新自由主義はなぜ批判に弱いのか?批判内容と理論構造から検証

 2008年のリーマンショックを経て、新自由主義やグローバリズムへ多くの批判がありました。欧米ではナショナリズムへの回帰が起こり、移民への反対運動、トランプの当選、ブレグジットなどの動きにつながりました。

 この12年間のさまざまな新自由主義批判に、新自由主義や主流派経済学は学問として誠実に応答したか? 筆者にはとても、誠実だったとは思えません。むしろヒステリックですらありました。

 新自由主義が批判に対して、ヒステリックで弱いのはなぜか? 新自由主義への批判内容や新自由主義の理論構造から検討し、解説します。

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新自由主義とはそもそも何か

 まずそもそもですが、新自由主義とは何か把握しておきましょう。

概要

 古典的自由主義や古典派経済学の潮流を受け継ぐのが、新自由主義や新古典派経済学です。新自由主義と新古典派経済学は、ほぼ同じものです。

 レッセ・フェール――自由放任主義ないし、なすに任せよ――は古典的自由主義および、新自由主義において特に受け継がれています。

 両者ともに消極的自由を重視し、政府などの束縛を蛇蝎のごとく嫌います。束縛されないことこそ自由であり、人権を尊重することだと新自由主義は考えます。

 新自由主義の人権観は「人権=財産権や所有権」です。したがって新自由主義では、経済的自由をもっとも重視します。
 新自由主義の謳う経済的自由とは「稼ぐのも貧乏になるのも、なすに任せよ」という、レッセ・フェールが根底にあります。

 経済理論としての新自由主義は、商品貨幣論を前提にして発達してきました。経済学者のダドリー・ディラードは新古典派経済学の理論を「物々交換幻想」と批判しています。
 商品貨幣論を前提にした経済理論とは、物々交換を前提とした経済理論に他ならないとの批判です。

具体的な政策

 新自由主義の具体的な政策としては、以下の3つが代表的でしょう。

  1. 小さな政府と均衡財政主義
  2. 市場原理主義と規制緩和
  3. 自由貿易とグローバリズム

 新自由主義は政府による束縛を嫌います。したがって政府権力は極力弱い方が望ましいので、小さな政府を推奨します。そのための均衡財政主義やプライマリーバランスです。

 政府に束縛されない自由な市場による市場競争は上手く行く、と新自由主義は考えます。根拠はアダム・スミスの言う「見えざる手」や、ワルラスの一般均衡理論です。
 よって国境の壁を含めた規制緩和を推進し、民営化し、自由貿易とグローバリズムを目指します。

新自由主義批判の背景

 新自由主義批判は2008年以前も存在しました。しかし強く批判されるようになったのは、2008年のリーマンショック以降です。

 アメリカ経済学界の大御所であるロバート・ルーカスは2003年に、新古典派経済学は恐慌を克服したと発表しました。いわゆるルーカスの勝利宣言と言われる出来事です。

 ところがそのわずか5年後に、リーマンショックという特大の金融危機が起こります。リーマンショックは世界同時不況と、経済の長期停滞をもたらしました。

 2008年以前の世界同時好景気によって抑制されていた不満は、リーマンショックによって抑制しきれなくなります。広がる格差、移民との軋轢、上がらない所得などです。
 また2008年以降も新自由主義を推し進めようとするエリートへの反発が、反知性主義運動へと発展します。

 欧米では行き過ぎたグローバリズムから、ナショナリズムへの回帰という動きも見られました。トランプの当選、反移民運動や極右政党の勢力拡大、ブレグジットなどです。

新自由主義が批判される9つの理由

 新自由主義が批判される理由について、9つを挙げます。

批判1 富の偏在と格差拡大

 トマ・ピケティが21世紀の資本で喝破したとおり、新自由主義は格差拡大を続けます。富の偏在は新自由主義によってもたらされます。

 アメリカにおいても世界においても、富の偏在は加速し続けています。世界の富の82%は、上位1%の富裕層に集中しているのです。
参照 世界の富の82%、1%の富裕層に集中 国際NGO試算:朝日新聞デジタル

