働き方改革、生産性向上はまるでスローガンのように連呼されます。いわく「もっと自由な発想で、生産性向上をすれば豊かになれる」「ITの活用」等々。
本当でしょうか?
クラウドソーシングのライティングを見れば、1文字0.2円が相場。1万文字書いて2000円。サイト制作では平気で難しい案件を、10万未満での発注があります。
しかも、応募している人が結構いるのです。
アウトソーシングして生産性向上だ! って? 安く使っているだけじゃないの? て思いませんか?
本日はマクロな観点から、生産性向上と働き方改革を解説します。
デフレとインフレ、どっちが生産性は向上するか?
結論からいいますと、インフレです。インフレ=供給<需要です。デフレは逆です。
全体的に仕事が多くあれば、当然ながら人間は「なんとか回そう」とします。仕事が少なければ、生産性の向上なんて起きないのです。
需要がたくさんないと、生産性向上は起きにくいのです。必要性が低いのに、生産性向上を起こそうとする人はあまりいません。
実際に企業の設備投資の水準は、2008年以前にも及んでいません。
「生産性向上で付加価値をつける」というが、貨幣で評価されるんだよね?
デフレとは「貨幣価値が上がる現象=物価の下落現象」です。つまり……付加価値が下がる現象です。
流れるプールの流れに逆らって、進める人がどれだけいるでしょう。それが、デフレ下で付加価値を生むという行為です。
インフレは逆です。流れるプールの流れに沿って、泳いだらいいだけです。それで付加価値が生まれるのです。
労働も大事です。生産物も大変大事です。しかし貨幣経済において、評価は貨幣でくだされます。付加価値は、貨幣で評価されるのです。
「生産性向上」も「付加価値」という言葉も、言葉にすれば簡単です。
では「ブログ記事で付加価値を生み出せる人」がどれだけいますか?
GDPが「付加価値の総合計」である以上、「付加価値を生み出す」とは「GDPに貢献する」ことなのです。つまり、貨幣です。
この考え方は、現代貨幣理論(MMT)的レンズ、資本主義的レンズともいえるでしょう。
デフレ下では、付加価値を作るのが難しいのです。
足りぬ足りぬ工夫が足りぬ! という経済生存戦争中
戦中は「足りぬ足りぬ工夫が足りぬ!」という標語があったとか、なかったとか。
働き方改革などで語られる生産性向上は、2種類に別れます。
- 価格競争でアウトソーシングなどをして、”自身”の生産性向上を図る→その犠牲になる賃金の人がいる
- イノベーションや画期的な発想は「自然と生み出される」はずだ
1.は言葉を着飾っても、価格競争です。2.は新古典派経済学の考えそうなことです。
新古典派経済学は「人間のノウハウや積み重ねを無視する」のが得意ですから。
結果としてグローバリズムが広まり、需要が少なくなり、日本経済も世界経済も”大停滞”や”ニューノーマル”にあえぐことになりました。
たいてい無能な輩は「お前ら下の人間がしっかりしないから、こうなってるんだ!」といいます。
大東亜戦争中の日本、そして現在の大停滞。その中で「生産性向上を叫ぶ、無能エリートたち」は、まさに第二次世界大戦の教訓すら忘れているといえましょう。
現代貨幣理論(MMT)批判の人に聞きたいサプライサイド
現代貨幣理論(MMT)はオンデマンドサイド(需要)の理論です。
嘘だ! というのならば、現代貨幣理論(MMT)が「生産性向上(サプライサイド)!」と主張したことがあるかどうか? 考えてみてください。
ケインズ、ラーナー、そして現代貨幣理論(MMT)、反緊縮。すべてオンデマンドサイドです。
逆に新古典派経済学、リフレ派、新自由主義、緊縮主義等々。全部サプライサイドじゃないですか。
こんなに簡単なカテゴライズはありません。
上記の前者と後者の違いはこうです。「インフレ=好景気=需要によって、生産性向上が自然になされる」か「生産性向上によって、好景気になるか」です。
これが「オンデマンドサイドか、サプライサイドか」の違いです。
サプライサイドは「貨幣を無視している、ないし物々交換経済観」ですから、「供給が多くなれば、豊かになるはずなんだ(ものは溢れている)」になります。
一方でオンデマンドサイドは「貨幣経済」を想定しています。
「所得(という貨幣)がないと、交換できないじゃないか!」というわけ。
くだらない枝葉の理論より、本質を見定めるべきだと思います。本質が見えない議論は、書生論ではないか? と思います。
商売人として思う、付加価値の難しさ
最後に私事になります。私はすでに15年以上、商売をしています。2009年以降、息も絶え絶えで耐えてきました。
その間に努力もしました。毎日10時間以上働き、半年休みがないこともあります。労基に訴えてやる(笑)
その上でいいます。付加価値を生み出すのは、難しい。2009年以前、いや2008年のリーマン・ショックがなければ、ここまでの困難はなかったでしょう。
やれる努力はすべて、やり尽くしました。どうしようもありません。
例えば八百屋が、どうやって生産性の向上をするのか? なかなか良い飲食店も、近所で2軒が潰れました。
生産性の向上を掲げる人たちは、例えば八百屋にアドバイスできますか? 無理でしょう。怪しいコンサルになることは、間違いない(笑)
料理屋にしても一緒です。1つは「㐂六(ネット上では喜六)」です。ご主人の腕は素晴らしかったし、味も申し分ありませんでした。
値段がやや高かったのです。夜に行けば1人1万円は軽く飛ぶ割烹です。
生産性向上とのたまう人たちが、「㐂六(ネット上では喜六)」にどのようなアドバイスを送るのか。中国産のうなぎでも使え、というのでしょうか。
それとも「料理はアウトソーシングしろ」とでも。
真面目な商売人が、どんどん追い詰められる世の中です。だからこそ、現代貨幣理論(MMT)を私は支持するのです。
※本稿は2019年6月の記事のリライトです。
スペインが経済崩壊する前
スペインの一人あたりの生産力は日本よりもよかったそうだ
ではスペイン人ってそんなに有能なのか?
