異世界は召喚されし者に優しくないep8 遭遇と奇襲と初実戦

 義勇兵たちからゴブリン草原と呼ばれる草原は、外壁城門を出て東北へ山の裾をなぞるように歩いて2時間ほどのところにある。
 イシス神を信仰する人族やドワーフ族、エルフ族、獣人族が追いやられたアトゥム大陸西側の端は、東側に険しい山稜が囲むように存在し、魔人族と言えども大軍を率いて進行できるルートは限られている。
 その1つがラルフ・ルーゲ辺境伯が居を構えるランツ地方であり、対魔人族最前線の1つだ。

「つ……つっ疲れた! お、重い!」
 ツバサが時々つぶやいているが、銀の誓約では誰も気にしない。
 訓練のときもそうだったのだが、ツバサの掛け声のようなものだ。本当にきついときは黙り込むと、ツバサ以外は知っている。

「なんだか開放的な気分だね。僕たちだけで行動するのは」
 ダイチがツバサを無視して気持ちよさそうに言うと、サトルも応える。
「そうですね、訓練のときはずっと教官たちの目がありましたものね」
「はは、凄いわかりますよ~! 自由万歳! ってサトルさんもそう思ってたんですね~」
「このままどっか行きたいっすわー! ミナトさん、サトルさん、一緒に逃げるっすか? なんつって!」
「こらこら、ヒナタ、物騒なことは言わないように。逃げても魔人族の勢力圏ですから、人族の扱いはひどいと教官たちも言ってましたし……」

 ミナト、ヒナタが軽口をききユウイチロウがそれをたしなめる。いつものパターンだ。ツバサは相変わらず「お、重い! おっ重い!」と1人つぶやいている。もっとも装備が軽いのはツバサのはずなのだが。

 2時間ほどをかけてようやくゴブリン草原に銀の誓約は到着した。
 夏の日差しがカンカンに照り、鬱蒼と腰より上まで伸びた草が茂り、所々には林と呼ぶにはやや小さいが木々も茂る草原だ。
 主に亜人種のゴブリンが狩場としているようで、さらに東に進めばゴブリンたちの生息する森が存在するのだそうだ。
 サトルたちは小高くなっている丘にまずは陣取る。

 サトルたちは座学ではこう習った。
 この世界のゴブリンは身長60~70センチほどの、緑色の肌をした最弱に位置する亜人種だ。繁殖力は強いのだが知性は乏しく文明と呼べるものは持たない。農耕などもしないため、一定程度繁殖すると食料との関係でそれ以上は増えないのだそうだ。
 武器の殆どは原始的な石器や弓であり、中には義勇兵から奪った武器を装備しているものもいる。
 性格は残忍であり好戦的、知性はないがずる賢さは働くという。
 「とにかく数には気をつけろ」が教官たちの教えだった。

「到着しましたね……。ヒナタ、サトル、ゴブリンたちが狩りをしていそうな場所はわかりますか?」
 ユウイチロウが問いかけるとヒナタが間髪入れずに返す。
「ん~……あっこらへんの、木が茂ってるところとかいそうっす! ねっ? サトルさん?」
「うん、あそこの林だよね? そうだねヒナタ。確かにあそこはいそうだね。小川も流れているから、水場として獣や魔獣も利用するだろうし」

 ユウイチロウは緊張の面持ちを崩さず、全員に話しかける。
「では……行きましょう」
「うん……行こう!」
「はい……!」
「は~い」
「はいっす!」
「お、おっ……重い! 重いっ!」
 ツバサは未だに荷物と戦っているようだ。そのおかげで緊張とも無縁なのが、良いことなのかどうか? サトルにはわからなかった。

 銀の誓約は隊列を組んで慎重に進んでいく。
 風の音と草のざわめきが耳に障り、全員の心臓の鼓動までもが聞こえてくるかのようだ。むせ返る土と草の匂いは、少しでも警戒したい今は邪魔にすら思える。
 進むときは前衛のダイチが先頭、ユウイチロウが最後尾に控える。ヒナタ、サトルが中衛外側に陣取り、その内側にミナト、ツバサが守られるように進む。

