ベネズエラのハイパーインフレは、一般的に「石油価格の下落が原因」と説明されますが、複合的な要因があります。
- 石油価格の下落
- アメリカの経済制裁
- 長年の高インフレ率
- マクロ経済政策の失敗(高インフレにかかわらず財政出動)
- 対外債務返済優先による輸入制限
これら複数の要因が絡まり合ってハイパーインフレに突入しました。中でも、個人的に大きな要因と思うのは「アメリカの経済制裁」です。
アメリカの経済制裁によってベネズエラは、外貨獲得手段の約半分を喪失したからです。
ベネズエラがハイパーインフレを起こした原因をわかりやすく解説します。
ベネズエラのハイパーインフレの現状
ベネズエラは2018年からハイパーインフレになったと認識されています。しかし、それまでも高いインフレ率でした。
ベネズエラは1980年代から、ときに20%を超えるインフレ率が続いていました。後述しますが、国際会計基準では年率26%がハイパーインフレの定義です。その意味でベネズエラはずっとハイパーインフレだったとすら言えます。
現在のベネズエラは1400億ドルの対外負債があり、利息の支払いだけで年間100億ドルを必要としています。外貨準備高は2018年時点で100億ドルを切っており、事実上のデフォルトと見なされています。
ベネズエラ国内では日用品や食料すら不足し、2019年時点で国外流出した人口は400万人です。ベネズエラの人口は約3000万人でした。人口の約7分の1が流出したことになります。
貧困世帯は2018年のデータで、2014年の48.4%から87%に急増しました。国民の9割が貧困にあえいでいます。理由はもちろん、ハイパーインフレによる物価高騰です。
日用品や食料品が不足する背景には未成熟な国内産業と、石油による外貨獲得の一本足打法があります。国内産業が未成熟なため、ベネズエラは日用品なども輸入に頼っていました。
石油価格の下落や産出量の減少、対外債務の返済優先によって輸入が滞っています。
くわえて、アメリカによる経済制裁の影響も無視できません。
マドゥロ政権への経済制裁は2015年に始まりましたが、本格化したのは2017年です。ベネズエラの外貨獲得手段は石油で、そのうちの半分弱はアメリカ向けでした。
経済制裁によってベネズエラからアメリカへの石油輸出は禁止されました。
箇条書きでベネズエラの現状をまとめる
- もともと数十年、高インフレが続いていた
- 1400億ドルの対外負債があり、利払いだけで毎年100億ドル。事実上のデフォルト状態
- 日用品や食料品すら不足
- ベネズエラの7分の1の人口、400万人が流出
- 貧困層はハイパーインフレで9割に増加
- 石油価格の下落
- ベネズエラの石油産出量も減少。理由は後述
- アメリカによる経済制裁で市場の約半分を失う
そもそもハイパーインフレとは
ハイパーインフレの定義は2種類あります。
1つはアメリカの経済学者フィリップ・ケーガンの定義です。月に50%のインフレをハイパーインフレと定義しました。年に換算すると約1万3000%です。
もう1つは国際会計基準の定義です。3年間で累積100%以上、年間平均26%のインフレをハイパーインフレと定義しました。
国際会計基準の定義だとベネズエラは、数十年前からハイパーインフレということになります。ベネズエラがハイパーインフレだと話題になったのはここ数年です。
つまり、ケーガンの定義(年率1万3000%)が一般的なハイパーインフレの定義です。
ハイパーインフレの発生条件は3つあります。
①戦争などで国内の供給が止まり、輸入もできない状態になる
②革命などで旧体制が瓦解して新体制に移行したばかり
③もともと国内産業が発達せず高インフレが続き、そこにマクロ経済政策の失敗が重なった
ハイパーインフレとは?戦後日本やドイツの高インフレの原因 | 高橋聡オフィシャルブログ バッカス
上記にくわえて、紙幣乱発や対外債務問題が拍車をかけます。
ハイパーインフレについて詳しく知りたい人は、以下の記事が参考になると思います。
日本でハイパーインフレが起きるかどうか心配な人は、以下の記事をどうぞ。
ベネズエラの経済構造
ベネズエラの経済構造について整理します。とはいえ、あまり複雑な話ではありません。
ベネズエラは外貨獲得の9割を石油に頼っています。獲得した外貨で日用品、食料などを輸入しています。
これは国内産業が未成熟だからです。ですので、もともと高いインフレ率が続いていました。
ベネズエラは石油開発をしていた外資を追い出し、油田を国有化しました。国有化された国営ベネズエラ石油は政治利権で運営されました。
油田のメンテナンスに使っていた予算を他に回すなどし、油田のメンテナンスさえも行いませんでした。
これが産油量の縮小に拍車をかけます。
くわえて、1400億ドルの対外債務があります。対外債務の利息返済のため、ベネズエラは輸入を制限します。
