木村花さんがSNSで誹謗中傷され、自殺するという事件が起こり報道されています。誰もがネットを使用し、SNSを利用する時代です。決して他人事ではありません。
「SNSやネットで誹謗中傷されたり、悪口を書かれるのは有名人だけでしょ?」「自分には関係ない」と思っているなら間違いです。誹謗中傷相談室によれば、年間の相談件数は1万件強と年々増加しています。
実際に2016年9月、男子高生がネットの誹謗中傷で自殺するという痛ましい事件も起こっています。有名人や芸能人だけの問題でなく、あなたに起こる問題かもしれません。
ネットの誹謗中傷を科学してメカニズムを理解することで、不安を軽くして対処を考えられるようになりますよ。
誹謗中傷の定義
迂遠ですがまず、誹謗中傷の定義を理解しましょう。
誹謗:悪口のこと
中傷:根拠のないことを言いふらし、他人の名誉などを傷つけること
誹謗中傷は簡単に言うと「根拠のない悪口」です。また事実であっても、プライバシーの侵害などは誹謗中傷に当たります。相手の名誉を傷つける、相手を侮辱するなどが誹謗中傷です。
ネットでの誹謗中傷の被害の実例
ネットの誹謗中傷被害の実例は、何も有名人だけにとどまりません。
大阪市立の高校バスケ部体罰自殺事件は、多くの議論を呼びました。連日マスメディアに取り上げられたことで、SNSや掲示板で多くの誹謗中傷、生徒のプライバシーの侵害、名誉毀損が起きたそうです。
他にネット掲示板に勝手に電話番号、名前を掲載され、突然見知らぬ男性から電話がかかってくるようになった女性の事例、特定の施設や人物に対して「殺す」などと書き込む事例などがあります。
ネットでの誹謗中傷は決して有名人、芸能人だけの問題ではありません。明日は、あなたの問題になるかもしれないのです。
なぜネットでは誹謗中傷が起きるのか
ネットで誹謗中傷が起きるのは、匿名性が大きな原因と一般的に言われます。しかし科学的に見ると、匿名性は必ずしも原因とは言えません。
なぜなら柳 文珠の論文「韓国におけるインターネット実名制の施行と効果」で明らかにされているように、実名制の導入による誹謗中傷を抑制する効果は、統計的に見てもかなり限定的だからです。
ネットの誹謗中傷が大きく見えるメカニズム
実社会でも悪口や陰口は存在します。けれど音声やテキストとして記録に残らず、本人に聞こえることもほとんどありません。
一方でネットの悪口や陰口、すなわち誹謗中傷はデータとして残ります。よって実社会と異なり、誹謗中傷が累積していきます。
このメカニズムの違いが、ネットの誹謗中傷が問題になる原因です。
実社会で仮に悪口、陰口を耳にしても、それは「そのときだけのもの」です。ネットではデータが累積し、過去に遡った誹謗中傷を本人が「一気に見ることが可能になってしまう」わけです。
ネットにおける誹謗中傷問題のメカニズム的特徴は、リアルで薄まっている誹謗中傷がネットでは濃縮され、一覧されることにあります。
なお様々な実証研究において、ネット上で炎上や誹謗中傷などに参加する割合は、0.5%と言われています。積極的に参加するヘビーユーザーはさらに少なく、0.1%程度です。
ネットの誹謗中傷をスルーできない心理構造
認知不協和理論を提唱したフェスティンガーによれば、人は「自分のことを正確に評価したい」という欲求を持っています。
この欲求によって、エゴサーチ(自分の名前などで検索)したり、SNSのコメントを気にしたりします。
自己呈示理論から社交不安の概念を提唱したアメリカの心理学者リアリーによれば、人間は誰しも「自分をよく見せたい」という自己呈示欲求があります。
対して「よく見せられるかどうか自信がない」場合、社交不安が増加していくとします。
社交不安は理性的は判断を人から奪い去り、欲求に忠実に動かします。つまりフェスティンガーの言う「自分の評価(マイナスであれ)を知りたい欲求」から 誹謗中傷をスルーできず、さらに社交不安が増大することで理性的な判断が失われて……という悪循環に陥ります。
これが「誹謗中傷された被害者が、心理的ダメージを受けるにもかかわらず誹謗中傷をスルーできない心理状態」です。
「スルーしたらいい」というアドバイスは、誹謗中傷の被害者にはほぼ無意味です。
ネットで誹謗中傷した個人を特定できるか
ネットは匿名と思われがちですが、被害を受けた場合に相手の個人情報を請求できます。相手を特定できるのは、誹謗中傷から3ヶ月以内と言われています。
プロバイダ制限責任法
プロバイダ制限責任法とはネット上における誹謗中傷など、違法・有害な情報を取り締まるための法律です。表現の自由と被害者救済のバランスを取りながら、円滑に運用することをプロバイダは求められます。
