異世界は召喚されし者に優しくないep3 訓練日前の活気と喧騒と料理

 サトルはふと目覚める。
 すでに窓からは陽光が入っており室内は明るい。爆睡しているヒナタ、ツバサを起こしてすでにいないダイチ、ミナト、ユウイチロウがどこに行ったのか? を眠気の醒めない頭でボーッと考える。炊事場だろうか? ととりあえず1階に降りてみることにし、部屋の扉を開けて左側の階段を降りていく。
 後にヒナタは続いたものの、ツバサはフラフラとしながら扉に頭をぶつけていた。

「おはようございます。ゆっくり寝れましたか?」
 ユウイチロウがサトルたちに穏やかな顔で話しかけてくる。
「いつまで眠ってるかと思いましたよ~。おはっざっす~」
「お……おはよう。ちょうどご飯できたんだ」
 ミナトはどこかの店員のイラッシャイマセのように挨拶をした。
 サトルには心底意外だったのだがダイチはご飯を作ってくれていたようだ。
 先に降りていた3人はベッドの下にあった支給服を着ていた。

 チュニックといわれる服はTシャツのように上から着て、丈が膝上辺りまであるような薄茶色の服だ。腰にはベルトを巻き、ズボンは少々ダボッとした動きやすいものになっている。

 「うわっ! なんか中世っぽいっすやん! 俺も着替えてこよ!」とヒナタのテンションが一気に上った。
 本当にヒナタは元気だなぁ……などとサトルは考えつつ挨拶をすませる。
 その後ろでフラフラしたツバサが階段3段くらい上からずり落ちていた。サトルが「大丈夫?」と聞くと「あああっ、あ……朝、弱……」とボーッとしながら答える。
 部屋に戻って着替えているヒナタ以外は、一様に不安な顔を隠そうとしなかった。
 義勇兵の訓練が朝からだったら、ツバサは大丈夫なんだろうか? と。

 ダイチの作った食事はなかなかのものだった。
 干し魚を水に戻して出汁をとり、火を入れてから取り出してほぐして骨を取り再び鍋で煮込み、そこにザワークラウトと塩少々、胡椒、クミン、魚醤を加えたスープはわずかにカレーに近い香りがただよい、キツめの胡椒と抜群のアクセントになっている。
 干し魚の出汁は魚醤とうまくマッチして、旨味を十分に舌に伝えてくれる。

 この干し魚とザワークラウトのスープに、ゆで卵、そして定番のライ麦で作られた黒パンが、すでに太陽が真上まで登ってはいるが、サトルたちのこの世界に来てはじめての食事、朝食となった。

 ヒナタは「うまっ! うまっ!」とガツガツと食べ、ユウイチロウ、ミナト、サトルも食べるのに熱中した。
 パンはスープに浸すとちょうどよくスープを含んでほぐれ、これはこれでなかなか美味だった。
 ツバサは無表情に近いのだが、それでもパクパクと食べているので満足しているのだろう。
 ダイチは少しだけ口元を上げて、嬉しさを表現した。

「さて、お腹も膨れたところで、少し休んだら兵種の割り振りを届けに行かなければいけませんね」
 ユウイチロウが穏やかに告げる。
 すでに1階の炊事場にはチラホラと届け出を終えて帰ってきている連中もいるようだ。ガヤガヤと明日からのことを話したり、昼食の準備をしたりと様々な様子だ。

 軽く30分ほどの食休みをしながら雑談し、サトルたちは寮舎を出て昨日の石造りの建物、受付小屋に向かう。
 だれとなしに受付小屋と言っていたので、どうもそれで定着しそうだ。決して小屋というような小さな建物でもなければ、石造りの素朴だがそれなりの建物なのだが。

 歩いて程なく受付小屋に到着し、見張りの兵士に届け出に来たと伝えて重い木製の扉を開けると、昨日の役人数名と、武装をした兵士数名が建物内にいる。事務的に役人が書類をまとめ、兵士に預けると兵士はそれをもってどこともなく出ていく。
「早く入って届け出をしてくれないかね? 私達はこれでも忙しいんだ」
 役人は事務的に淡々とそう告げるので、足早に正面テーブルまで6人で歩いていく。

