昨日、現代貨幣理論(MMT)の権威であるステファニー・ケルトン教授が訪日し、MMT国際シンポジウムが開催されました。
2019年7月16日の22時から、テレ朝などでも報道されたようです。
私も日本で数少ない現代貨幣理論(MMT)論者を名乗っています。ネットで検索すると、現代貨幣理論(MMT)を包括的にまとめた記事が「少ない」ことに気が付きました。
すべてのエッセンスとはいきませんが、現代貨幣理論(MMT)の要旨をまとめたいと思います。手引きとして、取っ掛かりとして使っていただけたらと思います。
これから現代貨幣理論(MMT)を、学習する方に少しでも役に立てればと祈念します。
現代貨幣理論(MMT)の理論構造とは
- 歴史的に貨幣は信用貨幣だった
- 国定貨幣は、徴税権によって通貨として流通する(租税貨幣論)
- 信用貨幣論では、貨幣創出(信用創造)は借り手の返済能力に依存する
- 政府は自国の通貨発行権を有する=返済能力に窮することはない
- 貨幣価値が極端に下落する=行き過ぎたインフレ以外で、国債発行や政府支出を縛るものはない=均衡財政や小さな政府の否定
- デフレやインフレに応じて、財政政策や金融政策を決めれば良い(機能的財政論)
端的にいえば「歴史の事実から、貨幣とはどういうものか?」と解釈し、現実から「国債発行は、行き過ぎたインフレ以外で制約されない」と理論化したものが、現代貨幣理論(MMT)となります。
上記の構造を、頭の片隅において読みすすめると理解しやすいでしょう。
現代貨幣理論(MMT)を支える3つの基礎理論とは
現代貨幣理論(MMT)には、基礎となる3つの理論があります。
- 信用貨幣論
- 機能的財政論
- 租税貨幣論
それぞれ、要旨のみ解説します。
現代貨幣理論基礎その1 信用貨幣論とは
信用貨幣論とは、表現を変えれば「貨幣=(発行主体にとっての)負債」論です。理論の全体像を見ていきましょう。
- 銀行(日銀含む)は貨幣を発行できる、特殊な存在(信用創造機能がある)
- (銀行がいくら貨幣を発行しても)貨幣は借り手がいないと、市場に流通しない
- 貨幣の発行は、借り手の返済能力にのみ依存する
もう少し解説します。
1.は「信用創造」と呼ばれるものです。信用創造とは「銀行は、借り手さえいればいくらでも貨幣を発行できる」という機能です。
なぜなら、借り手の預金口座に「◯◯万円」と”書き込むだけ”で融資が可能だからです。
※この概念は万年筆マネー(ジェームズ・トービン)といいます。
信用貨幣論とは「相手の返済能力=信用があれば、貨幣はいくらでも発行できる」論と言い換えても良いでしょう。
信用貨幣論における政府の扱いについて
政府は日銀に口座を持っています。日銀は、国債を引き受けて政府に貨幣を供給します。
※実際のプロセスは、政府小切手などをはさみます
政府は自国通貨の、通貨発行権を有します。したがって、政府の返済能力が窮することはありません。
これが現代貨幣理論(MMT)でいう「国債は(インフレ制約以外で)いくらでも発行できる」という結論に繋がります。
現代貨幣理論基礎その2 機能的財政論とは
機能的財政論は、ケインズ学派の経済学者アバ・ラーナーが提唱した理論です。
機能的財政論のしめすところは、2つだけです。
- 不景気やデフレのときは、政府が支出拡大(需要創出)して景気を下支えする
- 好景気やインフレが加熱したときは、ビルトイン・スタビライザーや金融引き締めで、インフレ抑制に務める
デフレや不景気は、供給>需要によって起こります。需要が少なければ、売上も上がらず、所得も減るのです。
したがって、政府が支出拡大=需要創出=政府が消費するのです。
インフレの加熱は供給<需要大なので、その逆の政策になります。
信用貨幣論に則れば、政府の負債拡大は「気にしなくて良い」ので、機能的財政論が可能となります。
現代貨幣理論基礎その3 租税貨幣論とは
租税貨幣論はゲオルク・フリードリヒ・クナップ(G・F・クナップ)が唱えた、貨幣国定説をベースにしています。
かのジョン・メイナード・ケインズも、貨幣国定説を支持してました。
租税貨幣論とは、端的にいえば「どうして自国の通貨が、通貨たり得るのか?」を説明したものです。
注:通貨は「法定流通貨幣」「国定流通貨幣」の略語です
理論的には簡素化すれば、3つの段階で説明できます。
- 政府は通貨を定め、通貨”のみ”で徴税する
- 納税義務の解消は、通貨でしかできないため、人々は通貨を求める
- 通貨が通貨として、人々に受け入れられる
