異世界は召喚されし者に優しくないep6 教官と義勇兵の訓練最終日

 すでに新米義勇兵たちは新米ではなくなってきた。訓練期間の3ヶ月終了を目前として、3ヶ月前とは異なる身体つきになっている。
 自己回復魔術によって一晩で疲労や筋肉が回復するので、超回復期間が必要ないのだ。自己回復魔術がなければ15ヶ月はかかるであろう訓練を、わずか3ヶ月で義勇兵たちは成し遂げつつある。
 変化は1ヵ月めから現れ、義勇兵たちは得意満面に自身の身体を自慢しあった。
 もっとも……教官たちの身体には及ばないのだが。

 サトルたちの班もその例外ではなかった。
 脂肪は完全にへずられ、大胸筋や上腕二頭筋、腹筋が身体を主張する。

 特に圧巻だったのはダイチの身体だ。もともと190センチに近い身長と、それに見合う体格があったのだから、今ではダイチの性格を知らないものならば恐れおののくことだろう。

 ユウイチロウもかなりの身体になっていた。
 身長は170センチほどだがそのガテン系のルックスと併せて非常に威圧感がある。もともとの体格も良かったせいだろうか。
 特に盾を支える上腕や肩の筋肉の盛り上がりは只者ではなくなっている。ドワーフと言われれば、思わず納得してしまいそうだ。

 ヒナタは自身の身体が強化されていくことに喜びを見出し、炊事の手伝いができないほどに体力錬成に精を出した。ヒナタに期待されている瞬発力に重点を置いたようだ。
 教官からは「性格さえ……性格さえっ! お前はこれだからっ……!!」と悔しがられたそうだ。

 サトル、ミナトもそれなりに見られる身体になった。
 基本的には真面目なので教官からは気に入られたが、体格面の不利は覆しようがないとも忠告された。主に技術面を教官からみっちりと仕込まれた。それ以外に生き残るすべはないと言い渡されて。

 ツバサは――体力錬成の訓練にはついていけるものの、サボることを覚えたようだ。
 教官は魔術詠唱式以外は諦めたと班員は聞いている。暖簾に腕押し、糠に釘なのだそうだ。
 ときにはユウイチロウが魔術兵の教官から呼ばれて、ツバサに言い聞かせるようにと懇願された。
 相変わらず細くスラリと伸びる手足と、初対面でユウイチロウをすらハッとさせたその美貌は変わらない。

 訓練所で最後の訓練が今日行われる。
 重装戦士は最後の体力錬成と武技、盾術などのおさらいを重点的にしている。軽装戦士は重装戦士が崩れた場合の心得のおさらいを、軽歩兵は立ち回りを、魔術兵は前衛をどのように支えるのか? を入念に復習した。

 太陽が西に差し掛かり夕日となる頃、軽装戦士教官のザンザがすべての義勇兵を集める。
「あつまったか~? みんな、今日までよくやった! 俺から言う言葉は1つだけだ! 生き残れ! どんな時でもあきらめるな! いいか!? お前らが死んだら俺の寝心地が悪くなるっ! ――絶対にあきらめるなっ!」

 軽装戦士の副教官エイタが二拍子で走って行進するときの調子で声を張り上げる。まるで応援団の姿勢のように。
 それに全ての義勇兵たちが覚悟の眼差しで続いて復唱する。
「俺たち勇敢義勇兵っ!」
『俺たち勇敢義勇兵っ!!!』
「勇敢、すなわちあきらめないっ!」
『勇敢、すなわちあきらめないっ!!!』
「娼館のあの娘を抱くまではっ!」
『娼館のあの娘を抱くまではっ!!!』
「死んでなんかやるものかっ!」
『死んでなんかやるものかっ!!!』
「生き残る!」『生き残る!!!』「生き残るっ!」『生き残るっ!!!』「生き残れっっ!」『生き残るっっっ!!!』

 復唱が終わり義勇兵は解散する。今日で訓練は終わりだ。
 軽装戦士教官のザンザは副教官のエイタに声を掛ける。
「すまねぇ……今日は眠れそうにない。一杯付き合ってくれねーか?」
「ええ……そうでしょうね。他の教官たちもそんな気分でしょう。一杯と言わず何杯でも。いつも義勇訓練兵たちの訓練の終わりはつらいです」
「ふん、そんなんじゃねーよ! ただちょっと今日は飲みたいだけだ!」
「そうですか。ええ、そうでしょうよ。ほら、他の教官も『ちょっと飲みたいだけ』だそうですよ?」

 ザンザは市街の飲み屋でしたたか酔っぱらい、魔術兵の教官に声を掛ける。
 もう2つの月は東から西へと真上を超えそうな時刻。
「おい、サトルのところの魔術兵は形になったのか?」
「あはは、苦労させられましたけど、なんとか最低限は。ユウイチロウ君にはお世話になりました。
 ツバサ君ったら本当、サボるのだけは上手いんですから。私が言っても暖簾に腕押しです。
 魔術詠唱式だけは本当に熱心なんですけど、体力錬成が……」
 魔術兵の教官は不甲斐なさそうに微笑を浮かべる。

