アフガニスタンを治療した中村哲医師、彼の地にて凶弾に倒れる

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 信念の人であり、偉大な医師であった中村哲氏の訃報が報道されました。中村哲医師の名前をご存知でしょうか。現代に生きる日本人で、最も偉大な人は誰か? と聞かれたら、筆者が上げるであろううちの1人です。

 ドキュメンタリーを見て「こんな日本人が現代にいるのか!!」と、感嘆した記憶があります。

 偉大な業績と揺るぎない信念に畏敬の念を表しつつ、中村医師のご冥福をお祈りします。
 中村哲という名前を、ご存じない方も多いでしょう。彼の偉業と、アフガニスタンの今を解説します。

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中村哲医師は医者としてアフガニスタンを治療した

 1984年からパキスタン・アフガニスタンでハンセン病などの治療に従事していました。9.11が起こるはるか前から、中村哲医師はパキスタンやアフガニスタンで活動していたのです。
 2003年からは食糧事情、水事情が悪くなっているアフガニスタンで、用水路建設に乗り出します。中村哲医師は医者として「100の診療所より一本の用水路が必要」だと考えたのです。

 彼の業績は途方もありません。

  1. 医療活動と並行して2006年までに井戸を1600本、灌漑用の井戸も13本掘る
  2. 2003年からマルワリード用水路を建設。2010年に完成する
  3. ペシャワール会は、中村哲さんの活動により16500ヘクタール、65万人の生活が救われたとしている

 診療所の仕事だけでは限界を感じ、中村哲医師は畑違いの土建業に乗り出したのです。中でもマルワリード用水路は、福岡県朝倉市の江戸時代の建設物、山田堰をモデルとして建設されました。なぜ現代の工法を用いなかったのか? というと、現地の人達でもメンテナンスができるようにとの配慮からでした。

 中村哲医師の活動によって、ペシャワール会は「アフガニスタンの16500ヘクタールの農地と、65万人の生活が維持された」としています。
 中村哲氏は医師として、アフガニスタンそのものを治療しようとしたのです。

2019年12月4日、テロと思われる襲撃で凶弾に倒れる

 ニュースを見た瞬間に、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われました。ドキュメンタリー映像で見た中村哲医師は、非常に温厚で気さくそうな人物に見えました。そしてその活動から、強い信念を持っていたことも伺えます。

 現代日本で、最も偉大な日本人のうちの1人が殺害されたのです。残念なのか、それとも悔しいのか。筆者の胸中は複雑です。

 ナンガルハール州で中村哲医師が乗ったトラックが襲撃され、同乗していた運転手や警備員なども含めて殺害されました。
 目撃証言によれば犯人は複数人の男性で、自動小銃で武装していたそうです。
 ナンガルハール州ではタリバンに加え、IS(イスラム国)も活動しており、治安は非常に悪かったようです。

アフガニスタンの情勢の悪化と、中村哲医師の揺るぎなき信念

 アフガニスタンの情勢は、2014年以降は好転していませんでした。ここ数年に至っては、むしろ悪化していたと指摘されます。特にタリバンの勢力がここ数年、増していたとのことです。

 タリバンの支配地域では、識字率や貧困率が著しく悪いのです。これはタリバンの責任ではなく、むしろアフガニスタン政府の復興への意思と能力の問題だと指摘されています。
 つまり政府が放置している地域に、タリバンが住民サービスなどを提供して支配地域としているというのが実情です。

 上述したように、アフガニスタンの情勢は極めて危険でありました。中村哲医師はなぜ、帰国しなかったのでしょうか。報道によれば中村哲医師の死を悼むアフガン人は「アフガン人として生き、アフガン人として死んだ」と評します。「アフガン人は彼を守ることができなかった」と悔やむコメントも報じられています。

 中村哲医師が信念の人であったからこそ、帰国という選択肢はなかったのではないでしょうか。

 中村哲医師は沖縄で公演した際に「照一隅(いちぐうをてらす)」というメッセージを、自著にサインとして残しました。これは「自身が置かれた場所で、一つのことに最善を尽くす」という意味だそうです。一所懸命とも似た言葉かと思います。
 そして中村哲医師は、アフガニスタンという世界の一隅を見事に照らしたのです。

中村哲医師死亡のニュースを聞いて

 なぜ、どうして。そんな感情が胸中を駆け巡りました。1人の偉大な日本人が、この世を去ったからです。中村哲氏を襲撃した武装勢力には、強い怒りを感じます。

 アフガニスタンのような問題に突き当たったとき、人はどのように行動したら良いのでしょうか。中村哲医師のように、信念を持って殉じるべきでしょうか。それともアフガニスタンを自身の世界から切り離し、見なかったことにすればよいでしょうか。

 中村哲医師の死は、我々日本人に問いを投げかけているようにも思えます。

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阿吽

誰がどう見ても、どうひいき目に見ても危険地帯であるアフガニスタンにおいて、人の為に従事された中村医師には敬意を表します。

人助けをしたいという言葉は誰しもはける言葉ではありますが、それを本当に命をかけておこなえる人は、本当に本当にごく少数だと思います。

中村医師の信念と、その忠義の人に、敬意と哀悼の意を表します。

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アフガンの治安悪化には、米軍の撤退も関係していると聞きます・・。

それは昨今のアメリカのユーラシアからの干渉低下の方針の影響の1つかとも思いますが・・、こうやって世界はどんどんローカルなものとなっていくのに、それでもこうやって影響と言うのはグローバルに関わりあっていくんだなと思いますと、なんとも言えないものを感じますね・・。

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