ポストトゥルースと日本と大阪-大阪都構想、基幹統計不正と嘘のはびこる時代


ポストトゥルースとは何か

 本日はポストトゥルースの定義を解説差し上げ、そしてすでに日本がポストトゥルース真っ最中という事実をご提示差し上げたいと思います。

 ポストトゥルースとは何か? コトバンクによりますとこうです。

世論形成において、客観的な事実より、虚偽であっても個人の感情に訴えるものの方が強い影響力を持つ状況。事実を軽視する社会。直訳すると「脱・真実」。英国・オックスフォード英語辞典が「2016 Word Of The Year(2016年を象徴する言葉)」として選んでいる。
16年は、英国のEU離脱(ブレグジット)や米国大統領選でのトランプ勝利など、事前の予想を大きく覆す出来事が相次いだ。これらの投票において、大手メディアが発信した事実を基にしたニュースよりも、事実誤認や裏付けのない情報を基にしたフェイクニュースの方が多くの人の感情を揺るがし、投票行動を大きく左右したという指摘が出たことなどにより、英国メディアでの「ポストトゥルース」の使用頻度は前年の約20倍に増えたという。フェイクニュースが増えた背景には、既存のメディアに対する信頼度が低下していること、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及で簡単かつ急速に情報が拡散しやすい状況になったことなどが挙げられる。
ポストトゥルース時代では、これまで以上にメディアリテラシー(情報の真偽を見抜く力)が強く求められるという意見があるが、一方では、事実か虚偽かは重要ではない、虚偽であっても自分に好都合の情報ならそれで良い、などといった風潮が拡大しているという指摘もある。

ポストトゥルース(ぽすと・とぅるーす)とは – コトバンク

 ポストトゥルースのポストとは「次の」「脱(異なるものを目指す)」と言った意味合いです。ポストグローバリズムとは日本語で、脱グローバリズムと言った意味合いになります。
 トゥルースとは「真実」ですから、ポストトゥルース=脱真実、真実から脱却する、といった意味になります。
 端的に定義すれば「ポストトゥルース=嘘の時代」と言えるでしょう。

日本におけるポストトゥルースの始まりは2012年を起点としていた

 私は日本におけるポストトゥルースは2012年を起点として始まった、と見ております。大阪都構想と大阪維新の会の発足もこの頃ですし、また安倍政権が発足したのもこの年でした。
 2012年に自民党が与党に返り咲き、総裁選で安倍総理がなんと言っていたか? 覚えておられますでしょうか。
「瑞穂の国の資本主義」

 瑞穂とは米、稲です。しかし安倍政権の打ち出した政策は、少なくとも2014年からは一貫してグローバル化であり、規制緩和であり、構造改革でした。――しかも大企業やグローバル資本が、有利になるようなものばかりです。

 アベノミクスは当初、順調なように見えました。異次元の量的緩和で誰もが、景気が上がるのでは? と思い込みました。理論的には金融緩和で景気が上がる根拠など、どこにもなかったのにです。リフレ派の”嘘”がまかり通ったのです。

 あれから6年以上が経過し、アベノミクスは「外需(輸出)と民間の自立回復に支えられた、幻想だった」こともあり、ボロが出るのも時間の問題でした。
 だからこそ、基幹統計不正が行われたのです。「嘘でもなんでも、自分たちの成果を示さないと政権が持たない」からです。

大阪都構想こそ、一大ブームを巻き起こした”嘘”の塊

 一方で2012年には、確か大阪都構想のポスターなども配られました。そのポスターには「大阪市は解体しません」とはっきりと書いてあります。

 しかし大阪都構想の周知が進むにつれて、大阪都構想=大阪市解体構想ということが、次第に明らかになっていきました。
 他にも10年で4兆円の予算が、二重行政の解消によって生まれるという嘘もありました。これも大阪市議会の野党の試算によって、明確に否定されました。4兆円どころか……むしろ赤字になるのでは? との試算もありました。

 大阪維新の会の嘘を書き出すと、それこそ記事1つでも足りなくなるため、例を上げるのはこのあたりで良いでしょう。
 このような嘘がはびこり、大阪市は2015年5月に大阪都構想住民投票を行うこととなったのです。

ポストトゥルースの正体とは

 上述差し上げたように、基幹統計という最も大事な統計が嘘だったと判明し、日本で2番めの都市とされる大阪市で大阪都構想という嘘が蔓延っている時代が、現在の日本です。
 ポストトゥルース真っ盛りと解釈して、何ら不自然なことはないでしょう。