「ちょいっ! ストップっす!」
 ヒナタが小声で全員に声を掛けると同時に手で制す。サトルはその瞬間に心臓の鼓動が跳ね上がる。

「どうした? ヒナタ……これ、なにか気配がするね」
「そうっす! サトルさん。多分、前のほうっすわ……大きくなさそうっすからゴブリンか獣?」
「ユウイチロウさん、どうします?」
 サトルはユウイチロウの方に顔を向けると、ユウイチロウは一瞬目を閉じて考えた後に、なるべくいつもどおり静かに口を開く。
「前方に向けて陣形を組み直します。サトル、ミナトは後方も警戒しておいてください。ヒナタは前方の様子を逐一知らせてください。静かに、気付かれないように進みます」
 全員が頷く。さすがにこのときばかりは、ツバサも緊張した面持ちで真剣に頷いていた。

「いたっすわ……! まだ気づかれていないみたいっす! ……3匹が休憩してるみたいっすわ」
 草むらに身を隠しつつ、少し頭を出したヒナタが小声で全員に告げる。

 ユウイチロウ小声で指示を的確に出していく。
「奇襲をかけましょう――ヒナタ、ツバサは弓と弩で先制してください。1匹でも削れれば十分です。
 ダイチさんは私と、ゴブリンの突撃に備えます。
 ミナト、ツバサはゴブリンが突撃してきたら魔術で支援攻撃を。
 サトルは前衛の支援をお願いします。合図したら行きますっ!」

 ヒナタは今までにない真剣な面持ちで弓をそっと構える。ツバサは手の震えを隠せないことに戸惑いながら、ゴブリンたちに標準を合わせる。
 ユウイチロウは上げた手を静かに振り下ろす。その合図でヒナタは弓を引き絞り矢を放つ。ツバサは弩をカタカタと震わせながらも発射する。

「グゲギャッ!!ギャ!?ギャギャグガ!」
「ギャーガ!ギャ!グゲギャ!」
「グギャッ!ギャギャッ!」
 ツバサの矢は大きくはずれ、ヒナタの矢はゴブリンの1匹の左腕をかすった。
 銀の誓約を認識したゴブリンたちはそばにあった武器を取り、約30メートルの距離を小さな体とは思えない速さで突撃してくる。

「くっ! はずしたっすわ!!」
「ヒナタはそのまま連射! ミナト、ツバサは詠唱! サトル! 支援を頼む! ダイチさん! 来ます!」
「まかせて!」
『はい!』

 ヒナタは短槍を地面においたまま弓を連射する。後方でのツバサ、ミナトの魔術式詠唱がヒナタの耳には遠く聞こえる。1射、もう1射と放ったところで1匹のゴブリンの右肩に命中した! 完全な無力化とまではいかないまでも、これで戦闘続行は無理だろうとサトルとユウイチロウは瞬時に判断する。

「礫(つぶて)よ我に集え、我に従え、瞬速をもって我らの敵を打ち払え! 石礫!」
「土よ土よ、母なる大地よ? ――わ、忘れたっ! もっ、もういいしっ! 落とし穴!」
 ミナトは3つほどのこぶし大の石を加速させ、ゴブリンたちにぶつける魔術を発動する。
 ツバサは魔術式詠唱をすっ飛ばし、魔術名だけで30センチほどの穴を2つこしらえる。
 石礫は高速でゴブリンたちに向かうものの、負傷をした1匹に命中、もう2匹にはきわどくも避けられる。
 ツバサの落とし穴は完全に無視された。すでに距離は3メートルにまで迫っている。

 ヒナタは弓を背にかけて短槍を構え、サトルの横に陣取る。銀の誓約の前衛、中衛が次々に詠唱する。
『巡れ力よ、我が体内を……輩(ともがら)を守る盾となり、敵を打ち払う剣となれ! 身体強化!』

