「自己責任」という言葉の誤用の氾濫-本来の意味とはなにか?

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 自己責任。これほど誤用が氾濫する言葉は、多くはありません。

 日本において「自己責任」とは、主に非難の用途として使用されます。
 「悪い結果になったのは、自己責任!」「能力がないのも、自己責任!」「貧乏なのも、自己責任!」というような。

 上記の使用法は、間違っています。「自己責任」という言葉の定義そのものが、誤用されているのです。

 自己責任という言葉の意味を解説し、なぜ誤用が広まったのか? について、考察していきます。

自己責任の本当の意味。責任範囲の限定が「自己責任」

 辞書の定義では自分の行動には自分に責任が存在することや、自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負うこととなっている

自己責任 – Wikipedia

 本来の自己責任とは、市場用語であり法律用語です。例えば表現者クライテリオンの松林薫さんは、「自己責任」という言葉の報道から「市場用語であった」と明示しています。
参照:【松林薫】自己責任論はどこから来たのか? | 表現者クライテリオン

 また「自己責任原則」はもともと、金融取引で使用されている法律概念だ、というのはウィキペディアでも述べられています。
参照:自己責任原則 – Wikipedia

 これらを併せて考えますと、自己責任という言葉は、以下のような意味になります。

 「自分のした行動の過失のみに、責任範囲が限定される」という、有限責任が自己責任の本質。

 例えばシリアで拘束された、安田純平さんを例に出しましょう。

  1. 誘拐や拘束をしたのは、シリアの武装勢力
  2. 国家は、国民を救出する責任が存在する

 安田純平さんの救出で、自己責任論が噴出しました。危険地域に、ジャーナリズムが赴くかどうか? は様々な議論があるでしょう。
 しかし本来の意味での「自己責任」では、安田純平さんの過失は「少ない」のです。

 拘束や誘拐は、当然ながら「シリアの武装勢力のせい」なのですから。

 安田純平さんの例が「安田純平さん個人の責任に、全て帰する」とするのならば、海外でパスポートを盗られても「大使館を頼るのはおかしい」という事になってしまいます。

自己責任という言葉の誤用の氾濫

 いわゆる一般的な自己責任論は、責任の所在を個人に丸投げするものです。「貧しいのだって、自己責任」というわけ。

 「貧しいのも、自己責任」というような論法は、様々な理由付けが行われます。

  • 学歴がないのが悪い。自己責任だ
  • キャリアアップの努力を怠った。自己責任だ
  • 稼げないのは努力不足。自己責任だ

 れいわ新選組当選議員をネトウヨが口撃-ゲイ的に考える障害者議員でも取り上げましたが、れいわ新選組の当選議員2人は、障害者です。
 障害は、過失や故意になるものではありません。被選挙権も当然、法律によって保障されています。

 ところが……ネトウヨの中には「障害で国会議員の仕事ができないのも、自己責任」というような言説があったようです。

 自己責任の本来の意味は、「自分の過失にのみ、責任範囲は限定される」です。しかし世間で誤用され、氾濫している使用法は異なります。
 「無限の責任を、個人に押し付けて『非難するため』の自己責任論」でしょう。

自己責任、ポピュリズム、反知性主義など誤用されるのはなぜ?

 ポピュリズムは「衆愚政治」に置き換えて誤用されます。反知性主義も「知性のない人たち」として誤用されます。

 ポピュリズム本来の意味は「人民主義」です。反知性主義も「エリートという、知的”権威”への反発」であり、知性の否定ではないのです。
 自己責任の誤用も、上述してきたとおりです。

 ポピュリズムや反知性主義は最近出てきた言葉ですが、自己責任は2004年頃から一般的になった言葉だそうです。
 小泉政権のときです。

 これらの誤用には、グローバリズムが深く関係しているのではないでしょうか。

 グローバリズムとは、小さな政府を目指します。表現を変えれば「政府の責任の縮小」です。この本質を隠すために「自己責任として、個人に責任を押し付ける」というのは、自然でしょう。

 ポピュリズムや反知性主義の誤用も「グローバリズムが正しく、国民の反発は『衆愚だ』」と誘導するのに有効です。

 言葉をあえて誤用する、ブラックプロパガンダという解釈すら成り立ちます。

言葉が曖昧になる二重思考社会の恐怖

 自己責任論が巻き上がるたびに、私は恐怖します。

 人間とは言語で思考する生き物です。言語の前に思考があるのではなく、思考の前に言語が存在するのです。
 例えば英語で、考えをまとめてみてください。よっぽど流暢でない限り、ほとんどまとまりません。

