【徹底比較】新自由主義と自由主義はどのように違い、分別されるか?

 いまいち新自由主義と自由主義の区別がつかない、違いがわからない。そんな人は多いはずです。

 「グローバリズムはダメだ! 新自由主義反対!」と主張してるのに、新自由主義と自由主義の分別ができないのではちょっと恥ずかしい。

 新自由主義と自由主義はどのように違うのか? できる限りわかりやすく、理解が深まるように解説します。加えて最後には、新自由主義と自由主義を比較して対比しましょう。

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自由主義の種類と分別

 自由主義と名のつくものは、大きく3つに分別できます。古典的自由主義、近代自由主義、そして新自由主義です。

古典的自由主義

 古典的自由主義は、ジョン・ロックや、ジョン・スチュアート・ミルなどから始まったとされています。そのあとにアダムス・スミスやフリードリヒ・ハイエクが続きます。

 古典的自由主義は、啓蒙主義が源泉にあります。啓蒙主義とは理性によって、世界を把握しようとする運動です。理性万能主義である、機械論や唯物論の源泉が啓蒙主義。
 一般的な言葉で表現すれば、合理主義によって世界を知ろうとする運動が啓蒙主義です。

 古典的自由主義の象徴的な主張は、レッセ・フェール(放任される自由)です。つまり小さな政府を志向し、個人を政府が干渉するな! というのが古典的自由主義です。いわゆる夜警国家と呼称される状態が、古典的自由主義の理想とされています。

 束縛されない自由、強制や干渉をされない自由こそが古典的自由主義の本質です。

 アメリカでは古典的自由主義を、リバタリアニズムと呼びます。他の英語圏では経済自由主義(Economic liberalism)や市場自由主義(Market liberalism)などと呼ぶことも多いようです。なおアメリカでリベラリズムと言えば、社会自由主義(Social liberalism)を指します。

 日本は自由主義を厳密に分別しておらず、古典的自由主義が自由主義と表現されることもあります。

近代自由主義

 近代自由主義は、古典的自由主義のアンチテーゼとして出現しました。レッセ・フェール(放任される自由)がかえって、人々の自由を阻害したからです。

 放任しておけば格差は広がります。加えて自由放任は逆に、人々を硬直させてしまうのです。簡単に言えば人々は社会から孤立し、「どうしていいか、よくわからない」という状態に置かれます。

 近代自由主義は古典的自由主義の放任という主張に対し、公正という主張を持ち出します。社会的公正こそが、より多くの自由を人々に与えるはずだとします。
 よって公正な社会実現のため、近代自由主義は政府や地域の積極的な介入を認めます。

 では公正とは何か? ジョン・ロールズによれば公正とは「立場入れ替え可能性の確保」と表現されます。例えば政治家や大企業の社長、富裕層などが、非正規雇用の立場になったとしたら耐えられるか? 耐えられないとしたら、公正な社会ではないと解釈できます。

 英語圏では近代自由主義は、Modern liberalismやReform liberalismが正式な名称です。加えてSocial liberalismと呼ばれることもあります。

 日本では自由主義が古典的自由主義を指すこともあるため、近代自由主義をリベラリズムと呼称することが多いです。

新自由主義

 新自由主義は、古典的自由主義に一定の解釈を加えつつ引き継いでいる思想です。古典派自由主義経済学は略して、古典派経済学と言われます。新自由主義経済学は別名で、新古典派経済学です。
 同じ思想潮流であることは、名称からも自明です。

 内容としてもレッセ・フェール、市場原理主義、消極的自由の重視など古典的自由主義を引き継いでいます。

 では何が異なるのか? 古典的自由主義と新自由主義では、人権観がやや異なります

 19世紀のアメリカの経済学者であり、無政府資本主義を提唱したリバタリアンの始祖マレー・ロスバードの人権観を参照しましょう。

マリー(マレー)・ロスバードによれば、「〈権利〉の概念は財産権としてしか意味をなさない。なぜなら、人権であって財産権ではないものは存在しないだけでなく、財産権が基準として用いられるのでなければ人権はその絶対性と明確性とを喪失し、曖昧かつ脆弱になってしまうからである」。つまり、「独立した〈言論の自由〉などといったものは存在しない。あるのは唯一、自分のものを自分の好きなようにする権利、あるいは他の所有権保持者と随意的な合意を結ぶ権利という、ある人間の財産権だけであ」って、「いかなる具体的な場面においても、財産権を超えた〈言論の自由の権利〉や報道の自由の権利を人が持つことなどありえない」(翻訳『自由の倫理学』、132-3ページ)のである。すべての自由・権利を私的所有権に還元するリバタリアンのこうした自由観が、古典的自由主義者ないし(新自由主義者を除く)自由主義者一般の自由観から少なからず隔たっていることは、疑いのないところであろう