批判2 頻発する金融危機

 富の偏在を加速する一方で、新自由主義は金融危機を頻繁に引き起こします。歴史的にも明らかですが、理論的にも当然の帰結です。

 なぜなら政府支出を拡大せずに経済成長しようとすると、必然的に民間の負債が増大します。民間の資産と負債は膨れ上がり、いずれバブルがはじけて金融危機に発展します。

批判3 レントシーキングと政商・政治のビジネス化

 新自由主義はすべての価値観を、金銭で測る経済主義です。したがって政治にも、大きくビジネスが踏み込んできます。

 その代表例がレントシーキングです。政治家へのロビー活動で法律を改正させ、業界や自社に利益を移転する動きがレントシーキングです。政商とも呼ばれ、日本では竹中平蔵氏がもっともイメージしやすいでしょう。

批判4 自由競争NGの分野に自由競争を持ち込む

 新自由主義の市場原理主義は、自由競争を持ち込んではいけない分野にまで自由競争を持ち込みます。持ち込んではいけない分野の代表例が以下です。

  1. 教育
  2. 医療・保険
  3. 地域インフラ

 医療や保険を完全自由競争にして、盲腸で数百万円もの医療費が請求されるのがアメリカです。教育も自由競争を持ち込めば、富裕層と低所得層で受けられる教育の格差が生まれます。すなわち格差の再生産が行われ、低所得層はますます低所得から抜け出せなくなります。

批判5 均衡財政主義と消極財政(緊縮財政)

 新自由主義は均衡財政を重視します。なぜなら政府は極力、経済や市場に介入するべきではないと考えるからです。

 政府支出の抑制は、不況下や景気後退期において低所得層を苦しめます。加えて社会保障の削減など、行政サービスの低下を招きます。

批判6 共同体の解体や移民問題

 学術的な方面からの批判で、共同体の解体や移民問題は取り上げられることが多いです。新自由主義は金銭によって、ものの価値を計ります。したがって非合理的な共同体は、新自由主義にとっては邪魔者でしかありません。

 規制緩和や移民、国境の壁を低くすることなどで新自由主義は共同体の解体を目指します。ブレグジットは共同体の解体に対し、抵抗した例と言えます。

批判7 デフレ圧力と経済成長率抑制

 均衡財政主義はインフレ期には適切ですが、ひとたび金融危機が起こったデフレ期や不況期には不適切です。デフレ圧力を持続させ、経済成長を抑制させます。

 日本の失われた20年は、政府支出が過少だったからに他なりません。

批判8 イノベーションの阻害

 均衡財政主義と市場原理主義は、意外かもしれませんがイノベーションを阻害します。市場原理主義や株主至上主義は、企業を短期主義に陥らせます。10年後のイノベーションより、明日の小銭が大事というのが短期主義です。

 加えてデフレ圧力は企業をコストカットに走らせ、投資を抑制します。投資なきところにイノベーションは、生まれようがありません。

批判9 新古典派経済学の脆弱な前提条件

 新古典派経済学は、現実世界ではあり得ない仮定を前提に理論を組み立てています。「個人や企業は市場のすべての情報を知っている」という、完全情報が好例です。こんなことはあり得ないのですが、新古典派経済学の理論は完全情報を前提としています。

 他にも「失業してもノーコストで瞬時に転職できる」「国際間の輸送費はゼロ」「国際間の資本は移動しない」etc……。
 どれも一般均衡モデルや比較優位など、新古典派経済学の主な理論における仮定です。

新自由主義はどうして批判に弱いのか

 新自由主義が批判される理由や、批判内容を見てきました。ここからはどうして、新自由主義が批判に弱いのかについて考えてみましょう。

 第一に新自由主義は、そもそもイデオロギーです。新古典派経済学も、新自由主義というイデオロギーを前提とした理論です。
 経済学の体を取っていますが、新古典派経済学は科学ではなくイデオロギーの側面が非常に強いでう。

 したがってイデオロギー的欺瞞を隠すために、批判に対してヒステリックに反応するのではないか? と考えられます
 非現実的な仮定が新古典派経済学に多いのも、イデオロギーが前提と考えれば納得できる話です。

 第二に新古典派経済学や新自由主義は、実証研究を怠ってきたからです。

 そもそも新古典派経済学で現実と理論に齟齬が生じるとき、彼らはほとんど理論を優先してきました。
 例えば日本において経済学者たちは、財政危機を主張しました。しかし現実に長期金利は上がらず、一向に財政危機の兆しはありません。

