愛国心とは?ネトウヨとは異なる愛国心の本当の意味と味噌汁的愛国心

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 Twitterやブログでは自称愛国者が山のようにいます。Twitterのアイコンでは大概、日の丸やアニメキャラを掲げ、いわゆる愛国的ツイートをする人たちです。
 一般的にはネトウヨ、ネット右翼とも呼ばれます。

 ネトウヨが「愛国心」を全面に押し出すので、「愛国心」という言葉に辟易とされている人達は多いと思います。
 じつは私も辟易としておりますので、大丈夫です(笑)

 本稿では「ネトウヨの自称愛国は偽物だ」という結論とともに、「愛国心ってこういうもの」という概念の解説をしたいと思います。
 最後におまけで、独り身でも簡単にできる出汁を引いた味噌汁の作り方をご紹介。鍋? 使いません。使用するのは電子レンジとポットのみ! 味噌汁こそが愛国的ソウルフードだ!
(当社比です)

 閑話休題。……真面目に本稿をはじめます。

ナショナリズムの意味と共同体

 ナショナリズムとは日本語で、国家主義と訳されることが多いように思います。しかしナショナリズムの元の言葉、ネーションは共同体を指す言葉でもあります。

 国家主義という訳も、掘り下げれば”共同体”を意味しますが、これは後述します。
 しかしナショナリズムをよりわかりやすく訳するなら、共同体主義と訳するのが適切であろうと思います。

家族と国”家”と文化と愛

 社会の最小単位の共同体は、家族、家庭となります。では最大単位の共同体は? というと国家になります。
 国家とは国という家と書きます。そして驚くことに、家庭と国家には案外、共通点が多いのです。

 どの家庭でも、その家庭独特のルールがあったりしませんか? 門限、洗濯物の出し方、プリンに名前を書いておくetc……(笑)
 料理も家庭によって味付けが違ったりします。つまり家庭ごとに、様々な差異があるわけです。

 国家も同様です。日本の隣の韓国の料理は、日本料理とはかなり異なりますし、中国も同様です。
 それぞれにルールも異なれば、文化も異なるのです。

家族愛は否定されるべきものだろうか?

 円満な家庭とは、夫婦が仲睦まじく、家族の仲がよいこととされるのは古今東西同様です。私は残念ながら、ゲイですので新たに家庭をもつことはできません。
 ですので、あまりこの話題はじつは好きではないのです(汗)

 閑話休題。
 家族愛はどの地域、どの国家であれ否定されることはないでしょう。家族を愛する=善というのは自明なのです。

 さきほど、家庭と国家は共同体として共通したものがある、と述べました。
 仮に家族の誰かが害される危機にあったら、あなたはどうするでしょう? 私は多分、頭が真っ白になりながらも、頑張って無様だろうがなんだろうが、鼻水と涙を垂れ流しながら抵抗すると思います。
 ええ、私は小心者なのでかっこよいことは言えないのです(笑)

 では同様に国家が害されるとしたら? 私は愛国心がたくましい方ではありませんが、しょうがなく抵抗すると思います。
 国家という共同体を、家族とある程度同じように捉える。これが「愛国」のほんとうの意味です。愛国心とは、家族愛と似たものなのです。本当は。
※距離の問題がありますので、全く同じに捉えることは不可能でしょう。

サミュエル・ジョンソンの愛国心の名言

 「愛国心とは、ならず者達の最後の避難所である」とは、イングランドの詩人、サミュエル・ジョンソンの名言であり、現代でもよく引用される言葉です。

 上記の言葉は”愛国心”の歴史を、端的に表しているように思えます。歴史を見れば愛国心は、つねにくだらないことに命をかけさせるための大義として、使用されてきました。
 愛国心とはその言葉自体が、パワーワードになるのです。平和や自由という言葉と同様です。

 愛国心を全面に押し出す主義主張は、基本的に”愛国心というパワーワードを押し出さないと成り立たない”と解釈できます。つまり理論も論理も非常に怪しいものが多い、というわけです。
 まさにネトウヨや自称保守がその典型例でしょう。