 ポストトゥルースとはいかにして生まれるのか? ポストトゥルースとはグローバリズムやグローバル化と、深く関係しています。
 グローバリズムの提唱は、新古典派経済学(主流派経済学)ですが、この新古典派経済学の理論自体が、矛盾をはらんだ理論が非常に多いのです。
 なぜ新古典派経済学の理論が、現実との矛盾――つまり、嘘――をはらむのか? その根本に横たわる貨幣観が間違っているからです。
 最初の仮定が間違っていれば、その上に立つ理論は自ずと間違ったものになるのは明白です。

 上記では理論的な説明をしましたが、現実論的にも説明可能です。
 グローバリズムは共同体や伝統、文化、その地域の慣習などを否応なく破壊します。伝統や文化、共同体といった依るべきものがなくなれば、人間の道徳観は何に依ればよいのでしょうか?
 グローバリズムでは、堤未果さんの名言の通り「今だけ、カネだけ、自分だけ」になります。

 つまるところ、驚くべきことに道徳観すらグローバリズムは破壊していくのです。

 道徳観が破壊されたらどうなるのか? 真実などどうでも良いことになります。なぜなら、真実で金儲けはできないから、です。
 したがってグローバリズムとポストトゥルースが、密接に関係していると解釈可能なのです。
 ポストトゥルースの正体とは、極まったグローバリズムと言えます。

大阪維新や日本維新、そして安倍政権は害悪でしかない

 グローバリズムが人間の道徳観を破壊し、ポストトゥルースを呼び寄せると論じました。
 嘘や空言は国民から健全な判断能力を奪い、間違った方向へと歩むことは明白です。というより、嘘の情報で正しい判断など不可能です。

 グローバリズム→ポストトゥルースとするのならば、民主主義そのものが最終的に破壊されるのです。――民主制は残ったとしても、それは形骸化したものでしかないことでしょう。

我々庶民は何と戦わなければならないのか?

 我々庶民は何と戦わなければならないのか? について解説します。
 グローバリズム→ポストトゥルース→民主主義の破壊と人間の道徳観の破壊、と述べました。とするのならば、反グローバリズムを掲げるとは「嘘と戦うこと」でもあるのです。
 「嘘と戦う」にはどうすればよいのか? を述べる前に、私の価値観を述べておきます。

 私は自身を大層な人間だとは、これっぽっちも思っていません。私の考えるようなことは、すでに他の頭のいい人が考えていることです。起業の際によく見られるのですが……「ピコーン! ひらめいた! 日本初のアイディア!」と起業して、さっさと退場していく人をたくさん見かけました。
 そんな「自分独自のアイディア」なるものは、ほとんど有害だと私は思っています。もちろん――ひと握りの天才を除いて、ですが。

 ですので、私の当ブログで書いていることは、基本的にすでに誰かが提唱していたり、主張していたりすることです。
 それらをわかりやすく――できれば中学生でもわかるように、書いているだけなのです。

 「嘘と戦う」ことに話を戻します。嘘と戦うには「事実を根拠に、物事を解釈し主張する」ことが必要になります。
 例えば……通貨が負債である。これは揺るがしようのない”事実”です。なぜなら、通貨は私達にとって資産であり、ゆえに「誰か(日銀ですが)にとって負債である」です。
 「そんな事実は、どうでもいい!」と言ってしまえば、それはポストトゥルース(脱真実)に与することに他なりません。

 なぜ事実を「どうでもいい!」と言ってしまうのか? それは「自説(自分独自の主張としているもの)にとって不都合だから」です。冒頭のコトバンクの引用を、再度載せましょう。

事実か虚偽かは重要ではない、虚偽であっても自分に好都合の情報ならそれで良い、などといった風潮が拡大しているという指摘

 ゆえに、私は「自分独自の自説やオリジナリティ」を持ちません。ただただ、反グローバリズムや経世済民という根本と、そしてそれらについて書かれた記事や著作について「目利き」をするだけなのです。
 そして時間をかけてそれらを理解し、腹に落とし、わかりやすくブログという媒体で発信するのです。

 他にも様々な方法があるかと思いますが、私は「嘘と戦う」上で「オリジナル自説などを持たない」はかなり重要ではないか? と思います。
 言い換えれば、虚心坦懐な姿勢こそが嘘と戦う上で必要なのだろうと思います。

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holyfirework

>なぜなら、通貨は私達にとって資産であり、ゆえに「誰か(日銀ですが)にとって負債である」です。

なら日銀は、私達が紙幣を持って行って、「日銀よ、これがお前たちの負債(証明書)なんだ!」とやったところで、何か返ってきますか?

