安田純平さん解放と、自己責任論渦巻く日本の論調-ならば移民も日本人の自己責任とならないか?

 本稿は2018年10月26日に執筆した、旧ブログの記事のリライトになります。

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安田純平さんが解放

 イスラム原理主義に囚われていた安田純平さんが解放されて、ホッとしております。囚われたのは2015年でした。じつに3年間も囚われていたのです。

 報道の写真を見ますと2015年より白髪が増え、かなり痩せておられるように見受けられます。相当な恐怖と苦労を味わわれたのではないでしょうか。

 ネットの一部では、人質の最中に安田純平さんが韓国人と名乗ったことで、バッシングが出ていました。しかし本人談では「日本人と名乗るな」と強制されてのことだったそうです。

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日本に渦巻く自己責任論は正しいのか?

 日本では安田純平さんに対して、自己責任論が渦巻いています。つまり「危険なところに勝手に行ったのだから、捕まったのも自己責任だ」というわけ。本当にこれは正しい議論でしょうか?

 まず第一に、国家には国民の生命を守る義務があります。この義務は「国家に従ったから守る」「国家に従わなかったから守らない」などというものではありません。例えば軍隊は「国家に従って、命をかける組織」です。「国家に従ったから守る」という理屈に合いません。

 第二にジャーナリズムという職業の存在です。我々は例えばイラク戦争などの報道もテレビで見ますけれども、危険を犯したジャーナリズムがいてこそ手に入る情報です。情報は軍事学的に最も重要視されるものです。戦争や紛争では数多くの、プロパガンダや情報操作が行われます。情報操作などのカウンターとして、フリージャーナリストの存在は必要です。

 第三に自己責任論の帰結は、原子論的個人です。自己責任で片付けてしまえるのならば、そもそも政府の負う責任は果てしなく小さくなります。すなわち新自由主義・グローバリズム的な小さな政府へと帰着します。問題を全て自己責任論へ還元することは、ナショナリズムや国家の否定にすらつながります。

 安田純平さんに高須克弥らネトウヨたちがまた自己責任論バッシング! 人質バッシングのルーツは安倍首相(LITERA)によると、いわゆる保守、右派、ネトウヨが、安田純平さんに自己責任論バッシングをしています。ナショナリズムを大切にしろといいながら、自己責任論を振りかざす。筆者にはネトウヨや右派の頭の中身が、到底理解できません。

安全な場所から叫んでいるはずが、安全な場所を脅かしている事実

 日本の治安は現在、諸外国と比べるとかなり優秀です。であれば……海外旅行はほぼ、リスクが上昇します。海外旅行でのトラブルは自己責任で、政府は手を差し伸べなくてOKですか? などと、多少の皮肉もいいたくなります。

 2018年に入管法が規制緩和されました。2014年の規制緩和と併せて、多くの移民や外国人労働者が、日本にやってきます。2014年~2018年のペースで移民が増えれば、2030年には450万人の移民を抱える移民大国になっているかもしれません。

 私はいわゆるネトウヨや保守と目される人物たちが、移民には多少の反対はしてもそれによって安倍政権批判にかじを切った例を寡聞にして知りません。

 2030年の日本の治安が、これだけ移民が増えた後で現在と同様であるかどうか? 治安が悪くなる可能性は高いでしょう。

 つまり……シリアほど悪くなることはなくても、日本の将来は少々暗い。それは移民拡大、緊縮財政、消費税増税をすすめる現政府、つまり安倍政権の罪であり、そしてそれを積極的に支持、ないし反対しない人たちの罪です。

 安倍政権を積極的に支持している人たちが、安田純平さんに自己責任論を「現在の安全な日本」から声高に叫びますけれども、日本全体を危機に陥れる政策に対して声高にならないのは、「自分たちが何を言っても、やっても、見過ごしても、日本はいまのまま安全なんだ」という政治的甘えから来ているのではないでしょうか。

 上記はある種の、ネットで匿名で安全な場所から叩けるものを叩いてエクスタシーやカタルシスを感じる行為と、ほとんど変わりません。「匿名という安全性→日本国内だという安全性」に置き換えただけの行為ではないでしょうか?

 だからこそネトウヨなどからは嫌韓、嫌中、もしくは特定層や特定人物を叩くという発想は出てきても、建設的な政策議論や政府批判と言ったものが出てきません。それは上記のような構造からもたらされる必然的な帰結なのでしょう。

 移民が拡大すれば、日本も安全地帯とは言えなくなるかもしれない!! というのに。

 移民で治安が悪化するのは、例えばケルン大晦日集団性暴行事件(Wiki)を見ても明らかでしょう。

 本稿は少々、考えがまとまらず散文的になってしまいました。おおよそのいいたいことは、伝わるでしょうか。

 解放された安田純平さんに対してお喜び申しあげるのか、それとも「自己責任」と冷淡なバッシングをするのか? それは、その人達の「国家観」「イデオロギーの整合性」を問う問題なのでしょう。

 あなたはどちら?

P.S 本稿をリライトして

 読み直して、所々書き直しました。……わずか2年前の文章なのに、違和感がありまくりです。言い回しがくどい! 長い! もっと明瞭、簡潔に! 語尾が連続している! etc……

 この頃は構成もアウトラインも作らず、気の向くままに記事を書いていました。気の向くまま垂れ流す記事は、やはりレベルが低いです。リライト作業をしていて、実感します。

 本稿で「そういえば2年前に、このような話題もあったなぁ」と思い出していただけたら幸いです。

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この記事を書いた人

「難しいこともわかりやすく」政治・経済コラムをメインに発信。2019年まで16年間自営業→SEO/ウェブ制作/ウェブライター/進撃の庶民管理人などで活動中。
日本で数少ない現代貨幣理論の論者(MMTer)。
左右や保守・革新にこだわらず「庶民(自分含む)のためになる政治経済情報」をブログで掲載。
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