保守思想の復習と経路依存性と保守と実践主義-プラグマティズムのすゝめ


保守思想と産業革命とフランス革命

 保守思想とは近代化とともに出てきた思想であり、イギリスの産業革命と深く関係をしております。イギリスの産業革命は18世紀のことだったかと思いますが、この頃のイギリスというのは大量生産のための単純労働者への労働市場の変化が生じ、今までの職人などが職にあぶれたりする時代でもありました。産業構造の変化というものです。

 イギリスは中央銀行が設立されており、これも大量の資本を必要とする産業革命の源泉となったとの見方もありますし、私は説得力のある説であると思います。いわゆる近代資本主義の幕開けがイギリスの産業革命でありました。

 しかし資本主義とは基本的に絶え間ない変革を求めるものでもあります。この資本主義の絶え間ない変革が社会に及ぼす影響を警戒して出てきたのが保守思想の原点となるかと思います。

 イギリスの産業革命における当時の単純労働者たちは、長時間労働と低賃金に悩まされておりました。といいますのも、今のように単純労働者を保護する法律があまりなかったために、資本の論理によりあぶれる労働者たちは使い捨て同然に雇用されたのです。

 このことは当然ながら社会の疲弊を招きます。そしてそれに対抗する、修正するものとして社会主義もこの頃に生まれました。じつは当時の保守主義者たちは資本主義よりも社会主義を支持していた、というのはあまり知られていない事実でしょう。

 保守思想の祖といわれるエドマンド・バークはイギリス人ですが、彼はフランス革命に対しても「どうしようもない愚か」と言及をしております。フランス革命の省察でも様々に嘆いております。なぜか?フランス革命とは理性万能主義による革命でありましたし、テイテイいつの時代の革命でも革命とは「理性によってより良くする」という方針のもとに行われます。そして伝統や習慣、慣習などを無視した無理な運動を展開するわけです。

 資本主義についても同様で、むき出しの純粋な資本主義とは「お金をいかにもうけるか?」という理性によってのみ突き動かされます。そこに伝統や慣習、社会の秩序維持などの道徳的概念は一切ありません。

 だからこそ18世紀の保守思想は、社会主義を支持したし、フランス革命を批判したのです。(当時の社会主義運動は疲弊した社会の立て直しと、労働者の保護という観点が強かった)

経路依存性とはなにか?そして保守はどのように相対するのか?

 経路依存性という言葉はご存知でしょうか?中野剛志さんの著作「富国と強兵」にて紹介された概念でして、おおよそ以下のような説明がなされます。

経路依存性
キーボードの配列は現在のものが最適というわけではなく、もっと合理的な配列もありうるが、現在の配列が最初に先行し、多くの人が使用し慣れて(自己強化メカニズム)、他の合理的配列は受け入れられなくなった、現在の配列が経路として強化され、続くことになったような事象を「経路依存性」と呼ぶ。
大抵の物事には経路依存性というものが存在する。

 先行して続いた物事(経路)に自己強化メカニズムが働き、その経路をたどればたどるほどに依存していく性質のこと、または事象というわけです。これは例えば伝統、慣習、習俗、文化などにも当然ながら見られますし、また失われた20年にも経路依存性が存在しています。戦後レジームも同様なのです。

 この経路依存性はロックイン効果とも似ております。ロックイン効果とは経済学用語なのですが、ある企業の製品を買った顧客が、引き続き他に合理的な商品があるにもかかわらず、同じ商品を選択し続ける効果のことを言います。例えばスマホなんかはその典型例ではないでしょうか?変えるのが面倒くさいことを、ロックイン効果と併せてスイッチングコストと申します。

 そしてロックインされる時間がながければ長いほどに、スイッチングコストは膨大なものとなっていくのであり、じつはこのことからも「合理的経済人」などというものは存在しない、ということになります。(参照:ロックイン効果 Wiki)

