リベラルと保守は対立概念か?ネトウヨが急進的で、左派が保守的なわけ

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 「リベラルvs保守」という対立軸が、一般的な捉え方です。しかし本当でしょうか?

 日本の保守といわれる政治家は、新自由主義(ネオリベラリズム)を推進してきました。保守を自認する有識者やネトウヨもまた、新自由主義に寛容です。
 一方で左派やリベラルから、ネトウヨや保守有識者は権威主義だ! と批判されます。

 昨今は「リベラル保守」という言葉も登場しました。この状況は「何がなんだか……」と思われるでしょう。

 しかしちゃんと紐解くと、じつは「割と整合性が取れている」のです。
 平易に解説してみます。

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保守思想とは?3つのポイントだけ覚えよう

 保守思想には、3つのポイントがあります。

  1. 不可知論
  2. 中庸とバランス
  3. 動的世界観

保守思想ポイントその1 不可知論とは?

 「人間の理性には、限界がある」が不可知論です。
 例を上げてみます。「完璧な社会制度は設計できるか?」に対して、普通はできないと思うでしょう。
 可能であれば、きっと共産主義は上手くいったはずです。

 「合理的に解決できる事柄もあるが、解決できない事柄もある」が不可知論です。

保守思想ポイントその2 中庸とは?

アリストテレスの石像

 哲学者のアリストテレスも、そして孔子も「中庸が大事」といいます。
 アリストテレスのニコマコス倫理学では、以下のように解説します。
「臆病と蛮勇の間にあるのが、勇気という徳だ」

 日本にも、似たことわざがあります。「過ぎたるは及ばざるが如し」と。

保守思想ポイントその3 動的世界観とは?

 思想は主に、静的と動的に分かれます。自然科学で言えば、古典力学と量子力学の違いのようなものです。
 静的な世界観は、決まった数字を入力すれば決まった答えが返ってくるイメージです。動的な世界観は、その逆です。不確実性がある、とも言えます。

保守思想ポイント3つから、どのように考え行動するか?

 人間の理性には限界があり、世界は不確実性に満ちている。従ってバランス感覚をもって、漸進的に物事をすすめるしかありません。
 理性による設計主義を警戒します。

 じゃあ何で判断するの? というと、伝統から積み上げられた常識です。
 常識とバランス感覚を持ちつつ、少しずつ改善していくのが保守主義と言えます。

リベラルと2つの自由とは?

 リベラリズム(自由主義)には、2つの自由があります。アイザイア・バーリンが、提唱しました。

  1. 消極的自由「◯◯からの自由」:国家権力を関わらせない
  2. 積極的自由「◯◯への自由」:国家権力が関わる必要がある

 消極的自由は政治では、規制緩和などです。「経済の、政治からの自由」というわけ。積極的自由は例えば「個人の、幸福追求への自由」です。

自由のパラドックス

 自由は行き過ぎると、どちらも不自由になります。
 積極的自由が行き過ぎた例は、共産主義に見て取れます。

 逆に消極的自由が行き過ぎると、新自由主義やグローバリズムになり、格差が広がります。
 格差は結果として個人から、経済的自由を奪います。
 また孤独や、道徳観・アイデンティティの喪失といった現象を引き起こします。

自由からの逃走とパターナル

 消極的自由は行き過ぎると「自由すぎて、怖くなる」ものです。エーリヒ・フロムによれば、その状況で人々はパターナル(権威)を求めます。

 簡単にいえば、自由すぎるとアイデンティティが保てなくなる。したがって、依存する”権威”を求めるのです。
 これが、自由からの逃走と言われる現象です。

 ネトウヨや保守有識者が新自由主義を受容しつつ、安倍政権や歴史、日本の”偉大さ”といった「権威」に依存するのも、自由からの逃走と考えられます。
 自由からの逃走の、特徴のみ提示します。

  1. 権威主義的性格:安倍政権や「日本すごい論」といった、権威への依存
  2. 破壊性:改革と称する、新自由主義的政策での日本の破壊
  3. 機械的画一:「普通の日本人」を規定し、それ以外を「反日」とする排外主義

リベラルの反対語はパターナル(権威)

