現代貨幣理論(MMT)と国家の関係性とは?貨幣供給と国債と納税の意味

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 現代貨幣理論(MMT)の、理論的な部分は過去に述べてきました。理論的な全体像については、下記をご参照ください。

 本稿では現代貨幣理論(MMT)の詳細ではなく、巨視的視点での俯瞰に重点を置きます。国家と貨幣の関係性がテーマです。

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現代貨幣理論(MMT)の国家的物語

 現代貨幣理論(MMT)の要点は、「国家はインフレ制約以外で、無限に貨幣を発行できる」です。もう少し詳細に言えば、自国通貨建てであれば国債発行はいくらでもできるのです。

 貨幣の本質は負債です。そして国債も負債。とすればある種の内債であれば、国家はいくらでも発行が可能です。
 ボーリング場のスコアに、発行上限があると思う人はいないでしょう。

 では民間の信用創造は、どのように働いているのでしょう。
 民間部門の信用創造は、民間部門のバランスシートで合算すると「プラマイゼロ」になります。
 「誰かの負債=誰かの債権」ですから、当たり前の話です。

 では民間部門の収支がプラスになるには? 海外収支をわきに置けば、政府の「赤字」が必要になります。
 政府からの貨幣供給、政府需要が重要になります。

 貨幣がなぜ存在し得るのか? 法定流通貨幣(通貨)は「国家という権力装置の、経済的な社会技術」として存在しています。
 端的にいえば「通貨の裏付けは、国家権力」なのです。

 現代貨幣理論(MMT)が提示する視点は、上記のような巨視的な視点も提供するのです。

納税義務とは「国家の庇護を受ける」ことのトレード

 国家は国民に対して、国防や社会福祉など様々な庇護を提供します。この「国家の庇護」とトレードされるのが、納税義務です。
 ただし「租税が政府支出の源泉ではない」という点に、注意が必要です。

 つまり納税によって、様々な国家のサービスを「購入しているわけではない」のです。
 あくまで「国家の庇護と引き換えに、納税という義務を負う」というだけです。

現代貨幣理論(MMT)に限らず、貨幣はいつでも権力とともに存在した

 21世紀の貨幣論(フェリックス・マーティン)によれば、貨幣とは「国家」と「民間」の2種類が存在したようです。
 民間が発行するプライベートマネーは、現在で言うところの社債や小切手のイメージです。

 資本主義が始まる前は、プライベートマネーが猛威を奮っていたのだそうです。プライベートマネーは、大商会が発行したのだそうです。

 貨幣の起源をたどると、必ず「権力」とともに存在しています。その権力の形は様々です。信用という形だったり、技術という形だったり、あるいは財力、共同体の習俗。
 何かしらの「人を動かす力、支配する力」を、本稿では権力と表現します。

 現代の資本主義において、通貨を裏付けする「権力」とは国家です。

現代貨幣理論(MMT)の租税貨幣論批判がしばしば間違う理由

 現代貨幣理論(MMT)には、クナップの国定貨幣論を礎にした租税貨幣論があります。理論の内容は至極単純です。
 「国民は納税義務を負う。納税義務の解消に『国家が決めた貨幣(通貨)』を使用する。したがって通貨は、広く使用されるようになり定着する」というものです。

 少し分解してみましょう。国家が決めた貨幣を使用「させる」のは、納税義務という「国家権力の行使」であるというわけ。

 租税貨幣論への批判として「◯◯という国では、法定流通貨幣ではなくドルが流通している。したがって租税貨幣論は間違っている」というものがあります。
 この例に出される国は、内戦や混乱などで「政府が不安定」なのが特徴です。

 不安定な政府は、不安定な弱い権力しか行使できません。したがって上記の批判は、租税貨幣論の正しさを補強するものであって、批判できていないのです。

 なぜこのような、頓珍漢な批判が出てくるのか? その理由は「戦後の日本は、国家を否定したがる傾向にある」からでしょう。

戦後の日本と現代貨幣理論(MMT)と平和主義

 佐藤健志さんの著作、平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路によれば、戦後の日本は平和主義なのだそうです。
 最初にお断りしておきますと、「平和な状態」と「平和”主義”というイデオロギー」は異なります。
 平和主義とは「平和が至上命題であり、隷属すら『平和であれば良しとする』」という主義です。

