20歳の自分に受けさせたい文章講義-古賀史健のレビューと政治ブログ

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 古賀史健さんというライターが書いた、「20歳の自分に受けさせたい文章講義」を読了しました。
 「無茶苦茶わかりやすく、ブログをしているなら必読!」と思える良書です。

 私自身がこの著作をAmazonで注文したのは、マナブログという有名ブログの影響です。ブロガーであるマナブさんのSEOの説明や文章構成は、非常に合理的かつ再現性の高いものです。
 そのマナブさんのおすすめの本ということで、注文してみたのです。

 政経ブログでも十二分に有用な内容です。要点のみ解説しつつ、最後には総評を補足します。
 以下は20歳の自分に受けさせたい文章講義の目次です。

  1. はじめに 「話せるのに書けない!」のはなぜか?
  2. ガイダンス その気持を「翻訳」しよう
  3. 第1講 文章は「リズム」で決まる
  4. 第2講 構成は「眼」で考える
  5. 第3講 読者の「椅子」に座る
  6. 第4講 原稿に「ハサミ」を入れる
  7. おわりに

書き言葉と話し言葉の違いと翻訳

 話し言葉、普段の会話ってありますよね。友達や親、家族、同僚などとの会話です。
 普段の会話ってじつは、録音して後で聞いてみると案外意味不明です。

 私自身がYouTubeに、政経動画を投稿した経験があります。その時、論理的に話すのはかなり難しいことだと実感しました。
 どうしてそうなるのか? 普段の会話はボディーランゲージ(身振り手振りや表情)が、大半を占めるのだそうです。
 電話にしても、声色などでおおよそが伝わります。
※対面しての会話より、電話のほうが難しいのは声色のみだからです。

 では文章とは? 文字のみです。
 「メールがあるじゃないか! あれだってボディーランゲージがないぞ?」という反論がありそうです。しかし、友達同士のメールでは絵文字や顔文字を使用するではありませんか?
 絵文字なども一種の、文字以外の感情伝達法です。

 文章は古賀史健さんによれば、「なんか書きたい、頭の中をぐるぐるしてるもの」の翻訳行為だそうです。なるほど……と、私は思わずうなりました。
 書きたいことを言語化し、論理に落とし込み、翻訳する行為が「文章を書くこと」なのです。

文体とリズム、ないし文章の構成の視覚化

現代貨幣理論は貨幣を負債と捉える概念である。中央銀行の賃借対照表を見ても貨幣は負債と相違ない。異次元の金融緩和とは負債と負債を取り替えるだけの行為であるし本質的な負債は減少していない。然し誰がそれを問題にするだろうか?資本主義とは常に負債と拡大し続ける主義であり国債か通貨か?は本質的に問題では無い。信用貨幣が生み出され投資され経済が技術革新を伴い拡大する。際限のない循環が資本主義の本質だ。

――この文章は例題です――

 上記の文章は例題です。ブログ記事の最上段にこの例題が出てきて、読む気がおきますか? 私なら閉じます。

 例題の問題点を指摘します。

  1. 漢字が多すぎて圧迫感がある
  2. 句読点の「、」が少なく、読むのがしんどい
  3. 改行が少なく、縦の空間が暑苦しい

 1.漢字を多用すると、専門的に見えなくもありません。しかし読みやすさは落ちます。
 肝心なのは「読者にとって読みやすいか?」であり、筆者の専門性の誇示ではありません。
 たまに古い書き言葉(あはれなり、でせうetc)のブログがありますが、自己満足以外の意味はないでしょう。

 2.句読点の問題は横書きの場合、横のスペースを確保できるので圧迫感が少なくなります。適度な句読点は、読みやすい文章には必須です。

 3.改行の少ない記事も政治経済系ブログで、ときどき見かけます。とにかく改行がない! という文章は、もはや塊のように感じて読む気が失せます。スマートフォンだと最悪です。

 試しに佐藤健志さん、藤井聡さん、三橋貴明さんなどのネット上の記事を読んでみてください。
 ネット読者の特性を理解して、「読みやすい文章」を心がけておられます。

 上記の解説は私見も入っていますが、「視覚の重要性」を20歳の自分に受けさせたい文章講義では訴えます。
 同様に文章の構成も、視覚化して図形にするとわかりやすいそうです。
※明日にでも、メモ帳を買ってきて図にしてみる予定です。

読者視点とはなんなのか?