 リベラルは自由を重んじます。その自由は「消極的自由」と「積極的自由」の2つあります。そのバランスをどうするのか? 保守思想の説く、中庸が大事です。
 リベラリズム(自由主義)と、保守主義は対立しないのです。

 パターナリズム(権威主義)は「権威に対する服従」を求めます。したがってリベラルの反対語は、パターナルです。

 例としてネトウヨを引きましょう。
 「安倍政権に反対する、反日パヨク!」という非難は、まさに「安倍政権という権威に服従しろ!」というものです。

急進的なネトウヨと安倍政権、保守的なリベラル

 安倍政権は、新自由主義政権です。移民拡大、農協改革、水道事業民営化etc……。維新の会も同様でしょう。

 上記に対してリベラル陣営は、反対をしています。
 安倍政権の行き過ぎた消極的自由に、反発するのは当然でしょう。

 この場合はリベラルが「保守的」であり、安倍政権やそれを支持するネトウヨが「急進的」と解釈できます。

安倍政権とネトウヨのマッチポンプ的解釈

安倍総理大臣

 日本は1990年代から、急激に新自由主義を推し進めました。新自由主義は共同体や文化、伝統すら破壊します。「共同体や文化や伝統”からの自由”」というわけ。

 寄る辺がなくなった人は「自由からの逃走」で権威を求めます。「消極的自由を推し進めるほど、政権に人々が服従する」のです。
 これが安倍政権の安定した支持率や、ネトウヨの正体では? と思われます。

リベラリズムとナショナリズムと民主主義

 民主主義とは「国民意識=ナショナリズム」がないと、成立しません。

 例えば東日本大震災で、被災地を助けよう! と思うのは「同じ国民だから」です。他国で震災が起きても「大変だなぁ……」で終わるでしょう?

 民主主義は「自分たちで、政治選択をする”自由”」がある政治体制です。つまり本質として、リベラリズムが存在します。その枠組は国家です。
 よって「ナショナリズムとリベラリズムは、同時に成立する。というか、している」のです。

あとがき 欧州の反知性主義はリベラルだった?

 反知性主義はよく誤解されます。意味は「知的”権威”やエリートへの懐疑」です。「知性的でない」という意味ではありません。

 世界の「行き過ぎたグローバリズムという、消極的自由」と「それを支えた権威、つまり新古典派(主流派)経済学」への反発が、反知性主義です。
 とすれば、積極的自由を求める運動と解釈できます。じつにリベラルではありませんか。

 逆説的に日本の「いわゆる保守有識者やネトウヨ」は、新自由主義を受容します。つまり「主流派経済学という”権威”への服従」です。パターナリズム(権威主義)の現れです。
 安倍政権も同様でしょう。

 そして主流派経済学は「社会科学の女王」を自認してます。他分野の研究には目もくれない、閉鎖空間なのだそうです。
 これは「自分たちの権威を守るため」でしょう。

 ネトウヨや保守有識者(自称)が、閉鎖的なことと似てませんか?

 本稿はいかがだったでしょう? 出来る限り、平易に解説したつもりです。
 「なるほど……そうだったのか」との感想でしたら、SNSやブログにて取り上げていただけると励みになります。

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Muse

>人間の理性には限界があり、世界は不確実性に満ちている。従ってバランス感覚をもって、漸進的に物事をすすめるしかありません。
>じゃあ何で判断するの? というと、伝統から積み上げられた常識です。

>民主主義とは「国民意識=ナショナリズム」がないと、成立しません。
>よって「ナショナリズムとリベラリズムは、同時に成立する。というか、している」のです。

今回のエントリーでは、上記のように、保守主義、リベラリズム、ナショナリズム(国民主義ないし民族主義)、そして民主主義(デモクラシー)の関係についてざっと触れられていますが、それらの相互関係を深く考察するとなると、なかなか一筋縄ではいかないといえます。

さらに、保守主義と(その対立概念としての)理性主義ないし進歩主義、リベラリズムと(その対立概念としての)パターナリズム、ナショナリズム(とその対立概念としての)グローバリズム、民主主義と(その対立概念としての)全体主義ないし独裁主義などをすべてひっくるめた相互関係や因果関係について整理し、かつ、具体的事例(例えば、近代以降のヨーロッパ、米国、日本、中国、ソ連ないしロシア等)に即して深く考察しようとすると、もう複雑すぎて訳が分からなくなります。

このように、政治思想に登場する各種のイデオロギーの考察は結構奥深いものがありますが、何か良い参考文献はありますか?やはり大学生が講義で使うような政治思想史の専門書になりますか?

