置き、正当化するのがルサンチマン」です。
この弱者、強者という立ち位置は一般的な認識に限りません。
働いている人が生活保護受給者にルサンチマンを抱くこともあります。この場合「一生懸命働いている俺」と「楽してお金を受け取っている生活保護受給者」という対比でルサンチマンが発生します。
社会的には働いている人が強者にもかかわらず、生活保護受給者という弱者へのルサンチマンが起きるのです。
ルサンチマンの詳しい解説は以下の記事でしています。より深くルサンチマンを知りたい人におすすめです。
プロパガンダとは
プロパガンダとは特定の思想、世論、意識、行動へ誘導する意図を持った行為です。わかりやすく言えば、相手を思ったとおりに動かす意図を持った宣伝はプロパガンダです。
プロパガンダとはそもそも、中立的な意味合いでした。
しかし、歴史の経緯とともに「捏造や嘘が含まれている宣伝行為」がプロパガンダと認識されました。
ホワイト・プロパガンダという概念があります。これは事実を宣伝するプロパガンダのことです。プロパガンダには必ずしも、嘘や捏造が含まれている必要はありません。
テレビやラジオ、インターネットなどあらゆるメディアやプラットフォームがプロパガンダに利用されます。
ルサンチマン・プロパガンダの特徴
ルサンチマン・プロパガンダとは、ルサンチマンを利用したプロパガンダのことです。ルサンチマン・プロパガンダの特徴を紹介します。
三橋貴明が提唱
ルサンチマン・プロパガンダは三橋貴明が提唱しました。三橋貴明のブログでは「I know it’s not PC, but・・・ 」という記事で、はじめてルサンチマン・プロパガンダが登場しています。
2016年からルサンチマン・プロパガンダという言葉を使い始めたようです。
しかし、三橋貴明のブログや記事で、ルサンチマン・プロパガンダに関する構造的な解説は見当たりません。
国民同士の対立に持ち込む
ルサンチマンとは対立を前提としています。誰かの誰かに対する嫉妬がルサンチマンだからです。ルサンチマンをプロパガンダに利用すると、国民同士の対立が起こります。
世代間、業界間、貧富の間まで、ありとあらゆる場所で対立します。
たとえば、公共事業バッシングや土建業バッシングが2000年代初頭に起きました。これは業界間と言えます。
2012年には生活保護バッシングが起きましたが、これは貧富の間でです。
年金や高齢化では世代間で対立が起こっています。
こういった対立を利用し、ルサンチマンを煽り、さらに対立させるのがルサンチマン・プロパガンダです。
格差が広がるほどルサンチマン・プロパガンダが流行
ルサンチマン・プロパガンダは格差があるほど行いやすくなります。格差や対立があればあるほど、ルサンチマンが発生しやすいからです。
ルサンチマン・プロパガンダは、一般的なプロパガンダ手法とは異なります。一般的なプロパガンダ手法は大きく宣伝することで目的を達成します。
しかし、ルサンチマン・プロパガンダは火をつけるだけです。ルサンチマンに火をつけられた人々が、知りもせずにプロパガンダの片棒を担ぎます。
一旦火がつくとなかなか消えないのもルサンチマン・プロパガンダの特徴です。
ルサンチマンとはそれほど根強い感情です。
最終的にはナショナリズムを破壊する
ルサンチマン・プロパガンダは国民同士の対立を煽り、連帯を損ないます。ナショナリズムとは国民意識、国民の連帯感です。
ルサンチマン・プロパガンダはナショナリズムの破壊を引き起こします。
ナショナリズムが破壊され、国民同士の断絶が進むとさらにルサンチマン・プロパガンダがやりやすくなります。
ルサンチマン・プロパガンダは最終的に、国家という形態そのものへの攻撃になり得ます。
国民を煽るルサンチマン・プロパガンダの実例
実際に行われたルサンチマン・プロパガンダの実例をいくつか挙げます。
生活保護の引き下げ
生活保護給付水準が2013年に引き下げられました
2012年に芸能人の親族が生活保護不正受給だとの疑惑が発生します。なお、この疑惑は全くの言いがかりでした。芸能人の母親は正規の手順で受給していました。
しかし、生活保護バッシングが激化し、2012年に政権に返り咲いた安倍内閣が生活保護給付水準の引き下げを行います。
生活保護バッシングもルサンチマン・プロパガンダの一種です。
「働かずに金だけもらえるなんてズルい!」というルサンチマンがバッシングを生み出し、生活保護給付水準引き下げにつながりました。
なお、ルサンチマン・プロパガンダの方向性は大抵、新自由主義やグローバリズムに向いています。
農協改革
農協改革は「農業は保護されている」「農協は改革が必要だ」というかけ声の下に行われました。
農協(農業協同組合)は協同組織なのに、競争組織にするための規制緩和が行われました。甘やかされているのをたたき直す! というのが口実です。
農協改革を後押ししたのは「日本の農業は保護されている」「農協は既得権益」というイメージです。イメージによってルサンチマンを引き起こし、世論は農協改革を後押ししました。
公共事業削減
2000年代初頭、公共事業は強くバッシングされました。一部の談合や不正が、まるで公共事業全体であるかのようなイメージが流布されました。
