日本の均衡・緊縮財政の歴史と構造 財政法四条を下部構造とした全体像


 積極財政派の皆さんは、「なぜこうも理論的には、デフレの現在は積極財政が正しいのに、広まらないのか?」という疑問を、持たれたことはありませんでしょうか?

 たいていの場合、積極財政派の議論は以下の部分で終わります。

  • デフレだから積極財政は正しい
  • 機能的財政論! ケインズ理論!
  • 思想は経世済民だ!

 上述の議論も、もちろん正しいのです。必要でもあります。
 しかし、それだけで広まらないのはなぜか? 均衡・緊縮財政の根本には何があるのか? どういう構造なのか? を解説します。

均衡・緊縮財政の歴史的構造図

 赤色で書いてあるものが、下部構造になります。上記の図ですと、占領期の財政法四条と、途中から入ってきた新自由主義の輸入です。

 それぞれ大雑把に、段階を追って解説します。

財政法四条の成立と背景

 財政法四条は1947年の、米軍から占領を受けていた時期に成立しました。財政法四条の文面を見てみます。

1.国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。

2.前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。

3.第1項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。

財政法第4条 – Wikibooks

 第1項の意味は明確に「税収のみが財源です、それ以外は使うな」と書いてあります。均衡財政そのものです。

 なぜこんな法律が、戦後復興をしなければならない日本でできたのか? 日本を占領していた米軍やアメリカは、明確に「日本を貧国にして、二度と戦争させないため」に、このような法律を要求したことは明白です。

 端的にいえば、貧国にしておいて統治をしやすくする、というのが当時のアメリカの方針でした。

 しかし皮肉にも、朝鮮戦争勃発(1950年)、東西冷戦の開始が重なり、1951年の主権回復の時には、朝鮮特需が発生しました。
 1948年の冷戦に関連する情勢変化で、アメリカも占領政策の転換をします。

 つまり、均衡財政と弱兵路線で、高度成長期を日本は迎えるのです。
※日本が初めて国債を発行したのは、1965年。2度目は1975年。

 もう一度、構造図を出しておきます。

アメリカの対日姿勢の変化とバブル

 1991年にソビエトは崩壊し、冷戦は終結します。日本は共産主義への防波堤として、アメリカの寛容な外交政策ゆえ、経済成長を成し遂げました。
 特に、きっかけとなった高度成長期は、言葉を選ばずにいえば「ラッキー」でした。なにせ、均衡財政しながら、経済成長したのですから。

 しかし1991年、ソビエトは崩壊し冷戦は完全に終結します。
 共産主義の防波堤として日本は、必要とされなくなりました。当然、アメリカの対日姿勢にも変化が生じます。

 奇しくも1991年といえば、バブル崩壊の年でもあります。

 日本は、高度成長期から1980年代まで「アメリカにさえついていけば、豊かになれる」と認識してしまいました。
 ゆえに、アメリカの対日政策が変化しても、対米従属を続けるのです。

1990年代に本格的に、新自由主義を輸入

 アメリカは少なくとも、1980年代に新自由主義にかじを切りました。当然、対米追従の日本は、1990年代に新自由主義を輸入します。

 結果、1947年から続く「財政法四条という縛りの、戦争をしないための均衡財政」は、「新古典派経済学」という土台まで得てしまうに至ります。

 その結果、1997年の消費税増税、2001年からの小泉内閣という、緊縮財政路線を現在までひた走るのです。

 1947年から均衡財政主義をとってきた日本は当然、新自由主義を受け入れるのは容易でした。
 むしろ均衡財政に学問的正当性まで与えてくれるなんて! とすら思っていたかもしれません。

 新自由主義の解説は新古典派経済学とは?わかりやすく新古典派経済学・新自由主義の間違いを解説を、ご参照ください。

日本の均衡・緊縮財政の構造の土台にあるもの

 日本の均衡・緊縮財政主義の土台は、じつは1947年にできておりました。第2の土台は1990年代の新自由主義の輸入です。
 財務省が緊縮財政を続行しようとするのは、単に法律を守っているだけといえます。

 本来は、均衡財政で戦後復興など不可能でした。豊かになることも、原理的に不可能です。
 しかし日本にとってラッキーなことに、朝鮮特需や冷戦によって「たまたま」均衡財政なのに成長してしまった、というわけです。

 法律は当然、政治家が変えられます。財政法四条は、憲法でも何でもない、単なる法律なのです。

 つまり積極財政派の運動には、2つ必要なことがあるのです。

  1. 財政法四条を変えるための、世論への訴えかけと拡散
  2. 新古典派経済学に対抗するための、経済理論

 最後に上記の2.についてお話します。

 新古典派経済学への対抗理論として、ケインズ理論だけでは心もとないのは確かです。なぜなら、新古典派経済学はそのケインズ理論を取って代わった、張本人なのですから。
※理論の正当性の話ではなく、ただ事実である点に注目してください。

 ケインズ理論自体も、研究者はいるのに広まっていないのを考えると、ケインズ理論だけでは力不足なのは明白です。

 多くの主流派経済学者は、今何を必死に否認しようとしているでしょう? 現代貨幣理論(MMT)です。
 MMTの機能的財政論への接合は、均衡・緊縮財政の土台の1つを崩す、非常に有効な理論です。

土台を批判する意味

 「格差が拡大している」「日本人の所得が落ちている」といった批判も、もちろん必要です。必要ですが、数年だけ積極財政で、また緊縮。デフレに逆戻りなんて目も当てられません。
 つまり、土台を崩さないと「ごまかされる」可能性があるわけです。

 財政法四条は単なる法律であり、法律は日々国会で改正されています。
 情報を拡散し、世論を動かすだけで「土台を打ち崩すことが可能」なのです。

 新自由主義については、はっきり申し上げて有識者の負う役割が大きいと思います。
 ……まあ、当ブログが100万PVあるとかでしたら、別ですが(笑)

 ぜひとも「財政法四条」という話を、覚えてもらえると幸いです。

参考文献:平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路(著:佐藤健志さん)

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