「兵種は決まったかね? それぞれの名前、兵種を口頭で伝えたまえ」
 それに応答してユウイチロウが伝えていく。
「ユウイチロウ、ダイチが重装戦士。サトル、軽装戦士。ヒナタ、軽歩兵。ツバサ、ミナトが魔術兵です」

 伝え終わると役人はやや顔をしかめた。まるで「そんな配置でいいのか?」とでも問うように。
 しかしそれも一瞬のことで、すぐに事務的な表情に戻り黙々とそれらを書類に記していく。

「よろしい。届け出は受け取った。明日から3ヶ月間、君たちはそれぞれの兵種の訓練所にいって訓練を受けてもらう。
 給金は3ヶ月で銀貨10枚。人がギリギリ1ヶ月暮らせるくらいの金額だ。貯めておくのもよし、市街に行って使うよもし。9日に1回、銀貨1枚ずつ支給される。
 最初の支給は9日後だ。
 義勇兵の身分証がこちらになる。なくさないように。2枚ついているのは死んだときに、そのタグを1つ取ってくることで、だれが死んだのか確認できる。それだけの理由だ。
 ――そうだ、言い忘れそうになった。3ヶ月の訓練期間が終われば班名の登録が必要になる。第何班という区分けでもいいのだが、どうにも希望が多くてそのようになっておる。こちらとしても大した手間ではないしな。
 ――以上、なにか質問はあるかね?」

 サトルは考える。銀貨10枚で人が1ヶ月ギリギリ生活できるくらい、ということは銀貨1枚でおおよそ1万円ほどの価値なのだろう。

「すいません、よろしいですか? 銀貨以外にどういうお金があるんでしょうか? お釣りをもらうにも、分かっていないと不安で。」
 サトルが質問すると説明は非常に端的で簡素なものだった。
 銅貨100枚で銀貨1枚分。銀貨100枚で金貨1枚分とのことだ。
 銅貨は元の世界では100円、銀貨が1万円、金貨は100万円という感じだろうと、サトルは当たりをつける。
 それ以外に大金貨というものもあり、これは金貨10枚分ということだが、役人は「どうせ使う機会などないから安心したまえ」と前置いた。

 次にユウイチロウが口を開く。
「よろしいですか? 3ヶ月の訓練期間が終わった後に寮舎は使えなくなるのでしょうか?」
 ほう? と少し感心したような表情を見せて役人は説明を始める。
「そのとおりだ。3ヶ月の訓練期間が終われば寮舎は次に召喚した者たちが使用する。
 君たちは市街地ないし市街地郊外の安宿などを使ってもらうことになる。そこらへんはギルドで相談してみるといい。
 国としても郊外の掘っ立て小屋などは有効利用したいのだ。ボロいが格安で貸し出している。
 班で住めて、銀貨で月に3枚から5枚程度のところもあるので安心したまえ。
 ――訓練期間終了後は実戦に出てもらうことになる。
 狩った獣、魔獣、亜人種などの種類によって給金が班に支給される。このへんもギルドで習うのでそちらで詳しく聞きたまえ。
 兵種ごとに訓練所は分かれているが、すべて同じ義勇兵ギルトというくくりだ。訓練期間終了後もわからないことがあれば、そちらに相談に行くとよい」

 どうもこの役人は無骨な男よりも、頭の回る男の方に好感を持つようだ。最初の事務的な表情とは裏腹に、聞いてもいないことまで教えてくれるのだから親切といってよいだろう。
 最後に各訓練所の地図と開始時刻を書いた紙をそれぞれに配られ、届け出は終了した。

「ありがとうございました」
 サトルとユウイチロウがそう言うと、役人はやや驚き、そして顔を背けて言った。
「何も礼を言われるようなことはしとらん。仕事をしとるだけだが」

 役人は確かにサトルとユウイチロウに好感を持ってしまった。
 これまでも届け出作業や義勇兵関連の作業で何人もの義勇兵を見てきた。だからこそ好感を持つのは間違いだと知っている。
 彼ら義勇兵は使えなければ使い捨てにされ、そして屍を野に晒すのだから。所詮は義勇兵は焼け石に水なのだと。
 勝手に召喚しておいてひどい言い草だろう。わずかに役人の心に、いたたまれない感情のトゲが刺さる。

 受付小屋を出るとすでに太陽は西側にいくらか傾いていた。
 明日からの義勇兵の訓練過程は日の出とともに集合し、太陽が西側に大きく傾くまで続けられる。9日に1度休みはあるものの、ハードだろうというのは全員が予感している。