 次の瞬間ドンッ! とダイチ、ユウイチロウの構えた大盾に衝撃が走る。ユウイチロウは冷静に右手を振り上げ、戦鎚をゴブリンめがけて振り下ろす。
「ギャ!」
 叫び声をゴブリンがあげて、1匹の動きが鈍くなる。すかさずユウイチロウは大盾でゴブリンを転がす。

「ふんぬらばぁぁぁっ!!!」
 ダイチはゴブリンによって大盾に衝撃は走ると同時に、気合とともに大盾を押し返した。もう1匹のゴブリンが体重などないかのように宙を舞う。後方に4メートルほどは吹っ飛んだだろうか。
 そのすきにサトル、ヒナタ、ミナトはユウイチロウに突撃してきたゴブリンを袋叩きにする。

 すでに戦況は完全に銀の誓約に傾いた。

 ツバサは、矢で負傷し石礫を受けて気絶したゴブリンに向かって、遠距離からコソコソと弩を何度か打って仕留めたようだ。
 ダイチに吹っ飛ばされたゴブリンは、ダイチが追い打ちして大型の戦斧を振り下ろすと、石と木で作った粗末な石斧でなんとか防ごうとする。
 ダイチの戦斧は石斧を粉砕して、ゴブリンの身体深くまで傷を負わせ絶命させた。

「ふぅ……なんとかなったね」
ダイチがホッとして全員に声を掛けると、みんな笑顔で応えるが、ユウイチロウ以外が心の中で思っていることは一緒だ。
(ダイチさんだけは怒らせないでおこう……)

「ではヒナタは周りの警戒を、サトルはゴブリンの装飾品と耳を切り取ってきてもらえますか?
 ツバサ、ミナトは足跡を消すための木の枝などの調達をお願いします。ツバサたちの警護は私が行きますので、ダイチさんはヒナタ、サトルをお願いします」
「わかったよ、その後は少しここから離れたら反省会と野営かな?」
「そうですね」
「了解っすわ~!」
「うぃーす」
「う…うん!」
 ユウイチロウが仕切り、ダイチが補足し、サトルが肯定する。
 ユウイチロウは本当に慎重な性格だ、とサトルはいつも思う。戦闘後も気を抜くことがない。
 ミナト、ヒナタ、ツバサなどは初実戦の重圧から開放されたからか、すでに気の抜けた返事になっている。
 食料は持ってきてはいるが、どこかで食べられる獣や小型の魔獣が狩れたら、それに越したことはない。まだ気を抜くには早すぎる、とサトルは気を引き締め直した。

 作業を終えた銀の誓約は太陽がすでに西に傾いた頃、ゴブリンを狩った林周辺から丘を1つ挟んだ茂みで、野営の準備と反省会をしていた。
 幸いなことに道中ではヒナタがキジとウサギを1羽ずつ狩った。
 ツバサも頑張ってはいたが、成果はゼロだ。サトルやミナト、ダイチ、ユウイチロウも途中で縄にできるツタ、焚き火にできる木の枝などを調達した。

 「出来たよ、美味しければいいんだけど」とダイチが全員を呼び集める。
 作ったのはキジのローストとウサギと野草のスープ、持ってきた黒パンだ。
 キジは羽を抜き取ったらさっと火で表面を炙って抜き残りを処理する。内蔵を抜いて塩と胡椒をして、枝で吊って焚き火でじっくりと焼き上げる。
 ウサギは皮をはいで内蔵を処理し、肉を一口大に切り分ける。鍋を火にかけて肉をじっくりと煮込み、鷹の爪、塩、胡椒、ビネガーを少々加え、最後に野草を加える。

 キジは夏なので脂肪がのっておらず、非常に淡白な味わいだが香りが強い。弾力のある身は歯ごたえがあり、少し顎が疲れてしまいそうだ。
 ウサギのスープは非常に上品なウサギの出汁と鷹の爪、ビネガーのアクセントが効いた一品だった。

「食べながらでいいので……」
 ユウイチロウが切り出す。
 ダイチの作る美味しい料理を食べながら反省会、というのが銀の誓約の習慣になっている。「料理が美味しと、喧嘩にならないでしょ?」とはダイチの言だ。