阿吽

>例えば「日本の洋食と、ヨーロッパの料理の違いは?」って、ほとんどの人が「日本人向けにカスタマイズしている」くらいしか、理屈はわからないと思うのですよ。
>でも「違うということ」は認識できちゃってます。

これはどういうことですか?

ヨーロッパでは神に一日の糧を感謝しながら食べるだとか、そういう精神性の違いということでしょうか?

興味深くて気になります。

もしよろしければどこかサイトがないか、もしくはとっかかりの部分等をご教授願えればうれしいなあというふうに思いますw

すみません。m(__)m

阿吽

なるほどです。

つまりは、谷崎潤一郎の陰翳礼讃的なものとして認識すればいいのでしょうか?

料理だけではなく、その場の雰囲気、空気、おもむきを味わうてきな?

まあ、つまりは陰翳礼讃的な、ということですが・・。

そのような感じのイメージでしょうか。

Muse

>1つ「基準の物差しになる思想」を、深めに知ったら良いのではないかなと。
>なので料理と一緒で、思想も「いろいろな本で、たくさん味わう」ほうが良いのではないかなと。

なるほど。何か関心のある思想を核として学ぶこと、そのために色んな本を読んでいくということでしょうか。個人的に関心が強い内容は、(一般的に混同されやすい)保守主義とナショナリズムの関係、(一般に対立概念として捉えられがちな)保守主義とリベラリズムの関係、それから、(対立概念でありながら、実は表裏の関係にある)民主主義と全体主義との関係といったところです。

阿吽

私の個人的な考えですと・・、

リベラルは理想主義、保守は現実主義ですね・・。

原発でも、リベラルは基本反対の人が多いです。(まあ、少なくともリベラルで賛成って人は、あまり見たことがない気がします)

それは、原発と言う〝絶対〟安全でないものを運用するのは良くないということです。

これは、福島の事例を考えれば理解できます。(原発は、事故前に言われていた通り、絶対に安全ではありませんでした)(そして実際に、原発事故が福島に与えたダメージは、結果として甚大なものとなりました)

,
逆に保守は現実的です。

国家の安全保障等々、さらには技術的な面、経済的な面、あらゆる部分を考慮して、原発の、少なくとも早期の廃止は難しいんじゃないかと、現実的に述べます。

,
現実を述べているんですから、保守の方が正しそうですが、理想と、それを実現させようという熱意がなければ、新しいものも生まれないかもしれません。

一概にどちらが100%正しいとは言えず、保守とリベラル、しかしてそのお互いがきちんと正しく影響しあい、そして存在しあうことこそが、この場合では重要なことなのではないかというふうにも、思います。

(上記は武田邦彦さんのようなネット右翼的な人や、青木理さんに代表されるような心無い左翼さん達については、保守、もしくはリベラルとしての概念としてのものとは含まれないものとして書いています)

プロフェッサーカオス

フランスで共産主義が流行り、それへの対抗軸として、自由主義や資本主義、民主主義を掲げて、右の議席に座ったことで右翼左翼の分類が産まれた

保守も共産主義はたまらんって事で、自由主義や資本主義、民主主義の席に座った

今は共産主義は廃れ、共産党ですら掲げているのは実は社会主義であり、この対立軸や、分類は役にたたなくなった

今は新自由主義 対 社会主義という対立軸になっている
正確に言うと新自由主義の要素が強い者 対 社会主義の要素が入っている自由主義という対立軸か?

