異世界は召喚されし者に優しくないep5 はじめての休日と銀の誓約

 サトルたちが訓練を受け始めてから9日の日々が過ぎた。
 非常に濃密で厳しい訓練も、自己回復魔術で一晩で体から疲労が抜けるのだから、わずか8日の訓練でも相当に体力がついたと班員全員が感じていた。事実、訓練初日は息も絶え絶えだったのが、現在ではだいぶ楽になったとサトルは感じていた。
 ツバサだけは未だに息も絶え絶えで、食事の用意も手伝わずに炊事場のテーブルに突っ伏していたりするのだが。

 今日は訓練が始まってからはじめての休日。朝から受付小屋と義勇兵たちから呼ばれる小屋に、給金の銀貨1枚を班員全員で取りに行く。

 訓練過程で兵士に毎朝起こされるので、日の出とともに起きるのは義勇兵全員の習慣と化している。
 サトル、ヒナタ、ミナト、ツバサが起きると、すでにベッドにはユウイチロウ、ダイチの姿はないようだ。
 「もう起きているのか……いつもあの2人は早いな……」とサトルはごちる。ミナト、ヒナタも起きてきたようだ。
 サトルがツバサも起こそうとするとヒナタとミナトが止める。
「今日はいいんじゃないっすか? 休日やし、ツバサは寝てるときが一番幸せそうっすよ」
「ま、いいんじゃないですか~サトルさん。朝ごはんよりツバサは睡眠でしょっ」

 それもそうか、とサトルは納得して3人で階段を降り、炊事場へと向かう。すでにダイチが食事を用意してくれているようだ。
「おはよう、ちょうどもうすぐ出来上がるよ。休日だからちょっと豪勢にね」
「おはようございます、後でみなさんも時間よろしいですか? 折角の休日なのに申し訳ない」
 ダイチ、ユウイチロウが降りてくる3人を見て言う。

 「うわっ! めっちゃ美味そうな匂いしてますやん! 美味そうっすわ!」とヒナタはダイチのもとに駆け寄る。
 テーブルにはすでに黒パン、カブの葉と玉ねぎ、鶏肉のサラダ、豚の焼き物のスライスがのっている。
 サトルはユウイチロウの「時間よろしいですか?」の言葉が少し気になったが、それよりも食事だろうとすぐにテーブルの上に視線を向ける。

 今日の朝食は本当に豪華だった。
 鶏肉と卵のスープは、鶏肉を大鍋でじっくり煮込んだ後に塩、胡椒、魚醤を加えて、最後に卵をとき入れたものだ。ハーブのセージが2枚添えられており、見た目も黄色と緑が非常に映える豪勢なスープ。
 鶏肉の出汁が旨味を十分に発揮し、セージのスッキリした香りともよくマッチしている。
 ほろほろと崩れる鶏肉の口当たりが非常に良い。

 サラダは玉ねぎとスープで煮込んだ鶏の一部をほぐしたもの、塩漬けのカブの葉を和えたものだ。
 カブの葉が塩気を出しているので、胡椒と粉にしたチーズ、オリーブオイルのみで味付けをしている。
 ほろ苦いカブの葉と玉ねぎの多少残った辛味に、柔らかい鶏肉、チーズの濃厚な旨味とオリーブオイルの少々荒っぽい香りの一品だ。

 豚は前日から魚醤と白ワインを半々、クローブと胡椒、塩で前の晩からつけ込んだ。そのつけ込んだ豚を遠火で串にさしてじっくりと焼き上げ、肉汁が落ち着くまで置いておき、薄めにスライスしたのだ。

 料理に疎いサトルでも、最近はダイチの料理を手伝いながら習っているので、この料理が非常に手間のかかることくらいは分かる。
「ダイチさん、これすごく時間かかりますよね? 何時から起きてたんですか?」
「うん、豚肉は昨日仕込んでおいたよ。鶏は煮込むのが1時間位かな? 40分で肉類はほろほろしてくるんだよ。
 折角の休日だからね。美味しいものを食べてほしいし……」
 ヒナタ、ミナトが大興奮して涙目になっている。
「ダイチさん! あざーっすっ!!!!」
「ダイチさんは神です! 神です! 美味そうです!」
 まるでダイチが美味そうな物言いをミナトがしている。興奮のし過ぎなのだろう。

「ツバサも起こしてきます。後で恨み言を吐かれるのも嫌なので」
 サトルは言い残して、ツバサを起こしに行くのだが、起こされたツバサから恨み言を吐かれるという想定はしてなかったようだ。

