ワーキングプアは年々、大きな問題となっています。真面目に働いても貧困から抜け出せない人たちをワーキングプアと呼びます。
日本でワーキングプアが問題になり始めたのは1990年代です。奇しくも、日本に新自由主義が輸入された時代と一致します。
ワーキングプアの拡大は、非正規雇用の拡大とも時期を同じくします。
ワーキングプアとは何で、どのような問題が背景にあるのか? ワーキングプアの定義から年収、解決策までをわかりやすく簡単に解説します。
ワーキングプアとは
日本にワーキングプアという概念を持ち込んだのは、社会学者の江口英一でした。高度成長期の時代に1億総中流化を目指す中、東京中野区で統計を取った結果は惨憺たるものでした。
住民の4分の1が生活保護水準以下の生活をしていたのです。
日本でワーキングプアが初めて確認された瞬間でした。
ここではワーキングプアの定義、歴史、日本のワーキングプアの概要を解説します。
ワーキングプアの定義
ワーキングプアの定義は「労働力人口のうち、貧困線以下の人」です。
たとえば、アメリカでは「16歳以上で1年のうち半年は働くか職を探しており、貧困線を下回る人」をワーキングプアと定めています。
日本では公的にワーキングプアの定義がありません。なぜなら、貧困線が定められていないからです。
一般的には、生活保護水準以下の所得の人たちをワーキングプアと定義しています。
厚生労働省でも年収192万円以下(月収16万円以下)をワーキングプアとする資料(P41)もあります。
年収200万円以下のフルタイム労働者を、ワーキングプアとすることが多いようです。
日本の最低賃金は902円です。最低賃金では年収200万円にフルタイム労働で届きません。日本において、ワーキングプアは身近な存在です。
ワーキングプアの歴史
ワーキングプアの概念はアメリカで生まれました。19世紀末から20世紀初頭、進歩主義の思想家であるロバート・ハンター、ジェーン・アダムズ、W・E・B・デュボイスらによって提唱されました。
思想家たちによればワーキングプアは「社会構造の問題」と「個人のモラル問題」の2つを抱えています。後に自由主義者(リベラル)は「社会構造の問題」を重視し、新自由主義者は「個人のモラルの問題」を重視するようになりました。
貧困線以下という定義に思想家たちは同意していますが、それ以外のワーキングプアの意味については大きく隔たりがあり、未だにワーキングプアの定義は確定していません。
日本のワーキングプア
日本では貧困線が定義されておらず、公的にワーキングプアの定義もありません。
日本においてワーキングプアが問題視され始めたのは、格差拡大と時期を同じくします。1990年代にグローバリズムや新自由主義が持ち込まれ、日本でも市場競争を重視する風潮が高まりました。
その結果、日本では労働者派遣法が改正され非正規雇用が拡大します。
くわえて、企業は日本式経営を投げ捨ててグローバルスタンダードに合わせました。
日本において成果主義やリストラが吹き荒れ、終身雇用制度が破壊されていきました。1990年代後半、真面目に働きながら貧困に陥る若年層が目立つようになりました。
1998年からのデフレによる平均所得の低下も、ワーキングプアに拍車をかけます。
こうして、日本でワーキングプアが拡大していくことになります。
日本のワーキングプアの実態
日本総研のデータによればワーキングプアは、1992年の4%から20年間で倍以上に拡大しました。特に1997年以降、つまりデフレになってから拡大しています。
2012年には9.7%と、労働者の10人に1人がワーキングプアになりました。
ワーキングプア拡大の背景にはデフレの他に、非正規雇用の拡大もあります。
統計局のデータからは正規雇用が減少し、非正規雇用が拡大している様子がわかります。非正規雇用は現在、労働者の約4割に当たります。
さらに、給与水準も下落してきました。平均年収は1997年のデフレから大きく落ち込みました。
