【誰でもわかるMMT】租税貨幣論のわかりやすい解説と批判的検討

 現代貨幣理論(MMT)の主要理論として、信用貨幣論、租税貨幣論、機能的財政論があります。機能的財政論の理解は難しくないので、多くの人は信用貨幣論の理解に時間を費やします。

 しかし構造的に租税貨幣論は土台です。よって租税貨幣論を知らないことは、片手落ちです。

 租税貨幣論をわかりやすく解説し、批判的検討を通じて細部を学習できる構成の記事にしています。この記事で租税貨幣論への理解が、しっかりと深まるはずです。

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そもそも租税貨幣論とは?

 ドイツの経済学者、ゲオルク・フリードリヒ・クナップは貨幣国定説を提唱しました。

マクロ経済学において、貨幣国定説とは、お金は物々交換に付随する問題に対する自然発生的な解決策あるいは債務を代用貨幣化する手段というより、経済活動を管理しようとする国の試みに起因し、不換紙幣(法定通貨)の交換価値は国が発行する通貨で支払われる税金を経済活動に対して賦課する権力に由来すると主張する貨幣理論である。

貨幣国定説 – Wikipedia

 この貨幣国定説が現代貨幣理論(MMT)で採用され、租税貨幣論と呼ばれています。

 租税貨幣論の概要は、以下の箇条書きの通りです。

  1. 通貨とは国定流通貨幣の略語であり、国が定めた貨幣
  2. 通貨が通貨として流通するのは、国家の権力に由来する
  3. 通貨への国家権力の直接的な行使は、徴税によって行われる
  4. よって通貨を通貨たらしめているのは、徴税権と納税義務、すなわち租税である
  5. 1~4を含めて「租税が通貨を駆動する」と表現することも

 もう少し詳細にすれば、国民には納税義務が課せられます。租税は国民にとって一種の負債であり、納税することで負債が解消されます。
 この納税する貨幣を、自国通貨と定めます。
 すると負債の解消が通貨でしかできないので、通貨が定着する力学的作用が働きます。

 非常にシンプルに言えば、通貨を使用すると納税もでき便利なので、通貨として定着する。この発端は国家による徴税権の行使である、というわけ。

租税貨幣論の批判的検討

 現代貨幣理論(MMT)全体への批判は大抵「インフレが行き過ぎる!」という、批判にもならない批判です。租税貨幣論はあまり注目されないので、批判自体が少ないです。

 しかし、いくつか批判的な記事もあります。抽出して、批判的検討を加えたいと思います。

通貨は、みんなが受け取るとわかっているから通貨なんだ

 「通貨はなぜ、通貨として通用するのか?」への、ひとつの回答が租税貨幣論です。この問いに対して「通貨が通貨として通用するのは、他の人がそれを受け取るとわかっているから」とする説があります。

 「あなたが国家通貨を受け取るのは、他人がそれを受け取ることがわかっているからだ」と書かれている経済学の教科書も。

 要するに「みんなが慣習や習俗で受け取っているから、通貨なんだ」とする説です。
 けれどもこの説はさらにシンプルにすると「みんな受け取るから通貨なんだ」「通貨だからみんな受け取るんだ」というトートロジー(同義語反復)となり、「通貨は通貨だから通貨なんだ」と帰結します。

 「通貨は通貨だから通貨なんだ」は、論理的には無限後退に陥っています。
参照 無限後退 – Wikipedia

 租税貨幣論への批判として「通貨は慣習でみんなが受け取っているから、通貨なんだ」とする説は、論理的な妥当性がありません。

プライベートマネーだって、租税に関係なく流通した

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 21世紀の貨幣論は、貨幣史について非常に詳しいです。本書によれば貨幣は、プライベートマネーとパブリックマネーがあります。
 国定流通貨幣=通貨(パブリックマネー)と、それ以外に流通した貨幣(プライベートマネー)です。

 中央銀行制度ができるまで、プライベートマネーは多く流通していました。国家がプライベートマネーを追認して、通貨として使用する例もありました。

 プライベートマネーが多く流通しており、それには国家の徴税権の行使は関係なかった。だから通貨と租税には、関係がない! とする理屈は、一見して租税貨幣論を真正面から批判できているように思えます。