 『第3講 読者の「椅子」に座る』は非常に興味深い章でした。端的にまとめれば、「誰に向けて記事を書けばよいか?」が論じられます。

 古賀史健さんはここで、2つの提案をします。

  1. 10年前の自分に向けて書く
  2. 特性の「あの人」に向けて書く

 古賀史健さんによれば、「多数の人達へ向けて書くと、文章がぼやける」のだそうです。私は「コンビニ弁当」と「母親の手料理」の違いだと理解してます。

 コンビニ弁当は誰が食べても「ふーん……」という程度で、「美味しい!」とはなりません。一方で母親の手料理は、我が子に向けて作るものです。だからこそ、おふくろの味なんて単語があるのでしょう。
 おふくろの味は、心に残る味なのです。

 この稿は「ブログを書き始めたばかりの、8年ほど前の私」に向けています。
 2011年6月の、一番最初の記事を――顔から火がでるほど恥ずかしいですが――公開します。
菅政権の今後について予想 | 反新自由主義・反グローバリズム コテヤン基地

 上記は典型的な、自己陶酔型の記事です。「政治経済を書いてる、おれカッケー!」です。

書いた文章に容赦なくハサミを入れる!

 最後の章、推敲と編集についてです。「20歳の自分に受けさせたい文章講義」では、「不要な部分は、バッサリと切ってしまえ!」と説きます。

 古賀史健さんは、文章の編集と推敲を映画監督に例えます。「なにを書くかではなく、なにを書かないか?」が重要なのだそうです。

 私は記事を書く前にテーマ(キーワード)を決め、構成をして、文章をようやく書き始めます。
 上記の作業をしていなかったときは、記事の方向性が脱線したり「この話題、必要?」というものが多数、存在しました。

 シンプルに引き算をしていくことで、読者に伝わりやすい文章に仕上げるのです。
※この稿がはじめての実践のため、最後に推敲と編集をした結果を書いています。

20歳の自分に受けさせたい文章講義のレビュー総評とすすめ

 20歳の自分に受けさせたい文章講義は、古賀史健さんの実務経験を通しての著書となります。したがって、非常に実践的かつ役に立つ内容です。

 冒頭でこの本をご紹介いただいたマナブログですが、マナブさん自身も「読者の疑問(問題)を、解決してあげる」ことが記事では一番重要、と書いております。
 読者の疑問を解決しようと思うと、読者の姿がイメージできねばなりません。政経ブログに落とし込むと、どうなるでしょう?

政経ブログでの読者の需要と疑問・問題を考える

 箇条書きで整理してみます。

  1. 知的好奇心を、政経ブログで満たす層
  2. ニュースなどを見て、どう判断するか? の材料がほしい層
  3. 自分の主張と同じ主張を見て、安心したい層

 政治や経済は人の営みですが、政経ブログで直接的に読者の生活や、問題を解決できることは少ないでしょう。基本的には情報の提供と、解釈の提供が読者の需要を満たすと判断できます。

 逆にネトウヨなどのまとめサイトは、3.の成分が多いのではないか? と思われます。
 私もネトウヨカウンター記事を書いていて、やはりPVが多いです。これも3.の成分が多いのでしょう。

 1.~3.を、どのような割合でブレンドしていくか? が課題になりそうです。

編集と推敲を実行した結果

 本書にあったとおり2度、じっくりと編集と推敲をしてみました。もちろん、キーワードとテーマ、そして構成は記事を書く前に決めました。
 書いている最中は「最後の推敲と編集なんていらんやろ」と高をくくっていたのですが……かなり編集するはめになりました。

 質の高い記事に、推敲と編集の作業でなったかどうか? はわかりません。誤字はほぼ修正できました。言い回しやわかりやすさも、アップしたのではないか? と思います。

 文章はメール、SNS、ネット、社内資料などで書く機会がどんどん増えています。ブログ記事も同様です。文章力は一生モノです。非常に重要なスキルといえるでしょう。
 20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)の術を、しっかりと体得したいと思います。

 ぜひとも皆様にも、20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)をおすすめさせていただきます。

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