 教官たちのまとめ役のザンザの不安は、サトルたちの班なのだろう。
「ふん、アイツラの班が一番不安だからな。おい、重装戦士教官、どうだ?」
「かはは! ダイチはかなり優秀よ! あいつに勝てる重装戦士は新米ではおらんのじゃないか? ベテランさえもしかしたら? と思うぞ? ユウイチロウも判断は的確! 惜しむらくは体格じゃな。相当自己鍛錬を、訓練が終わった後にやっておったようじゃが」
「なら防御面ではなんとかなりそーだな?」
「そういうお主の預かったサトルはどうなんじゃ? きっちり仕込めたか?」
 重装戦士教官がザンザに問う。

「おい、俺を誰だと思ってんだ? サトルは真面目で優秀だ。地頭もいい。仕込めるものは全部仕込んださ。体格がねーから技術を主体にな! 軽歩兵担当はどうだ?」
「へっ! まあ不安は分かるがね? ……うん、性格と頭さえまともならヒナタは優秀さ!」
「性格と頭はどうにかなったのかよ?」
「なるわけねーだろ! こんちきしょー! あいつ、脳みそ軽すぎんだよ! しゃべる分には面白いんだけどな?」
 軽歩兵教官は苦虫を噛み潰した顔でザンザに応えた後、グビリと酒をかっくらう。

 弓兵の教官が口を挟む。
「なぜ彼らは、弓兵を選択しなかったんでしょうか? 私のところに来れば、遠距離で魔獣などはイチコロなのに……」
 重装戦士の教官が笑いながら応える。
「ふん、なんでも奴らは新米共の間では『あまりモノ』と呼ばれてるそうじゃ。班のバランスも悪い。
 そもそもダイチ以外は体格も大きくない。性格も特殊じゃ。話し合った結果なのじゃろう……。
 しかしお前、ヒナタには弓術も指南を時間外でしておったろう。指南教官でなくとも、やはり気になるのじゃなぁと思っておったが」
「そりゃ、そうですよ! 私は1人も新米には死んでほしくないんです! その……夢見が悪くなりますから」
 ザンザも正直に吐露する。
「そうだな、マジでそーだわ。俺たち生き残った連中の思うことはかわんねーな……」

 一方で寮舎の炊事場でも義勇兵の一部は遅くまで起きていた。訓練初日以上の不安な表情で。
「……怖いのですけど」
「そりゃそーだな……、俺だってこえーよ!」
「地図の確認はできてる? 明日どこに出撃するのさ?」
「おう、ここよ! いけるって! 俺らは!」

 不安、興奮が入り混じった空気が炊事場を支配している。しかしサトルたちは異なる。もともと”あまりモノ”なのだから、冷静に、そして真面目に3ヶ月間できることをしてきた。
 自分たちにできることは多くない、とサトルたちの班は全員が了解している。

 ユウイチロウが重い口を開く。
「いよいよ、寮舎も卒業です。郊外に安い……掘っ立て小屋に近いですが、家も契約しました。宿は私たちには無理でしょう。
 いざとなれば狩りもヒナタが弓術を習ってくれたのでいけます。装備さえ考えなければ、1ヶ月に5枚ほどの銀貨で生活はしていけます。
 明日からどうしますか? みなさん、意見があれば言ってください」

 サトルは雰囲気の重さを感じながら、口を開く。
 いつもなら、そう、いつもならミナトやヒナタが軽口を叩くタイミングだが、さすがにこの空気にそれはできないようだ。
「城門を出て東北方向の、草原に行きませんか? 森が近くにあって逃げ込むこともできます。亜人種のゴブリンが散見されるとも聞きます」
「そうだね……それがいいかも?」
 ダイチも同調する。ユウイチロウもしばらく考えてからうなずく。
 軽装戦士の教官ザンザからサトルが最初に勧められていた土地だ。「経験をつめ」と強く言われた。

 この季節ならば草が茂り、草原は索敵には容易ではないが、逆に身を隠しやすいメリットもある。もっとも生還率が高い、つまり難易度が容易なのがこの草原なのだ。
 いざとなれば魔術半径10メートルに火を放ち、火災にして足止めも可能だ、とサトルは言われた。もっとも新米義勇兵が卒業する夏に差し掛かるこの時期にしか使えない手ではあるのだが。
 サトルたちの班の前衛にはダイチがいる。前衛さえ優秀ならば遭遇戦もさほど怖くない、というのが軽装戦士の教官ザンザの言い分だった。

 明日、生活費を稼ぐために、そして生き残るためにサトルたち義勇兵は、魔獣狩り、亜人種狩りに出かける。
 周辺の魔獣や亜人種を少しでも減らそうという、イシス神国のゲリラ戦術に義勇兵は組み込まれている。まさに焼け石に水、このイシス神国はすでに詰んでいる。
 中央はともかく、前線では厭戦気分も広まっているのだそうだ。幾度となく繰り返される戦、防御するだけの人間側。そもそも防御以外に回す国力がないのだ。

 それでも明日の糧を得るために義勇兵は戦わざるを得ない。生きたいのならだが。

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