 しかし「租税に関係なく流通した貨幣があること」と、「国家が定めた通貨が受け入れられること」は全く別の話です。
 「みんなで話し合った結論をプランにすること」と、「自分のプランでみんなを説得すること」くらい違います。

 そもそもが話題にすり替えに近いので、批判ではなく詭弁に近いです。

徴税に頼らなくても、政府が決めれば大丈夫

 徴税に頼らなくても政府は、人々に通貨を受け入れさせることができる! とする批判もあります。その案は以下です。

  1. 通貨単位を政府が定める
  2. 通貨の購買力を維持する、つまりインフレにしすぎない
  3. 政府が通貨の、最大のユーザーになる

 こうすれば徴税に依存せず、通貨を通貨として受け入れさせることができるそうですが……。

 まず前提条件として、法律やルールには整合性が必要です。したがって決定にも当然、整合性は求められます。
 通貨単位を政府が定める場合、整合性の観点から歳入も通貨でなくてはいけません。したがって納税も通貨で納めさせます

 通貨単位を政府が定める時点で、租税貨幣論と同じことです。なぜなら整合性を求めるなら、徴税も通貨なのが必然だからです。

租税貨幣論を細分化し可視化する

 租税貨幣論への批判的検討で、租税貨幣論の構造が見えてきたのではないでしょうか。見えてきた租税貨幣論の構造を、ここでは可視化して解説します。

租税とは?

 租税とは何か?

国や地方公共団体(政府等)が、公共財や公共サービスの経費として、法令の定めに基づいて国民や住民に負担を強制する金銭である。

租税 – Wikipedia

 上記が一般的な理解です。国が公共サービスの財源として、国民から強制的に納めさせるお金が租税。
 なお租税が「国の財源かどうか」について、現代貨幣理論(MMT)では「税は財源ではない」としています。

 租税とは徴税権という国家権力の発動、および行使です。

通貨とは?

 通貨は国定流通貨幣、ないし法定流通貨幣の略語です。

 法律とは国が定めたルールであり、一般的には罰則に裏付けられた強制力を伴います
 とすると法律で定められた通貨も、何らかの強制力を持っているはずです。それが租税だろう、というのが租税貨幣論です。

通貨を定めるとどうなる

 国家の通貨を定めることは、当然ながら政府の歳出も通貨で行うことを意味します。歳入も当たり前ですが、通貨で納められます。

 歳出は通貨だが、歳入は例えばドルもOKといった政策は、そもそも想定されていません。整合性を欠くからです。

 政府支出と徴税権の行使は、どちらがより影響が大きいでしょうか? 自明ですが、罰則と強制力のある徴税権の行使です。
 このように租税貨幣論では、通貨を定めることと国家権力の関係を考えます。

なぜ租税貨幣論は反発されるのか

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 上記が代表的ですが、租税貨幣論はけしからん! 租税貨幣論など必要ない! とする説は後を絶ちません。

 筆者の個人的見解ですが、租税貨幣論への反発には国家への不信が内包されているように感じます。日本は敗戦後、国民は軍部や国家に騙されて戦争にかり出された被害者、というストーリーを信じました。
 国家に国民は内包されていますが、日本では国家vs国民という図式が成立しています。政府vs国民でもいいでしょう。

 したがって「我々が普段使用している通貨は、国家権力の行使あってのもの」とする租税貨幣論は、反発されるのではないか? と愚考します。

租税貨幣論の批判的検討を終えて

 物事は批判的検討をしてみることで、よりはっきりとします。

 批判とは一般的に、物事に対して否定的な言説を浴びせることと誤解されています。「物事の可否に検討を加え、評価・判定すること」も、批判(ひはん)の意味や使い方 Weblio辞書によれば批判の意味のひとつです。

 批判は前提条件として、その物事を理解している必要があります。理解せずに否定的な言説を発するのは、非難ないし否認です。

 日本の議論では、批判ではなく非難ないし否認が多いように感じます。例えば租税貨幣論を「通貨価値を担保するのが、税金だとする論」と誤解して否定する人もいます。

 筆者は租税貨幣論は、単なる仮説だと考えています。もちろん、有力な仮説ですが。
 租税貨幣論を批判するにせよ肯定するにせよ、租税貨幣論への理解は必要不可欠です。

 租税貨幣論への理解の、一助になれば幸いです。

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