簡潔にいえば、徴税権という国家権力の行使こそが、国家が定めた国定貨幣を通貨として流通させる原動力となるのです。
これを現代貨幣理論(MMT)では「税が通貨を駆動する」と表現します。
租税貨幣論に対する反論
租税貨幣論への反論は「通貨は、みんなが通貨と思っているから通貨なんだ」というものがあります。「みんなが思っている」の部分には、「慣習だから」「長く使用しているから」などのバリエーションがあります。
これは「お金は、みんながお金と思っているから、お金なんだ」という、なんの説明にもなっていない反論です。
少なくとも租税貨幣論や貨幣国定説以外の、説得力のある「通貨を通貨足らしめている説明」は、現在のところ存在しません。
現代貨幣理論(MMT)の基礎理論への補足
現代貨幣理論(MMT)の基礎理論への補足として、いくつかがあげられます。
- スペンディング・ファースト(政府支出が先)
- OMF(Overt Monetary Financinag 明示的な財政ファイナンス)
- JGP(Job Guarantee Program 雇用保障プログラム)
- ビルトイン・スタビライザー(景気の自動調整税機能)
- インフレ制約
万年筆マネーについては上述しましたので、省きます。
スペンディング・ファースト(政府支出が先)とは
スペンディング・ファーストとは、「我々が納税する前に、政府はその年度の予算を支出している」という当たり前の事実です。
2018年度の、確定申告はいつでしょうか? 2019年の2-3月です。2018年度の予算は、税収が確定していないのに、支出されていたことになります。
これは財務省証券(財務省は当然、政府)によって、支出されています。
スペンディング・ファーストとは「納税→政府が支出」ではなく、「政府が支出→その後に納税」を示します。
OMF(Overt Monetary Financinag 明示的な財政ファイナンス)とは
またスペンディング・ファーストのための財務省証券等による支出の構造は、OMF(Overt Monetary Financinag 明示的な財政ファイナンス)と呼びます。
参照:世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第321回スペンディング・ファースト (2019年5月28日) – エキサイトニュース
JGP(Job Guarantee Program 雇用保障プログラム)
JGPは、現代貨幣理論(MMT)の政策提案です。
政府が失業者に対して、最低賃金で雇用保障をするという政策です。
興味のある方は雇用保障プログラム-Job Guarantee Program(JGP)-とは?ベーシックインカムと比較してみるをご覧ください。
ビルトイン・スタビライザー(景気の自動調整税機能)
所得税や法人税は、失業ないし赤字であれば払わなくてよい税です。つまり、不景気のときには、全体として税率が軽くなると解釈できます。
好景気やインフレの場合は、全体として税率が重くなります。
- 税率が軽くなる=消費や投資に使える=需要が増える=景気を下支えする
- 税率が重くなる=消費や投資が減衰する=需要を抑える=インフレを抑制する
このような税機能をビルトイン・スタビライザーといいます。
消費税にはこの機能はありませんので、「デフレを悪化させる」と批判されます。
インフレ制約
現代貨幣理論(MMT)では、インフレ制約以外で国債は無限に発行できるとします。インフレ制約とはなんでしょう?
インフレとは供給<需要であるとともに、通貨価値の下落でもあります。価値が下落しすぎると、通貨としての意味を失います。
よってマイルドなインフレが健全であり、それ以上のインフレになれば国債発行(信用創造による貨幣創出)を控えるべき、となります。
もしインフレが行き過ぎれば、例えば金利を上げて、借り手の意欲をなくす。増税をして、消費を抑える。国債発行を抑えて、政府需要を抑えるなどが必要となります。
現代貨幣理論(MMT)で実際にできることとは?
基礎理論や理論的補足、用語は説明しました。ここからは、現代貨幣理論(MMT)が現実で何ができるのか? を解説します。
現代貨幣理論でできること1 均衡財政が必要なくなる
スペンディング・ファーストやOMFで見たとおり、政府は自身で通貨を発行できます。したがってインフレ制約以外で、国債発行は無限にできることになります。
実際の歴史を見ても、1900年~現在でアメリカの国債は3000倍以上に増えています。日本も同様です。
均衡財政が必要なくなれば、どのようなことになるのでしょうか?