今のリベラルとは自由社会主義を意味している

特に日本は保守が座るべき席にもネトウヨやネトウヨ的なやつらが座ってしまい、保守は滅んだという扱いになっている。MMTのなんとかという女教授もこういう扱いをしていた気がする
日本における保守とはネトウヨの事なのだと

昔、保守が共通性があまりない自由主義、資本主義、民主主義に座ったのと同様に
今のガチの保守はむしろ新自由主義勢力を新たな共産主義勢力(伝統や文化、民族性を破壊する者という意味で)新自由主義を敵視する為、自由社会主義側を応援するようになってきている

保守は存在するがもはや力を持っていないという意味で滅んでいる扱い。かと言ってリベラルも力を持っていない、ネトウヨ的な思想の一強の時代ではあるwしかし働き方改革などは明らかに社会主義的な思想の影響だと言える為、力はゼロではない。間違っているにしろ何にしろwブラックな働き方に対して何らかの手を打たなければならなくなった。ガチの保守とリベラルを比べると、リベラルのほうがまだ力を持っている。そもそも自民党自体が左右が入り混じった党だし

社会主義と言っても主に基軸は自由社会主義。ゆえにリベラル
自由主義と社会主義の融合型。MMTも分類するとすればこちら側に属すのだろう

また共産主義は個人所有権を8ー9割ほど否定する。全否定までしている国はなかったなさすがに、しかし共産主義の所有権の否定は全否定に近いレベルではある
みんなのために所有権を取り上げる事がある。逆に言えばみんなのためにならないなら所有権は大事にする。
「誤った最大多数の最大幸福の論理」だ
完全な平坦的平等と、余剰に生産しない事なども嫌がられるが、所有権についてが一番嫌がられる

一方、社会主義も所有権をそれほど絶対的な概念ではない、しかし共産主義ほど軽く扱っているわけでもない。これも中庸と言っていいのかな?
ゆえに社会民主主義国家では主に金持ちの「税率」をめちゃくちゃ高く設定する。資産税ではなくとも税ってのは所有権の侵害と密接な関わりがある
社会契約説も人権でも所有権は一つのテーマになっている

人権を構成する一種であり、人権の重要な部分でもある「所有権」をどう取り扱うのか?
時代を経るに連れ、大富豪の独占状態が見過ごせない領域に入っている、全世界規模で、この所有権の扱いがテーマになってくる。独占と格差が進む世界では社会民主主義が最も親和性がある

また「理想と現実」というテーマは非常に面白い。ちょうどポストトルゥーの時代でもある。
「真実と現実の類似性」というテーマに置き換える事が出来る

理想なのに現実と言ったり、現実を理想と言ったりするケースがめちゃ多い。この前コメントした偽の道徳論も同じだなwよく考えると哲学に沿った考えをすると道徳的ではないが、表層上は道徳的に見えるものが蔓延していたり、と言ったもの

道徳的か、真実か、現実的か?理想か?
いずれも、言い回しで決まるところもある
人権や社会契約説の理想を大事にして所有権を大事にする。所有権を出来るだけ侵害しないようにするとした場合、富豪の税も安くなるし
現実を大事にして、富豪から多く税を取り、下に回すとした場合、所得税が高くなるが、独占と格差が進んでいる現在では相性がいい現実路線という事にする事も出来る

原発でもそうで、
「人は完璧ではない、よって人の作りしものも完璧ではない、ヒューマンエラーやなんらかの設計ミスで、原発はいつか必ずメルトダウンを起こす」という言い回しにした場合、現実主義に見えてくる

また現実的に民主主義に向いていない要素が多い
例えば田舎に原発を置いて東京や大阪などには原発を置かず、メルトダウンを起こした時のデメリットを田舎の住人に引き受けさせる。
東京大阪は住人が異常に多く、日本経済の中心でもある為、放射能汚染されては困る
「最大多数の最大幸福の論理」
これは「誤った最大多数の最大幸福の論理」で、理想を隠れ蓑にした有害な思想と言う事も出来る
とは言え電気代が上がるのもごめんだしなww原発の問題は専門的な科学的知識も必要とするため、よくわからん

理想主義 対 現実主義の戦い
現実主義 対 偽現実主義の戦いだけではなく
現実主義 対 現実主義の戦いが勃発している可能性もある
理想主義 対 現実主義の戦いであれば、判定は簡単だ
同様に現実主義 対 偽現実主義の戦いでも判定は簡単になる。現実に基づいた判断のほうが優先順位は高い為だ
しかし、現実主義 対 現実主義の戦いは判定が難しく、極めてハイレベルな判定基準が必要になる
まあ日本の問題は実行が難しいだけで、簡単な問題も多いがw

阿吽

すみません。それと昨日の進撃の庶民の記事について、こちらの方もご確認をお願いいたします。
すみません、失礼致します。m(__)m

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