 国家には、戦争をする選択肢が存在します。その能力も、通常は保持しています。
 とすれば平和主義にとって、国家とは忌むべき存在となります。

 日本の大きな政府の否定や均衡財政主義、プライマリー・バランス至上主義は「平和主義に端を発している」と解釈可能です。

 現代貨幣理論(MMT)とは「貨幣を供給し、通貨を動かすシステムは国家権力に依存する」ことを示唆します。
 端的にいえば「国家なくして、通貨なし」です。

 上記の事実を否認したいがために、日本では多くの有識者が現代貨幣理論(MMT)を批判するのではないか? と提示したいと思います。

リベラルと保守の一部が、現代貨幣理論(MMT)を支持する理由

 一般的にはリベラルvs保守という図式がイメージされます。しかしリベラルと保守は、必ずしも対立するわけではありません。

 保守の一部が――本人たちは保守だとは明言してませんが――、現代貨幣理論(MMT)を支持する理由は明白でしょう。
 現代貨幣理論(MMT)は、貨幣という経済分野に「国家」という視点を示唆するからです。

 ではリベラルや左派はどうでしょう? 彼らは現代貨幣理論(MMT)に、社会福祉的な効用を見出しているようです。令和新選組の山本太郎さんは、その代表格でしょう。

 本稿で国家と現代貨幣理論(MMT)、平和主義の関係性を論じたとおり、現代貨幣理論(MMT)は国家と密接に貨幣が関係することを示唆します。
 予想通りというか……共産党は現代貨幣理論(MMT)に否定的です。
 立憲民主党などは、まだまとめきれていないのでしょう。賛否は明らかになっていません。

 私は日本が豊かになるのなら、左右はあまり気にしていません。
 多くの政党と政治家が、現代貨幣理論(MMT)を「まず理解すること」を祈念します。

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Muse

>現代貨幣理論(MMT)とは「貨幣を供給し、通貨を動かすシステムは国家権力に依存する」ことを示唆します。
 端的にいえば「国家なくして、通貨なし」です。

そうなると、仮想通過(暗号資産)は国家権力による裏付けがないため、通貨としての機能を持ちえないことになります。ただ、
>何かしらの「人を動かす力、支配する力」を、本稿では権力と表現します。

とある通り、いくら徴税権がなくても、巨大IT企業(例えば、Facebook、Google、Amazonが典型)のように、「国境を越えた絶大な経済的・社会的影響力を持った組織=ある意味国家権力に準じた組織」が作ったプライベートマネーが法定通貨並に流通するということはあるのでしょうか?また、こうした現象をMMTの理論的立場から見るとどうなのか?目下、念頭にあるのはもちろん、Facebookが普及させようとしている仮想通過リブラです。

Muse

なるほど、わかりました。

TT

租税貨幣論批判に対する批判が批判になっていない点。
納税義務のない者がドルを使用するという矛盾の答えになっていない。
まず権力ではなく信用だと考える。その信用はどこから来るのか。それは生産力。
信用の裏付けとなる巨大な生産力を支配出来る権力かどうか。
信用のある権力が発行する貨幣であれば納税義務がなくとも流通する。
そんなのは江戸時代見れば分かるように納税は米である。
スペンディングファーストで貨幣を発行し米を売って貨幣を回収する。
貨幣が流通するのに納税など関係ない。
民間とか個人が中心の経済なんてものは後からくるものである。
そこが分からないから間違う。

TT

答えになってないですね。
必死なのは伝わりますがそもそも間違ってるんで
煙幕はるだけの誤魔化しではない本当の答えを期待します。
結局納税義務はなくともドルは流通すると認めてるだけの答えです。

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