プロバイダとはdocomo、AUなどの携帯キャリアや、パソコンのネット接続に必要なOCN、KDDIなどネット通信事業者を指します。これらの業者には契約者が、いつどのIPアドレスで通信したかなどがわかります。この情報を元に、個人の特定が可能です。
誹謗中傷されたら弁護士、警察、対策業者のいずれかに相談
ネットで誹謗中傷被害を受けている場合、相談先は3つあります。弁護士、警察、対策業者のいずれかです。
警察への相談を、最初にしてみましょう。無料ですし、事件性があれば捜査してくれることも。筆者の知り合いも、事業に対しての誹謗中傷を警察に相談して、加害者の逮捕にまで至っています。
弁護士は有料ですが、素早い対応を望めます。特にネット被害に詳しい弁護士に、相談するのがよいでしょう。
対策業者は法人向け、と言われています。事業への風評被害などのケースなら、相談を検討してみましょう。
ネットの誹謗中傷はどのような罪になるのか
ネットでの誹謗中傷は、訴えられた場合に3つの罪に該当することが多いようです。
- 名誉毀損罪
- 侮辱罪
- 威力業務妨害
検察の資料によると立件される件数は年々増加し、現在は年間に1500件ほどです。木村花さんの事件が起きて社会的議論になっていることからも、さらに取り締まりは強化されるでしょう。
ネット実名制はネットの誹謗中傷に効果があるか
最後にネット実名制の効果がなかった、と言うことの解説をします。
柳 文珠の論文「韓国におけるインターネット実名制の施行と効果」は、韓国がネット実名制を取り入れた背景と、その効果について検証しています。なお韓国のネット実名制は現在、実質的に廃止されています。
ネットの誹謗中傷を抑える対策として「匿名性が誹謗中傷の原因だから、実名制を取り入れよう」という議論があります。しかし実名制があまり効果的ではないことは、韓国が証明しています。
- 短期的にも長期的にもコメント数全体が減少した
- コメント数に占める誹謗中傷の割合は、多少減少した程度
- サイバー暴力(誹謗中傷事件)は長期的に増加傾向。実名制の効果は認められなかった
国柄の違いなどもありますから、日本で全く同じ結果になるとは限りません。けれども大きな効果を期待しすぎると、落胆することになるかもしれません。
他にもネット実名制は、様々なハードルをクリアしなければなりません。
- 海外に本社のあるネットコンテンツやSNSには、適用することが難しい
- SNSアカウントでログインするサービスの適用をどうするか
ちなみに筆者は実名でブログを書いてますので、実名制でも全くかまいません。 むしろ実名制でブロガーが減ると競争が減って、筆者には好都合です。
ネットの誹謗中傷に対してどのような対策ができるか
まず本稿のポイントをまとめます。
- ネットの誹謗中傷の”頻度”は、おそらく実社会の陰口とそこまで変わらない
- ネットの場合は誹謗中傷のデータも累積し、被害者が一覧できてしまうことが問題の本質
- 誹謗中傷被害を受けたら、タイムリミット3ヶ月以内に個人を特定しよう
- 相手の特定には警察、弁護士の順で相談することがおすすめ
- ネットの実名制の効果はかなり疑問符が付く
ネットの誹謗中傷について、対策を! との声は多く上がるでしょう。対策を強化したいのは理解できますが、実際に効果的な対策があるかどうかは別問題です。
有識者や政府から、具体的な対策について言及が少ないのもそのためでしょう。
誰も言わないので、筆者が言います。ネットの誹謗中傷減らす、効果的な対策はありません。よって誹謗中傷を受けた場合、警察や弁護士にまず相談しましょう。
例えばいじめ、小中高で過去最多41万件…目立つ小学校低学年 | リセマムによると、いじめは認識されているだけで41万件だそうです。
「子供の話じゃないか!」と反論があるかもしれません。しかし個別労働紛争で寄せられる相談のうち、パワハラなどのいじめが年間で8万件を超えるそうです。
これらのいじめに対する、有効で効果的な対策はあるでしょうか? いじめ問題に対して画一的に、有効な対策などあるはずがありません。
同じことがネットの誹謗中傷にも言えます。
いじめ問題と同じく、ネットの誹謗中傷問題も根気よく一つ一つ問題をあぶり出し、解決していくことでしか改善できません。
法律論も交えつつ、現代に即してスマホやSNSの使い方、匿名掲示板の危険性など改めて確認するという意味での基本書のような本です。
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