また、ベネズエラの石油の多くは加工が必要ですが、その加工をするための原料の輸入すらままならなくなったのも産油量の減少の原因の1つです。
要約すればベネズエラの経済は、石油に頼りっぱなしです。それ以外の産業がなく、国内の需要すら満たせない状況でした。
石油を輸出し、そこで獲得した外貨によって生活を支えていたいのです。
ところが、政策の失敗や石油価格の下落、アメリカの経済制裁などで外貨獲得ができなくなり、輸入が滞ってハイパーインフレが起きたという構造です。
ベネズエラのハイパーインフレの原因
以下では、さらに詳しくベネズエラのハイパーインフレの原因を分類します。
供給力低下
外資を追い出し国営ベネズエラ石油を設立したものの、国営ベネズエラ石油は政治利権によって運営されていました。油田のメンテナンス予算すら削られるほどです。
メンテナンスできなければ産油量は減少します。
石油価格の下落も追い打ちをかけます。外貨獲得ができなくなることは、ベネズエラにとっては日用品や食料が輸入できなくなることです。
アメリカによる経済制裁も同様です。外貨の9割を石油に頼っており、その半分がアメリカ市場向けでした。
アメリカの経済制裁は2017年から本格化し、ベネズエラのハイパーインフレは2018年からです。どの記事でもはっきりと書きませんが、ハイパーインフレの原因の半分はアメリカです。
外貨獲得手段の約半分が突然消失すれば混乱するに決まっています。
もう半分は未成熟な国内産業や石油価格の下落です。日用品や食料品まで輸入に頼っていたため、石油による一本足打法がぐらついた瞬間にハイパーインフレになりました。
本来、ベネズエラは石油以外の産業育成をしなければなりませんでした。
需要増加
ベネズエラは高インフレにもかかわらず、財政赤字の拡大や紙幣の増発を行いました。インフレとは需要>供給の状態です。需要を増やせばインフレに拍車がかかります。
ベネズエラは高インフレなのに、財政赤字の拡大などで需要増加政策を実施したのです。
財政赤字は貧困層救済の名目でした。
しかし、皮肉なことに2014年に5割だった貧困率は、2018年に9割にまで激増しました。マクロ経済政策の失敗が返ってきたのです。
ベネズエラのハイパーインフレでおすすめの書籍
ベネズエラのハイパーインフレについて、もっとも参考になったのは「混乱をきわめるベネズエラ経済 ――とまらない経済縮小とハイパーインフレ――」という論文です。
1万文字程度の論文ですので、興味のある人は読んでみることをおすすめします。
その他、参考になりそうな文献を紹介します。
混迷の国ベネズエラ潜入記
主に2019年後半の取材をもとにしたルポ。全五章の本文に「付録 野獣列車を追いかけて」が加わる。
第一章のコロンビアとの国境に近いメリダ州都への訪問を皮切りに、第二章は首都カラカスを訪ね、第三章でも首都を再訪する。第五章は第三章の続編に当たり、陸路でコロンビアへの帰還を目指した道程を中心に綴られる。三章と五章を隔てる四章は、著者自身の経験ではなく日本における聞き取りで、薬物密輸のためベネズエラで服役した中年日本人男性を介して刑務所内部の事情などを伝える。
国家破綻寸前とされるベネズエラだが、報道の惨状は一時的の極端な現象をクローズアップして伝えられたものだと知らされる。とはいえ、やはり低所得層なら日本円にして月200~1000円という収入の極度の減少ぶりは異常で、著者自身も取材中にいくつかのトラブルに巻き込まれている通り、お世辞にも治安が良いとは言えないようだ。貧困対策を前面に打ち出した政府が国家を困窮に追い込んだ事実は印象的である。
付録の「野獣列車を追いかけて」ではベネズエラを離れ、アメリカを目指す中米の移民たちが乗車する、メキシコ縦断貨物列車を扱う。野獣列車が通過する15駅を訪れ、約一か月で100人の移民たちと移民支援団体などの取材に当たっている。
ベネズエラへの取材期間はそれほど長くはなく、旅行者視点で同国の市民生活を探るということ以外には目立つテーマがなかったためか、全体的に淡泊には感じた。
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まとめ
ベネズエラのハイパーインフレは複合的な要因によるものです。
原油価格の低下、アメリカの経済制裁によって外貨獲得手段が失われ、日用品や食料の輸入が滞ったことがハイパーインフレを招きました。
対外債務の利息返済優先による輸入の制限は特に大きかったと言えます。
さらに、財政出動による紙幣の乱発、国営ベネズエラ石油のずさんな運営、外資の追い出しが重なりました。
ベネズエラのハイパーインフレの原因を整理していると「なんだこりゃ? こんなの、ハイパーインフレになって当たり前」と嘆息します。
高インフレなのに供給に力を入れず、需要ばかり膨らませているのですから。
日本がハイパーインフレになる可能性はほとんどありませんが、要因を分析して他山の石とするべきでしょう。