【即わかる】ネオリベラリズムとは何か?対比でわかりやすく解説

 ときどきニュースやネットで、ネオリベという言葉を聞きます。ネオリベとは、ネオリベラリズムの略語です。

 ではネオリベラリズムとは、どのような意味なのでしょうか。

 イデオロギーや思想の解説は、難解な用語を使用することがほとんどです。わかりづらい! と感じる人が、ほとんどではないでしょうか。

 本稿ではかみ砕いた言葉で、リベラリズムやリバタリアニズムとの違いで対比しつつ、ネオリベラリズムをわかりやすく解説します。

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概要

 ネオリベラリズムとは、日本語で新自由主義のことです。「ネオ=新」「リベラリズム=自由主義」です。
 ネオリベラリストを略して、ネオリベなどと呼ぶこともあります。

 ネオリベラリズムの歴史は、第二次世界大戦前に遡ります。1938年にアレクサンダー・リュストウというドイツ人学者によって、ネオリベラリズムという言葉は生まれました。

 一方で日本語の新自由主義は、大正末期――大正は1926年まで――に上田貞次郎によって使用されたのが初めてです。おそらくネオリベラリズムという意味で、使用されていたのではないと思われます。

 戦後、ネオリベラリズムは影を潜めていました。しかし1970年代にオイルショックで、スタグフレーションが起きます。
 インフレ対策として再度、脚光を浴びたのがネオリベラリズムと新古典派経済学です。

 ネオリベラリズムとは、経済思想です。経済の競争や市場原理を重視し、政府の介入は最小限にするべきとネオリベラリズムは考えます

 自由な競争が行われるためには、関税や各国による独自の規制は障害となります。したがってグローバリズムと称して、世界中の市場ルールの共通化を目指します。

他イデオロギーとの対比で違いを知る

 類似した他のイデオロギーとの対比で、ネオリベラリズムをより深く理解できます。

リベラリズムとネオリベラリズムの違い

 リベラリズムとは一般的に、近代自由主義を指します。近代自由主義は貧困や差別、社会的抑圧などの解決を目指します
 例えばLGBTを公言できないことも、社会的抑圧の一種です。

 貧困や差別、社会的抑圧をまとめて「構造的暴力」と呼びます。構造的暴力の最小化が、リベラリズムの目的です。
 貧困問題の解決には、富の再分配や手厚い社会保障、政府の経済への介入が必要です。

 リベラリズムは政府の経済への介入や、大きな政府に肯定的です。

 一方でネオリベラリズムは、基本的に小さな政府を好みます。市場競争を重視するため、政府の経済への介入を嫌います

 ネオリベラリズムも一応、社会保障については考慮しています。ベーシックインカムを唱えたのは、ネオリベラリズム派の経済学者であるミルトン・フリードマンでした。

 失業や貧困に関して、ネオリベラリズムは自己責任と考える風潮が強いです。ネオリベラリズムの理論である新古典派経済学では、非自発的失業は想定されていません。
 非自発的失業とは「仕事したいのに、仕事がない状態」のことです。
 ネオリベラリズムでは「仕事をしたかったら、瞬時に仕事ができる」ことになっています。

 閑話休題。

 リベラリズムとネオリベラリズムでは、経済への政府の介入度合いが大きく違うことが特徴です。

ネオリベラリズムとリバタリアニズムの違い

 リバタリアニズムとネオリベラリズムは、しばしば同一視されます。どちらも小さな政府を好み、自由至上主義と言えるからです。

 ネオリベラリズムが経済的自由を重視するのに対して、リバタリアニズムは個人的な自由も重んじます。他者の身体や私的財産を侵害しない限り、すべて自由だ! というのが、リバタリアニズムです。

 リバタリアニズムの主張は究極的に、無政府を支持します。なぜなら権力は、常に個人を縛ろうとするからです。

 一方でネオリベラリズムは、政府の存在を容認します。

 一切の権力の否定がリバタリアニズム、最小限の権力の肯定がネオリベラリズムと言えます

ネオリベラリズムへの評価と批判

 ネオリベラリズムは2008年まで、礼賛されていました。2000年から2008年のリーマンショックまでは、グローバリズムの黄金時代と呼ばれています。

 世界経済はアメリカの消費により、好調を維持していました。アメリカの消費と貿易赤字による黒字を、投資としてアメリカに環流し、それがまた消費になるという循環がありました。

