「生活保護の不正受給を絶対許さない!」は幸福度を上げるのか

 Twitterで以下のようにツイートしたところ、大きな反響がありました。

生活保護の話題ではすぐ「不正受給は許さない! 1件たりともあってはダメ!」と言う人が。

でも、不正受給(0.4%)の何百倍も、受給資格があるのに受給できない人の方が多いんですよ。

欧米の生活保護捕捉率は6割~8割。日本はたったの2割です。

不正受給より、捕捉率向上の議論が必要。

 Twitterは140文字しかありません。正確な数字などを出した上で、上記の議論を深掘りして解説していきます。

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生活保護の不正受給とは

 最初に事実関係をざっと解説し、その後に議論します。
 生活保護の不正受給は主に4種類です。

  1. 収入を申告していない
  2. 資産を申告していない
  3. 福祉事務所に届け出ている世帯員以外と同居
  4. 暴力団員である

 暴力団員であること以外、多くの場合は申告漏れが不正受給の原因です。

生活保護が不正受給にならないための届け出

 生活保護で不正受給にならないためには、以下のような場合に届け出が必要です。

  1. 子供や自分が働き出したり転職したりした
  2. 雇用形態がパートから正社員に変わった
  3. 子供が就職したり、大学進学したりした
  4. 世帯員の死亡や出産や転入、転出
  5. 相続で資産を得た
  6. 保有している資産を処分して収入になった

 たとえば6.はスマホやパソコンを中古で売却した場合も当てはまります。世帯員の転入や転出には、恋人ができて同居したなどの場合があるでしょう。
 生活保護ではいちいち、こういった申告が必要になります。

 申告漏れは不正受給になる恐れがあります。

生活保護の不正受給率

 生活保護の不正受給率は金額ベースで約0.4%、件数ベースで約2%です。高校生の子供がアルバイトをして申告していなかったなど、不正受給として扱うのに疑問のあるケースも多いです。

 不正受給の大多数は知識不足などによる申告漏れで、悪質なものはごく一部です。

 なお、不正受給だと誤解されているケースも。

 たとえば「お金持ちの家族がいる人が生活保護を受給するのは不正だ!」という誤解です。親族に扶養の義務はありませんので、不正受給ではありません。
 他にも「働ける人が働かずに生活保護をもらっているのは不正だ!」も同様です。失業中や働いても生活保護に満たない金額の場合、生活保護を受給する権利があります。

生活保護の捕捉率

 日本の生活保護の捕捉率は、先進国でも飛び抜けて低いです。

  • ドイツ 6割
  • イギリス 5割~9割
  • フランス 9割
  • スウェーデン 8割
  • アメリカ 6割
  • 日本 15%~18%

 日本の生活保護の捕捉率が低いのには、いくつかの理由があります。

  1. 水際作戦で行政が生活保護を抑制してきた
  2. 生活保護バッシングで困窮者が生活保護を選択しない
  3. 生活保護予算の4分の1は地方自治体から出すため、地方自治体が生活保護を嫌う

 最近はコロナ禍で厚生労働省も生活保護に積極的です。
 日本の生活保護受給人数は200万人以上で、捕捉率は約2割です。つまり、800万人ほどが生活保護を受ける水準にもかかわらず、生活保護を受給できていません

生活保護の不正受給撲滅で世の中はよくなるか

 生活保護の議論になると、必ず「生活保護の不正受給は絶対に許さない! 1件たりともあってはダメ!」という意見が出ます。
 個人的に「不正受給絶対許さないマン」と呼んでいます。

 しかし、見てきたとおり生活保護の不正受給の大半はうっかり、知識不足などによる申告漏れです。不正受給を撲滅すれば私たちは幸福になれるのでしょうか?
 不正受給があるから、生活保護を受けられない困窮者がいるのでしょうか?

不正の大きさ=不幸だが、不正の小ささ=幸福?

 まず、不正そのものの性質について。

 不正が大きくなると世の中にたくさんの不幸を呼びます。不正献金や賄賂がまかり通る政治はいい政治とは言えませんし、横領がまかり通る社会も不幸が大きくなります。

 では逆に、不正が小さくなれば幸福度が上がるのでしょうか?

 たとえば、北朝鮮のような統制国家は不正が小さいと思われます。しかし、まったく幸福そうには見えません。
 日本の犯罪率は高度成長期より低下していますが、現在の日本人が高度成長期より幸福度が高いかどうか議論が分かれます。

 不正を撲滅しても、幸福度が反比例して上がるとは限らないのです。
 「不正の大きさ=不幸」は成り立っても、「不正の小ささ=幸福」は必ずしも成り立たないのです

不正受給者がいるから受給できない人がいる?

