なぜ日本はデフレでも緊縮財政なのか?ないし反緊縮が叩かれる理由

 失われた20年と言われて久しく、デフレの経済状況が続いています。しかし日本では緊縮財政を改める気配はなく、コロナ禍の現在において消費増税の議論すら出ています。

 なぜ日本はデフレでも、コロナ禍でも緊縮財政志向なのか? その理由について解説します。なお緊縮財政志向である理由はそのまま、反緊縮が叩かれる理由にも直結するでしょう。

 なぜ緊縮財政なのか? 理由を知ることで、どうしたら転換できるのかもわかるかもしれません。

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そもそも緊縮財政とは

 そもそも論ですが、緊縮財政とは何でしょうか。

 緊縮財政の定義とは、政府支出の絶対額のレベルではありません。

 完全雇用、ないし適切なインフレ率を財政政策は目指します。逆説的ですが不完全雇用、ないしデフレの状況は政府支出が不足している証拠です。
 政府支出が不足していることを、緊縮財政と言います。

 「日本は1000兆円も国債を発行してるんだから、緊縮財政じゃない!」との言説がありますが、では国債発行がいくらなら緊縮財政ですか? と聞き返してあげてください。
 国債や政府支出の絶対額で、緊縮財政かそうでないかの議論はできません。

なぜ日本では緊縮財政が行われるのか

 日本で緊縮財政が行われる理由について、参照していきましょう。筆者が考えるところでは、5つほど有力な理由が存在します。

理由1 均衡財政主義とプライマリーバランス

 1990年代から日本は、新自由主義を採用しました。新自由主義は小さな政府と、グローバル化を目指します。

 奇しくも新自由主義の導入から、日本のデフレが始まりました。小さな政府とは、政府支出を過少にすることです。20年が失われるのも、宜なるかな。

 1990年代に新自由主義が採用された背景には、バブルとソビエトの崩壊があります。バブル崩壊で自信喪失し、ソビエト崩壊でグローバル化への展望が楽天的になりました。
 またバブル崩壊から財政出動で景気を支えたため、国債が増加して財政破綻論が出始めたのもこの頃です。

 新自由主義経済学の言う均衡財政主義とプライマリーバランスが、緊縮財政から日本が抜け出せないくさびになっています。

理由2 「危機の可能性」vs「大丈夫」の責任問題

 反緊縮が広がらない大きな理由のひとつに、責任問題があります。

 何かしらの物事に対して「危機の可能性がある」と主張しても、危機が起きなければ「よかったね」で終わります。危機が起きなかったから、主張した人の責任問題だ! とは、なりません

 しかし逆に「大丈夫、危険性はない」と主張して、万が一の事態が起きれば責任問題です。

 上記は財政問題にも通じます。

 財政破綻論を主張して、財政破綻しなくても責任は問われません。
 理論的に財政破綻などあり得ないと主張して、万が一があれば責任に問われます。

 よほどの確信がないと、後者は主張できません。しかし前者は、確信がなくても主張できます。なにせ責任は問われないのですから!

理由3 緊縮財政の反対語が放漫財政だから

 筆者は言霊の存在を信じています。言霊が超常的で信じられないなら、言葉による認識のずれや違いが生じうる現象と換言しましょう。

 いずれにしても言葉は、非常に大事です。

 積極財政派は政府支出が不足している財政政策を、緊縮財政と呼んで批判します。しかし考えてください。

 緊縮の反対語は放漫です。放漫は悪いイメージですから、イコールで反対側の緊縮は正義のイメージです。もともと緊縮財政という言葉のイメージは、正義的な部分があるのです。

 積極の反対語は消極なのですから、積極財政派は政府支出が少ないことを「消極財政はダメだ! 消極的な財政政策じゃ何も変わらない! 消極的だから、20年も失われたんだ!」と批判するべきでした。

 積極財政派が言葉に鈍感だったのも、緊縮財政が続けられる理由のひとつではないでしょうか。

理由4 政治家の小粒化とビジョンなき改革

 1994年に小選挙区制は導入されました。小選挙区制導入の名目は、お金のかからない政治を目指すことでした。イコールで効率的な選挙区制度と政治を目指した、とも言えます。

