話を聞かないネトウヨ、論破した気になるネトサヨ、戸惑う普通の人

 1990年代だったかと思いますが、話を聞かない男、地図が読めない女という本がありました。今回のタイトルはそれを、パロディってます。

 ネトウヨと議論したことはありますか? 私は当ブログコメント欄でもあります。いつも思うのが「どうして人の話を、そんなに聞けないの?」です。
 逆にネトサヨは話は聞いてくれます。

 しかしネトサヨはネトサヨで、ネトウヨに突撃するときに「論破した気になる」事が多いように思います。

 そんな空回りのネット界隈。その構造を明らかにしましょう。

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話を聞かないネトウヨ

 ネトウヨは相手の議論がどれだけ正当であれ、世界観が違えば受け入れません。
 例えば「特攻隊は軍事的には、全くの無駄であった」はどうでしょう? 私は正論だと思います。特攻隊員の名誉は守られるべきですが、それと作戦内容は別個です。

 もしくは「安倍政権は外交で、何一つ成果を上げていない」はいかがでしょう? きっとネトウヨは大反発するでしょう。
 安倍政権が外交で、全戦全敗なのは紛れもない事実です。

 安倍政権が戦後レジームを、むしろ強化しているという事実の提示はいかがでしょう。戦後レジームとは「戦後秩序」です。つまり世界的には「戦勝国による世界秩序」となります。
 したがって戦後レジームの脱却とは「戦勝国による世界秩序の崩壊」を目指すものです。安倍政権はむしろ、対米従属を強めて戦後レジームを強化しています。

 上記3つの事柄に、ネトウヨから肯定の返事は帰ってくるでしょうか? ほぼありえません。話を聞かないネトウヨ、というわけです。

論破した気になるネトサヨ

 これは左派全般の傾向として、存在します。理論的に間違っていない、したがって論破したはずだというものです。

 しかし理論があっているかどうか? それは歴史が検証することであって、合理性で検証できるかどうか? は不明です。不完全性定理の問題があるからです。

 仮に共産党の人が、マルクス主義を説いたとしましょう。マルクスの理論としては、正しい。しかしそれが「現実世界として正しいかどうか?」は別の話なのです。
 したがって理論は、常に証明され続けなければなりません。理論的に正しいことと、現実的に正しいことは「異なっているかも知れない」のです。

ネトウヨとネトサヨに戸惑う普通の人たち

 実証研究によればネットでは、極論の書き込み回数ほど多くなるようです。極論を書く人間は「自分を正義だ」と信じてやみません。
 したがって「正義を広めるため」に、妄執的に極論を書き続けるのだそうです。統計などでも、その傾向にあるとのことです。

 ネットで最も書き込まないのは、中立な人のようです。ノンポリともいいます。

 ノンポリや中立な人たちがネトウヨ、ネトサヨを見てどのように思うでしょう? 戸惑うか、感化されるかだと思われます。
 あまりに極端なイデオロギーだと、感化される人は少ないように思われます。

ネトウヨvsネトサヨという構造は単なるプロレス

 ネットの各所でネトウヨvsネトサヨの対決が行われています。ネットの名言によれば「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!」のだそうです。

 戦後日本の右翼、左翼の争いにしても同様です。戦後レジームという「体制の中」での、コップの中の嵐だったのです。
 現在のネトウヨとネトサヨの争いが、上記のレベルから脱したとは到底思えません。……いや、むしろ劣化しているでしょう。

 少なくとも戦後右翼、戦後左翼ともに思想がありました。では現在のネトウヨやネトサヨの思想背景とは? マルクス? エンゲルス? バーク? ハイエク? 聞いたことがありません。
 いや、議論しているところすら見たことがないと言えます。

 同レベルで争い、注目を奪い合う。まさに「プロレスの構造」以外の何物でもありません。

 上記のような視点でネットを眺めてみると、少し違った風景が見えることでしょう。

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Muse
7 月 前

ヤンさん、お久しぶりです。実家に帰って体調とかも回復に向かいつつあるでしょうか?

さて、今回の批判対象であるネトウヨ&ネトサヨですが、両者に共通しているのは、自分にとって都合の悪い客観的事実をスルーし、かつ、是々非々で物事を考える思考が欠如しているという点です。言い換えれば、視野狭窄、思考停止、現実逃避のキーワードに集約されます。

さらに、こうした集団的精神病理ともいうべき社会現象は、彼らネトウヨやネトサヨのような一部の人種だけでなく、程度の差こそあれ、いわゆるB層に代表される国民大衆全般にも当てはまります。さらに言えば、新自由主義を礼賛し自己責任を強調する、いわゆるA層ないし上級国民といった連中も例外ではない。あのホリエモンがツイッターでよくほざいている暴言こそが彼ら(A層)の本音だといえます。

