グローバリズムの終わりの始まり-閉じていく世界と取り残される日本

「コロナ禍によってグローバリズムが、終わりの始まりを迎えている」

 この認識は今年に入って、急速に広がっています。

 上記の画像は「グローバリズム 終わり」の、検索ボリュームの推移です。今年の2月から急速に、このキーワードの検索ボリュームが伸びました

 グローバリズムの終わりの始まりは、どのように進行するのか? グローバリズムの構造から解説します。

 そしてグローバリズムの終わりの始まりに、取り残される日本についても予測します。

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グローバリズムの終わりの始まり

 グローバリズムの終わりの始まりは、コロナのせいでしょうか。じつはコロナ禍がなくても、グローバリズムは終わりに向かっていました

コロナ禍で閉じていく世界

 グローバリズムが終わる直接の原因は、やはりコロナ禍でしょう。コロナの大流行によって各国は被害を受けました。流行を防ぐために、渡航制限やロックダウンなど厳しい措置が執られました

 コロナ禍ではサプライチェーンも、大きな打撃を受けました。このような打撃を受けると知った企業は、非常事態に対応できる形に変化せざるを得ないでしょう。

 ではコロナ禍が終息したら、世界はグローバリズムを再開するのでしょうか? どうもそうは思えません。

非常時にもろいグローバリズム

 なぜコロナ禍が終息しても、グローバリズムが再開しないか? その答えは、グローバリズムが非常事態にもろい性質を持つからです。

 グローバリズムで世界がつながるとは、言い換えれば「1カ所で障害が起きると、つながっている箇所が連鎖的に障害を起こす」ということです。

 リーマンショックはまさに、グローバリズムのもろさを痛感させました。
 そしてコロナ禍も、グローバリズムの脆弱性を明白にしてしまいました。

コロナがなくても終わるグローバリズム

 コロナ禍がなくても、近いうちにグローバリズムは終わりを迎えていたでしょう。

 2008年のリーマンショック以後、世界経済は長期停滞へと陥りました。移民問題が各地で噴出し、富の偏在と格差問題が大きく取り上げられました。

 格差や移民で不満を鬱屈させる国民に対して、政府は近隣窮乏化政策的な動きをせざるを得ません。国家間での富の収奪が、もくろまれました。
 それがTPPや、日米貿易協定(通称TAG)です。

 ブレグジット、トランプの当選などグローバリズムの終わりは、2010年代に始まっていたとみるべきです。

グローバリズムを支えた構造の瓦解

 グローバリズムを支えていた力学的構造を知ると、よりグローバリズムの終わりが必然であるとわかります。

グローバリズムの構造

 グローバリズムとは、ヒト・モノ・カネが国境を越えて移動しまくることです。
 別の言い方をすれば、世界の市場が共通ルールによって運用されることがグローバリズムです。

 しかし各国には、それぞれの事情があります。飲めない共通ルールもあります。
 この事情を無視して共通ルールを押しつけるには、強い力が必要です。

 アメリカは世界一の超大国で、覇権国家でした。2008年までの世界は、パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)を謳歌していたのです。

