「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!」と戦中に戻った日本経済-足りないのは財政出動だけ!

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足りないのは政治だけ、脳みそだけ

 本日もやや仕事に追われておりますので、短めに書きます。と、書き出して幾度消したことか(笑)どうせ長くなりそうですが、書き出しでは短めにまとめるつもりですので、皆様どうぞお付き合いくださいませ。

 戦中に「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!」という標語がありました。この標語の精神は「敢闘精神さえあれば勝てる!」という突撃主義を生み出すに至ります。なぜならば合理的に「足りないものは足りない」と現実を直視する精神を欠いたのが、この標語の根源であるからです。

 ご存知、天皇の料理番で知られる秋山篤蔵ですが、かのドラマによると半分くらいは秋山徳蔵さんの話をもとにしております。そして戦中におかみにも配給制が適用されまして、うるめだけでメニューを組み立てなければならないという描写があります。これが事実かどうか? は置いても、うるめだけで「工夫すれば料理にもなる」と思うほうが気狂いなのです。なるはずねーだろ! でございます。

 上述したように戦中には物資が足りませんでした。日本人が一生懸命働いても、生産能力が足りておりませんでした。現在は? というと、足りないのは”現在のところ”は、政治による財政出動だけです。貨幣=(特殊な形態の)負債とするのならば、政府の負債が”足りてない”のです。足らぬのは政治の決断と、国民の脳みそなのです。

足りないのに、足りるようにできるのか?

 そもそもですね……足りないものを工夫で補えるのは”多少”だけです。足りないものは、むしろ足りない! としっかり言える風土こそが大事であり、足りないのに、足りない! と言えない風土こそを憎むべきでしょう。私は足りないものを足りない! と書きます。それが脳みそであれ、知識であれ、認知不協和であれ、物資であれ、財政政策であれ。

 昨今、進撃の庶民で現代貨幣理論(MMT)論争が燃え上がっておりました。ついでにFacebookではじめて知ったのですが、公共貨幣論なるものも存在するようです。公共貨幣という概念についてはまだすべてを理解しているわけではないので、言及は控えますが……。概要としては民間銀行の信用創造が多大なので、民間銀行は準備高を100%にして、日銀はいらない。国会や政治に信用創造をすべて任せる、のだそうです。山口薫博士が提唱している、貨幣のあり方だそうです。

※貨幣そのものは個人、民間でも創造可能です。小切手なんかそうでしょう? 公共貨幣についての賛否は”私”は、公共貨幣なるものを理解しているわけではないので、概要の説明だけに留めます。当たり前です、中身を知らずに反対して、後から「やっぱり、賛成」とは言いづらいですものね。

 戦中は「足りない国家の責任追求逃れ」のために、個人に「工夫が足りぬ!」と言いました。現在は? というと「足りない財政出動の言い逃れ」のために、「工夫が足りぬ!」と民間に言っております。現在は戦中と同じなのです!

認知不協和の消費税増税と「安定財源」というまやかし

 消費税増税や消費税を「安定財源」と称するマスメディア、新聞は跡を絶ちません。本当、日本に足りないのは”脳みそ”だと痛感する次第です。いえ、ちょっと考えれば理解可能なのですよ。消費税とは徴税です。つまり国民生活の安定こそが土台です。そして国民が消費することに対して懲罰的に徴税をする。こんな税制がうまくいくはずないでしょ? 少なくとも資本主義の日本において。

 どうせメディア、新聞などに知性を期待しても無駄であり、彼らに”脳みそ”を期待しても無駄です。もっとも私は”日本国民”にも同じことが言える、と現在は思っておりますけど。なにせ「消費税増税は仕方ない」なんて意見が、散見されるのですから。要するに自分の”脳みそ”で考えていないのですよ。

 ついでに言えば、もはや政治家でも”脳みそ”を持たない政治家のなんと多いことか。国民が”脳みそ”を持たないので、ノータリン政治家が増えたと、民主主義的には考えるべきでしょう。辛辣だって? しらんがな。そう解釈せざるを得ない状況なのですからっ!! 安倍政権があれだけ売国政策をして、未だに倒れていないのはすべてにおいて、国民の”責任”なのです!

 上述したことが「異なる! 異を唱える! 国民はしっかり考えている! 政治家やメディアが悪い!」のであれば、それはわが国の民主制が機能していないので、もはやブログやネットでいくら書き込もうが”無駄”ということになります。独裁や封建制はテロや革命によって転覆するしかないのです。私は日本の民主制は非常に正確に、国民の”脳みそ”を反映していると考えます。消費税すら「しょーがないじゃん?」と受け入れる、未だ日本を経済大国と信じている認知不協和な脳みそを反映しているのです。

もはや日本は先進国ではないかも知れない

 3年前ほどにブログを書き始めてから、散々に「日本は凋落するぞ? このままでは」と書いてまいりましたけども、すでに始まっていたようです。三橋貴明さんのポストトゥルース(中編)によれば大変多くの基幹統計における不正が発覚したようです。「中国のGDPはごまかし! 詐欺! 日本のほうが上!」とおっしゃっていた保守界隈の皆様方々。息してますか?

 大丈夫です。スルーして「日本は大丈夫! きっと大丈夫!」と認知不協和に陥れば、日本はきっと保守界隈の”脳みそ”の中では大丈夫なのですから(笑)不都合な事実は見たくない、が認知不協和です。反論して、都合よく捻じ曲げたら”事実”が変わるのでしたら、そりゃ何より。でもそんな都合の良いことは世の中にありません。

 ――つまり……不都合な事実を見ようとしない認知不協和とは、問題の先送りをして、問題に向き合わないという姿勢そのものなのです。

 ――日本は、先進国ではなくなりました。先に進む国家どころか、後退する凋落国家というわけです。今回の統計問題がそれを裏付けております。中国を笑えません。

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