国債と貨幣の事実-モズラーの家庭とクーポンに学ぶ現代貨幣理論(MMT)

 本日は引き続き、国債発行について解説したいと思います。先日、消費税増税が間違っている5つの理由-消費増税は凍結ないし廃止・減税議論をという記事を書きましたが、認知不協和なコメントをいただきました。
 端的にいえば「国債は返済されなければならない、だから消費税増税もやむを得ないのだ。返済のために増税なのだ」というものです。

 三橋貴明さんの言葉を借りれば「300年前の議論」であり、現代貨幣理論風いえば「国債と貨幣を理解していない、いやそもそも国家を理解できていない」ということになります。
 この記事で大雑把な、基本的なことを、できるだけ簡単に解説しますので、どうぞお付き合いください。

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ウォーレン・モズラーの「家庭とクーポン」のたとえ話

 ウォーレン・モズラーは現代貨幣理論者(MMTer)の一角であり、平易に現代貨幣理論を論じることのできる、稀有な有識者かと思います。
 モズラーの例えを引き合いに出しつつ、まずは基本的なイメージをしていただきたいと思います。

 ある家庭がありました。母親は子どもたちに、家事を手伝ってもらうためにクーポンを発行します。
 お皿洗いをしてくれたら2クーポン、洗濯物干しなら3クーポンといったように。

 しかしクーポンはこのままでは、なにかに使えるわけではありません。そこで、一週間に10クーポンを獲得しないと、お仕置きすることにします。
 子どもたちはお仕置きは嫌なので、クーポンを獲得するためにたくさんお手伝いしました。

 この母親が子供に与えるクーポンは、国債や通貨に置き換えられます。また10クーポンないとお仕置きというのは、徴税ということになります。

 はたして母親は、クーポンを発行して子どもたちに仕事をさせる(需要創出)ことで、債務を背負ったのでしょうか
 子どもたちの記録側に「○クーポン獲得」と記し、母親側には「この子に○クーポン与えた」と記録するだけです。

 きっとこの家庭ではそのうち、クーポンを使った子供同士のやり取り(市場)が生まれることでしょう。

 上記の例は、非常にたくさんの要素を含んでいます。

  1. 母親がクーポンを支出しないと、子どもたちは10クーポンを母親に払えない
  2. 母親が子どもたちに仕事を頼むと、クーポンが”創造”される(信用創造・貨幣創造)
  3. 10クーポンという義務があるから、子どもたちはクーポンを義務解消のために欲しがる
  4. クーポンの行き来は単なる記録であり、母親にクーポン発行制限は存在しない
  5. 供給が追いつかない(子どもたちがへとへとになる)という問題以外に、クーポンの発行制限は存在しない

参照:MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 1/7」 – 道草

 まさに国債と貨幣のエッセンスが、見事に散りばめられたたとえ話です。

国債と貨幣は国家や政府にとっては「単なる記録にしか過ぎない」

 政府や国家にとって、国債も通貨も殆ど同じ性質を持っています。異なるのは「一般的な商取引に、使えるか? 使えないか?」だけです。

 国債は政府の負債です。通貨は日銀の負債です。「誰かの負債は、誰かの資産」の原則で考えると、発行主体にとって負債であるからこそ、我々国民や民間企業の「資産」となるわけです。

 通貨が負債? そんなバカな! と思う方は、日銀のバランスシートを見てください。しっかりと負債側に計上されています。
 では政府にとって負債とはなにか? ――家庭とクーポンで母親が、記帳だけでクーポンを増大させたように――通貨発行権のある政府にとって、国債や貨幣は「記帳するだけの数字、記録」でしかないのです。

 先日のコメントでは「負債は返済を前提に、契約するんだ!」とのことですが、国債=負債であり、通貨=負債であるのならば、政府は「負債を負債で返済する」――通常はこれを「借り換え」「ロールオーバー」という――ことが許されている存在となります。

 国民や企業にとっては上記は「国債という資産と、通貨という資産の交換」であり、バランスシート上での変動は、種目が「国債から通貨に変わった」だけです。

仮に民間、政府(日銀含む)が全ての負債を返済したらどうなるか?