- 経済成長とGDPの拡大
- 格差の縮小が可能に
- グローバリズムが必要なくなる
報道では「社会保障費が年々拡大」と報じられますが、現代貨幣理論(MMT)では「気にする必要はない。なぜならデフレだから」となります。
南海トラフ地震に備えた、防災・減災も進められます。
ワーキングプアや貧困層への手当も、可能でしょう。
今まで「プライマリー・バランスが!」と進められなかった政策が、全て進められます。
志ある政治家にとっても、国民にとっても、現代貨幣理論(MMT)は非常に有益です。
グローバリズムも必要なくなります。なぜなら今までは「自由貿易! だから貿易協定!」だったのが「景気拡大で輸入量も拡大→現状にあった、win-winな貿易協定を結ぶ」となるからです。
現代貨幣理論でできること2 財政民主主義が確立できる
今までの日本の経済運営は、ひたすらに主流派経済学の「均衡財政」「プライマリー・バランス」に縛られてきました。
本来は民主主義で、国民と政治家たちが決めるべき財政政策を、経済学が縛ってきたのです。
現代貨幣理論(MMT)では「インフレ制約以外に、財政政策への制約はない」とします。財政政策の主権が、国民に取り戻されるのです。
主流派経済学(新古典派経済学・リフレ派)と現代貨幣理論(MMT)の違い
主流派経済学は今まで、国民の財政主権を縛ってきました。この思想潮流はどこにあるのでしょう?
結論からいえば、新古典派経済学やその派生経済学(リフレ派)はすべて「経済的自由しか求めていない=市場原理の弱肉強食を是としている」イデオロギーにしか過ぎません。
マルクス経済学がイデオロギーであったように、新古典派経済学もまたイデオロギーでした。
逆に現代貨幣理論(MMT)は、現実の構造から貨幣や金融を分析します。
イデオロギーは「◯◯とするべき論」であるのに対して、学問は「◯◯である論」なのです。
主流派経済学は「小さな政府とするべき」「自由貿易をするべき」というイデオロギーに、それらしい理論を貼り付けたに過ぎません。
イギリスのエリザベス女王が、リーマン・ショックのときに主流派経済学者たちに問いました。
「なぜ、リーマン・ショックが予測できなかったのですか?」
主流派経済学者たちは、一言も返すことができなかったそうです。
ちなみに主流派経済学の権威の1人、ロバート・ルーカスは2003年に「経済学は、金融危機を克服した」と発表しました。
そのわずか5年後に、リーマン・ショックが起こったのです。
リフレ派や主流派経済学と、現代貨幣理論(MMT)の違いは以下をご参照ください。
現代貨幣理論(MMT)批判でよく見られるものとは
報道では毎日のように、有識者が現代貨幣理論(MMT)批判を繰り広げています。
最近の現代貨幣理論(MMT)批判は、1つの論法に集約されます。
現代貨幣理論(MMT)では、インフレが行き過ぎれば財政縮小を行えばよいと述べる。しかし現実的には、増税や予算規模の縮小は困難だ。
したがってインフレ抑制ができなくなる。最終的にはハイパーインフレを招く恐れが強い。
ここまでお読みいただいた方なら、いくつかの単語が浮かぶでしょう。「ビルトイン・スタビライザー」「金融引き締め(金利の引き上げ)」などです。
「民主主義では、際限なく財政赤字が拡大していく」とはジェームズ・M・ブキャナンの論です。
ブキャナンが間違っているのは、「財政赤字を拡大するのは、民主主義ではなく資本主義の本質だ」ということろです。
したがって、ブキャナンの「赤字の民主主義論」は、一気に説得力を失います。
またビルトイン・スタビライザーや、金融政策によってインフレは抑制可能です。予算規模は据え置くだけで、十二分にインフレは抑制できます。
増税の必要も、よほどインフレが行き過ぎたときのみでしょう。
現代貨幣理論(MMT)批判論者たちは、ハイパーインフレという言葉を容易に使用します。しかし国際会計基準では「3年間で、累積100%」がハイパーインフレの定義です。
年間26%のインフレ率になります。
現代貨幣理論(MMT)批判が「いかに説得力がなく、現実を無視したものか?」が伺い知れるでしょう。
ちなみに、自国通貨建て国債でデフォルトに陥った国家は、歴史上存在しません。また、ハイパーインフレの原因は歴史上、戦争・内乱・革命・外国通貨建て国債(外債)・独裁のいずれかです。
民主主義国+自国通貨建て国債で、ハイパーインフレになった国家は存在しません。
またマイナーですが「現代貨幣理論(MMT)は閉鎖経済(鎖国)を前提としている!」という批判もあります。
現代貨幣理論(MMT)は変動相場制(開放経済)を前提としており、見当違いな批判です。
現代貨幣理論(MMT)の主要論者たちの紹介
- ステファニー・ケルトン
- L・ランダル・レイ
- ビル・ミッチェル
- ウォーレン・モズラー