 表現を変えれば、自身の正当性の破綻を、愛国心というパワーワードで覆い隠しているのです。
 だからこそ「ならず者の最後の避難所」として、歴史では使用されてきました。

ヘンリー・ルイス・メンケンの名言

 ヘンリー・ルイス・メンケンはアメリカの批評家ですが、彼の名言もまた味わい深いものです。
国への愛を表明するのは、それに対する褒賞を期待してる徴(しるし)である

 「自分たちは愛国者だ! ――だから対価をくれ――」というわけです。家庭で例えれば、父親に媚びへつらうような状態を指しているのです。
 これはネトウヨや自称保守たちが、権威主義的に政府を盲信することに似ているでしょう。

ジュリアン・バーンズの愛国心の捉え方

 ジュリアン・バーンズはイングランドの小説家です。彼の名言こそが、私は日本に最も必要だと感じます。
最高の愛国心とは、あなたの国が不名誉で、悪辣で、馬鹿みたいなことをしている時に、それを言ってやることだ

 例えば家族の1人が「幸せになれる100万円の壺」を買おうとしているとき、普通は止めるでしょ? 「そんな怪しいものに、騙されたらあかんって!」と。

 それが国家レベルになると、新自由主義的な経済政策や消費税増税、規制緩和などになるだけの話です。

盲信的”愛国主義”と愛国心やナショナリズムの違い

 人は基本的に楽に流れます。一番楽なことはなにか? 自分で考えないことです。つまり思考停止です。
 愛国心とは歴史上、しばしば愛国心と国家を盲信させるとことで、人の思考停止を実現してきました。ナチスドイツなどは良い例でしょう。
 思考停止とは、最終的には全体主義に帰結します。支配者にとって都合がよく、被支配者にとっては楽なのです。

 本当の愛国心とはジュリアン・バーンズがいうように、「国家がろくでもない事をしようとしていたら、忠言をすること」に尽きます。
 決して思考停止して、国家を盲信して唯々諾々と従うことではないのです。

 ネトウヨや自称愛国者、自称保守たちの掲げるものは、愛国心ではなく愛国主義です。
 家族愛にはいかなるイデオロギーもないように、愛国心それ自体は本来、いかなるイデオロギーも存在しないのです。
 ただ、家族愛も愛国心もイデオロギーに利用されやすい、ということです。

 心の奥底にある郷土愛や、日本文化や習俗などへの親しみ。外国に長く滞在すると、味噌汁が食べたくなるという感情。
 こういった「穏やかな親しみ」こそが、本来の愛国心やナショナリズムの意味するところです。
 表現を変えれば、家族といると落ち着く、穏やかになれる、に近い感覚でしょう。

 もっといえば、味噌汁を飲んで穏やかになれる心情が、愛国心なのです。

おまけ そうだ、旨い味噌汁を作ろう

小松菜とカブの白味噌仕立て。お味噌は2種類入れると、段違いに美味しくなります。これは白味噌メイン、麦味噌補助で入れてます。

 味噌汁は日本人のソウルフードといって過言ではない、と思います。しかし独り身のあなた、最近インスタントばかりで済ませてませんか?
 出汁を引いた味噌汁は、慣れれば案外簡単に作れるのです。1人前の味噌汁を「無茶苦茶簡単にすぐ作る方法」をご紹介します。

  1. お椀(レンチンOK)にキッチンペーパーを敷いて、鰹節を多めに入れます
  2. 味噌汁の具は電子レンジで、レンチンして火を通します
  3. 1.のお椀にポットからお湯を注ぎ1~2分ほど放置します
  4. キッチンペーパー(鰹節入り)を引き上げ、スプーンか何かで絞り、味噌を適量3.のお椀の出汁とき入れて、レンチンして具材を入れたら完成です

 味噌の代わりに塩2つまみ、薄口醤油(ない場合は普通の醤油でもOK)少々にすれば、吸い物にもなります。

 インスタントや顆粒だしの味噌汁と比べると、風味が段違いですよ。(旨味が足りない場合、昆布茶や顆粒だしを少々足してもOK)
 飲めば「ああ、日本に生まれてよかった!」と愛国心を実感するかもしれません(笑)

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いつも読ませていただいて有難うございます。ルイス・メンケンとバーンズの言葉をリンクさせていただきます。味噌汁、美味しそうですね!

