和食を通して日本文化を学ぶ-日本料理や和食の特徴を学び、日本人とは何かを知る

浮き橋・すし萬の画像を引用 大阪グランヴィアホテル内にある寿司屋。・・・あれ?知り合いが働いていたような?(飲み屋の)

和食の起源

 和食とはわが国で親しまれている料理、特に日本の特徴的な料理を指します。なぜこのような言い回しになるのか?じつは和食は「日本のみ」で完成したのではありません。天ぷらの起源はオランダですし、西洋にもフリッターという天ぷらによく似たイタリアの揚げ物があったりします。

 しかし和食の起源を遡ることは可能です。その起源は実は縄文時代にまでさかのぼります。貝塚が縄文時代の古墳から発見された、というのは皆様御存知でしょう。貝そのものももちろん食べていたのですが、貝を出汁にもしていたようだという説があります。ちなみに古事記という奈良時代には鰹節(削っていたのかは定かではない)が誕生します。堅魚と書かれているようです。もっとも料理物語や伝演味玄集という江戸時代に記された書物から見られるように、鰹節が現在の形になったのは江戸時代だそうです。

 京都菊乃井という料亭の村田さんという大将は、「和食は出汁の文化」だと断言しております。この方は料理の研究にも熱心でして、世界中の料理を調べてみると脂がその中心の料理が多いのだそうです。イタリアンではオリーブオイル、フランスではバター、インド料理では香辛料でありますね。しかし和食は旨味を中心とした組み立てなんだそうです。その中心はもちろんながら出汁です。つまり和食の起源は縄文時代にまで遡れる、と思いませんか?

鎌倉時代に出来上がった、現在の形式

 道元という名前はもしかしたら歴史の授業で習ったのではないでしょうか?実はこの禅僧、日本料理に大変革をもたらします。なにせ精進料理の祖とでも言われるべき人で、仏教では典座というお寺での料理人を指す言葉ですが、道元は典座教訓まで残した和食界の偉人と言って良い人でした。

 さらに鎌倉時代では御成という、将軍が各大名や家臣の城に出向くという慣習が出来上がりました。平安時代の料理は大皿料理だったのですが、この頃から各大名や家臣が政治力を競うために、料理に趣向を凝らしていったということです。こうして本膳料理という現代にまで残る料理の形式が出来上がったのです。

 ちなみに室町幕府8代将軍の足利義政は数奇(すき)を理解した人物で、この時代の料理文化にも非常に貢献しました。また有名なのは銀閣寺ですが、かれは後の千利休が築くわびさびの文化も理解していたようです。この文化は東山文化と称されます。ついでに・・・足利義政の大好物は湯漬けであったようです。飯に出汁をかけたものです。御成で恐らく、贅沢を尽くしたものを食べ飽きたのでしょう。

江戸時代に和食が花開く

 江戸時代に食文化は花開いたというのが定説となっておりますけれども、その前の織豊時代(信長、秀吉)を忘れてはいけません。織豊時代には千利休、古田織部などの名茶人が生まれているのです。茶道もまた和食の1つの形態といえますし、また懐石料理とは千利休が茶道に取り入れた、道元から続く精進料理(禅料理)の一種でもありました。ここにもまた、和食の古くから続く系譜の1つが見て取れます。

 しかも通説では徳川家康および三河武士というのは、そもそも清貧を良しとし、贅沢な料理はあまり食べなかったようです。大阪人だから言うわけではありませんが、織豊時代において最も料理が美味かったのは大阪であろうと思います。(京都が和食の中心地となったのは、冷凍技術が進んだ戦後だったりします。それまでは大阪だったようです・・・く、悔しい!)