1~3は経済学者ですが、ウォーレン・モズラーは投資家だそうです。かのジョン・メイナード・ケインズも投資家でした。
またニューディール政策の発案者といわれる、マリナー・エクルズもまた実業家、投資家でした。
投資家・実業家だからこそ、肌身で「貨幣とはなにか?」が理解できるのかも知れません。
現代貨幣理論(MMT)が統合した、主な理論と人物紹介
- ジョン・メイナード・ケインズ(ケインズ経済学の祖)
- G・F・クナップ(貨幣国定説→租税貨幣論へ)
- アバ・ラーナー(ケインズ経済学→機能的財政論)
- ミッチェル・イネス(貨幣は昔から、信用貨幣論だったことを提唱、アダム・スミスの商品貨幣論(物々交換経済)を否定)
- ハイマン・ミンスキー(金融不安定性仮説で、金融危機の原因を理論立てる)
- ジョセフ・シュンペーター(イノベーションの仕組みを解明。創造的破壊という言葉の生みの親)
- フリードリヒ・リスト(制度経済学の生みの親。ドイツの歴史学派)
- サミュエル・テイラー・コールリッジ(リカードと地金論争(商品貨幣論vs信用貨幣論)で論争)
※ミッチェル・イネスは名前が知られていませんが、やはり、大昔物々交換などなかった – シェイブテイル日記2が参考になります。イネスとケインズの貨幣論(論文)もなかなか面白いです。
※ジョセフ・シュンペーターの創造的破壊は、往々にして勘違いされます。創造的破壊とは?誤用され誤解される創造的破壊とイノベーションを参照。
最後に余談ですが、ハイマン・ミンスキーに触れたいと思います。
金融不安定性仮説は、簡単にいえば以下です。
- 景気が良くなり金融投資する
- どんどん、金融投資が加熱する
- 何らかのショックがおきる
- 売り逃げが売りを呼び、金融危機へと発展する
- 政府が金融機関を救済する→しばらくして1に戻る
金融投資はレバレッジがききます。100万円で、1000万円の取引(内900万円は負債)ができます。
つまり、何らかのショックで投資家(借り手)の返済能力が失われることが、金融危機の原因といえます。
これは裏を返せば、民間負債の過剰な拡大が金融危機の原因ということです。実際に歴史上も、新自由主義(小さな政府)を進めればすすめるほど、金融危機が頻発しています。
国民が国債金融資本の喰い物にならないためにも、政府負債の拡大のほうが良いのです。
現代貨幣理論(MMT)を学ぶための書籍・本・サイト
日本ではまだ、現代貨幣理論(MMT)に関する書籍は少ないです。しかし、いくつかありますのでご紹介します。
上から順に、初心者に優しいものとなります。下に行くほど、現代貨幣理論(MMT)だけでは収まらなくなります。
私が読了したのは奇跡の経済教室(基礎)と、富国と強兵のみです。残りの3つも、購入予定です。
富国と強兵は、日本で初めて現代貨幣理論(MMT)を論じた本です。が……700ページの大著であり、すごい面白いのですが、初心者にはおすすめできないかも知れません。
サイトでは以下2つが、最も有力です。
- 道草(現代貨幣理論(MMT)専門で、ランダル・レイやモズラーなどを翻訳)
- 経済学101 — 経済学的思考を一般に広めることを目的とした非営利団体です(現代貨幣理論(MMT)の翻訳もあり)
現代貨幣理論(MMT)まとめの最後に
本稿はまだ現代貨幣理論(MMT)を知らない方が、興味を持った場合の手引きとして書きました。そのため、理論的な深い部分については書いていません。
……書いてたら、5000文字じゃ済まなくなります(笑)
現代貨幣理論(MMT)への理解を、まだ現代貨幣理論(MMT)を知らない方が深める取っ掛かりとして、本稿が役に立てば幸いです。
ここまで書き上げるのに、3時間以上かかったのではないでしょうか。お疲れ様です。
無茶苦茶、時間かかりました(笑)
現在2度めの推敲を終えましたが……まだどこか脱字やら誤字があるのでは? と不安です(笑)
今回の記事も大変分かりやすくて、初心者向けのまとめ記事として秀逸だと思いました。
今後さらに内容を加筆整理したものをKindle版の電子書籍として出版されたらいかがですか?
(値段は数百円ぐらい?)
秀逸と評していただけると、報われます。シンドカッタヨーマジデ―
プロット(構成)としては、過不足はあまりないかな? と思っています。ほとんど、網羅、包括はできたのかな? と。
電子書籍は(MMTに限らず)「そのうち」ということで……(汗)
週にただでさえ3万文字書いてますので、死ねます(笑) 10万PVいってから、書こうかな? とは思っているのですが……そのうちです(笑)
追記
文字数的には、ブログを3週間休んだら10万文字の本が、1冊できるという不思議。
いえ、プロットとか構成、理論の精査など、本のほうが大変だとは思います。
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