阿吽

>「国への愛を表明するのは、それに対する褒賞を期待してる徴(しるし)である」

上記はおもしろいですね。

,
>「最高の愛国心とは、あなたの国が不名誉で、悪辣で、馬鹿みたいなことをしている時に、それを言ってやることだ」

上記は、⦅言うは易く行うは難し⦆と言う感じですね。

いやほんとに上記は難しいと思います。

いちいち空気読まない奴なんて、昔風で言えばKYですよ。

上記はほんとにできる人間は限られます。

⦅言うは易く行うは難し⦆ですよ。

人間のおこないの中でももっとも難しい部類にはいる行為なのではないかと思います。

これをできる、それこそまれな人間が、人類種の中では場合によっては、英雄と呼ばれるものとなるのかも、しれませんね。(その人物が幸福になったか不幸になったかは、それはまた個々のそれぞれの話しではありますが・・・)

,
>味噌汁は日本人のソウルフードといって過言ではない、と思います。

私も自分ちの昔からの味噌汁を飲まないと、健康を維持できる気がしないですねー。

人の家にはない、我が家の味噌汁の味です。

「国家がろくでもない事をしようとしていたら、忠言をすること」

ネトウヨや自称愛国者、自称保守たちはこれをやってますよ。
国家を盲信して唯々諾々と従うネトウヨなんて居ません。
ああしろ、こうしろ、それダメあれダメって言ってるのが大半です。

排外主義と言われてしまうような自称愛国有識者が入管法規制緩和に反応しないわけないでしょ。
PP11、消費増税、種子法改正、農協改革etc……、私は全部ネトウヨ側でそれらに反対するのを見てましたよ。

阿吽

うーーん・・、そりゃないわあ・・って感じです・・。

事実に対する認識の隔たりが大きすぎますね・・・・。

,
>排外主義と言われてしまうような自称愛国有識者が入管法規制緩和に反応しないわけないでしょ。
>TPP11、消費増税、種子法改正、農協改革etc……、私は全部ネトウヨ側でそれらに反対するのを見てましたよ。

たしかに・・、桜井誠さんに代表されるような、真性のネット右翼と呼べるような人達に関しましては、上記のような政策に対しまして反対しているのを私も見たことはあります。

しかし、真性のネット右翼は本当にごくごく少数です。そして大多数の普通のネット右翼は、ほとんど、上記に対して積極的支持か、しぶしぶ支持でした。

こんなふうに、書くのは申し訳ないですが・・、sadatajpさんの認識には、誤解があるかと思います・・。

トナカイ

この手の混乱の原因は、右派に親米保守派と、反米保守派がいるからかもしれませんね。
現状、反グローバルで、声をあげてるのは、反米保守と、反緊縮系の左翼。

親グローバル派は、親米保守と、反人種差別系の左翼。

ウヨサヨよりも、上下のグローバル軸の時代だということを発見した三橋さんは、本当にすごい人だと思います。

たぶん私がそう認識したのは、ブログ主やら有識者の主張だけでなく、数多ある雑多なコメントを見てなのだと思います。そういったものですので、ソースと言われても出せません。ネット上の発言は膨大な数ですから見る所によって違いも出てくるのでしょう。そういったことも考えて、悪く言い切るのは慎重に願いたいなと思います。

私は大雑把に、サヨ・ウヨ・リバタリアンの三つ巴と認識してます。
http://d.hatena.ne.jp/sadatajp/20090701/1246443874

そう認識してる人もいるとだけ受け取ってくれればいいです。

トナカイ

「パヨク」「在日」「安倍ガー」みたいに、レッテル張りと、排除ばかりで嫌になりますね。
なんか生活保護=在日の特権。社会保障=共産主義。みたいに単純な構図で考えてる人たちがいる。
小泉や橋下徹を、反左翼だから愛国者だと思い込んでいる人も。

生活保護叩きは、嫌いな左翼を攻撃してるつもりが、同じ日本人への弱者への攻撃になってるのが、左右対立系のネットコミュニティの悪いところですね。
左系は左系で、移民反対=全員差別主義者みたいな決めつけする人がいるし……。

