現代貨幣理論(MMT)は知名度が以前に比べて、かなり上がりました。けれども現代貨幣理論(MMT)の議論を見ていると、色々と混乱している部分があります。
いわゆる「そんなことは言ってない……」というやつ。
一般の人は仕方ないとしても、有識者がやらかしますからタチが悪い。
本稿では全くの初心者や初級者が、現代貨幣理論(MMT)の全体像をなんとなく把握できるように、超簡単解説します。
要約して現代貨幣理論(MMT)を簡単に書くと……
まず現代貨幣理論(MMT)の要約、ポイントを押さえておきましょう。
- 自国通貨建て国債――日本なら円建て国債――はデフォルト(債務不履行)しない
- 政府は赤字こそ正常で健全
- 自国通貨建て国債が大きくなっても、将来世代へのツケにはならない
- 国債発行を制約するのはインフレだけ
- 失業は社会の損失だから、完全雇用を目指そう
上記の1~4を簡単に言えば「国債発行で問題になるのはインフレだけ。インフレにならなければ、いくらでも国債発行してOK」です。
5は「働きたいのに働けないなんて、もったいない!」です。もし失業率が高いなら国債発行をして仕事を作るべきだ、というのが現代貨幣理論(MMT)の立場です。
もっとも簡単に要約すると「国債発行にインフレ以外の問題なんてないので、みんなが仕事できるように財政政策をしようぜ」が現代貨幣理論(MMT)です。
現代貨幣理論(MMT)を支える3つの理論の簡単な概要
ここからはやや、簡単ではないお話。現代貨幣理論(MMT)を支える代表的な、3つの理論について概要だけ把握しておきましょう。
信用貨幣論
信用貨幣論には、あの信用創造という「ちょっとわかりづらい言葉」が含まれます。しかし信用創造も、難しくないんです。
現代貨幣理論(MMT)の信用貨幣論に影響を与えたのは、アルフレッド・ミッチェル=イネスです。加えてジェームズ・トービンの万年筆マネーも、大きな影響を与えています。
信用貨幣論の本質を解説する前に、反対概念の商品貨幣論について軽く把握しておきましょう。
商品貨幣論とは「昔は物々交換をしていたが、それでは手間がかかる。よって(例えば)金を交換するためツールにした。それが貨幣の始まり」とする学説です。
ところが民俗学的、歴史学的に物々交換経済は確認されていません。
閑話休題。
信用貨幣論とはこの真逆です。商品貨幣論が「交換から貨幣が生まれた」とするなら、信用貨幣論は「負債から貨幣が生まれた」とします。
この場合の負債とは、貸し借りです。
昔々、Aさんは春キャベツ農家をしていました。Aさんのところにサンマ漁師のBさんがやってきました。
「おい、Aさん。ちと春キャベツくれないか? 秋になったらサンマを分けてやるから」
「ああ、いいよ。春キャベツ10個でいいか? 代わりに秋にはサンマ20匹を分けてくれよ」
「よしわかった。このことは記録に残しておこう。『春キャベツ10個分の借りを、秋にサンマ20匹で返します』と」
上記の記録は、負債証明書です。この負債証明書が貨幣だとするのが、信用貨幣論です。
信用貨幣論では貨幣=負債とします。実際に日本銀行券は日銀の負債に計上されていますから、現実との齟齬もありません。
余談ですがもしも政府、企業、個人のすべてが負債をゼロにしたらどうなるか? じつは日本市場からお金が消えます。
誰かが負債を作った瞬間に、また貨幣が生まれます。これを信用創造(英:credit creation)と呼びます。
機能的財政論
機能的財政論はかの有名なジョン・メイナード・ケインズの弟子である、アバ・ラーナーが提唱しました。
概要は本当に簡単な理論です。
「景気がいいときには消極財政、景気の悪いときには積極財政」
これだけです。
「インフレのときには消極財政、デフレのときには積極財政」と換言することもできます。
少し専門的に言うと「インフレ=貨幣(負債)が過多、デフレ=貨幣(負債)が過少」です。したがってデフレ時には、国債(=負債であり貨幣供給)を増加させる積極財政が必要です。
負債の多い少ないは、インフレかデフレかで判断されます。逆に言えば負債は、インフレやデフレをコントロールする機能でしかありません。だから『機能的』財政論と言います。
なお余談ですがインフレ=需要>供給=貨幣(負債)過多ですから、組み替えればインフレ=貨幣(負債)>供給となります。
インフレとは貨幣価値の下落ですから、貨幣価値を担保しているのは供給力と導き出せます。
租税貨幣論
租税貨幣論はゲオルグ・フリードリヒ・クナップが唱えた、貨幣国定説が元になっています。
前知識として貨幣と通貨の違いを知らないと、租税貨幣論は理解できません。