何も返っては来ませんよ。
三橋が認めたのと、あなたが思い描くMMTとは、別物です。

こんな簡単に論破出来るクズ理論を信用する余り、打倒維新の手を止めるとか、信じられん。
藤井先生が泣くぞ。

もう一度言う。
日銀が紙幣を負債に置いているのは、あくまで勘定科目上のテクニックにすぎない。
嘘だと言うなら、自分で試してみるんだな。

holyfirework

ほう。
なるほど。よく分かった。
ここでは、お前の意に沿わないコメントは、消されるんだな。

そんなこと、俺だってしたことないのに、大したもんだ。

まあ、もう一度言っておこう。

>これは揺るがしようのない”事実”です。なぜなら、通貨は私達にとって資産であり、ゆえに「誰か(日銀ですが)にとって負債である」です。

揺るがしようのない事実、と断言しているくせに、お前は、議論から逃げるんだな。

実際に、日銀に紙幣を持って行って、「俺は債権者だ!その証拠(証明書)に、これを見ろ!」とやったところで、何も貰えませんね。

これが、日銀債務者論の誤りです。
日銀が書類に、紙幣を債務と書いているのは、単に簿記会計上のテクニックに過ぎません。

嘘だと思うなら、自分でやってみたらよろしい。
変な病院に入れられないようにw

holyfirework

やれやれ。
お前のブログが何時も下らないのは、問題点を問題点のまま、終わらせていることだ。

そんな下らない駄文、中学生でも書けるぞ。

そして、何回書いても、俺の質問に対する返信は無しと。

それで良く、「事実です」なんて言えたな。

あんたの口も、どうやら安倍なみに厚いらしい。

都合の良いときは、なめらかになって、都合の悪い時は、ピタリと閉じ合わされるとか、悪人の口そのものだな。

まあ、あんたにこれ以上構っても時間の無駄だからこれで失礼する。

じゃあな。

阿吽

 「嘘と戦う」・・これこそが、ポストトゥルース時代におけるこの世間への、経世済民陣営からの反逆ですね。
 嘘が嫌いな奴なんて、今の時代においては、空気の読めない&場の空気を壊す最低ヤローですね・・・・・。
 うずらさんの記事ではないですが・・、今のこの世界では正論を吐いてる人間こそが、異常な異端者なのですから・・。
 ただし・・、気をつけなければならないのは・・、その正論を吐いていると思っている人間が、逆に、ポストトゥルース化してしまうことです。
 反安倍陣営で近しい思想的背景の持ち主だと思っていたのに、何々陰謀論だとかに捕らわれて、正確な思想を吐けなくなってしまったものもいます。
 場合によっては、そういったことは・・、明日の我が身ではないかと、私は私自身に対して危惧をします・・。
 三橋ブログで安倍政権誕生以前は正論を吐いていた人達が、どんどんと転向していってしまったさまを見て、思いますと・・、おそろしいですね・・。
(今の自分からはそういうふうになるのが想像できなくても、人間とはいつ何時、どういうふうになるかは、それこそ人にはわからないことでしょうし・・)(自分の考えに固執しだしたら終わりなような気もしますし・・、しかしてそれでも、私自身もそうならないとは限らないわけですし・・)
 
 まあ、結局は・・、心の膠着を生み出さずに、時には柔軟に、かと言って、鋼の信念は忘れずに、そして嘘偽りなく誠実に・・、議論をするのが大切となってくるのでしょうね。

阿吽

>書くという行為は、それだけで自己への執着を生み出すのだと思います。吐いた唾は呑めぬ、的な。

 これ(上記)で脱落していった人も多いのでしょうね・・・。
 だからこそ、言葉と言うものは本当に、慎重に扱わなければならないのだと思っています・・。
 これは、まるで一種の言霊信仰みたいなものかとも見えてしまうかもしれませんが・・、言葉の力をなめては絶対にいけないと思っています。
 それほど、言葉とは重要なものかと思っています。
 それに、また・・、自分の言葉に対して不誠実に振る舞ってしまえば・・、それは、ひいては、自分自身をも軽く扱ってしまうという行為なのではないかと思うのです・・。
 
 他人(ヒト)を大事に、ひいては自分自身をも大事に扱うなら・・、それは、言葉というものを、大事にしなければならないと、私は思うのです。

>P.S全文

 凄いですね。月並みな言葉で申し訳ないですが、ヤンさん、おめでとうございます。(`・ω・´)


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