 しかし江戸時代の太平300年(実際は250年ほどでしたか?)は、日本に非常に豊かな庶民文化をもたらすことになりました。和食もその1つでしょう。その他にも歌舞伎、ピカソにインスピレーションを与えたといわれる浮世絵、大衆小説なども興隆したようです。しかし本稿は和食。それのみに話題を絞りましょう。

 江戸時代でぱっと思い浮かぶ和食とは寿司、天ぷら、鰹節(現在のようなもの)、醤油あたりでしょうか。鰹節については上述しましたけども、醤油は江戸時代になってから庶民に普及したのです。古くは醤(ひしお)と呼ばれる醤油の原型が中国から、奈良時代に伝わって作っていたようですが、庶民文化として醤油が取り入れられるのは江戸時代になってからだったのです。

 また寿司(ややこしいのでこの表記。本来は鮨と記したい)については華屋与兵衛も語っておかねばならないでしょう。鮨は昔からありまして、例えば滋賀県の鮒鮨もその一例です。これは奈良時代にすでに作られていたのだそうです。しかし華屋与兵衛の凄いところは、握り寿司を”発明”した点です。ちなみに寿司は江戸時代においてはファーストフードであり、その大きさは握り飯くらいあったのだそうです。握り寿司の形が小さくなったのは戦後のお話。江戸→明治→昭和と時代を追うごとに小さいサイズになったのだそうです。

 寿司についての小話をもう少々。江戸時代、戦前にはどうもマグロのトロは「猫またぎ」「猫も食わぬ」と評されていたそうです。マグロ自身もカツオの代用品程度の扱いでした。冷凍技術の発達と味覚の変化がトロを人気者にしたんだそうです。(現在、回転寿司で一番人気はサーモンだそうです。おっさんには重いので、私は白身、赤身、貝ばかり食べております)

 現在に形を残す食文化で有名所で、花開くのが一番早かったのが日本と言えましょう(イタリアとどっちが早かったか?は研究中)。フランス料理はオーギュスト・エスコフィエ(19世紀)が出てくるまでは現在の形ではありませんでしたし、そもそもフランス料理の源流はイタリアとロシアにあります。一皿ずつ出すようになったのはロシアの影響、料理そのものの源流はイタリアという次第。

 ちなみにイタリア料理の原型は、古代ローマ帝国にまで遡れます。ローマ帝国の食文化は調べれば調べるほどに、驚くくらいの豊かさです。興味がありましたらぜひとも、調べてみてください。ちなみにイタリア料理でトマトが用いられたのは18世紀以降だったりします。

現在の日本の”食文化”

 まず論じる前に大阪の食文化の凋落を端的に書いておきましょう。現在の和食の中心地である京都では戦後~冷凍技術が発達するまで、「あの人、大阪で修行してきはったん?それやったら確かやねぇ」とまで言われておりました。戦後から冷凍技術が発達するまでは、じつは大阪は和食の中心地だったのです。ところが現在、大阪といえば「たこ焼き」「お好み焼き」「焼きそば」と粉もんばっか。凋落ここに極まれり・・・という気が致します。

 いえ、ちゃんとした和食を出すところはありますが。例えば私の近所で言えば㐂六は鰻の名店と言えましょう。他に寿司、和食も出しております。串樽も串焼きとしてはなかなかの名店と言えます。(リンクは食べログ。評価が3だから何?私の舌のほうが確かです、と言えないと料理はせんほうがええ)

 しかしいかんせん・・・下火です。悔しいです。天下の台所はどこに行ったのだ?と。私が調理師時代に専門にしていたのはイタリアンと洋食ですので、和食はできへんし・・・と歯噛みしております。

 さてしかし、大阪のことだけではことは済みません。最近はファーストフードやらが定着して、ハンバーガーやらが美味しいのだそうです。はは、ワロス。舌がいかれたんとちゃうか?タバコを吸っている私の舌よりイカれてますよ。ついでに言えば、最近の日本では米を食わなくなってきているそうです。メリケン化ですね。ちなみにメリケン粉とは「アメリカン」が語源で、アメリカの粉という意味です。

 米も食わんとネトウヨとかが「愛国!」とか言っていると想像すると、笑ってしまいます。いや・・・パンを食べながら「愛国!俺は愛国者!」ですよ。吹き出しますでしょ(笑)ちなみに私のパン食は1ヶ月に4~5回ほどです。米のほうが落ち着くのでしょうがないでしょう。

 という余談はおいて、大阪の料理の凋落も「街中粉もん屋」でひどいのですが、日本の料理の凋落も相当に来ていると思います。和食の料理人や職人がいくら頑張っても、国民がこれでは和食もどんどんと凋落していくのではないでしょうか?大衆寿司屋だったら3000円でお腹いっぱい食べられるけれども、それをケチって回転寿司。米を食わずにパンを食べる。挙げ句ファーストフードでお腹いっぱいと来るわけです。PDFのソースですがそら小児の肥満率も上がりまっせ。あんな脂っこいものを食べるように、日本人の体は出来ておりません。