貨幣:広義では市場に流通しているあらゆる負債の総称。狭義では決済に使用される特殊な負債。何が特殊かと言うと、決済で誰もが受け取るところが特殊。
通貨:国定流通貨幣ないし法定流通貨幣の略称が通貨。国の定めた貨幣が通貨です。
租税貨幣論を簡単に要約すると「通貨は何で、通貨としてみんな受け取るのか? 原動力は徴税という国家権力の行使だ」という理論です。
狭義の貨幣をみんなが受け取るのは、市場競争をその貨幣が勝ち抜いてきたからです。昔は国が決めていない貨幣が流通して、国が追認したなんてこともありました。
国が決めたからみんなが受け取ってくれる、というわけではありませんでした。
近代国家ではなぜ、国が決めた通貨をみんなが受け取るのか? 通貨を通貨としているのは何か? 租税貨幣論では国家の権力行使が、通貨を通貨たらしめる源泉だとします。
より直接的な国家権力の行使は、徴税です。
「なんでこの理論が必要なの?」と、疑問に思うかもしれません。しかし考えてみてください。
「自国『通貨』建て国債が問題ないのは、『通貨』発行権があるから」ですよね? 通貨が通貨の地位から落ちたら、大問題ですよね。
ですから租税貨幣論は、現代貨幣理論(MMT)の根幹とも言えます。
現代貨幣理論(MMT)への簡単な批判的Q&A
ここからはよくある現代貨幣理論(MMT)への批判を、Q&A形式で見ていきましょう。
Q 現代貨幣理論(MMT)通りなら、無税国家が可能なのでは?
「現代貨幣理論(MMT)通りなら無税国家じゃん! というわけで、現代貨幣理論(MMT)は嘘!」のような、的外れな批判があります。
ここまで読んでいただいた読者なら「いや、インフレ制約」と即答ですよね。
国債発行はインフレにのみ制約されます。逆に言えば無税国家は、インフレが過剰になると予測されるので無理です。
Q 過剰なインフレがハイパーインフレにならない?
現代貨幣理論(MMT)通りに積極財政をすると、ハイパーインフレになる! と主張する人たちがいます。彼らの理屈はこうです。
「ブキャナンの『赤字の民主主義』によれば、国民は積極財政を際限なく望む。なぜなら積極財政で、自分たちに利益供与してほしいからだ。
よって積極財政を一旦始めると、際限なく積極財政が求められて歯止めがきかなくなる。増税など政治的に間に合うはずがない! したがって現代貨幣理論(MMT)を採用すると、ハイパーインフレになる!」
この理屈が本当なら、そもそもデフレになるはずがありません。加えて政府支出のコントロールは、増税だけではありません。
詳細は省きますがビルトインスタビライザーもありますし、増税せずとも予算据え置きでインフレには十分に対応できます。
なぜなら需要増加に、供給能力が追いついてくるのが歴史の常だからです。
さらに言及すると、インフレとハイパーインフレの間には無数のバリエーションがあります。ある瞬間に突然、インフレがハイパーインフレに切り替わるわけではありません。
Q 現代貨幣理論(MMT)は目新しい理論ではない?
「現代貨幣理論(MMT)の理論は何も目新しくない! 経済学でも知ってることばかり!」という、お子様のような批判があります。「僕ちゃん、知ってたもんね!」というあれ。
確かに現代貨幣理論(MMT)は、目新しくありません。じつは200年前から存在している理論もあります。統合し、接合したところが現代貨幣理論(MMT)の功績です。
目新しくない現代貨幣理論(MMT)の各種理論ですが、主流派経済学が無視してきた理論でもあります。加えて主流派経済学には、貨幣論そのものが存在しません。
経済学の教科書を見ると、貨幣について――驚くべきことに――ほとんど書かれていないのです。
経済学は権威が揺らぐので「い、いや……? し、知ってたよ? 当然! うん、当然ながら知っていたに決まってるじゃないですか! いやだなぁ~」としか言えないのかも?
まとめ
できる限り簡単かつ平易に、現代貨幣理論(MMT)を要約してみました。
今回の記事を書こうと思ったのは、現代貨幣理論(MMT)の議論が混乱しているからです。一般の人がTwitterで、間違った認識を元に議論しているくらいならかわいいものです。
有識者が認識を誤っており、混乱しているのですから手に負えません。
どうして混乱するのかと言えば、現代貨幣理論(MMT)にイデオロギーを接合しているからです。いえ、むしろ逆で「こうあるべき!」というイデオロギーの理屈として、現代貨幣理論(MMT)を使っていると言えます。
したがって都合のいい部分のみフォーカスし、主張したり批判したりしているわけです。
ことの是非はともかくとして、初心者にとってよい環境ではありません。そこで今回、初心者向けにわかりやすく簡単な記事を書いてみようと思い立ちました。
役に立ったら幸いですよ。