世の中にはダイバーシティ経営や、ダイバーシティ・マネージメントという言葉があります。ダイバーシティ化すると生産性が向上し、競争力を高めることができる……のだそうです。
結論から言えば、ダイバーシティ経営で生産性は向上しません。競争力も高まりません。むしろダイバーシティ化は、生産性向上の阻害要因です。
鰯の頭も信心から。ダイバーシティ・多様性信仰を、論理的に分析して解説します。
ダイバーシティとは
ダイバーシティとは、ダイバー市ではありません。英語ではdiversityと書き、直訳すると多様性です。
ダイバーシティは性別、人種、国籍、宗教、年齢、学歴、職歴などの違いを指します。
ダイバーシティ経営は当初、女性やマイノリティを採用する取り組みでした。生産性や競争力の向上といった目的は、みじんもありません。
端的に表現すれば「差別なく、いろいろな人を採用しよう」が、本来のダイバーシティ経営です。
ダイバーシティや多様性の意味をつかむ上で、ローカリゼーションの概念は欠かせません。ローカルなもの、地域に根ざした文化などが多様性を生み出します。
逆説的ですが社内英語公用化で、英語に統一するのは単一化でありグローバリゼーションです。
ダイバーシティ経営やマネージメントの要約
日本で言われるダイバーシティ経営や、ダイバーシティマネージメントとはどのようなものでしょうか。
「多様性を活かして競争力を高める」「多様な人材が活躍できるマネージメントで、生産性を向上させる」などの説明が一般的です。
ダイバーシティ経営の推進(METI/経済産業省)にもあるとおり、経産省もダイバーシティ経営を推進しています。
地域や企業がダイバーシティ化することで、生産性や競争力が高まるのだそうです。
ダイバーシティへの取り組みは、筆者から言わせれば「根拠なき精神論」です。必勝の信念さえあれば勝てる、足りぬ足りぬは工夫が足りぬなどと一緒です。
竹槍があればB29が落とせると、信じ込むのと一緒。
その理由を、後述していきます。
競争力が先かダイバーシティが先か
GoogleやFacebook、マイクロソフト、Amazon、Appleなど世界の大企業はダイバーシティ化しています。
競争力のある企業は大抵ダイバーシティ化している=ダイバーシティ化すれば競争力が高まる、という発想がダイバーシティ信仰につながっています。
でもこれ、なんの根拠にもなってません。
イチゴもリンゴも赤くて甘酸っぱい。なら赤い=甘酸っぱいなのか? そんなわけないですよね。
多国籍企業やグローバル企業は、競争力があります。そして競争力を維持、向上させるために優秀な人材を求めます。優秀な人材ならば、国籍や宗教、性別など一切こだわりません。
優秀な人材を求めた結果、勝手にダイバーシティ化したというのが事実です。
Googleでは人事データのマストはキャリア、現在の仕事、将来の希望の3つだけだそうです。性別や国籍、年齢などは一切省いています。
性別、国籍、顔写真、年齢などから受けるバイアスをなくし、本当に優秀な人材を採用するための仕組みです。
もし優秀な人材を求めた結果、全員が同国人であったとしてもGoogleにとって問題ありません。優秀であれば多様だろうが単一だろうが、関係ありません。
一方で社内公用語を英語にしてダイバーシティ化を進めた楽天は、海外事業にことごとく失敗しました。ダイバーシティ化して競争力をつけようとしましたが、ビジネスモデルに無理があったのかもしれません。
Googleと楽天の事例は「競争力のある企業が、結果的に自然とダイバーシティ化するだけ」であり「ダイバーシティ化は、競争力や生産性の向上を約束しない」と理解できます。
「ダイバーシティ化で生産性向上!」と謳っている政府、政治家、企業がいかにアホ……じゃなくて、ダイバーシティに強い信仰を持っているかわかりますね。
ダイバーシティで生産性がむしろ下がる理由
ダイバーシティ、すなわち多様性を取り入れると生産性は下がります。ダイバーシティは生産性向上阻害要因です。
仮にあなたの会社の言語を、ダイバーシティ化するとしましょう。英語、中国語、日本語、インド語を社内で認めます。生産性、向上します? むしろ下がりますよね。
日本語をしゃべれない外国人を、多様性! ダイバーシティ化! とか言って雇っても、結果は同じです。
社内公用語の英語化なども、生産性を下げます。社員は英語学習+通常業務で負担が2倍です。これで生産性が上がると思う方が、どうにかしてます。
こういう議論をすると必ず「いやいや、キャリアや能力が多様だと、お互いが刺激し合って化学反応が起き、今までにない発想が生まれるんだよ! ダイバーシティはイノベーティブで創造的破壊なんだ!」という、わけのわからない反論があります。
筆者には「この壺を買って神様を信じれば、病気も治るし恋人もできる。商売? 上手く行くに決まってんだろ!」と言っているようにしか見せません。
多様性から生まれたイノベーションの事例を、まずは示すべきでしょう。
身も蓋もありませんが「ダイバーシティ人材の能力<優秀な人材の能力」です。生産性向上や競争力強化には、当然ながら優秀な人材が必要です。
優秀な人材を求めていたら、副作用として勝手に多様化するでしょう。
真面目に生産性向上や競争力強化を考えるなら、優秀な人材確保の努力をしましょう。
「多様性を認めて!」などと寝言を言う前に、優秀な能力に見合った報酬を用意するのが先だと思います。
ダイバーシティ・多様性と鰯の頭も信心から
戦時中の日本は、アメリカの圧倒的な物量に押されました。国家総力戦の兵站とは、平時の経済と同義です。日本が敗戦したのは、経済でアメリカにかなわなかったからです。
物資不足はいかんともしがたく、精神論が叫ばれました。
「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」
「欲しがりません勝つまでは」
「一億抜刀 米英打倒」
「我が家から敵が討てるぞ経済戦」
昨今、日本の技術者の流出が話題に上っています。中国に高い報酬で、引き抜かれているようです。つまりは物資不足ではなく、報酬不足。
そこで出てきたのが「ダイバーシティ経営」なる、怪しげなスローガンです。
ダイバーシティ経営で生産性向上など不可能です。まさに鰯の頭も信心から。
驚くべきことに経産省を含む政府、政治家、有識者、経営者、マスメディアに至るまで「ダイバーシティ経営で生産性・競争力の向上が可能だ」と信じています。
信じるのは勝手ですが、結果はもちろん敗戦となるでしょう。
優秀な能力に見合う報酬を払えるだけの、経済環境の構築が必要です。
まとめ
この記事は先日、進撃の庶民に寄稿した以下の記事をリライトしたものです。
同じテーマを2回ライティングすると、内容が整理されてより読みやすくなったかと思います。
太平洋戦争の敗戦は、ロジカルに思考すれば当たり前の結果でした。兵站を軽視し、物資不足の国が戦争に勝った例はありません。
兵站とは、平時における経済と同義です。なぜなら兵站には、兵士の使用する生活物資すべてが含まれるからです。
経済がデフレであることを軽視して、解決しないなら生産性・競争力は下落する一方です。兵站を軽視することと、デフレを軽視することは一緒です。
経済が下降気味だから優秀な人材が流出する、したがってその補填にダイバーシティ経営という概念でつぎはぎしようとした、というのが「ダイバーシティ信仰」の真相ではないでしょうか。
要するに日本は、太平洋戦争のときから進歩してません。ロジカルシンキングができずにまた、同じ失敗を繰り返そうとしていると言えます。