 靖国神社に参拝に行く時間があれば、米を食べるべきと私は思います。どっちもすれば、それはそれでいいのですが。少なくとも菓子パンやらのパンを食べて、ファーストフードのケンタッキーやらに行きながら、愛国を語るような”無様で笑止千万”な行いは厳に慎むべきでしょう。どの口で伝統や文化を語っとんのや!と腹ただしいことしきりです。

食は文化、食は人間と生活

 食とは衣食住の中で”最も”大事なものです。住むところがなくても行きていけます。衣がなくても温かいところなら・・・まあいけるでしょう。しかし食と水だけはそうは行きません。北海道や東北では、やや優先順位が異なるのはご承知ください。むしろ北海道などなら暖がないと一晩で冬は死にますからね。

 食とは「人間の生活に欠くべからざるもの」です。そしてそれが形になったのが土地に根ざした食文化というわけです。つまりその地域の食文化とは、その地域の人間の生活に根ざしたものになるはずなのです。地方料理などもその典型例でしょう。

 しかるに現在、日本の食文化は”多様性”とやらで危機に瀕していると言えましょう。食べるものは人間の体を作り、その人間の細胞やエネルギーとなるものです。極論すれば「食べ物が人間を作る」と解釈してもいささかもおかしくありません。つまり食文化の危機とは、その地域、国家に住む人間の危機と捉えることが可能なのです。上述した大阪の食文化の凋落は、大阪の凋落とともに始まったと言えるでしょう。

 そして日本の食文化もすでに凋落の道に転げ落ちようとしているのです。

 くだらないTV番組(ジャパン・プライド等々)の「日本の文化はすげーんだぜ!」的番組が出てきたのは、すでにその兆候と言えます。本当にすげーのなら、声高に叫ぶ必要性が存在しないのですから。

 つまりこれは、日本人が凋落しているのだ、と解釈可能でしょう。連綿と続く食文化とアイディンティティを捨てますか?それとも必死に守り抜きますか?それが現在、日本人に突きつけられた問なのです。

最後に

 このブログは主婦の方も見ていらっしゃるんでしょうか?わかりませんが、お子様を持つ女性の方たち全般にお願いがあります。しっかりと料理を作ってあげてください。できれば味噌汁、ご飯は忘れずに。食は人間を構成する細胞を作ります。科学的に3大栄養素は糖質、タンパク質、脂質と分類されますが、それだけでなく料理は「お子様の心持ち」を作ります。あと舌も。

 ぜひとも「母親の手料理」をお子様にお願い致します。

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大阪の日本料理店に「弧柳」と「太庵」というミシュラン三ツ星のお店があります。私もそれぞれ3回以上通っていますが、京都の日本料理店の「未在」という三ツ星のお店と比べると、とても同格と思えないというか、大阪の星付きのお店全体が、京都と比べて甘い評価である印象は拭えません。

大阪で三ツ星に値するお店は、フレンチの「HAJIME」くらいしかないと思っています。寿司も恐らく東京の方が美味しいでしょうし、日本料理は京都に大差で負けていますし、一応「大阪料理」というブランドを掲げていたりはするものの、大阪人の私としても「大阪もっと頑張れ」と思わずにはいられない現状だったりします。

阿吽

>私のパン食は1ヶ月に4~5回ほどです。米のほうが落ち着くのでしょうがないでしょう。

やっぱり、米ですね・・。

ていうか、米を食わなきゃ力(リキ)が出ない感じがしますw

(芸能人のガクトなんて、たしか、米が一番大好きな食べ物だからこそ、一切、その食を絶って、テレビ映えする肉体作りに励んでるそうです。)(一番好きな物を絶って、芸能人としてのストイックさを保つそうなので・・、これも一種の好きなものを絶っておこなう、神様への願掛け・・みたいですね)(で、亡くなりそうになる少し前に、もう腹いっぱい米を食べてやるのだとかなんとか)(そのぐらい、ある意味、ガクトは米が大好きみたいです)