 「不正受給者がいるから、本当に困窮している人が受給できないんだ!」という意見も根強いです。この考え方は「不正受給が税金のキャパを占領し、その分、困窮している人が受給できない」という構造です。

 2つの理由で上記の考え方は間違っています。

 1つめは、不正受給は金額ベースで0.4%です。不正受給がゼロになっても、救える困窮者が0.4%増えるだけです。

 2つめは、政府支出の原資は税金ではありません。これは現代貨幣理論(MMT)が明らかにした、スペンディングファースト(政府支出が先)という理論です。
 詳しくは以下の記事でどうぞ。

 要するに不正受給があったとしても、それが予算を圧迫しているわけではありません。もっとも、これは政府の話です。
 生活保護予算の4分の1は地方自治体から出ており、スペンディングファーストが当てはまらない面もあります。

 生活保護は不正受給が0.4%で、捕捉率が約2割です。
 不正受給がゼロになれば欧米並みの捕捉率になるのでしょうか? どうもそうは考えられません。

 不正受給分、生活保護を受けられない困窮者がいるとしても、それ以上にそもそもの捕捉率が低すぎて話になりません
 生活保護を受けられない困窮者のことを考えるなら、捕捉率こそ問題にするべきです。

不正受給は十分に小さい

 件数ベースで2%、金額ベースで0.4%が不正受給の数値です。不正受給の大半が単なる申告漏れで、悪質な不正受給はごく一部です。
 だとすると、不正受給の数値は十分に低いです。

 申告漏れなどの理由で不正受給はどうしても起きます。起きないように抑制する努力は引き続き必要です。しかし、ゼロにするのは現実的ではありません。

 「不正受給は1件たりとも許さない!」と言っている人は、不正受給の内容を知らないのかもしれませんね。

不正受給より捕捉率の低さが問題

 日本の生活保護の捕捉率は、他の先進国と比べなくても驚きの低さです。比べたらさらに驚きの低さ。もう一度、先ほどの箇条書きを掲載します。

  • ドイツ 6割
  • イギリス 5割~9割
  • フランス 9割
  • スウェーデン 8割
  • アメリカ 6割
  • 日本 15%~18%

 不正受給を撲滅しても捕捉率は上がりません。なぜなら、不正受給は金額ベースでたったの0.4%だからです。

 生活保護は生活困窮者のためにあります。生活困窮者のことを最初に考えるなら、不正受給の撲滅より捕捉率の向上が議題になるのは当然です。

 不正受給を叩いている人は「不正はとにかく許せない」「不正は不正」と考えているようです。それは「不正をなくすためのバッシング」であり、生活困窮者のためではありません。
 ある意味、不正を自己満足でバッシングしているだけです。

 生活保護には不正受給バッシングより、捕捉率アップの建設的な議論が必要です。

まとめ

 「不正受給絶対許さないマン」に違和感を覚えてツイートしたところ、大変多くの反響がありました。同意や賛同が多かったのですが、中にはやはり「不正受給絶対許さないマン」もいました。

 「不正受給絶対許さないマン」の返信やリツイートは、どうも無知から来ているように思えます。生活保護の不正受給をあたかも巨悪、悪質といったイメージで捉えているようです。
 不正受給を叩きつつ、不正受給の内容を知らないのだと思います。

 くわえて、体裁上は「困窮者のためにも不正受給をなくすべき!」と言いますが、困窮者のためには捕捉率のアップこそ優先でしょう。「不正受給絶対許さないマン」は、じつは困窮者のことなんてどうでもいいのでは? と疑ってしまいます。

 今回の記事の結論は簡単です。
 不正受給をいくらバッシングしても、社会の幸福度はまったく上がりません

 生活保護について手軽に知りたいなら、以下の書籍がおすすめです。

登場人物にとりたてて魅力を感じるわけではなく、ストーリー展開が面白いわけではない。
しかしこの作品を、社会の実態を説明するためのドキュメンタリーとして読むと、興味が尽きない。

同じ地球上に産まれながら、産まれつき這い上がれないようなどん底からスタートせざるを得ない人生。


また一回だけの判断ミス、あるいは気の緩み、あるいは人の良さ、などでも、ヒトは簡単に泥沼にハマる。
自分は何とか無事にやって来られたが、こうなれた方が実は確率が少なかったのではなかっただろうか?
そんな風に考えると、この本に書かれてあることは他人ごとではなくなる。

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