「きゅ……きゅっき……休日……っ!!! 寝るっ! 幸せ……うぅ」
 ツバサはサトルに精一杯の恨み言をぶつけたが、炊事場に降りてくるなりテンションが上がった。
「う……美味しそうっ!」
 とテーブルに駆け寄る。
 ユウイチロウがツバサに言う。
「サトルとダイチにお礼は? ツバサ??」
「あ、あり、ありがとうございますっ! ……ジュルリ」
「豚肉が固くなっちゃうからね。起きてくれてよかったよ」
「食べるっす! もう待てないっすわ!」
「食べましょう! ダイチさんあざーっっす! 神です!」
 ツバサ、ダイチ、ヒナタ、ミナトがユウイチロウのをきっかけに食べ始める。サトルもダイチとユウイチロウにお礼を言い、こうして初めての休日の朝食は、サトルの班の全員の腹と心を満たしたのだった。

 食べ終えた後、ユウイチロウからサトルたちに「もう一度言うのですけど、ちょっと時間いいですか?」と告げられる。
 サトルはふと、起きてきたときのユウイチロウの言葉を思い出す。ユウイチロウは一番年上にもかかわらず、班員への態度は丁寧で優しい。
 ツバサ以外に、だが。

 もしかして自分が、いやヒナタやミナトも含めて何かしでかしてしまっただろうか? などとサトルは考える。
「ユウイチロウさん、どうしたんすか?」
「何か話ですよね~……何の話ですか?」
 ミナトはややかしこまって話を促す。ヒナタ、ミナトも気にかかるようだ。ツバサはややおどおどしている。自分の話かもしれない、と思っているのだろう。

「いえ、そう警戒しないでください。班名のことなんですが……折角の休日で時間もありますし、決めてしまいませんか?」
 ダイチ以外の一同からホッとした空気が流れる。
 170センチの身長とは言え、ユウイチロウは非常にしまった身体と、そしてガテン系のルックスだ。それが年下全員に対して敬語で丁寧にしゃべるのだから、歳の近いダイチ以外の班員はやや怖いとすら思っている。
 朝早く起きてダイチを手伝い、厳しい訓練にも泣き言も漏らさないユウイチロウは、怖いと同時に班員の尊敬もすでに集めている。この人ならリーダーを任せられると。
 というより初日から実質的に、あまりモノ義勇兵のサトルたちにとってユウイチロウはリーダーだった。

「うん、そんなに時間は取らないみたいだから、班名は決めておいたほうがいいんじゃないかな?」
 ダイチもユウイチロウに同調する。
 サトルもユウイチロウに向けて発言する。
「あの、班名は分かるのですけど……ユウイチロウさんに案はあるんですか?」
「いえ、じつは訓練がしんどくて案はまだ何も考えてません」
「……うん、僕もいい案がないんだ」
 ユウイチロウ、ダイチもサトルの問いかけに応答する。

 横でヒナタとミナトが「ヒナタと仲間たち!」だとか「ミナト親衛隊!」だとか好き勝手に騒いでいる。ツバサも「じゃ、じゃあツバサ魔術兵団!」などと悪のりしている。
 9日間一緒にいてサトルは悟っていた。のりの良い3人はこういうときに悪のりし始めると。
 そしてこれは当面止まらない。

 サトルは悪のりしている3人を放っておいて、ユウイチロウとダイチに言う。
「あの、ダイチさん以外は体格も小さめで、訓練でも体力的に置いていかれている気がするんです。
 ツバサは魔術の授業で吃音が厳しいみたいなことも、言われたそうですし」

 まだ魔術兵の術式詠唱の授業には入っていないのだが、ツバサは魔術兵の教官からため息を吐かれたそうだ。
 ユウイチロウも重装戦士としては体格が小さめで手合わせでは苦戦している。ユウイチロウが体格で苦戦しているのだから、サトル、ミナトも必然的に体力は他より劣っている。
 唯一この班で優秀なのはダイチだけ、という状況だ。
 ヒナタはもともとの体力もあり、問題は性格だけと教官から何度も叱られている。体力やスタミナにおいてヒナタはダイチに次ぐのだ。
 もっとも――性格が大問題なのだが。

 ユウイチロウとて今の状況はマズいと考えている。もちろん自分も含めて。
「どうしたらいいと、サトルは考えますか? 私もマズいとは思っています。もしかして班名以前の問題かもしれません……。
 でもどうしたらいいのか? 正直、わかりません。
 悪のりしている3人も、訓練は真面目にこなしていますし」

「銀貨、貯めませんか? 使わないでおきませんか?」
 サトルはユウイチロウに思い切って提案をしてみると、はたとミナト、ヒナタ、ツバサの悪のりが止まった。
 口々に「ブーブー!! 休日! 休日!」と批判の嵐だ。
 ダイチは「それはそうだよねぇ……」と困った顔をしている。
 ユウイチロウはやや考えてから、サトルに問う。
「どうしてですか?」
「使わなければ10枚は銀貨がたまります。僕たちは正直、優秀じゃありません。訓練後も実戦でいろいろ行き詰まると思います。
 でも銀貨10枚あれば1ヶ月は暮らせると聞きました。その間に実戦で訓練できるんじゃないでしょうか?」