阿吽
7 月 前

>しかしネトサヨはネトサヨで、ネトウヨに突撃するときに「論破した気になる」事が多いように思います。

そういえば、ヤンさんのところや進撃にも、昔何人か、ネット左翼がきましたね・・そういえば・・。

たしか・・、移民政策に反対するとか差別か!?・・とか、軍事力の増強とかありえない!?・・、みたいな感じだったでしょうか。

,
しいていうなら・・、現在のネットの政治論壇(のように一般の社会ではそうみられてそうな、しかし、事実は別物とも言っても良さそうなもの)は・・・、

『アンチ・ネット右翼』ⅤS『アンチ・ネット左翼』・・なんですよね・・。

両方とも、所詮でいえばお互いがお互いのアンチなので、それ以上でもそれ以下でもないという印象です。

“在特会”VS“しばき隊”なんて、典型的なアンチ対アンチの出来事だったですかね。

アンチが思想だから、必然、双方、それ以上にはなかなかなれない・・という印象です。

裸の安倍さま
Reply to  阿吽
7 月 前

在特会もしばき隊も、上がおんなじヤクザ。

通りすがりの閲覧者A
7 月 前

言わんとすることは理解できるが、この記事自体がそのネトウヨとネトサヨの悪いところを集めてしまったような出来になってしまっているのはいかがなものだろうか。

例えばある軍事ジャーナリストによって、ある時点での敵への被害の大きさと見方の損失の勘案で、「特攻隊は軍事的には、全くの無駄であったとは言えない」という発言をされている方も居られる様だが、ネトサヨと呼ばれる方達はこういった意見については記事で紹介されるネトウヨと同じように人の話など聞かないと思われる。
また、ネトウヨと呼ばれる方達の中には保守主義やナショナリズム、パトリオティズムに基づく議論や主張を行っている方もいるが、これも「現実世界として正しいかどうか?」は別の話だと思う。つまり両者が逆のパターンでも十分に成り立つ。

つまり、この記事ではネットの構造を(一部の言及としては良いにしても)明らかに出来ていないばかりか、記事中での話を聞かないネトウヨ、論破した(構造を明らかにした)気になるネトサヨの両方の特徴を持った記事内容であると個人的には思う。

ところで、右にせよ左にせよ過激な思想はいつも厄介なものだが、戦前に第二次世界大戦に民族主義が台頭し日本が戦争へ突っ走っていったり、戦後その反動で共産主義勢力の拡大、暴動が起こったのは、ノンポリや中立な人達とされる勢力が時勢に流されるせいで起こりうると個人的には考える。

己は物事を中立に見えていると勘違いしている(無意識のこともある)連中が実は一番厄介なのかもしれないということを頭に入れて、自分はどういった思想を持っているかを自覚し、自己と異なる意見にも積極的に触れる(理解する必要はないが、人格批判はしない)というのが大切だろうと思った。

ネトウヨだからこう、ネトサヨだからこう、ノンポリや中立な人はこう、普通の人はこう、こう思うだろう、こう言われるというような一種の決めつけは(カテゴライズ自体は否定しないが)、思想の自覚を持たない衆愚が、己の感情で他者に攻撃的になる現象に似ているのではないか。所謂ネット環境と同じで、つまりネトウヨ・ネトサヨと呼ばれる方が実際は、ネトウヨ、ネトサヨの区別なく自己の感情に従う衆愚でしかないのではないだろうかと思ったりする。

極左から見れば穏健リベラルは右だし、極右から見れば、保守といえど左派のようなものみたいな話で真の中立など存在せず、時勢によって右だったり左だったりする人を中立と呼んでいるに過ぎないのではなかろうか(つまり特定の物事で限定すれば極右・極左の可能性もある人物)、などと思った。

カンガルーかわいい

川口浩史
1 月 前

はじめまして。
中立またはノンポリと記事内で評される人々は現実では恐らく違います。ネトウヨやネトサヨに一般人がほだされないのはイデオロギーからではないでしょう。
例えば、安倍政権に批判票を投じる人々の全員が全員ネトサヨと思えませんし、安倍政権に賛成票を投じる全員が全員ネトウヨと思えません。むしろネトウヨネトサヨの票はそれらの極少数にしか過ぎないでしょう。
ノンポリはノンポリで日本において多数派ですが、同時に非ノンポリがすべからく匿名サイトやっていると考えるのは非現実的です。

しかしながら、ネトウヨやネトサヨが一般人から敬遠されているのは確かで、現に法的にはネトウヨという評価は名誉毀損の対象でもあります。
即ち、ネトウヨやネトサヨが敬遠されているのは、政治イデオロギーにあるのではなく、全く別の要因で、それは当然ながら「ネット」にあるのだと考えられます。
つまりは彼らのネット民性が、反社会的、反世間的であって、「現実」から受容されない、ということです。
イデオロギーという面に着目すれば、既に通りすがりA氏が述べられたように、評価は主観的なものであり、相対的なもであって、一概に言えず、是非もありませんから、ネトウヨやネトサヨの評価も一概に言えません。
彼らが彼らが言うところの「現実」から受容されないのは、彼らが「ネット」だからだと考えます。
以下は私が書いた考察です。https://merlinrivermouth.hatenablog.com/entry/2020/05/07/150919