奇跡の経済教室【戦略編】中野剛志レビュー・書評-MMTと社会科学

読んだ書籍

 先日、中野剛志さんの新著「全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】」を読了しました。
 基礎知識編が現代貨幣理論(MMT)に焦点を当てているとすれば、戦略編は現代貨幣理論(MMT)だけではなく、社会科学から現実を解釈しています。

 全体としては、かなりわかりやすく書かれています。様々な人に読んでほしい! という中野剛志さんの気持ちが、文体に現れているようです。
※冒頭写真は、自分で適当に撮影してみました。

 まずは目次を見ていきましょう。

  • はじめに――歴史の転換点
  • 第1章 基礎知識編のまとめ
  • 第2章 二つの成長戦略
  • 第3章 「ムチ型」成長戦略の帰結
  • 第4章 富を増やす二つのやり方
  • 第5章 レント・シーキング活動
  • 第6章 大失敗した行政改革
  • 第7章 諸悪の根源
  • 第8章 エリートたちの勘違い
  • 第9章 なぜエリートたちは考え方を変えられないのか
  • 第10章 なぜ保守派は、新自由主義が好きなのか
  • 第11章 なぜリベラル派は嫌われるのか
  • 第12章 世界を読み解く新たな座標軸
  • 第13章 滅びゆく民主主義
  • 第14章 歴史の大問題
  • おわりに――新時代へのピボット戦略

 目を引いたポイントを解説しつつ、本書の魅力をレビューします。

スポンサーリンク

はじめに――歴史の転換点

 「全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】」のテーマは「なぜ間違った経済政策が、こうも続けられるのか?」です。

 経済政策の決定には「政治決定説」と「思想決定説」があると、中野剛志さんはいいます。政治決定説とは「その政策をやることによって、得する奴らがいる」という考え方。
 思想決定説とは、主流派経済学などの思想に染まっているので、自動的に新自由主義的な政策が取られるという考え方です。

 中野剛志さんは、どちらもあっている部分があるとします。
 大雑把に分ければ、第7章までが政治決定説。第8章からが思想決定説といったところでしょう。

第2章 2つの成長戦略「アメ型」「ムチ型」

 「全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】」では、経済成長するためには2つの戦略が選択肢としてあることを示します。
 「アメ型」「ムチ型」です。

 1980年代までの「日本式経営」がアメ型です。終身雇用と高い従業員給与という”制約”があるので、企業は高品質で高付加価値な製品を開発して、それを売るという道に活路を見出します。
 こうして、イノベーションが生まれ、さらに所得をあげていくという「賃金上昇型」の成長戦略が「アメ型」です。

 ムチ型は新自由主義です。人件費をコストカットし、移民を入れ、賃金を抑制することで国際競争力を得るやり方です。
 規制緩和や民営化なども、この文脈でなされていきます。
 しかしムチ型では全体が、成長できません。なぜなら、ムチ型はデフレ圧力を生み出すからです。

「ムチ型」の中で争う人々とレントシーキング活動

 ムチ型経済政策では、経済全体のパイが増えません。むしろ、経済のパイを奪い合う行動が合理化されます。
 この1つがレントシーキングというわけです。

 前半の政治決定説では、レントシーキングにかなりフォーカスしています。第4章~第7章までを「レントシーキングや、それに伴う規制緩和がなぜ行われるのか?」という、社会構造の問題に焦点を当てていきます。

 この中でひときわ、目を引く文章がありますのでご紹介しましょう。市場についての考察です。

 一般に、経済学者や経済評論家は、規制緩和、自由か、民営化について、「市場に任せて、政府は規制しない、あるいは規制を弱めること」だと考えています。実際、主流派経済学の教科書は、政府が介入せずに、個人や企業が自由に競争するのに任せれば、経済が効率化するという理論について解説しています。

 しかし、現実の世の中には、政府の介入や規制が一切なくてもうまく機能する「市場」などというものは存在しません。

全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】 P102

 本書によれば、アメリカの規制の複雑さは世界トップクラスだそうです。日本より多くのルールが存在するそうです。
 ”自由”貿易であるはずのTPP文章が、6000ページを超えたことを思い起こさせるではないですか。

 中野剛志さんは「市場とは制度だ」と断言します。制度である以上、規制緩和なんてものはなくて「どのようにルールを変えるか?」があるだけです。
 レントシーキングは非常に巧妙に、市場の制度を「自分たちのビジネスの、都合の良いように変更する」という活動だったのでしょう。

自己実現的予言とエリートの勘違い。思想決定説編

 第8章からは、経済政策の思想決定説にフォーカスしていきます。これぞ中野節! という感じがします。

 1つ余談ですが、私見を書いておきます。現在、フェリクッス・マーティンの「21世紀の貨幣論」も読了間近です。

 その知見を踏まえた上でいえば、政治決定説より思想決定説のほうが、より重大で危機的ではないか? ということです。
 純粋な利害関係による政治決定説の要素は、経済成長や民主主義で解決可能に思えます。