厚生労働省のデータからは1990年代後半からピークで、徐々に平均年収が下落する様子がうかがえます。ピーク時に比べて現在の平均年収は数十万円以上、下落しています。
こういった非正規雇用の増加、平均年収の下落がワーキングプアを生み出してきました。
正規雇用が減少し、平均年収が下落したことで共働きが増えます。労働市場は買い手市場化し、激しい競争が発生します
買い手市場化した労働市場では賃金が上がらず、ワーキングプアが拡大してきました。
高い女性のワーキングプア率
ワーキングプアは、男性より女性が圧倒的に多いです。男性のワーキングプアは10人に1人程度ですが、女性のワーキングプアは4人に1人となっています。
どちらもフルタイムで働いた場合のワーキングプアの割合です。
フルタイム以下の労働者も入れると、女性の半数近くがワーキングプアということになります。ワーキングプアは男女の賃金格差問題とも大きく関係しています。
官製ワーキングプア
官製ワーキングプアという言葉があります。官製ワーキングプアの問題点は、ワーキングプアを解決するべき行政がワーキングプアを生み出していることです。
官製ワーキングプアに該当するのは、非正規公務員や民間委託先の労働者です。
1990年代から構造改革、政治改革が叫ばれました。その一部として行政改革なども行われました。多くの改革は効率化・合理化を目指すものです。
改革の一端として公務員や予算削減も断行されました。
予算の削減の煽りを受けて非正規公務員、民間委託が増加してワーキングプアを生み出しています。これを官製ワーキングプアと呼びます。
ワーキングプアが増えた原因と理由
ワーキングプアが増えた原因や理由について、大雑把に解説しました。ここではそれぞれの理由を、もう少し詳しく紹介します。
非正規雇用の増加
非正規雇用の拡大はワーキングプアを生み出した大きな要因です。
非正規雇用はキャリアアップ・スキルアップが困難です。責任のある仕事が任せられず、昇進もほとんどありません。
くわえて、有期雇用契約だったり雇い止めがあったりと雇用が不安定です。
非正規雇用の平均時給は正規雇用の約6割です。さらに、雇用が不安定だったり、フルタイムで働けなかったりすることもあります。
正規雇用と比べて、非正規雇用はワーキングプアになりやすいのです。
1999年と2003年の労働者派遣法改正によって、非正規雇用は拡大し続けます。現在では労働者の約4割が非正規雇用です。
国民の平均年収の下落と貧困化
1997年に消費増税され、1998年から日本はデフレ化しました。1997年の平均年収をピークに、日本の年収が下落し続けました。
年収の下落には正規雇用の減少、非正規雇用の増加も関係しています。
デフレ化をより一層深刻にしたのは緊縮財政や規制緩和、構造改革です。デフレは長引き、失われた10年は15年、20年となり今や30年です。
世界中の先進国が賃金を伸ばす中、日本だけ賃金が下落しました。
こうしたマクロ的な背景があり、ワーキングプアが拡大しました。
終身雇用制度の崩壊
ワーキングプアの増加に終身雇用制度の崩壊は無関係ではありません。
1990年代に新自由主義やグローバリズムが日本に輸入され、日本企業は日本式経営を投げ捨てました。終身雇用や年功序列を停止し、成果主義・実力主義を取り入れようとしました。
その結果、日本において終身雇用が破壊されます。
雇用が不安定化すると共働きが増えます。共働きする女性たちが労働市場に参入し、労働市場の競争が激化します。
企業からすれば買い手市場であり、非正規雇用を安く雇用できる有利な状況が続きます。
終身雇用の崩壊や雇用の不安定化は、ワーキングプアの遠因となっています。
新自由主義と市場競争の重視
デフレ化や平均年収の下落、非正規雇用の拡大、終身雇用制度の崩壊などはすべて新自由主義由来です。
新自由主義とは市場競争を重視し、小さな政府を目指す経済イデオロギーです。新自由主義は効率化・合理化を推し進めます。
効率化や合理化は余剰人員をリストラし、人件費を削減していきます。市場競争に耐えるため、企業の贅肉をそぎ落としました。もちろん、正規雇用をできる限り削減して非正規雇用に転換します。
