経世済民の意味や読み方、含意をズバリ解説-経世済民と富国強兵

 経世済民という言葉はドラマ「経世済民の男」で一気に広まりました。なんとなく聞いたことがある人も多いでしょう。

 しかし、その意味や含意についてはあまり広く知られていません。経世済民にまつわる諸々のことを、ズバリ解説していきます。

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経世済民の意味と読み方

 経世済民は經世濟民が元々の漢字です。中国の古典に登場する言葉で、意味は「おさめ、たみすくう」です。似た言葉で「経国済民」も同じ意味です。

 読み方は経世済民(けいせいさいみん)です。「けいせい”ざい”みん」と間違う人が多いので注意してくださいね。

 経世済民は経済の語源となった言葉で、経世済民の略語が経済です。

 日本では江戸時代から経世済民という言葉が一般化しており、江戸時代後期には経済という言葉も生まれました。幕末期、Economyの翻訳に経済という語を当てて現在の意味になりました。

経世済民に必要な公共事業や富国強兵

 「おさめ、たみすくう」ために必要な政策は山のようにあります。その中で基本としてあげられるのが富国強兵です。

 富国のためには公共事業が大切です。

 昔から富国を実現する方法は公共事業でした。例えば戦国時代においても名君と呼ばれた武将は、治水や新田開発などの公共事業を盛んに行っています。
 有名どころでは武田信玄でしょうか。

 公共事業でインフラストラクチャー(土台構造)を作らなければ、その上に成り立つ経済も発展のしようがありません。
 現在の日本は公共事業をひたすら削っており、その結果として経済まで傷んできました。

 加えて経世済民では強兵も必要です。「富国が必要なのはわかるけど、強兵は必要ないのでは?」と感じるかもしれませんが、それは大きな間違いです。

 経世済民のためには前提条件として独立が必要不可欠です。どこかの属国では到底、「おさめ、たみすくう」ことなど叶いません。
 独立には安全保障が必要であり、安全保障には強兵が必要です。

 経世済民とは富国強兵を目指すことに他なりません。

経世済民と消極財政(緊縮財政)

 日本は1990年代後半から消極財政(緊縮財政)をしています。消極財政(緊縮財政)は経世済民に資するのでしょうか。

 消極財政(緊縮財政)を持続した結果、日本はデフレになりました。デフレとは需要<供給の状態で物価が下落し続ける現象です。
 物価が下落する以上の速度で所得が下落するため、デフレでは国民が貧しくなります。

 デフレは経世済民と正反対の状態と言えます。

 デフレの解消法は積極財政です。しかし、日本は長らく積極財政をせずに消極財政(緊縮財政)を続けてきました。赤字国債の累積による弊害を恐れたからです。

 日本の赤字国債はすべて自国通貨建てです。政府には通貨発行権があります。恐れられていたデフォルトは自国通貨建て国債では起きません。すなわち、日本は財政破綻しません。

 日本は起きもしないデフォルトを恐れて消極財政(緊縮財政)をし続け、経世済民を怠ってきました。

経済学が経世済民学ではない理由

 日本が消極財政(緊縮財政)を続け、経世済民を怠ってきた大きな原因は経済学にあります。経済学者たちが「このままでは財政破綻する!」「将来世代へのツケを残すことになる!」と警鐘を鳴らしたからこそ、日本は消極財政(緊縮財政)をし続けました。

 経済学に現実が見えていないのはある意味、当たり前です。経済学は「経済」学と名前は付いていますが、実際には机上の空論をこねくり回す学問です。

 例えばマンデル・フレミングモデルは「財政出動をしても経済効果はない」と証明したことになっている経済学の理論です。ノーベル経済学賞まで受賞しました。
 もっとも――ノーベル経済学賞は「ノーベル賞」を名乗っていますが、正式なノーベル賞ではありません。

 閑話休題。
 マンデル・フレミングモデルはインフレが前提となっており、デフレの日本には当てはまりませんでした。けれども、多くの経済学者たちは「財政出動をしても効果はない」とマンデル・フレミングモデルを盾に主張しました。

 その結果が20年に及ぶデフレです。

 今ではアメリカ、中国などの財政出動で、効果があることがはっきりとしています。

 経済学は「経世済民の学問」とは全く言えません。なぜなら、経済学は実践的な現場から理論を構築するのではなく、机の上でモデルをこねくり回す学問だからです。

「新」経世済民新聞の紹介

 日本には「新」経世済民新聞というサイトがあります。三橋貴明が主催しており、著者には藤井聡、佐藤健志、施光恒などそうそうたる顔ぶれです。

 サイトは「新」経世済民新聞です。

 基本的にはほぼ毎日更新されており、内容の濃い「経世済民」の記事を読めます。ブログをしてない面々が記事を書いているので、なかなか貴重だと言えます。

まとめ

 日本では経世済民を踏まえない「経済の議論」がまかり通っています。例えば「生産性向上のために中小企業の半分をつぶす」などという暴論が、内閣府の近くから聞こえてくるほどです。
 中小企業を半分つぶして生産性向上が実現したとしても、それが経世済民に資するかどうか直感的に誰もがわかるはずです。

 答えは当然「経世済民にならない」ですよね。

 経世済民に資する経済の議論を取り戻さなければなりません。

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4 Comments
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ホワホ
3 月 前

何の生産性かによって違うのでしょうが

働いていない、効率の悪い筋繊維を切除することで
筋力生産性を上げる!!!
(生きている繊維辺りの稼働力は上がるかもね。筋力は面白い事になるでしょうけど)

こう捉えると何もかもがおかしいのが解りますね

連中は現実には愚行手術ではなく筋トレに例えられる様な誤解をしてそうですが
それはできません、何故なら筋トレはすべての繊維に対して働きかけ
さらに淘汰で数を減らすのをターゲットにしていないからです

こちらは、狙って脆弱な部分を切除すれば強壮な部分に
その分の稼働力が移動し総体として強化される。というオカルトでしか例えられないです

こんなものそれはうまく行くはずがない

スーパーウルトラ不苦労
3 月 前

コミュニケーション能力至上主義が完全になくならない限りいくら政府がお金を出しても意味がないです。竹中、アトキンソンと同類です。