中野剛志・佐藤建志・適菜収が語る「コロナ禍とデマや不見識」その1

 ネットでニュースを眺めていると、目に「中野剛志・佐藤建志・適菜収」の文字が飛び込んできました。きっと何かしらの鼎談ていだんに違いない。

 筆者は3名のファンで、著書も色々と読んでいます。この3人の鼎談が、面白くないはずがない! と読み進めたところ、コロナ禍でのデマや言論についてでした。

 記事を解説しつつ、筆者なりの見解も述べていこうと思います。

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中野剛志、佐藤建志、適菜収の記事が面白い

 記事は現在、第2回まで出ています。大まかに「緊急事態宣言は正しかったし、専門家会議は役割を果たした」「藤井聡京大教授の言論が、一線を越えたのではないか」の2点がポイントです。

新型コロナがあぶり出した「狂った学者と言論人」【中野剛志×佐藤健志×適菜 収:第1回】(BEST TIMES) - Yahoo!ニュース
危機が発生すると、必ずデマゴーグが出現する。今回、新型コロナウイルスのパンデミックがあぶり出したのは、無責任な極論、似非科学、陰謀論を声高に叫び出す連中の正体だった。彼らの発言は二転三転してきたが、
「緊急事態宣言」は本当に意味がなかったのか?【中野剛志×佐藤健志×適菜 収:第2回】(BEST TIMES) - Yahoo!ニュース
危機が発生すると、必ずデマゴーグが出現する。今回、新型コロナウイルスのパンデミックがあぶり出したのは、無責任な極論、似非科学、陰謀論を声高に叫び出す連中の正体だった。彼らの発言は二転三転してきたが、

 内容は非常に刺激的です。じっくり読むことをおすすめします。

記事のポイント

 まず中野剛志氏、佐藤建志氏、適菜収氏の3名は、藤井聡氏の言論へ批判を展開しています。藤井聡氏の主張は「コロナ禍でも半自粛、高齢者だけ自粛すればOK」というもので、自粛緩和です。

 3名によれば藤井氏は、コロナの脅威を軽視しているそうです。

 コロナの脅威度については見解の相違で済みます。しかし感染被害と経済被害の優先順位が、決定的に異なります。
 両方押さえ込めるのがベストですが、それは無理として……。
 中野剛志氏、佐藤建志氏、適菜収氏の3名は「経済被害は財政出動である程度抑えられるが、感染被害はワクチンがぱっとできるわけでもない。したがって感染被害を優先的に押さえ込むべき」という見解です。

 一方で自粛緩和を主張する藤井聡氏は、経済被害を重視して感染被害を軽視しているとします。

 このスタンスの違いは、専門家会議や緊急事態宣言の捉え方にも及びます。

 西浦博教授の代表される専門家会議への3名の評価は、極めて高いです。未知のウイルス封じ込めに、最大限の役割を果たしたと評価しています。
 一方で藤井聡氏は、緊急事態延期支持について「大罪である!」と質問状で断じています。

【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。
From 藤井聡@京都大学大学院教授   京都大学大学院教授、同大学レジリエンスユニット長の藤井聡で…

 この公開質問状に対して、中野剛志氏はかなり強く批判を展開しています。

 記事の全体的なテーマは「コロナという危機を軽視する風潮がある」です。そして専門家でもない人が、専門的な意見を無視した批判、言論を行うことについて論じています。

感想と私見

 まず感想を言えば中野剛志氏、佐藤建志氏、適菜収氏の議論が面白くないはずがありません。コロナへの脅威度の判断は置いても、議論の内容は非常に興味深いものです。

 個人的には緊急事態宣言は、つまらなくて嫌です。漫画喫茶すら閉店してるんですから。また緊急事態宣言が果たして、感染者数を抑制したのかどうかについても、筆者は判断できません。
 「緊急事態宣言前に、減少に向かっていた!」という言説もあります。

 現時点で3名と、藤井聡氏のどちらがどうなのか? を判断する術を筆者は持ちません。

 そして判断しないことも必要だと考えています。言論人なりブロガーなりインフルエンサーは、とにかく自分の立場を鮮明にすることを好みます。
 AかBか? と聞かれたら、判断材料が乏しくても反射的に答えようとします。

 判断できないことは、「判断できない」と判断することが大事だと感じました。

デマや陰謀論がなぜ蔓延るか

 デマの蔓延る原因って、結構単純です。

 人間の目や耳は「見たいものを見て、聞きたいことを聞く」からです。Typoglycemia(タイポグリセミア)という現象があります。
 読むより見た方が早いでしょう。無茶苦茶な文章なのに、読めちゃいます。

こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

Typoglycemiaとは (タイポグリセミアとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

 人間の認識能力は経験などによって補正されており、かなりいい加減です。だからこそ上記の文章は、読めてしまいます。

 中身が間違っていようが、自分がそうだと認識したらそれが事実のように思えてしまう。それが人間です。そして検証は、面倒くさいのでしない(笑)