ラテンだよな、バルサレアルなどサッカー界では欠かす事が出来ない大手のクラブを持つが
サボるの大好きで、会社で誰かが鼻歌を歌うと、みんなで歌い出すようなゆるゆるの幼稚園のような職場だったそうだ
まあグーグルもそういうところもあるが・・・w
それに負けてしまう日本、朝から晩まで働いても負けてしまう
なぜかって言ったら記事にあるように賃金の問題。
賃金が高いから日本よりも生産力が上だった
日本人は馬鹿だから、分配の正義を重んじる・ここに大きな問題が有る
ということを言い訳にして、給料を出し渋る。社会福祉も軽視する
給料が少なければ消費が伸びず、経済も発展しない。
伸びるのは財界で有名な企業や、病院だのなんだの政治家に口利きが出来るタイプの職業のみ
車産業の最大手の会社が派遣で20代を雇って手取り10万ちょっとで、あろうことかそいつの目の前で高学歴ホルダーの上司が
「今の若者は、欲がないから車を買わない」
と言ってのけるのが今の日本だ。自分の言動に何の矛盾も感じていない
それか自分を騙しきっているのか、二重思考でもしてるのかなw
若者の◯◯離れ……あれをいう人、どうにかならんですかね。お金がないから買えないのに、「無欲だ」とか「若者の性質が変わった」とかなんとか。
>車産業の最大手の会社が派遣で20代を雇って手取り10万ちょっとで、あろうことかそいつの目の前で高学歴ホルダーの上司が
「今の若者は、欲がないから車を買わない」
と言ってのけるのが今の日本だ。自分の言動に何の矛盾も感じていない
本当、認知不協和というか嫌な世の中ですよね。
イギリスの産業革命後の社会の疲弊が、今のような感じだったとするなら、共産主義が生まれるのも理解できる気がします(笑)
>二重思考
1984年ジョージ・オーウェルのダブルシンクですね(笑)
>中国産のうなぎでも使え、というのでしょうか。
>それとも「料理はアウトソーシングしろ」とでも。
場合によっては言いそうですね・・・・・。
安く食材を仕入れる努力をしろ、新しくておいしい料理を創造しろ、従業員を減らせ、部下の給料を減らせ、人材を一から育てれば時間と費用がかかるから腕の良いのを他所からヘッドハンティングしろetcetc・・。
・・・なに、できない?・・・努力が足りないんじゃないんですか・・?
・・・そんなことを、いともたやすく言いそうな気がします・・・。
そして今の世の中では、そういう人がもてはやされてるんだろうなあー・・・っと、思ってしまいます・・・・・・。
まあそりゃあ、こんなデフレにもなるわなあ・・と・・。
いいそうな気がしますよね(笑)
喜六は夫婦で営んでいましたし、老齢でしたから、閉店はそのせいもあるかも知れませんが……でもやっぱりお値段高めですから、お客さんはあまり入ってなかったんですよね。
私も年に数回行ければ、良い方でしたし。
本物が失われていき、偽物というか刹那的な合理性が跋扈する。嫌な時代です。
効率効率効率ばかりを追い求めていたら、そりゃあ、資本のある所には勝てないですからねえ・・・。
で、皮肉なもので、そんな資本のある所で近所の小売りを淘汰し勝ち残った所も、さらに全国区で資本を持つ所に負けるのです。
で、全国区になればそこで働く人は良い暮らしができるかと言えば・・・、大手コンビニチェーン店の雇われ店長さんの如く・・ってなもんですかね・・・。
世知辛い世の中です。
そりゃあ、勝ち残れる才能がある人だって、中にはいるでしょうけど・・・、そんな人は、万に1人です。
で、そんな人を持ち上げて、おまえの努力不足だと言われても・・、9999人は普通はただの人なんです、これは残念ながら・・。人と言うのは自分だけは特別だと思いがちですけど、基本は9999人の1人なんですよ。
誰でもジョブズみたいに成功するわけではないですからねえ・・・。
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もしくは方向性が変わりますけど、こんな話もあるそうです。
『ゴッホのような天才が世に出る裏には、常に二十人のゴッホ同等の実力者が存在する。その二十人には決して陽が当たることは・・・無い・・・』
・・さらに皮肉なことに、成功者とされるゴッホも、生前中にはほとんど評価がされなかったという・・・・。
ちょっと話が変わりますけど・・、人間と言うのは難しい生き物ですね。
それでも、日に当たらなかった20人のゴッホも・・、生前中は評価をされなかった偉大な天才画家ゴッホも・・、人生を最後まであがき通して生き抜いたんでしょうけど、ね・・。