 閑話休題。保守思想が伝統や文化といった人間社会に根付いた経路を大切にする以上、保守思想とは経路依存性を大事にしており、むやみな変革や改革、当然ながら経路を一気に覆す革命などには警戒感を抱くものであります。

 しかし困ったことに、現在の日本は戦後レジームを経路依存性によって強化し続け、失われた20年と呼ばれる時代もすでに相当に経路依存性によって強化されております。しかし失われた20年とは「構造改革・規制緩和・緊縮財政」といったグローバリズム的経路であり、有り体にいえばむき出しの資本主義の論理でありますから、保守はどのように振る舞えばよいのか?が問題になります。

実践主義(プラグマティズム)というもう1つの思想

 プラグマティズムとは日本では実用主義、実際主義などと訳されることが多いようですが、実践主義と訳したほうが適切なんだろうと思います。いろいろとネットで調べると非常に難しいことばかり書いてありますけれども、私にはそんなに難しく書くようなことでもないように思えます。毎度ながら説明が簡単なので、料理で説明します。

 料理の味付けをするときに何がどの分量か?を直感し、分かるためには料理の経験ないし、その料理を食べたという経験が必ず必要です。合理主義的にレシピのみを参考として作れるのは、簡単な料理だけでしょう。

 例えばアクアパッツァを作るとします。非常シンプルな料理でして、フライパンに魚(スズキなど)を入れてオリーブオイルで焼き色をつけ、水を入れてアサリ、トマト、塩を加えて煮込むだけの料理です。しかし不思議なことに美味しく作るには経験が必ず必要になるのです。フライパンの大きさ、魚の大きさによって水加減もかわりますし、当然ながら必要とするトマト、アサリの量もかわります。塩加減も水加減によって変わっていきます。

 上記の様々な要素を判断、直感できるのは、料理というものの経験に裏打ちされた常識を知っているからとしかいえません。

 そして料理づくりの常識をわきまえていれば、新しい料理(つまり変革)もわりとスムーズに作れるというわけです。現在の日本と保守思想的には伝統や文化を再定義し、それによって保守思想ならではの漸進的な変革をもたらして、社会を少しずつ改善することも保守思想では可能なのです。

 そのためには「保守思想はむき出しの資本主義を警戒する」だとか「じつは社会主義が出てきた時に、保守思想はそちらを支持した」という事実関係も必要でしょう。なによりも国家という共同体が連綿と続いてきたものである以上、むき出しの資本主義やグローバリズムがそれを破壊する以上、保守思想としては何を優先するべきなのか?はあまりに明確なのです。

 料理で例えれば、インスタントラーメンやジャンクフードを警戒して、自炊を支持するのはすごく当たり前・・・的な感じでしょうか(笑)

P.S

 当ブログでは旧ブログのように記事がまだまだ揃っておりませんので、復習の意味も込めて過去に書いたことのあるテーマもどんどん書いていきたいと思います。

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 阿吽

保守思想というよりかは・・、常識的な感性、発想・・とか、そういう感じなんですかね・・?

行き過ぎたものに対してそれはどうなのという反動というか・・、明治の初期の西洋かぶれも、明治も30年ぐらいになってくれば、それまでの既存日本文化の見直しが行われたというふうにも聞きますし・・。

革命とか、そういうお祭り騒ぎをしている人間をさらに遠くから見て・・、いやいやちょっとやりすぎちゃうん?・・、と、空気も読まずに言えちゃうような・・、そういう感情でしょうか・・。

そうなれば、どうしても保守主義というのは、カウンター的と言いますか・・、弱いですね。弱いと言いますよりかは・・、どうしても、あとだしになってしまうというか・・。

それが正しいのかと、常に疑問を呈し続けるわけですから・・。

燃え上ってる所に水をぶっかけるような、と言いますか・・。

かといって、もちろん厭世的になるわけでもなく・・、あくまでも、良心と常識と内に秘めた情熱を持って・・・。

これは、めんどい立場ですね・・w


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