 ユウイチロウが続ける。
「まず……サトル、ミナト、今日はどうでしたか?」
「そうですね……中衛はヒナタが活躍してくれました。僕は……ちょっと緊張してましたかね? あまり動けてなかった気がします」
「ん~……ツバサが魔術式の詠唱とちりました~、ぎゃはは!」
「み、みっ! ミナトさん! でも、は、発動したし! 威力かわらないし!」
「いや~、かわるでしょ……ぷっ! くくく! 詠唱の途中で『わ、忘れたし!』とかツバサだけ~。あれで発動するほうがびっくりする……なんで?」
「ツバサのあれ、わらったすわー! ぶははっ!」

 ツバサは魔術式詠唱をしなくても魔術名のみで魔術の発動が可能だ。威力も変わらないのだが、そもそも最後まで唱えきったほうが少ないので、なかなか信じてもらえない。
 魔術兵の教官だけはそれを知り驚いていたが、魔術名すらとちるので、発動するのは8割といったところだ。
 魔術兵の教官はツバサの滑舌を改善するために、ツバサに魔術式詠唱をできる限りしなさいと教えたのだ。

「まあまあ……魔術も発動したんだし。前衛はどうだったかな? ユウイチロウさん」
「そうですね……機能はしていたと思います。ダイチさんのおかげですね。当面はダイチさんが耐えている間に、私のほうの敵を多数で袋叩きにする、というスタイルでいけるんじゃないでしょうか?」
「あれ、エグいっすわー! 俺、ミナトさん、サトルさんで袋叩きっすもんね~……グロいっすわー!」
「途中からちょっと、ゴブリンがかわいそうになりましたよね~……いろいろ出てましたし~、出てきてましたし~!」
「ヒナタ、ミナト……今、食事中……」
 サトルはヒナタとミナトの会話を慌てて止める。このままいくと2人は、わりと写実的にあの光景を語り始めるからだ。ヒナタのボキャブラリーはこういうときだけ豊富になる、とサトルは知っている。

 すでに太陽は姿を隠し、月が静かに輝く夜空の下で焚き火を囲み、銀の誓約の初の実戦は終わった。2人1組で見張りを交代しながら睡眠を取る。
 明日はもう少し成果を上げたい、と夢見ながら。

 ダイチとツバサの見張りが無事に終わり、ユウイチロウとサトルを起こして交代する。
 星明りと闇が支配する草原で、焚き火を囲んでユウイチロウがサトルに話しかける。

「夏とはいえ冷えますね……野草で作ったお茶ですが、飲みますか?」
「すいません、ユウイチロウさん。いただきます」
「……初の実戦が無事に終わって、正直なところホッとしています。だれも傷を負いませんでしたし、訓練通りとまではいかなくても、それなりに機能してました」
「ふふ、ユウイチロウさんでもプレッシャーがあるんですね」
「当たり前じゃないですか、一番年上なので見せないだけですよ……」
「ところでユウイチロウさん、ダイチさんのことを『ダイチさん』って呼びますけど、ダイチさんは年下なんですよね?」
「……今日のダイチさんを見て、呼び捨てにしようと思いますか? それは無理というものです。本人は多分、呼び捨てでも気にしないのでしょうけども」

 いつもどおりの丁寧な口調と静かな声で、ユウイチロウは応える。サトルは笑いながらも、焚き火に浮かび上がるユウイチロウの表情をじっと見る。一見いつもの静かな表情だが、少し笑顔のように見えた。
 焚き火の爆ぜる音だけが夜の闇へと吸い込まれていく。

 時間が来てミナト、ヒナタに交代すると、ユウイチロウとサトルは激しく後悔した。なぜこの2人を組ませてしまったのか? とにかくテンションが高くうるさい。
 苦情を言うとしばらくは静かにヒソヒソしゃべるのだが、テンションが上ってくるとまた同じ繰り返しだ。

 サトルは密かに、明日は起きたらヒナタ、ミナトにゲンコツをくれてやろうと、まどろみの中で誓うのだった。


続きはなろう小説でどうぞm(__)m

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