 言語から思考が生まれるのですから、言葉の誤用は「間違った思考」に繋がります。言葉が誤用され、曖昧になるとは「思考ができなくなる」ことと同義です。

 思考ができなくなるとは? 自身の言説や言葉の矛盾に、気がつけなくなるのです。

 思考実験をしてみましょう。一般的な自己責任論は「何でもかんでも、個人の責任だ」といいます。
 自己責任を他人に押し付けられるほど、彼らはスーパーマンなのでしょうか?
 不幸がすべて自己責任だとすると、自己責任論を押し付ける彼らは、とても幸せなはずです。

 ……その割に、自己責任論を言う人達には余裕が見えません。

 結局の所は、炎上と一緒で「正義面して、非難したい。スカッとしたい!」だけに思えるのです。

 言葉が誤用され、歪む時代です。これが蔓延すれば、日本人の国民性もまた「歪んでいく」のではないか?
 それが私には、恐怖です。

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阿吽

>しかし本来の意味での「自己責任」では、安田純平さんの過失は「少ない」のです。
>拘束や誘拐は、当然ながら「シリアの武装勢力のせい」なのですから。

わざわざ「少ない」と書かれていますので、いちいち書く必要もないとは思うのですが・・、

例えば海外旅行で、深夜の2時にスラム街の散歩に出かけて強盗にあったと言われたら・・、本当は強盗をしたやつが一番悪いのですが、深夜の2時にスラム街を散歩するやつはバカだ。強盗にあうのも自己責任だろうと・・そんなニュースを聞いた人なんかはきっと思うでしょうね・・w

,
>結局の所は、炎上と一緒で「正義面して、非難したい。スカッとしたい!」だけに思えるのです。

これは同意です。

安田純平氏の人質事件に関しての世間の反応は、炎上、と呼ぶにふさわしいものだったのではないかと思います。

いろんな考え、思惑はあったとは思いますが・・、「正義面して、非難したい。スカッとしたい!」・・という気持ちがなかった、とは・・、必ずしも言い切れないのではないか・・、とは、思います。

ただし、私は安田純平氏の人質事件は、ある程度、自己責任だったと思います。

ただし、私と炎上騒動に加担していた人達との違いは、私は安田純平氏を責める気がほぼほぼないということです。

安田純平氏の人質事件は自己責任、それ以上でもそれ以下でもない。・・と、思っているからです。

ですので、責める気もほぼ、さらさらありません。

もし、人質事件でこうむった、多くの外国人のように、人質事件中にもし殺害されるようなことがあれば、それは極めて気の毒なことと思いますし・・、生存して帰国されたのなら、それは同国人としてはこれは喜ばしいことと思います。

どうしてこんなドライなことを考えるかと言いますと・・、私は安田純平氏の行動を尊重したいし、尊重できるものとしたいからです。

安田純平氏が命賭けてシリアに行ったのなら、その命を賭けた行動を気高い行動として尊重したいのです。

だからこそ私は、安田純平氏の行動を自己責任としたいのです。

逆に言えば、安田純平氏の行動が自己責任でないのならば、それは本当に、安田純平氏が馬鹿だったこととなるのです。

命を賭けてジャーナリズム精神をはっきしたのではなく、ただの考えなしの馬鹿ということになるのです。

そんなことはないと思いますし・・、だったら、命を賭けたのが自己責任だったのなら、それはとても気高い魂の行動なのです。

安田純平氏の行動は自己責任なのです。

そうでなければ、安田純平氏の気高い魂を否定することにもつながりかねないのです。

そして、私は自己責任であるからこそ、その安田純平氏の行動を、尊重したいのです。

私はそういうふうに思っています。

そしてそこに、本来ならば・・、彼を炎上させるものなどないのです。

本来ならば、ですが・・・。

(悲しいかな、大衆は彼を自己責任という言葉を使って炎上をさせました。)

トナカイ

自己責任論が、この不況下でこれ以上蔓延したら、日本も犯罪率増えて治安が悪くなりそうですね。
だって、あらゆる不幸が自業自得扱いされて誰からも助けてもらえないんですからね。
生きるためのスリや泥棒や強盗殺人とか増えそうですね。
あと、娘を身売りさせる親とかも。
みんな生きるの必死で、法律守るよりは、罪を犯してでも今日の生存を守ろうとする時代が来そうです。
そんな時代がきたら、昭和の過激な共産主義系テロ組織も、勢い取り戻しそう。

自称愛国者の自己責任論が、自国民を平気で切り捨てることで、反日テロ組織が勢いづくみたいな、馬鹿なことが起きたらたまらない。

なのに、「竹中先生は愛国者」みたいな言葉が、支持を受ける不思議。

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