 結論だけ申し上げますと、市場からお金が消えてなくなります

 見事に資産と負債の額が一致してます。……まあそりゃ「誰かの負債=誰かの資産」なのですから当然です。
 上記は事実ですが、では負債を返済したら資産も消えてなくなります。現金も民間にとっては資産なので、当然ながら市場から”消滅”します。

 もし仮に、日本政府が国債をすべて、日銀の力を借りずに返済するとすると……1000兆円の民間資産が”消滅する”のです。

金融危機が資本主義で起こるのは、政府負債が”足りないから”

 金融不安定性仮説を唱えたのはハイマン・ミンスキーと呼ばれる、ポストケイジアンの経済学者でした。2008年のリーマン・ショックのときに、市場関係者は密やかに「ミンスキー・モーメントだ……」と囁いたそうです。

 金融不安定性仮説の詳細な説明は避けますが、簡単に箇条書きにします。

  1. 株式市場などの金融市場が上がる
  2. 投資家はこぞってヒートアップして投資する(レバレッジも使用する)
  3. 何らかのショックで相場が崩れる
  4. バブルが崩壊する
  5. 以降無限ループ

参照:ハイマン・ミンスキー – Wikipedia

 1ついえるのは2.の「投資家がレバレッジをかけて投資する」という部分です。レバレッジとは信用取引であり、100万円の元手で、1000万円の取引ができる、というようなものです。
※900万円は証券会社への債務

 ハイマン・ミンスキーの金融不安定性仮説の示唆するところは、民間の負債が多くなるほどに金融危機を起こしやすくなる、ということです。
 逆に、自国通貨建て国債(内債)でのデフォルトや金融危機は、歴史上はもっぱら「政治的理由(革命だとか)」以外では起こらないのです。

 このことから「金融危機の起こる原因はおおよそ、民間負債の増加」です。なぜ民間が負債を増大したのか? リーマン・ショックの原因は金融規制緩和であり、サブプライムローン(低所得層への住宅ローンの金融商品-CDS等)が原因でした。

 リーマン・ショックは「金融規制の強化による、民間負債増加の歯止め」と「政府支出(政府負債増加)による低所得層へのケア」で、防げたであろうことは自明です。

 同じ負債を増やすのなら、政府支出の増加が「まともな政策」なのです。

政府支出は税収に依存しないという事実

 再び、モズラーの「家庭とクーポン」を思い出してください。
 母親はクーポンの徴収を、クーポンを行き渡らせるために行っていただけで、例えばテスト期間中は週に10クーポンだったところを、3クーポンの徴収にとどめても問題ありません。
 なぜなら――クーポンは単なる数字と記録に過ぎないのですから。

 そしてクーポン発行と行使は、記帳するだけです。

 驚いたことに、政府支出は税収の多少に関係なく可能なのです!
 制約となるのは需要>供給が過度になってしまった、インフレのみです。

 政府支出=需要創出=民間への仕事の発注ですから、仕事が多すぎて回らないのに、発注されても困るわけです。
 それ以外で、政府支出を縛るものは、自国通貨建ての国債では存在しません。

 なら、無税国家も可能じゃないか! って? 家庭とクーポンを思い出してください。それだとクーポン(通貨)が通貨でなくなるので、「自国通貨建て」という前提が崩れる恐れがありますよね?
追記:そもそも家庭とクーポンの例えだと、無税(お仕置きなし)では子どもたちは、クーポンを必要としないので、受け取ってもらえない。(通貨にならない)

貨幣と国債を知ることは、経済の”現実”を知り、考えること

 正しい情報なしに、正しい議論も分析も理解も不可能です。
 では正しい情報とはなにか? 現実を齟齬なく解釈できる理論、論理です。

 私はブログアクセスアップやSEOの知識もありますが、ネット上では間違ったものも見かけます。なぜ間違っているとわかるのか? 他の正しいと判断できている情報と異質だからです。そして実践もしているからです。

 正しい情報かどうか? の判断は割と難しく、自身の理性と直感と経験、つまり知性を総動員しなければ判断はなかなか困難、といえます。
 現代貨幣理論に最初に出会ったのは、いつ頃だったでしょうか?たしか、中野剛志さんの「富国と強兵」というご著書だったかと思います。