 本来は「理論が間違っていたのではないか」と考え、検証します。しかし新古典派経済学が、検証の結果として理論を修正したという形跡はありません。

 新古典派経済学や新自由主義が批判に弱いのは、実証的な研究に立たず、べき論で現実を無視してきたからです。

新自由主義を批判する3つの理論

 最後に豆知識として、新自由主義を批判する際に有用な3つの理論について紹介しましょう。

イネスの信用貨幣論

 アルフレッド・ミッチェル=イネスの信用貨幣論は、表券主義の立場から論じられます。そして現在の管理通貨制度や不換紙幣、信用創造などを矛盾なく説明できるのが信用貨幣論です。

 新自由主義や新古典派経済学は、商品貨幣論を前提としています。しかし商品貨幣論は、現実との齟齬が多すぎて矛盾が噴出します。
 信用貨幣論はその矛盾を突くこともできる、重要な理論のひとつです。

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 フェリックス・マーティンの21世紀の貨幣論は、貨幣の起源や歴史を教えてくれます。そして新古典派経済学の前提とする、商品貨幣論の間違いやフィクション性も指摘しています。

クナップの貨幣国定説

 ゲオルク・フリードリヒ・クナップの貨幣国定説は、簡単に言えば「国家の権力が国の貨幣、すなわち通貨を定める」とする理論です。

 新自由主義がもっとも崇拝する金銭は、新自由主義がもっとも忌み嫌う政府によって介入され、決定されているとすれば……非常に興味深い批判が展開できそうです。

ミンスキーの金融不安定性仮説

 ハイマン・ミンスキーの金融不安定性仮説は、バブルが発生して崩壊する仕組みを理論化しました。そして重要なことは金融経済と実体経済の、2つの異なる性質を土台に資本主義が成り立っていると、金融不安定性仮説は示唆しています。

 新自由主義や新古典派経済学では、金融経済も実体経済も同じ市場で同じ経済として捉えます。「どちらも同じ『物々交換経済』だ」とするのが新古典派経済学です。
 ミンスキーの金融不安定性仮説は、この新古典派経済学の経済観への批判たり得ます。

まとめ

 新古典派経済学は現在、主流の経済学です。そしてなぜか新古典派経済学や新自由主義を信奉する人たちは、上から目線です。

 「教科書を読め」「こんなこともわからないのか」etc……。

 これらの態度は彼らが批判に弱いことを、端的に示しています。学術的な検証に耐えられるなら、上から目線の態度など必要ないからです。

 新自由主義者や新古典派経済学が批判に弱いのは、人間性の問題ではなくその理論構造にこそあるのではないか? これが本稿を著した理由です。

 ひとつの見解として、参考にどうぞ。

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この記事を書いた人

「難しいこともわかりやすく」政治・経済コラムをメインに発信。
2019年まで16年間自営業→Webライターに転身。
日本で数少ない現代貨幣理論の論者(MMTer)。
左右や保守・革新にこだわらず「庶民(自分含む)のためになる政治経済情報」をブログで掲載。

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3 Comments
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12434
3 年 前

社会的共通資本は公共財とは異なる ―岩井克人氏に反論する
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/b1afd6541fb94f742e47af60c01bf9da
代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

宇沢先生は「反経済学」ではなく「反市場原理主義」なのである
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/038b31eb3fd1965214579cca21eac526
代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

>新自由主義の市場原理主義は、自由競争を持ち込んではいけない分野にまで自由競争を持ち込みます。

今の新自由主義者たちがそんなことをしようとする原因は、ポール・サミュエルソン(新古典派総合的な主流派の経済学者)の想定する「公共財」の概念にあるでしょう。ちなみに宇沢弘文先生はサミュエルソンの考える「公共財」に反発して、社会的共通資本を提唱したといえますが。
二つのリンク先を見たら分かると思いますが、今でも主流派経済学は基本的に暴走しているのでしょうね。宇沢先生は生涯かけて経済学の暴走を止めようとしていました。

Last edited 3 年 前 by 12434
12434
3 年 前

現代古典派経済学
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%A4%E5%85%B8%E6%B4%BE%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6

塩沢由典
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E6%B2%A2%E7%94%B1%E5%85%B8

【書評】塩沢由典著『リカード貿易問題の最終解決 ―国際価値論の復権』(岩波書店、2014年)
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/fa0b2ebcfc7f6c59b891d03fe147a686
代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

新古典派経済学の理論を批判している経済学者の筆頭といえば、塩沢由典先生の名前が挙がるでしょう。
塩沢先生の提唱する現代古典派経済学や複雑系経済学は極めて興味深いものです。