自由主義を問い直す:古典的自由主義―新自由主義―社会的自由主義 吉崎祥司

 要約すれば「財産権こそが人権だ、したがって財産権を侵害することは政府であれ許されない」という帰結になるであろう主張をしています

 新自由主義はリバタリアニズム、ネオリベラリズムと呼ばれますが、厳密にはネオリベラリズムが正しい呼称です。

2種類の自由

 3つの大きな自由主義の種類を見てきました。しかしさらに大別すると、自由主義は2つの潮流しかありません。すなわち古典的自由主義≒新自由主義か、近代自由主義か。

 この対立する自由主義の潮流は、2種類の自由が関係します。消極的自由と積極的自由です。20世紀の哲学者であるエーリッヒ・フロムが論じ、アイザイア・バーリンが定義したとされます。

消極的自由

 消極的自由とは「○○からの自由」と表現されます。束縛されないこと、強制や干渉されないことの自由です。

 経済政策では規制緩和や自由貿易、市場原理主義などが消極的自由です。

 他にも思想信条の自由、表現の自由なども消極的自由を含んでいます。しかし消極的自由は突き詰めると、もっぱら所有権や財産権に帰着します。

 古典的自由主義や新自由主義は、消極的自由を偏執的に重視します。

積極的自由

 積極的自由は「○○への自由」と表現されます。自己実現や社会実現など、より高次な価値を実現するための自由と言えます。

 例えば幸福追求権などは、積極的自由の最たるものです。加えて政治参加も、積極的自由の発露と言えるでしょう。なぜなら政治参加は、よりよい社会の実現のための運動に他ならなからです。

 近代自由主義は積極的自由こそ、より多くの自由を人々にもたらすとして重視します。

自由主義と新自由主義の決定的な違いを比較する

 ここからは近代自由主義を自由主義として表記します。自由主義と新自由主義を、多角的に比較して見ましょう。

自由の解釈

 自由主義と新自由主義の大きな違いは、積極的自由を採用しているか、消極的自由を採用しているかでした。なぜこうも自由の解釈が異なったのか? おそらく、それぞれの世界観の違いにあります。

 新自由主義は静的な世界観を根底としています。わかりやすく言えば人間を、機械論的に歯車として捉えているのです。

 自由主義はどちらかと言えば、動的世界観に立脚しています。公正や道徳観念といった価値観を、無視しません。

公正と平等

 自由主義は公正な社会の実現が、より多くの自由をもたらすと確信しています。逆に新自由主義は、平等に財産権や所有権を侵さないことこそ自由だとします。

 政府の徴税は財産権や所有権を侵している、と新自由主義は考えます。だからこそ小さな政府を志向します。

 逆に自由主義は公正な社会実現のために、政府の介入にも積極的です。社会自由主義とも呼ばれる理由がこれです。

低所得層と富裕層

 自由主義は公正な社会を目指すため、富の再分配にも肯定的です。よって低所得層にとって、自由主義は有利に働きます。

 新自由主義は財産権や所有権の侵害を、徹底的に排除します。それが例え政府であっても! よって富裕層にとって、新自由主義は好ましい思想です。

ナショナリズムとグローバリズム

 自由主義にとって公正な社会のためには、社会が成立していないといけません。したがって社会を成立させる国家への、親和性も存在します。
 自由主義とは日本で言うリベラリズムです。じつはリベラリズムは、国家との親和性があるはずです。よってナショナリズムとも、自由主義は親和性を見いだせます。
 いわゆるリベラル・ナショナリズムの議論です。

 ……なぜか日本では、リベラル陣営が国家を敵視することもしばしば起こりますが(笑)

 新自由主義は政府を弱く、小さくしようとします。なぜなら自分たちの財産権や所有権、消極的自由を脅かす存在だからです。
 よって新自由主義は、グローバリズムと非常に相性が良好です。マレー・ロスバードが著した、無政府資本主義はその典型例と言えます。

自由主義と新自由主義の対立と、日本の無理解

 ここからは総論であり、余談となります。

 世界ではグローバリズムの弊害が目立ち、2010年代中盤から反グローバリズム運動が勃興しました。欧州で新自由主義に対抗するのは、左派の自由主義者たちでもあるのです。もちろん右派のナショナリストも、反グローバリズム運動に参加しています。

 卑近な例では社会主義者でリベラル派のバニー・サンダースが、アメリカ大統領選で善戦しました。
 ナショナリストと言われるトランプとサンダースが並んで、反グローバリズム陣営だったことは記憶に新しいでしょう。

 自由主義と新自由主義の違いを知っていれば、世界の動きも理解しやすくなります。しかし残念ながら日本では、自由主義や新自由主義とは何かという理解があまり進んでいないようです。

 むしろ定義すらせずに混同し、都合のよい部分を引っ張り出す議論が目立ちます。混同している人がいたら、そっとあなたが教えてあげてくださいね。

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