 700以上ページに及ぶ大著ですが、しっかり読んで良かったと思います。
※数度、読み直しました。理解が及ばない部分も初見ではありましたので。

 逆に間違った理論などは、現実に照らし合わせると矛盾が大きく生じます。――私の論理が、現実を矛盾なく説明できるとまでは、いいません。

 当ブログは私が、「これは現実をほとんど齟齬なく、説明できるのでは?」という分析や理論を主に紹介しています。
 国債や貨幣への理解は、家計や企業会計に慣れ親しんだ人ほど、「え? うーん……」となりますが、是非とも経済を語るのならば、理解しておきたいところです。

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12 Comments
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nyun
5 年 前

ありがとうございます! 
カンペキですね(^^♪

nyun
Reply to  nyun
5 年 前

そして、先日の記事は消す。。。
これは功罪あるところですが、理解が深まって修正されているので、よいとおもいます
\(^o^)/

nyun
Reply to  高橋 聡
5 年 前

あ、とても惜しい箇所があります。
もっとスマートに行けます。

なら、無税国家も可能じゃないか! って? 家庭とクーポンを思い出してください。それだとクーポン(通貨)が通貨でなくなるので、「自国通貨建て」という前提が崩れる恐れがありますよね?

ヒント 「お仕置き」\(^o^)/

nyun
Reply to  高橋 聡
5 年 前

税がないと、そもそも受け取ってもらえない\(^o^)/

この話では、かならず直接このことに言及したほうがです!

黄昏のタロ
5 年 前

条件が有りそうです。

>(略)認知不協和なコメントをいただきました。
> 端的にいえば「国債は返済されなければならない、だから消費税増税もやむを得ないのだ。返済のために増税なのだ」というものです。

ちょっと勉強してきたです。
国債は返す前提で国債取引の市場が出来てます。
現状では返さないと債務放棄の強要になってしまいます。

MMTに合わせたシステムに改変する必要があります。
(日銀が世の中の全ての国債を買い入れれても同様かと思います)

お膳立てとか準備が整った後は、おっしゃる通りかと思います。

黄昏のタロ
Reply to  黄昏のタロ
5 年 前

せっかく勉強してきたので続けます。

MMTの考えを基に国債を積み上げて行くとします。

発行した国際の金利を高くしないと買ってくれなくなれます。もしも買ってくれなくなったらお金を調達出来なくなります。
返せなくなるのは何とか回避できるとしても、買ってもらえなくなるのは大問題です。

政府紙幣の発行は上記と完全に連動します。
市中にある全ての日本の国債の換金の義務を負いますから莫大なお金を何らかの形で調達しなければいけないです。
高橋さんが国債が含まれる金融商品を買っていたら損害がでてしまうかも知れないです。

現行のシステムではMMTの考えを実現できないのです。

黄昏のタロ
Reply to  黄昏のタロ
5 年 前

国債や債券などの投資の世界。
債務に対する担保。
これらは貨幣とは言い難くMMTから切り離す(分けて考える)ことは出来るのかなと思っています。

担保はMMTの外側として無視あるいは除外としているように読み取れます。

MMTの基本部分の考え方は間違っていないのかも知れないです。
ただし、考えを発展させた私見などが付加されて、MMTにそぐわない部分までがくっついてしまっているように思うんです。

MMTの本体なのか付加されているのか。
付加されたであろう部分はパラドックスになってそうです。

黄昏のタロ
Reply to  高橋 聡
5 年 前

>・信用創造(貨幣創出)は「借りることで、生まれる。量的限界はない」

量的限界は有ると思ってます。担保に差し出せるものが無くなれば借入が出来なくなります。

バブルがはじけたのも擬似的に量的限界を迎えたからだと思います。担保の土地の値下がりによって、制限が加わった。

ただし、異常なケースであったでしょうし、影響は限定的で国家が滅亡したわけではない。

大元は間違っていない。
推論で導き出されたものや様々な方々の私見。
無条件と思われていた「量的限界はない」に例外や条件がある。
そんな感じかなと思うんです。

現状のおいらの頭では、この辺が限界ですね。

真っ向から反論ではなく敬意を持って学ばせていただくスタンスです。
疑問は晴れたとは言い難いのですが、ていねいに説明して下さった事に感謝いたします。
有り難う御座いました。