「たくさん、食べておかなきゃね」
 ダイチがボソリとつぶやくように言うと、全員がうなずく。
「俺、作るの手伝うっすよ! 朝は寝てたっすし!」
 ヒナタは底抜けの明るい表情でダイチに言うと、ダイチは「そうだね、ありがとう。昼食は鍋にしようか……」と提案する。
 寡黙なダイチもこの班に早く馴染みたいのだろう。なにせ3ヶ月後には生死をともにすると、すでに決まってしまったのだから。
 ミナトとツバサとヒナタが鍋と聞いて「にーく! にーく!」と大合唱する。この日の夕方に食べる昼食は肉に決定したようだった。

 寮舎に帰ってからは、それぞれの役割を決めることになった。
 服は元の世界のものを含めても4着しかない。
 洗濯だって必要だし、食事も自分たちで作らなければならない。薪も取ってこないといけない。水も井戸から汲んで汲み置きしておいたほうが便利だろう。
 細かいことを考えれば、まだまだやることは多そうだった。

 食事は当面はダイチが教えることになった。
 この世界で食事を作れないとは、生死に関わりそうである。それでなくてもスープくらいは作れないと、あのライ麦の黒パンをそのままかじることになりかねない。
 最もツバサだけは「え~……ぼ、僕は……い、いいです」とやる気ゼロであった。

 その日の昼食、いや作ったときにはかなり日が暮れていたので完全に夕食だが、これもまた絶品だった。
 ベーコンを塩抜きしてからざっくりとカットし、そのへんで採ってきた葉の広がったコゴミ、食料庫の掘っ立て小屋にあったきのこ類、ザワークラウトを具材にした。出汁は塩抜きしたベーコンからじっくりと出て、これに魚醤と胡椒を入れたら他の具材を入れて少々煮込むだけだ。
 仕上げにレモン汁を適量垂らせば、酸味と旨味が舌で踊るベーコン鍋となった。

 ライ麦が製粉されたものがあったので少々拝借し、水、卵、塩を入れて練り込んで麺を打つ。
 ライ麦うどんならぬライ麦パスタだが、麺はやはりライ麦を使っているだけあってチョコレート色をしている。さっと湯にくぐらせてから一度冷水にさらしてシメて、鍋の最後にシメとして入れて食べる。

 これほど夕食に時間がかかったのは料理の手間だけでなく、途中から他班の男たちが物欲しそうに集まってきて、ダイチがそれらも作ってあげたからだ。
 ダイチは料理をつくるときに、幸せそうな顔をする。
 サトルたちもてんやわんやと、鍋と麺を手伝った。あまりにお腹が減っていたので、全員作りながら食べ、食べながら作るという無作法っぷりだ。もっともダイチは「これは味見だよ?」と飄々と料理をしながら食べていたが。

 ちなみにツバサは味見専門に徹している。ウサギのように黙々と、出来上がった料理へ静かにすり寄り、頬を膨らませて味見をしている。

 炊事場は活気と喧騒に包まれていた。まるで明日から始まる訓練の、不安と目を合わせないように。
「うめぇ! うちの班にこういう料理作れるやついねーのかよっ!」
「麺のコシがきいてるな! これ!」
「出汁うめぇぇぇ……醤油大魔神」
「俺達の班の、早く出来てくれ~……まだ?」
「サトルくん、ベーコン足りなくなった。多分まだあったんじゃないかな?」
「持ってきます、ダイチさん」
「モグモグモグモグ・・・うう、うっ旨! 旨!」
「ツーバーサー? 食べてないで手伝いましょうね? ますよね?」
「やべ~ユウイチロウさんがキレた、ぎゃはは」
「ちょ、ミナトさん笑いすぎっすよ~。あとで怖くないっすか?」
「ちょっとまて、その肉は俺のだ!」
「はあ?僕が先に目をつけてたし?」
「リーダー! なんでダイチを引き込まなかったんだよ!」
「あほか!最初に分かるわけねーだろ……」
「リーダーが落ち込んでる、ぎゃははははっ」
「私、あの班に移ってよろしいでしょうか?」
「おいっ・・・お前?! ……俺も行く」

 こうして今日から新米義勇兵となった30名の、この世界での2日めは過ぎていった。

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