 サトルは一息もつかず、心の内を明かす。
 カネがなければ装備も揃えられない。最底辺と言われるゴブリンですら、教官たちからは口酸っぱく「気をつけろ、絶対に舐めるな」と言われているし、そもそも魔獣や亜人種の強さがわからない。
 あまりモノ義勇兵がどれだけ稼げるのか?すら見通しは立たないのだ。
 武器も摩耗する。鎧や鎖帷子(くさりかたびら)だってメンテナンスは必要だ。

 ユウイチロウは班員全員を見渡す。
 ダイチ、ミナト、ヒナタ、ツバサも押し黙っている。楽天的なヒナタも訓練を通して、自分たちがどの位置にいるのか?は十二分に知っている。
 周りの評価は「料理は美味いが、実戦で一番先に壊滅する班。料理以外の才能がない。」だ。
 ダイチにだけ、他班の班員は勧誘らしきことを言う。「もし欠けたら、うちの班に入ってくれないか?」と。何が? とは決して言わないが。
 ダイチの能力の高さ、190センチ近い体格、そして料理の経験が他班からは買われている。それ以外はまさにあまりモノなのだろう。

 ユウイチロウはサトルに賛同を示すため、大きくうなずく。そしてダイチも「そうだね、少し厳しいけど頑張ろうよ」と3人に促す。
 この2人が賛同を示したらミナト、ヒナタも悪のりの後かけらもなく、重くうなずく。
 ツバサだけは「えと……え、もう話し終わった?」という表情で5人の顔をボーッと見ていた。

「なら、誓いを立てましょう。食べ物、水、衣服、住居は今のところ足りてます。給金の銀貨は使わないでおきましょう。訓練後の1ヶ月のために。
 いえ、多少は給金が出るはずですし、私達でもいくらかは魔獣や亜人種を狩れるかもしれません。数カ月は最初に貯めた銀貨10枚と他の成果でいけるでしょう。
 皆さん、生き残りましょう!」
 ユウイチロウが意を決して力強く宣言すると、ツバサ以外は頷きあった。
 ツバサ1人が話の流れを理解してなかったのか「えっ? え、えぇぇぇ!?」と声を上げていた。
 ミナトがふと口にする。
「え~っと……、銀貨、誓い……班の名前ですけど『銀の誓約』ってどうでしょ~?」

 ツバサは「……か、かっ! かっこいい!」と即賛同。
 ヒナタも「ええっすやん! 銀の誓約! ええっす!」とはしゃいでいる。
 ユウイチロウ、ダイチ、サトルにもこれが自分たちにはぴったりな名に思え、静かな笑顔でミナトにうなずいた。

 ダイチは休日用に支給された酒と木のコップ急いで食料庫から持ってきた。「僕たちの班名に、乾杯しない?」と嬉しそうだ。
 すでに誰もいない炊事場で次々に声が上がる。
「私たちの班名に! 銀の誓約に! そして生き残りましょう!」
「僕たち銀の誓約に!」
「僕たち銀の誓約に!」
「僕たち銀の誓約に~!」
「自分ら銀の誓約っすわ!」
「ぎ、銀の誓約! ……給金……た、楽しみに……うぅ……」
 ユウイチロウを筆頭にダイチ、サトル、ミナト、ヒナタ、ツバサが杯を掲げる。ツバサだけは終始、不満そうであったのだが、反対ではないようだ。
 誰もいない炊事場であまりモノ義勇兵、銀の誓約が誕生した瞬間だった。

 酒は白ワインとエールだった。
 はじめて酒を飲んだツバサは酔っ払って饒舌になり、吃音がない。
 ミナトは慣れているのか、楽しみながらチャチャを入れている。
 ユウイチロウ、ダイチは静かなものだ。
 サトルも付き合い程度の雰囲気で、ちょびちょびと酒を楽しんでいる。
 ヒナタはまったくテンションが普段と変わらず、普段どおりなのか酔っ払っているのか判断が困難だ。普段から酔っ払っているのだろうか? とすらサトルが疑ったほどだ。

 すでに太陽は東から真上に向かっているが、この時間には誰も炊事場にはいない。
 ただ”銀の誓約”の班員たちの紡ぐ楽しげな言葉と、そして時折「銀の誓約に!」という乾杯の音頭が聞こえてきた。
 ダイチがいそいそと昼食を用意して、それを食べ終える頃には全員がベッドになだれ込む。こうして”銀の誓約”のはじめての休日は過ぎていった。

 受付小屋に銀貨を取りに行かないままに……。

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