あらゆるメディア、有識者、政治家が公共事業を叩きました。
世論も「不正や談合で儲けるなんてけしからん」「公共事業だけ政府に仕事がもらえてズルい!」と公共事業を叩きます。まさに「あいつらが儲けているのは、きっと不正に違いない」と公共事業全体をバッシングしました。
ルサンチマン丸出しのバッシングの末、公共事業の予算は半分以下にまで削減されました。
公務員削減
公務員の削減もルサンチマン・プロパガンダによって成し遂げられました。
その一例は安倍内閣です。2019年に安倍内閣は、2020年から5年間かけて3万人の国家公務員を削減すると発表しました。3万人と言えば国家公務員の1割に当たります。
度重なる公務員バッシングの成果と言えます。
公務員バッシングは「公務員の給料が高い」「身分が安定していてクビにならない」などのルサンチマンから発生しました。そして、公務員が多すぎるから、公務員を減らして効率化・合理化を進める! として実行されます。
しかし、日本の公務員数はかなり少ないことで有名です。
現在、コロナ禍で行政のマンパワー不足が話題です。それでも公務員削減を取りやめる話は出てきません。
ルサンチマン・プロパガンダに騙されないためのポイント
ルサンチマン・プロパガンダに騙されないためにはどうすればいいのか、簡単にまとめます。
一次ソースや統計データを参照する
ルサンチマン・プロパガンダには嘘が含まれているケースが多いです。たとえば、農協改革の起点である「日本の農業は甘やかされている」は明確に嘘です。日本の農業保護率は、欧米と比べても高くないどころが低い水準です。
公務員バッシングの起点である「公務員が多すぎる!」「給料が高すぎる!」も嘘です。公務員の給与は民間企業を水準にしていますし、日本の公務員の数は欧米と比べると段違いに少ないです。
嘘やデマに騙されないために、一次ソースや統計を必ず確認しましょう。また、SNSの流言をむやみに信用せず、裏付けをとりましょう。
ルサンチマンをルサンチマンと認識する
ルサンチマンは万人が持つものとされます。ルサンチマンから逃れる術はありません。しかし、ルサンチマンをルサンチマンだと知ることで抑制できます。
ルサンチマンだと自覚すれば、ある程度のコントロールが可能となります。嫉妬の炎に包まれることもありません。
両論を確認してから判断する
大勢が言っているから正しいとは限りません。大勢がルサンチマンに流され、バッシングをしているだけかもしれません。
物事を判断するときには両論を確認しましょう。両論を確認するときのコツは、賛成か反対かを決める前に確認することです。
賛成、反対を決めてしまうとバイアスがかかります。反対側の意見に「反対のための反対」や「批判のための批判」をすることになりかねません。
賛否を決める前に両論に目を通しましょう。
ルサンチマン・プロパガンダを深く知るための書籍
ルサンチマン・プロパガンダを知るためには、ルサンチマンとは何かを深く知らなければなりません。ルサンチマンに関する書籍はいくつかありますが、小説形式なら手軽に学ぶことができます。
地下室の手記はドストエフスキーの小説で、ルサンチマンを学ぶのに最適とされます。
現代で言えば、自意識過剰な陰キャオタが、劣情解消のためリア充に交わろうとしたけどまったく入り込めず、逆ギレしてエロゲで鬱憤を晴らそうとしたら、こちらでもバッドエンドにしか行けず、どうしようもなく絶望して終わるみたいな感じで、とても面白く共感しました。
地下室の手記 (新潮文庫) | ドストエフスキー, 卓, 江川 |本 | 通販 | Amazon
“結局のところ、諸君、何もしないのがいちばんいいのだ!意識的な惰性がいちばん!だから、地下室万歳!というわけである。”著者が42歳の時に書かれた本書は【全作品を解く鍵】として有名だが、一方で、その語り手の痛々しいアンチヒーローぶりが胸に刺さる。。。
と言いつつも、語り手の大袈裟な発言、それと比較してあまりにも小心な行動はある種のユーモアの域に達して描かれていて、例えば名誉を守る為に大男に”肩をぶつけるべく”何度もすれ違う描写には想像して思わず吹き出してしまったり。
罪と罰、カラマーゾフの兄弟といった長編を読む前のウォーミングアップを探す人、または中二病をこじらせすぎた人に、あるいは太宰治の人間失格好きな誰かにもオススメ。
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まとめ
ルサンチマン・プロパガンダを知るためには、やはりルサンチマンを知らなければなりません。ルサンチマンとは「弱者が強者に嫉妬し、道徳的マウントをとること」です。
道徳的マウントをとるとは、自己正当化して強者を道徳的に劣ったものと見なすことです。
したがって、ルサンチマン・プロパガンダは一見して正しい理由があるように見えます。「公共事業は不正が多い!」「公務員数が多すぎるのが問題だ!」「日本の農業は保護されすぎている!」「生活保護の不正受給は多いに違いない!」などです。
しかし、よくよく調べてみるとどれも嘘やデマが混ざり、単なる嫉妬が裏にあります。それがルサンチマン・プロパガンダです。
醜いルサンチマン・プロパガンダにハマらないように気をつけましょう。