 端的にいえばレントシーカーたちが「既得権益だ~!」とやってきたのを、やり返せばよいのです。ある種、政治的・物理的な解決が可能なのです。
 しかし思想は、そうもいきません。

 閑話休題。経済政策の思想決定説では、重要な概念が2つ出てきます。自己実現的予言と、認識共同体です。

 自己実現的予言はこうです。

  1. 「グローバル化は避けられない流れだ! 外に打って出るのだ!」と国内投資をへらす
  2. 内需が減少する
  3. 「ほら見ろ! やっぱりこれからは、外需を取りに行かなければ!」

 上記は少子化と増税にも、本書では例えられています。

 認識共同体とは、ある特定の共通した慣習、考え方、属性などの人が集まることをいいます。会社も、国家も、地域もある種の認識共同体です。
 身内、お仲間といえばわかりやすいでしょうか?

 中野剛志さん自身も「認識共同体そのものは、悪でも何でもない」と書いています。
 ただしこれだけ弊害の大きい、新自由主義やグローバリズムの認識共同体が、エスタブリッシュメントやエリートの中で強固に築き上げられていることが問題です。

第10章 なぜ保守派は、新自由主義が好きなのか

 この章は私の興味もあり、非常に面白かったです。

 当ブログでも現代貨幣理論(MMT)批判で、たびたび登場するジェームズ・ブキャナン(MMTをすると、民主主義が際限なく再出拡大を求める論の人)ですが、本書でも取り上げられます。同じような論は、サミュエル・ハンチントンも論じていたようです。

 大雑把にいえば、保守が新自由主義好きになったのはこうです。

  1. アメリカは1970年代、インフレに襲われる
  2. サミュエル・ハンチントンやジェームズ・ブキャナンは、これを民主主義の過剰だとした
  3. 保守思想はもともと、民主主義に警戒的だった(大衆を信用してない)
  4. 民主主義の過剰を抑制したい保守、インフレを抑制したい新自由主義が手を組んだ

 非常に明快に論理が通っており、おもわず「なるほど!」と手を打ちました。この歴史の経緯については、ぜひとも本書でお読みください。

第13章 滅びゆく民主主義

 13章では、グローバリズムと民主政治が並列できない理由を、非常にわかりやすく論じています。
 そして新古典派経済学、いわゆる主流派経済学の理論やグローバリズムの推進そのものも、非民主的であることが明確になります。

 これはわりと当たり前の話だったりします。言葉の定義をしっかりすれば、誰でもたどり着ける結論ではあります。辿り着く人が、非常に少ないのも事実ですが――。
 端的にいえば「小さな政府」とは「国家主権を制限する」であり、その主権は民主政治では「国民にある」のです。

 どうやって制限するのか? 国際条約や憲法です。
 余談ですがTPPを承認したり、憲法改正草案に財政規律条項を入れている自民党や安倍政権は、反民主的なのです。
 民主政治によって選ばれた政治家が、反民主的であることは不思議でも何でもありません。

 かのヒトラーだって、先進的かつ民主的な憲法を持つ、ワイマール憲法下で生まれたではありませんか。
 民主政治が民主主義を否定することは、歴史上ままあることです。

規制の経済教室【戦略編】は、なぜ戦略編と名付けられたか

 おわりに――新時代へのピボット戦略、では「もはや左右で争っている時代ではない。手を取り合って、現在の危機的状況に対応しなければいけない」と説きます。
 私も全くの同感です。

 しかし中野剛志さんらしいというか……「こうすれば、よくなる!」というような処方箋は最後まで示されません。
 なぜ示されないのか? の理由は非常に簡単です。そんなモノがあれば、とっくにやっている! です。

 現実の社会は複雑です。その中で、現在なにが起こっているのか? すら、世間では議論されていません。正確には「捉えそこねている」でしょうか。

 中野剛志さんらしい巨視的視点で物事を捉えつつ、経済や政治の初心者にもわかりやすく、現在起こっていることを解説をする。「全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】」は、その意味合いにおいて「十分に戦略的書籍」といえるのではないでしょうか。

 なお「全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】」は、「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】」が上巻となっています。

 また、本書はところどころに「MMTの付録」が掲載されており、これがまた面白いのです。

 基礎知識編も、奇跡の経済教室 基礎知識編レビュー 世界一やさしい信用貨幣論でレビューしております。併せてご一読ください。

申し込む
通知する

2 Comments
一番古い
最新 投票が多い
インラインフィードバック
すべてのコメントを表示
丹後の薪おじさん
4 年 前

全国民が読んだら素晴らしいことですが、間違った政策を20年以上継続している現状を、正しく理解することが前提として必要に思います。綾小路キミマロさんのような方に、説明されたらわかりやすくなると思います。普段から本を読み理解する習慣のない方に理解させるには、日常的に感性を刺激してくれる媒体が、一番効果的な方法であり、抵抗がなく、同レベルの方々への発信力は、すごいと思います。  わかりやすいレビューありがとうございました。