 グローバリズムとは、有り体に言えばアメリカナイズです。
 アメリカが押しつけたルールが、グローバリズムでした。

 そしてアメリカは現在、凋落し続けています。パクス・アメリカーナは消え去り、世界の警察から降りました。

 アメリカの強い支配力なくして、グローバリズムは成り立たないのです。

アメリカの凋落

 アメリカの凋落は上述した通り、パクス・アメリカーナの消滅、世界の警察から降りたことで明らかです。

 加えて中国の台頭は、アメリカ1強体制に異議を申し立てました

 以前であれば米中貿易戦争にならず、アメリカの一方的な制裁になりました。しかし現在、アメリカと中国は「貿易戦争ができる程度の力の差」しかありません

 アメリカの覇権に挑戦する勢力の台頭は、アメリカによるグローバリズムを終わらせます。

富の偏在と長期停滞

 グローバリズムは、野放図の資本主義になりがちです。野放図の資本主義は、トマ・ピケティが喝破したように格差を拡大し続けます

 格差の拡大は、富の偏在を生みます。富の偏在は、世界の総需要を停滞させます。世界の総需要停滞は、デフレや低成長をもたらします

 デフレや低成長は、投資とイノベーションの機会を減少させます。

 こうして世界は、長期停滞と言われる時代を迎えました。
 グローバリズムによる繁栄は、終わりを迎えたのです。

移民問題と多文化共生の瓦解

 グローバリズムの経済的停滞は、移民への不満を表出させました。多文化共生というイデオロギーは、不満の前にあえなく瓦解しました。

 2008年まで、経済的繁栄があったことで不満は隠されていました。リーマンショック以降、経済的繁栄に陰りが差し、不満は表出することになります。

 それがブレグジットや、トランプ大統領の出現につながりました。

 ある意味で、臭いものに蓋ができなくなったと言えます。

終わるグローバリズムにすがりつく日本

 グローバリズムの終わりは、すでに2010年代初頭から始まっていました。コロナ禍は――強烈ですが――とどめを刺したに過ぎません。

 閉じていく世界。グローバリズムの終わり。

 我が日本はこの時代に、どのように振る舞うのでしょうか。ナショナリズムの復活が待っているのでしょうか?

 否。日本は終わりつつあるグローバリズムに、すがりつくのではないかと思われます。

東京オリンピックへの固執

 コロナ禍を受けて、東京オリンピックが延期されました。来年、開催される予定だと言いますが……無理でしょ。常識的に考えて。

 世論調査でも東京オリンピック中止を支持する人は、3割ほどと増えています。
 しかし政府は未だに、東京オリンピックの開催に執着している様子。

 オリンピックとは、ある意味でグローバリズムの象徴するものです。「世界中のアスリートが、世界共通ルールで競い合う」を企業に置き換われば、グローバリズムそのまんまです。

外需依存経済から舵を切れない

 日本の観光産業は、インバウンドで支えられてきました。日本人の所得が増えずに、観光する余裕がない。したがって外国から観光客を呼ぼうというのが、インバウンドの発想です。

 国際競争力というお題目の下に、日本国民の人件費は上げない。国際競争で勝利して、外需を日本に取り込む。
 この発想はインバウンドだけに限りません。

 失われた20年ととどめの安倍政権で日本経済は、外需依存度を強めました
 今さらグローバリズムの終わりと言われても「はい、そうですか」と、内需立国に舵を切りづらいのです。

 経済的にも日本は、終わりつつあるグローバリズムにすがりつくことでしょう。

閉じる世界に耐えきれない日本

 日本は敗戦後、平和主義を国家的に掲げてきました。憲法前文でも、以下のように謳われています。

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。(したがって戦力は不必要だ)

 物事に矛盾はつきものです。

 例えば民衆が独裁者を求めた場合、民主主義はどのように振る舞うべきでしょうか? 原理原則で言えば、多数決によって独裁者が生まれるのをよしとしなければなりません。

 人権を大事にする平和主義で、他国の侵略を受けて隷従を強いられたらどうするべきでしょう? ひたすら戦争を嫌うなら、平和主義によって隷従を受け入れなければなりません。

 日本の平和主義は、アメリカという超パワーがあってこそのものです。アメリカに隷属しているから、他に隷属しなくて済んでいました

 ではグローバリズムが終わり、アメリカが閉じたら日本はどうなるでしょう。不安ですよね。だからこそ日本は、グローバリズムにすがりつくのです。

まとめ

 世界がグローバリズムの終わりを受け入れる中で、日本はグローバリズムに「取り残される」事態が起こるかもしれません。

 それはもう、グローバリズムではないのでは? その通り。
 実利なくグローバリズムの幻想を追いかけ、協調の名の下に国益を毀損させ続ける。そんな、イヤな想像が頭をよぎります。

 コロナ禍で明らかになった、グローバリズムの終わりの始まりに日本は、どのように振る舞っていくのか? 真剣に考えなければなりません。

 中野剛志氏と柴山桂太氏はすでに、2017年にグローバリズムの終わりを明確に論じていました。日本トップクラスの知性が論じる、グローバリズムの終わりとは?

 以下、Amazonの口コミと書籍の紹介です。

中野剛志氏と柴山桂太氏の対談の本書は、最も視野が広いだけでなく、読みやすいので、大学の教養課程の甥っ子にも読ませたい。

昨年はアメリカ大統領選におけるトランプの勝利や、イギリスのEU離脱の決定など、グローバル化の崩壊を象徴するような出来事が続いた。

グローバル化の終わりをいちはやく予見していた中野氏と柴山氏の対談は、まさに今読みたかった。(2017年の口コミ)

 コロナ禍でグローバリズムの終わりが明確になった今、読み返しておきたい書籍No.1です。

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