何が嫌いかよりも、何を守りたいかで考えるべきですよね。そうすれば、対立軸は、左右じゃなくて上下、グローバリスム軸だと、おのずとわかると思うんですが。

最後に、話題は変わりますが、適菜収の、「遅読術」という本を読んで正しい読書の方法を知りました。
ただ、読書の数をこなすよりは一冊をしっかりと読み込んだ方がいいという内容。

効率重視の速読では、やっぱり表面的な知識しか身に付きませんよね。

トナカイ

このサイトによると、弱者なのに弱者保護を歌っている左派に救ってもらえなかった絶望と、弱者同士の平等「あいつだけ救われるのは許せない」を求めて、反社会保障のネトウヨになった人もいるようですね。
権利を主張することを悪い事だと思いこんで苦しみを抱え込んだ結果、そのルサンチマンをビジネス右翼に利用される構図。

https://liberalhq.hatenablog.com/entry/matome-site-netouyo

こういうのを読んでると、自分も反省しなきゃいけない部分があることを自覚。
自分もまとめブログの読者に対して、何もしらないのに偏見強すぎでしたね。
そうか、実生活で苦しんでるから苦し紛れに低俗サイト読むのか……。
アンチまとめブログ派だからと、読者を全て悪扱いしちゃ駄目ですね。
なんかすごい鬱になった。
早く藤井聡さんか、三橋貴明さんが総理大臣になって政治変えてくれないかな……。

阿吽

私も、ネット右翼サイトを一番覗いていた時期って・・、自分が一番くたびれていた時期にかさなるんじゃないかなあと思ったことがあるのですよねえ・・(じつは)。

だから、ネット右翼の人達の心情なんかは、心中察するにあまりあり・・、という感じにも、若干なるのです・・。

ちなみにこれは、ネット右翼から見たパヨクという人達にも該当します。(今年冒頭の立憲民主党の面々が伊勢神宮に参拝した時の立民の支持者の方々の拒否反応っぷりなんかは、かなり、ちょっと・・あれやなあって思いました・・)

結局、オウムにはまった人も、イスラム過激派にはまる若者も、学生運動にはまってあさま山荘事件おこしたような人達も、ネトウヨもパヨクも・・、心が大きくくたびれていたんじゃないかなあって(もしくは現在進行形で)、思うんですよね・・。

だから結局は、そういう人達も含めた上での、経世済民でないといけないんじゃないかなあっていうふうには、そういうふうにも、思うんですよね。

Muse

>ネトウヨや自称愛国者、自称保守たちの掲げるものは、愛国心ではなく愛国主義です。
家族愛にはいかなるイデオロギーもないように、愛国心それ自体は本来、いかなるイデオロギーも存在しないのです。

仰るニュアンスは分かりますが、、愛国心すなわち「心情ないし感情」と、愛国主義すなわち「イデオロギー」は全く別次元の概念であり、よって、一方(例えば愛国心)を肯定したからといって、他方(愛国主義)を否定しなければならないというものでもなく、逆もまた然りです。すなわち、両者は対立概念ではないので、両立し得るものです。

ただ、いずれも目に見えない抽象概念なので、具体的な現象が、果たしていずれの概念(つまり愛国心なのか愛国主義なのか)の発露なのかが非常に曖昧でわかりにくい。ここで重要なことは、「愛国心があれば良くて、愛国主義ならば悪い」というような単純な切り分けではなく、愛国心にしろ愛国主義にしろ、その内容や目標、方向性等が「正しいか、誤っているか」ということが重要だといえます。

どういうことかというと、例えば、「時の政治権力がいかに独善的なものであっても、そのような権力に愛着がある」などという心情(つまり誤った愛国心)は否定されるべきだし、「国民全体の利益が国益であって、その国益を守ることが一番大事だ」というようなイデオロギー(つまり正しい愛国主義)ならば肯定されるべきだということです。そう考えると、いわゆるネトウヨたちが間違っているのは、”誤った”愛国心および愛国主義(つまり、日本国民全体の利益に真っ向から反する政策を片っ端から行っている安倍政権を盲目的に支持すること)にありということになるでしょう。


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