 しかしこの循環は、アメリカの民間債務の増大によって崩れ去ります。それがリーマンショックでした。

 リーマンショックを機に、ネオリベラリズムに対して多くの批判が噴出しました。加えて好調だった世界経済がダメージを受けたことで、覆われていた問題が表出したのです。

富の偏在と格差拡大

 ネオリベラリズムでもっとも批判されるのは、富の偏在と格差の拡大です。

 自由な市場競争は、常に大資本有利になります。富める者はさらに富み、持たざるものは貧するのが市場競争の原理です。

 一度貧困に陥ると、子供世代にまで貧困が受け継がれます。市場競争によって、貧困層は安い教育しか受けさせられないからです。
 塾に通うお金がなければ、塾に通う子供たちと学力差が開きます。

 こうして貧困の再生産が行われるのも、富の偏在や格差拡大の大きな問題点です。

金融危機の頻発と長期停滞

 ネオリベラリズムは、金融危機を頻発させます

 景気の拡大とは、誰かの資産の拡大です。そして誰かの資産とは、必ず誰かの負債です。

 加えてネオリベラリズムでは、政府負債の拡大を支持しません。よって民間負債の拡大が、景気拡大を招きます。民間負債の拡大はバブルとなり、やがて金融危機へと陥ります。
 このようにネオリベラリズムやグローバリズムは、金融危機を発生させる構造を持ちます。

 大きな金融危機は、民間から投資をする気概を奪います。こうして経済は、長期停滞へと突入します。

デフレを解決できない

 経済の長期停滞とは、すなわちデフレないしデフレ傾向のことです。
 現在の世界では、日本のみならず多くの国がデフレ傾向にあります。

 デフレは政府負債の拡大と財政出動でしか、解決することが不可能です。しかしネオリベラリズムは、政府による経済介入を嫌います。

 ネオリベラリズムでは、デフレの解決が不可能です。

非常時には市場さえ閉鎖される

 ネオリベラリズムは、市場競争を重視します。公平な市場競争のためには、政府が小さい方が良いという立場です。

 現在のコロナ禍を見れば、ネオリベラリズムの問題点は明らかです。コロナ禍によって各国は、ロックダウンを強いられました。
 これは市場の規制や封鎖です。

 非常時においては市場さえ、規制されなければならない事態があり得るのです。

 アフターコロナで、世界的にネオリベラリズムへの評価は地に落ちるかもしれません。

民主主義と相容れない

 ネオリベラリズムは、民主主義と相性が非常に悪いです。政府の経済介入を嫌うとは、換言すれば「主権者の権限を、経済で振るうな」です。

 経済において主権者の権限を、制約しようとするのがネオリベラリズムです。当然、民主主義との相性は最悪です。

 また小さな政府とは、予算も小さいと言うことです。権限も予算も小さい民主主義とは、一体自分たちで何を決めるのでしょうか?

まとめ

 ネオリベラリズムとは、経済的自由を重視するイデオロギーです。経済的自由を重視して、経済的に得をするのはお金持ちだけです。

 第二次世界大戦後、西側諸国はケインズ的な経済政策を実施してきました。ケインズ的な経済政策とは、簡単に言えば一億総中流を目指す経済政策です。
 リベラリズム、近代自由主義的な経済政策と言えます。

 しかし1970年代に入り、ネオリベラリズムが再登壇しました。超大国アメリカがグローバリズムに舵を切り、各国もそれに倣いました。

 現在、ネオリベラリズムやグローバリズムは壁に突き当たっています。もしかしたらまた、ケインズ的政策への回帰が起こる可能性があります。

 ネオリベラリズムを理解することで、時代の行く先が見えるかもしれませんよ

 やや趣旨がズレますが、施光恒氏の以下の著書が非常に面白いです。ネオリベラリズム的な考え方がいかに問題か、英語化という動きへの批判を通して知ることができます。

 以下の記事も、よろしければどうぞ。より詳しく、ネオリベラリズムが理解できるようになりますよ。

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