 引用した文章は、文章として成立しておらず間違えています。論理で言えば、矛盾をはらんだ状態です。にもかかわらず「違和感なく読める」のです。

 矛盾を指摘されても「え? 違和感なく読めるから、結果オーライ!」と黙殺、無視するのもこのためです。これがデマの構造ではないか? と思います。

SNSレベルではもはやデマは日常

 人間は信じたいものを信じます。信じたくないものは、理解しようとすらしません。

 SNS上でコロナのデマは、ひどいことになっていました。中国陰謀説、すでに日本人は集団免疫がついた説、コロナで致死率が低いのは日本人の民度説……あれ、これはSNSじゃなくて麻生大臣ですね。

 コロナ禍で日本の言論空間は、大いに混乱しています。それに輪をかけてSNSは、混乱どころかカオスです。

 何かあるとすぐに「エビデンスは?」と言われます。エビデンスを求めることは、確かに大切です。しかし「エビデンスは?」とことあるごとに言わなければならない状況は、逆説的に「エビデンスがはっきりしないものばかり」であることを示しています

 全体が劣化しているからこそ、エビデンスに言及しなければならないわけ。

 コロナ禍の混沌とした状況で、言論人やブロガー、インフルエンサーはとかく結論を急ぎがちです。結論しないと、言論や主張が行えないですからね(笑)
 判断がつかない状況でも、判断しようとする悪癖があるわけです。

 判断を急ぐことが、デマや陰謀論などにつながっているのかもしれません。

 ときには「判断できないと判断すること」が必要だと、コロナ禍で痛感させられます。

まとめ

 現段階で筆者には、中野剛志氏、佐藤建志氏、適菜収氏の3名と藤井聡氏のどちらが間違っているのかわかりません。

 もしかしたら「どちらも間違っている可能性」だってあるかもしれない(笑)

 コロナ禍は言論空間の混乱と、言論の難しさを浮き彫りにしました。思想的に同じ立ち位置の4名が、2つに割れているのですから。

 筆者は「判断できないという判断」をしましたが、皆さんはどう考えますか?

 次の記事はこちら。

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この記事を書いた人

「難しいこともわかりやすく」政治・経済コラムをメインに発信。2019年まで16年間自営業→SEO/ウェブ制作/ウェブライター/進撃の庶民管理人などで活動中。
日本で数少ない現代貨幣理論の論者(MMTer)。
左右や保守・革新にこだわらず「庶民(自分含む)のためになる政治経済情報」をブログで掲載。
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4 Comments
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みきた
1 月 前

コメント失礼いたします。

今の自分たちはまさしくコロナ禍の当事者ですから、藤井さんと中野さんたちの姿勢について、「正解かどうか」を判断することはできないと思います。
今できることは、「正解そうかどうか」を仮置きで判断して、仮置きの判断のままコロナ禍への対処に応用することです。
コロナ禍が過ぎ去ったら、「正解だったかどうか」を、過去形で判断できると思います。

(↑ 抽象的すぎる書き方ですみません。私の文章力では正直これより良い感じの書き方が思いつきませんでした。)

コロナ禍への対処については、佐藤さんが言及されていましたが、
経済被害については、積極財政で休業補償をすれば雇用を維持できますから、内閣さえその気なら、対処はそう難しくないと思います。
ですが、財政出動しても医療物資や医療従事者はすぐには増やせないので、感染被害の状況には気を配る必要があります。

そういうことを踏まえると、感染対策より経済対策を優先するという発想にはならないと思います。
そこへいくと、経済対策を優先する藤井さんの姿勢は、優先順位の付け方がおかしいので、「正解ではなさそう」に思え、コロナ禍への対処に応用するには不安感があります。

阿吽
1 月 前

個人的には、未知のものなのだから警戒するのは当然。

という考えですね・・。

研究の結果、仮に、仮に新型コロナが言われていたほどたいしたものではなかったと言われても、現代ではまだ研究が終わっていません。

それなのに、将来的にそういう結果がでたあとでもなく、ことさらに未知のものを軽視するのなら、それは慎重じゃない姿勢だなとは思います・・。

(未知のものを)たいしたものじゃないよへーきへーきww

と言っちゃうのなら、正直、藤井さんらしい言説とは思えませんね・・・。

まだまだ現時点でもっても、未知のものなのに・・。

不確かなものを、不確かじゃないというのは、今までの藤井さんの言論を考慮すれば、らしくはないと思います。

個人的には、不確かな段階では、仮に将来的にはたいしたものではないと言われるような事象となったとしたとしても、現時点ではある程度は警戒しておくのが良いのではないかと思います。

それも当然、常識的な範囲での、常識的な警戒ということには、当然なりますが・・。

不確かなものを、そうそうに判断する・・もしくは今回など特に人命に多少はかかってくるのなら・・、それを軽視するようなら、たしょうは楽観と呼ばれてもある程度はいたしかたないのではないかとも、これは思いますね・・。

ここは難しい塩梅の所だとは思いますが・・。

ただ、政治家ではなく学者なら、ここは慎重に判断する(そうそうに結論を出さない)のが、学者らしいんじゃないかというイメージはありますね・・。