なぜEUでは、緊縮財政路線がとられるのでしょう? ギリシャ危機やブレグジットなどで、反緊縮運動がEUで起こりました。にもかかわらず、EUは緊縮財政路線をとり続けています。
コロナ禍では緊縮財政の弊害で、医療のバッファが足りずに医療崩壊を引き起こしました。ギリシャ危機では若者の50%を失業させてまで、緊縮財政を強いました。
どうして? その疑問に対して、丁寧にわかりやすく解説します。
なお先に結論だけ書くと、こうです。
- ユーロという共通通貨によって、金融主権が制限されている
- マーストリヒト条約によって、財政主権が制限されている
そもそもEUとは
まずEUとは何か? を簡単におさらいしましょう。
- EECという組織を前身とした経済共同体
- 影響力が小さくなる欧州を危惧して設立された
- 共通通貨ユーロを使用
- 本当は経済だけでなく、政治も統一していく予定だった
重要なポイントは「ユーロという共通通貨を使用していること」「政治が統一されていないこと」の2つです。
政治が統一されていないことというのは、統治機構の問題だけではありません。EUの中で自分をEU人と思っている人がいないことが、政治が統一されていないということです。
日本なら「同じ日本人同士」という意識がありますが、EUでは「いや、俺はフランス人であいつはイタリア人やんけ」と、意識の統一ができていません。
ここが、非常に重要なポイントです。
緊縮財政とは何か
緊縮財政についても、おさらいしておきましょう。
- 政府支出を縮小する経済政策。公務員数カット、社会保障の引き下げなどが代表例
- 経済に対して政府支出が過少な状態。デフレ気味の場合は緊縮財政と判断できる
なぜ政府支出をカットするのか? と言えば、均衡財政をよしとするからです。均衡財政主義は主に、小さな政府を目指す新自由主義や新古典派経済学で支持されています。
緊縮財政の弊害は?
緊縮財政の弊害は様々に渡ります。重要なポイントに絞って、解説します。
①必要なサービスが脆弱になる
コロナ禍で欧州は、医療崩壊を起こしました。なぜか? 平時に合わせて効率化、合理化を進めた結果です。遊びや冗長性がなくなり、非常事態に必要なサービスが提供できなかったのです。
必要なサービスというのは、何も医療だけに限りません。例えば災害大国日本では、インフラや自衛隊、食料などがかなり重要です。
緊縮財政ではいざというときに、必要なサービスが行えなくなる弊害があります。
②経済がデフレ気味になる
緊縮財政とは、政府支出が過少であることです。政府支出=政府が需要することです。政府支出の減少は、政府が作り出していた需要の減少です。よって経済は、緊縮財政でデフレ気味になります。
デフレは国民所得の下落、貧困化を引き起こします。加えて最終的には、供給能力を毀損します。
③格差拡大が加速
緊縮財政は、富の再分配機能も低下させます。従って格差が拡大するのは自明です。加えて緊縮財政では、規制緩和や構造改革などで市場競争が強化される傾向にあります。
市場競争の激化、強化もまた格差拡大を加速させる要素のひとつです。
緊縮財政を続けてきたEUの状況は?
国民に提供するべきサービスが低下し、デフレ気味の経済で格差は拡大しています。
2008年までは世界経済が拡大していたため、あまり問題が表に出ませんでした。しかしリーマンショックを境に世界経済は停滞し、多くの問題が表出したため、EUでは反緊縮運動や移民排斥運動が盛んになったのです。
EUは2011年に、緊縮財政の例外条項を設けました。けれど積極財政には転じず、今回のコロナ禍と医療崩壊となったのです。
具体的なEUの緊縮財政例
具体的なEUの緊縮財政例を挙げて、どのような結果を引き起こしたのか? を参照しましょう。
コロナ禍と医療崩壊
コロナ禍でEUが引き起こした医療崩壊は、我々日本人が想像できない事態を招いているようです。日本やアジア各国では、100万人あたり3~7人がコロナ禍で亡くなりました。
EUの数字は桁外れです。100万人あたり数百人が、コロナ禍で亡くなっています。
白人に死者数が多い理由について、現在のところ不明です。遺伝子的なものや、地域的な要因かもしれません。
しかしイギリスでは――すでにEU離脱を決めていますが――、高齢者支援ボランティアが75万人、引退した医師が1万1000人復帰、医大最終年度の看護・医学生2万4000人もコロナ禍の戦線に加わったそうです。
南欧はさらに悲惨で、老人ホームが見捨てられ、ベッドの中で入居者が亡くなったとの報道もあります。
緊縮財政によって国家が提供するべき、必要なサービスが削られたからこその惨状です。
ギリシャ危機と緊縮財政
緊縮財政が惨状を招くのは、コロナ禍だけではありません。2008年のリーマンショックの影響で、2010年にギリシャ危機が引き起こされました。ギリシャが財政破綻しかけたのです。
ギリシャ危機に対してEUは金融支援を決定し、代わり厳しい緊縮財政を求めました。この緊縮財政によって、2013年の失業率は27%にまで上昇。2019年現在でもギリシャの失業率は、17%と高止まりしています。
ギリシャの若者に至ってはなんと、50%もの失業率を記録しました。現在でも35%強の失業率です。
なぜEUは緊縮財政が続くのか
EUはコロナ禍の大惨事でようやく、緊縮財政の例外条項を適用するとの報道が流れはじめました。なぜEUは緊縮財政を強く支持するのでしょうか?
第一にユーロという共通通貨と、政治的統一ができていないという構造問題があります。共通通貨のユーロは、EUの中央銀行で発行されます。しかし国債は、各国がそれぞれで管理しています。
つまり中央銀行による国債引き受けが封じられ、EU各国の国債は外貨建て国債と同じ性質になっています。
第二にEUは、インフレ退治を目的とした経済システムです。マーストリヒト条約によって、財政赤字はGDPの3%までと決められています。つまり、極めて政府支出が拡大しにくいのです。
- ユーロという共通通貨によって、金融主権が制限されている
- マーストリヒト条約によって、財政主権が制限されている
上記2つの構造によって、EU各国は緊縮財政路線にならざるを得ません。
まとめ
EUというシステムは緊縮財政を前提として、作り上げられました。いつの間にか世界中が「インフレ圧力の方が強くて、だからインフレ退治さえできればOK」と考えていました。だからこそ、EUというシステムができあがったのです。
けれども現代は、むしろ世界デフレが心配されています。日本人は20年もデフレですから「え? だからどうしたん?」かもしれませんが、デフレというのは本当は非常事態です。
日本人が鈍いのです。
緊縮財政をとり続けざるを得ないEUは、このまま凋落する可能性が非常に高いでしょう。どうなるのか? 他山の石として、しっかり見届けねばなりません。