こうして新自由主義は平均年収の下落、需要の喪失によるデフレ化、終身雇用制度の崩壊を招きます。
ワーキングプア問題の根底には、新自由主義という経済イデオロギーが存在します。
ワーキングプア解決のための対策
ワーキングプアの発生を抑制し、解決するための対策についていくつか提案します。ワーキングプアは社会構造の問題であり、抑制できるはずです。
最低賃金の見直し
日本の最低賃金は全国平均で902円です。もっとも低い都道府県では792円が最低賃金です。これらの最低賃金を引き上げることで、年収200万円以下のワーキングプアを抑制できるはずです。
年収200万円をフルタイムで実現しようとすると、時給は最低でも1000円は必要です。
最低賃金は毎年2%ほど上昇しています。しかし、792円が最低賃金の都道府県が、最低賃金1000円になるまでに何年かかるでしょうか。
政府による最低賃金の大幅な引き上げが必要です。
もちろん、最低賃金の引き上げは中小企業や事業者に大きく影響を及ぼします。漸進的かつできる限り大きく引き上げることが肝要です。
職業訓練の拡充
キャリアアップ・スキルアップが非正規雇用では難しいことが、ワーキングプアの原因の1つです。職業訓練の拡充によるスキルアップが可能なら、ワーキングプアを解消する一助になるはずです。
じつは、職業訓練に政府はかなり力を入れています。たとえば、職業訓練受講給付金は職業訓練を受ける人に毎月10万円+受講料を給付する制度です。
生活保護より給付条件が緩く、速やかに給付されることも魅力です。
当面の生活費+スキルアップの機会が得られると考えれば、かなりお得な制度ではないでしょうか。しかし、一般的に職業訓練受講給付金は知られていません。
政府や行政は積極的にこういった制度をアピールするべきです。
正規雇用の拡大
正規雇用の拡大はワーキングプアの解消に役立ちます。正規雇用は1990年代から年々、減少傾向です。正規雇用を拡大するためには人手不足が必要です。
人手不足になると企業は安定的な雇用を欲し、正規雇用の拡大に乗り出すからです。
人手不足になるためにはインフレや好景気が必要です。インフレとは需要>供給の状態だからです。企業は売り上げが見通せるので安定的な労働力を求めます。
正規雇用拡大やワーキングプア解消のためにも、デフレ脱却を果たさなければなりません。
ベーシックインカム
ベーシックインカムは、貧困問題やワーキングプアを解消する有力な手段かもしれません。ベーシックインカムとは、国民一律に決まった金額を毎月給付する制度です。
現在の生活保護の補足率は2割程度で、多くの貧困層を取りこぼしています。また、ワーキングプアは生活保護で解決できません。
ベーシックインカムなら国民一律に給付ができるため、取りこぼしもありません。
しかし、ベーシックインカムには問題点もあります。予算が巨額になるためインフレ制約にかかること。そして、国家単位で社会実験をしたことがないことです。
国家単位でベーシックインカムを行った国はありません。どのような影響が出るのか未知数なため、ベーシックインカムに慎重論を唱える人も後を絶ちません。
まとめ
ワーキングプアは働いても働いても、貧困層から抜け出せない人たちです。日本では貧困線の定義がないため、一般的には生活保護以下の水準、年収200万円以下と定義されています。
ワーキングプアは高度成長期に確認され、1990年代後半から拡大してきました。真面目に働いているのに貧困から抜け出せない若年層が目立ち始めたのです。
ワーキングプアの大きな原因はデフレ化、非正規雇用の拡大と正規雇用の縮小、終身雇用制度の崩壊や新自由主義の導入でした。
解決策は最低賃金の向上や正規雇用の拡大、職業訓練の拡充などです。
大きな背景としてデフレからの脱却ができないと、ワーキングプアの問題もまた解決の目処が立ちません。日本にとって失われた20年、デフレからの脱却は必須なのです。