<日本が壊れる前に――「貧困」の現場から見えるネオリベの構造>を読了したので、感想とレビューを書こうと思います。
「日本が壊れる前に」を読もう思ったきっかけは、中村淳彦と藤井達夫が対談している記事です。この記事、今から思えば「日本が壊れる前に」の内容の一部でした。
そこから中村淳彦のプロフィールを調べ、興味を持ちました。中村淳彦は風俗、AV、介護などの現場を取材するノンフィクションライターです。
そんな人が語るネオリベとは? 興味を惹くのも当たり前でした。
読んでみると衝撃の連続でした。なぜ衝撃を受けたのかも含め、感想を書きます。
基礎情報
<日本が壊れる前に――「貧困」の現場から見えるネオリベの構造>は2020年11月に発売された新著で、中村淳彦と藤井達夫が著者です。
平成の30年を風俗や介護の現場から見たとき、どのように新自由主義(ネオリベラリズム=ネオリベ)が席巻してきたのかを明らかにします。
中村淳彦(なかむらあつひこ)
著者の1人である中村淳彦は、1972年生まれのノンフィクションライターです。AV女優や風俗、介護の現場などをフィールドワークに、取材して本を執筆しています。
著作には「東京貧困女子。」「日本の貧困女子」「職業としてのAV女優」「ルポ 中年童貞」などがあります。
「東京貧困女子。」は本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネートされました。以下、2つの著作はどちらもマンガにもなっています。
藤井達夫(ふじいたつお)
藤井達夫は1973年生まれで早稲田大学院、立教大学で非常勤講師を務めています。専門は西洋政治思想と現代政治理論です。
著作には「<平成>の正体」「公共性の政治理論」「熟議民主主義ハンドブック」などがあります。
目次
- プロローグ 新自由主義とは
- 1 コロナ禍が浮き彫りにした見たくなかった現実
- 2 コロナがなければ、中年男性が死ぬはずだった
- 3 どうして団塊の世代だけが恵まれるのか
- 4 分断をこえて、ポストコロナを生きる
- あとがき
Amazonの「日本が壊れる前に」の紹介文は以下のようになっています。
学費のため風俗に走る女子大生、貧困地域で蔓延する主婦の売春、低賃金で部品のように働かされる介護現場。
——「貧困」は社会のいちばん弱い部分を直撃する。バブル崩壊から日本社会は転げ落ちはじめた。
終身雇用、労働組合のあり方、すべてが時代遅れとされ、ネオリベ(新自由主義)と自己責任論が社会を席捲した。そこで犠牲になったのは、主に女性たちと若者。
そして、いま中年男性が狙われている。国が決めたマクロな政策はときに末端の人々を壮絶な現実に陥れる。
——衰退途上国で、次に堕ちるのは、中年の男たちだ。衰退途上国・日本の現状を徹底討論したノンフィクションライターと政治学者による平成30年史。そして未来は?
概要
基本的な内容は、中村淳彦が現場からの過酷な現状を提出し、藤井達夫が政治理論として解説するという流れです。
中村淳彦と藤井達夫の対談本であり、非常に読みやすく仕上がっています。
筆者は「日本が壊れる前に」を2~3時間ほどで読了できました。
平成の30年がどのような時代であったのかを風俗、AV、介護などの見えにくい現場から描き出した問題作と言えます。
たとえば、多くの大学生が風俗嬢をせざるを得ない現実があるなど、日常風景からでは見えない日本の貧困が対談であぶり出されます。
中村淳彦の遠慮しない物言いはかなり残酷です。ズバズバ切り込むので、藤井達夫がやや困った顔をしているだろう、という場面もいくつかあります。
なぜ大学生が風俗嬢をしなければならないか。単に学費が足りないからであり、学費高騰や家庭の貧困はネオリベ的政策のせいだと言います。
日本全体が貧しくなっている現状を、もっともショッキングな視点から本書は描き出します。
ただし、この2人。ネオリベ的政策はもはや止められないとも思っているようです。2人とも「これからはネオリベ的生き方をしないと、生き残れない」として、ネオリベ的な生き方を心がけているからです。
一個人の防衛策としてネオリベ的生き方に走る。そして、それを素直に吐露するのはとても好感が持てます。ある意味、仕方がないことだからです。
感想
「日本が壊れる前に」でもっとも多く登場する単語は「ネオリベ」です。「日本が壊れる前に」がフォーカスするのが現場ですので仕方ないのですが、もう少し政策面からネオリベへのフォーカスがあってもよかったと思います。
また、ネオリベについてやや説明不足とも感じます。
しかし、そういった不満を差し引いても中村淳彦の現場からの感想、生の直感にはハッとさせられます。
中村 上流階級と人権派やフェミニストは相性がいいというか、言っていることが同じですね。で、風俗嬢や貧困当事者とは相性が悪い。まさにディスコミュニケーション状態です。
この会話は「リベラルの問題点」と題された文章で出てきます。要するに、フェミニストが手を差し伸べるべきは自律的ではない女性ですが、そういう女性からすればフェミニストと相性が悪いのでコミュニケーションの断絶が発生します。
同じく、リベラルが本当に救うべきは風俗嬢や貧困当事者ですが、当のリベラルがエリートではディスコミュニケーションが発生せざるを得ません。
つまり、リベラリズムも単なる「救ってあげる”ごっこ”」になってしまっている――のかもしれません。
もちろん、リベラルの中でも貧困当事者に寄り添う藤田孝典みたいな人もいます。全部が全部ではありませんが、旧来のリベラルと貧困当事者、風俗嬢との相性は最悪でしょう。
こういった直感的な部分も読みやすく、さっと頭に入ってくるのが「日本が壊れる前に」のいいところです。これを対談形式でなく、きっちりと書いていたら、かなり読みづらく難しい本になったかもしれません。
ネオリベのイメージを初心者が理解するにはうってつけの本でしょう。
くわえて、日本の見えない日常や貧困についてフォーカスしたいなら入り口としてもおすすめです。
まとめ
中村淳彦と藤井達夫。どちらも筆者にとって初めての著者でした。
筆者は言わずと知れた中野剛志ファンです。中野剛志やその界隈以外の政治本を手に取るのは久しぶりでした。
普段とは違った読み応えやテイストがあり大変面白かったです。
平成の御代が終わりました。日本が貧困に転落し続けた30年でした。その30年の一面をのぞきたいなら「日本が壊れる前に」はぜひおすすめしたい本です。