先日、進撃の庶民に寄稿した低生産性は嘘-購買力平価のカラクリと日本の労働生産性が低い理由 – 進撃の庶民を、視点を変えてリライトした記事が今回の記事です。
日本の労働生産性は低い! との言説はよく聞かれます。そして「生産性を上げなければならない! 合理化だ! 効率化だ!」と、いつも結論は変わりません。
……でも本当に日本の労働生産性は低いのか? じつは「低いとは断定できない」のが事実です。労働生産性の国際比較グラフも参照しつつ、日本の労働生産性が低いとは言えない理由を解説します。
日本の労働生産性が低いとされるグラフ
日本の労働生産性が低いと言われる理由は、以下のグラフが根拠です。
ぱっと見るとこのグラフは、日本の労働生産性がOECD7カ国で最下位であることを示しているように感じます。でもよく見てください。
日本は1970年からバブル期を除き、一貫して20位前後です。一方でアメリカ以外の国は、2000年代に入ってから順位が落ちていることが見て取れます。
この事実を素直に読み解くなら「2000年以降に日本以外の国が順位を落とし、相対的に労働生産性の差は縮小している」と言えますよね。
しかしグラフからは見えないカラクリが、もうひとつありました。
労働生産性の国際比較は購買力平価GDP/就業者数
生産性=アウトプット/インプットで求められます。インプットの部分に労働時間やコストを入れれば、労働生産性です。アウトプットは付加価値が入ります。
国内では付加価値の総合計はGDPですから、GDP/就業者数で労働生産性が計算できます。
しかし国際比較は、為替が絡んできます。為替は非常に変動幅が大きく、比較には適していません。よって労働生産性の国際比較には、以下の式が使用されます。
労働生産性=購買力平価GDP/就業者数
この購買力平価が、かなりやっかいな数字です。
購買力平価とは?
購買力平価とは、例えばiPhoneをいくらで買えるか? を、それぞれの国の通貨で換算したものです。日本では6万円するiPhoneが、アメリカでは500ドルだったとします。
購買力平価は「A国の価格/B国の価格」です。この場合は120円=1ドルが購買力平価となります。購買力平価は、為替とは別の数字です。
購買力平価説によれば、為替と購買力平価は一致する”はず”とされています。
それは脇に置いて。
購買力平価には、絶対的購買力平価と相対的購買力平価があります。相対的購買力平価は、各国のインフレ率を考慮に入れた数値です。
購買力平価を国際比較で用いることは、メリットもあります。しかし問題点や注意点もあります。
購買力平価を国際比較に使用するメリット
購買力平価を国際比較で用いるメリットは、為替より安定している点です。購買力平価は為替と相関を示しつつ、安定したトレンドを描きます。ですから国際比較に用いる数字として、妥当性があると言えます。
ただし購買力平価説そのものは、大きく問題があります。
- 完全な自由貿易
- 輸送コストゼロ
- 伸縮的価格調整
- 情報の完全性
- 財の同質性
この5つの条件が、購買力平価の前提になければならないからです。そしてこの5つの条件が、購買力平価を国際比較に用いる際の問題点・注意点につながります。
購買力平価の問題点と注意点
- 完全な自由貿易
- 輸送コストゼロ
- 伸縮的価格調整
- 情報の完全性
- 財の同質性
どれも非現実的な前提条件です。労働生産性を比較するときに、もっとも問題になるのは「財の同質性」です。
財の同質性とは何か?
日本で売られているiPhoneと、アメリカで売られているiPhoneは「全く同じ」であれば、財の同質性があると表現されます。
一見すると工業製品なら問題なさそうに見えますが、そんなことはありません。例えばiPhoneを販売するショップも、財の同質性がなければいけません。
提供するサービスも、同じであることが前提条件です。
このように購買力平価は、絶対値として当てなりません。
労働生産性の議論に戻します。購買力平価で労働生産性を比較すると「同じ値段だけどサービスや財の質が良い場合、労働生産性は低く算出」されます。
つまり購買力平価を用いて国際比較をする際、絶対値での比較はあまり意味がありません。ある程度の傾向がわかる、というくらいで解釈しておくべきでしょう。
そして絶対値に意味があまりない以上、トレンドとして労働生産性の国際比較は見るべきです。
労働生産性の国際比較=各社の世論調査的に考えるべき
新聞の世論調査を、絶対値で見る人はいませんよね? 産経や朝日、読売など新聞によって数値が異なるからです。
なぜ世論調査の数値が異なるのか。アンケート項目の違いが、大きいと言われます。いずれにしても、新聞ごとに傾向があります。
しかし時系列で各新聞の世論調査を見ると、トレンドは一致しています。支持率が下がるときは、どの新聞社の調査でも下がっています。
購買力平価を基準とした労働生産性の国際比較も、この世論調査のようにトレンドで見るものです。したがって「1970年から日本は、労働生産性がOECD7カ国で最下位!」という議論は、あまり意味がありません。
まとめ
労働生産性の国際比較グラフは、日本の労働生産性が1970年代からあまり変わらないことを示しています。一方で日本の労働生産性が低いとは、購買力平価GDPから算出した労働生産性では断定できないとお示ししました。
ちなみに日本の労働生産性は高いか? と聞かれたら、筆者は迷わず「そんなはずないでしょ」と返します。あくまで「国際比較のあのグラフで、断定はできないこと」をお示ししただけです。勘違いなきようお願いします。
日本の労働生産性を上げる、簡単な方法がいくつかあります。
- 今の物価で、みんな手抜きサービスを容認しあう
- 需要を政府支出で拡大する
「日本のサービスの質は高い!」と誇らしげに言いつつ、同じ口で「労働生産性を上げなければ!」と議論する人がいます。この人たちはそもそも、生産性が何かを理解してません。
「サービスの質が高い(値段と比較して)」とは「他と比べて労力を使って、粗利が得られていない」ことです。したがって労働生産性は低下します。
「値段相応のサービスの質にする」「手を抜く」が容認されれば、労働生産性は上がります。
もっとも簡単なのは、政府支出によって需要を拡大することです。需要が拡大すれば、同じサービスや財でも高く売れます。したがって労働生産性も向上します。
緊縮財政を主張しながら、労働生産性向上の議論をする人たちも、生産性が何か理解できていないのでしょう。
日本人の労働生産性が低い本当の理由は「そもそも生産性が何かを、理解できていないこと」かもしれませんね。