 小選挙区制の導入と、大きなビジョンを政治家が打ち出さなくなったことは、無関係ではありません。死票が多くなる小選挙区制では「もっとも受けることを言わないと、当選できない」のです。
 したがって無難な効率化の政策、すなわち改革が叫ばれ続ける政治になりました。

 規制緩和、構造改革、水道事業民営化、発送電分離etc……。すべて単なる効率化政策です。

 効率化して政府支出を少なくします! 血税を無駄遣いしません! というわけ。ビジョンを持って「○○に支出します!」という政治家が出てこなくなったのも、緊縮財政が行われる理由のひとつでしょう。

理由5 平和主義は貧困への道

 佐藤建志氏の著書によれば、日本の平和主義は貧困への道、緊縮財政への道なんだそうです。

 財政法4条はその最たるものです。

国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。

財政法第4条 – Wikibooks

 財政法4条は、公債の発行を禁じる法律です。財政法4条ができた経緯は「日本が戦争が行えたのは公債発行ができたから。だから公債発行しなければ、戦争しないはず」という理由からです。
 公債発行=戦争だから、公債発行を禁じようというわけ

 戦争に公債発行は必要でも、公債発行をしたら戦争をするわけではありません。……どうにも日本は、因果関係を理解することが苦手なようです。

 したがって日本は平和主義のために、緊縮財政を継続しているのかもしれません。

なぜ財務省は緊縮財政を推し進めるのか

 「なぜ財務省は、緊縮財政を推し進めるの?」という質問があります。財務省が緊縮財政を推し進めている主犯だとする、財務省悪玉論の影響でしょう。

 筆者は財務省悪玉論について、懐疑的です。

 2000年代にも公務員悪玉論が蔓延り、公務員叩きが行われました。0.1%の不祥事を持って、その他の真面目な公務員まで叩いたのです。

 閑話休題。

 会社がコストカットするのは、経理の責任でしょうか? 財務省は行政の、一部署に過ぎません。果たして財務省が悪いのか、それともトップの大臣たちや国会議員が悪いのか。
 明らかに総理大臣や国会議員の責任が大きいはずです。

 そしてそれらの政治家を選んでいるのは、紛れもなく国民です。

 財務省悪玉論は国民が、自分たちの責任転嫁をする言説ではないか? と思います。戦争の責任はすべて軍部にあり、国民は騙されていただけなんだ! という戦後のストーリーと、まるで一緒ではないですか。

なぜ緊縮財政はダメなのか

 今さらですが、なぜ緊縮財政はダメなのかをおさらいしましょう。

 じつは積極財政派や、反緊縮を支持する人たちでも即答できないケースも……。それではかっこ悪いですよね。

  1. そもそも日本に財政問題は存在しない。自国通貨建て国債はデフォルトしない
  2. デフレは政府支出が足りていないことを示す経済バロメーター
  3. デフレ下での緊縮財政は、国民を貧困化させるのでダメ

 逆説的ですが積極財政派は、いつでも積極財政派というわけではないと心得なければいけません。というのもインフレが過剰になれば、緊縮財政こそが是となるからです。

なぜ反緊縮が叩かれるのか

 なぜ反緊縮が叩かれるのか? 理由は緊縮財政が続けられることと同様です。

 「平和主義=戦争をしない=公債発行は悪」ゆえの小さな政府主義、新自由主義、均衡財政主義に反しており、反緊縮派は反平和主義だ! と、まず叩かれます。

 加えて、反緊縮は換言すれば放漫財政を支持しており、効率化=改革に逆行する非効率的な政策ばかりを言い立てる! と、さらに叩かれます。

 前者は、リベラルが反緊縮を叩く理由です。後者は、新保守や右派が反緊縮を叩く理由です。

 このように整理すれば、なぜ反緊縮運動が左右どちらからも叩かれるのかが、理解できることでしょう。

まとめ

 なぜ緊縮財政は、デフレの日本で続けられるのか? なぜ反緊縮運動が叩かれるのか? などを解説してきました。なんとなく緊縮財政を続ける日本の構造が、理解できたのではないでしょうか。

 緊縮財政が続けられる理由を分析せねば、緊縮財政を転換する適切な言論や運動は不可能です。

 「積極財政は正しいから広まるんだ!」という、ナイーブな考えは捨てないといけません。

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