認知不協和とは?戦後レジームと日本の敗戦後の政治-全ての矛盾は敗戦から始まった

この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク
スポンサーリンク

 みなさんも認知不協和という言葉は聞いたことがあると思います。認知不協和とはどのように発生し、戦後レジームの矛盾とどのようにつながるのか?
 敗戦後の日本はどうなってしまったのか? を本日は解説してみたいと思います。

スポンサーリンク

認知不協和とは何か?

 まずはwikiの説明を見てみます。

認知的不協和とは、人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された。人はこれを解消するために、自身の態度や行動を変更すると考えられている。 有名な例として、イソップ物語のキツネとすっぱい葡萄の逸話が知られる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%9A%84%E4%B8%8D%E5%8D%94%E5%92%8C

 すっぱいぶどうの例えはよく使われるようです。
 狐は空腹でしたが、そこにたわわに実ったぶどうの樹がありました。狐は一生懸命ジャンプするのですが、ぶどうには届きません。
 狐は怒りながら「こんなぶどう、誰が食べてやるか! きっとすっぱくてマズいに違いない!」とぶどうを諦めましたとさ。

 上記の物語では、「食べたかったけど、届かなくて食べられなかった」が事実ですが、悔しいので「どうせあんなぶどう、すっぱくてマズいに決まっている」と、自身の認識をごまかすわけです。
 これを認知不協和と呼びます。事実を認められない心理状態、とも表現可能です。

戦後レジームとは何か? 本当に保守は認識しているのか?

 戦後レジームという言葉が最近は使われるようになりました。
 レジームとは英語でして、日本語訳しますと「戦後体制」となります。戦後体制とは何か? を確認してみましょう。

 国連には敵国条項というものがあります。第二次世界大戦の敗戦国(枢軸国)が、この条項の対象です。
 世界にとって戦後体制とは、戦勝国の地位であり、常任理事国の地位です。世界秩序とはまさに、戦勝国によって築かれたと言えます。

 とすれば、敗戦国の日本において戦後レジームの脱却とは、戦勝国による世界秩序からの脱却、が定義となるはずです。

 しかし日本において、戦後レジームの脱却が上記のように使われることはありません。大抵はあやふやな意味合いで、なんだかかっこいいから戦後レジームの脱却だ! みたいな話になっています。
 戦後レジーム自体を定義できていないのに、戦後レジームからの脱却も糞もありません。

 日本の戦後レジームとは、アメリカを宗主国とした属国日本ということになります。戦後レジームからの脱却は、すなわち脱アメリカということになるはずですが、戦後レジームからの脱却を唱える保守派から、自主独立の声は殆ど聞こえてきません。
 いわく、日米同盟の深化だとか強化が大事だ! なのだそうです。

敗戦から始まった日本の認知不協和

 非常に端的に、日本の認知不協和の例を上げます。なぜ敗戦を終戦と読み替え、終戦記念日なるものまで作っているのか? これが日本の認知不協和の根本だろうと思います。
 敗戦を記念するなんて、相当頭がおかしいとしか思えません。

 日本の敗戦は日本国民に大きなショックを与えました。ここで現実を見ればよかったのですが、1つの物語をこさえて、日本国民は敗戦のショックから目をそらしました。
 軍部が暴走したんだ! 敗戦前の政府が悪かったんだ! 俺たち国民は騙されていただけなんだ!
 と。

 上述した物語に則ると、アメリカの占領軍とはどういうものになるのか? 悪い日本政府を打倒してくれた、解放軍となるのです!
 戦後レジームの脱却を唱える保守派が、日米同盟(定義的には、軍事同盟ではない)を崇め奉るのには、こういった理由があったのです。
 暗に日本の保守派も、戦前、戦中の日本を否定しているというわけ。

 だから日本国憲法前文にもこのように書かれているわけです。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 赤マーカー部分を読み替えますと「諸外国は平和を追求していて、自分たち日本は戦争を起こしてしまったので、もう軍隊を持たずに諸外国の皆さんを信頼すれば、きっと生かしてくれるはずだ」となります。

平和主義は貧困への道

 平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路佐藤健志さんの名著ですが、上述してきたような敗戦後の認知不協和(平和”主義”)は、日本を貧困へと突き落とそうとしている、と論じられております。
 ぜひとも、まだ読んでいない方は読んで頂ければと思います。

 上述してきたような認知不協和は、時間の経過とともに強固な経路依存性を持つに至りました。戦前の日本は「富国強兵」がスローガンでしたが、戦後日本は「富国弱兵」路線と言えます。
 しかし――弱兵の国家が富めるはずもなく、失われた20年となったわけです。

 おそらくこのような結論を出しますと、高度成長期だってあったじゃないか! という反論があるだろうと思います。
 しかし東西冷戦という特殊な環境下で、日本は資本主義陣営の防波堤として、アメリカが寛容な外交をしていただけなのです。
 実際に失われた20年は、東西冷戦終結後からわずかも経たずに始まっています。
 ソビエト崩壊とバブル崩壊が同じ1991年というのは、何かの皮肉なのでしょう。

 日本経済が復活するためには、日本が自主独立するためには何が必要か? 認知不協和にならずに、現実と事実をしっかりと見つめることだろうと思います。

7
コメントを残す

2Comment threads
5Thread replies
0Followers
 
Most reacted comment
Hottest comment thread
3Comment authors
  Subscribe  
新しい順 古い順 最も評価の多い
更新通知を受け取る »
elephus-elephus

有意義な記事をありがとうございます。
私も戦後レジームの定義が定まっていないことが気になっておりました。安倍が「戦後レジームからの脱却」と叫んだとき、安倍本人が「戦後レジーム」という言葉をどういう意味で使っているのか?それを確かめることなく人々がそれぞれの解釈で安倍に期待を寄せたのだと思います。

ついでですが、適菜収さんのtwitterでこんな情報を拾いました。
吉村候補は相変わらずインチキまがいの演説をしているようです。

>また「教育費8倍」のデマパネル使っているのか。悪質すぎる。
これは「維新の重点事業だけを恣意的に抜き出したデマ。通常の方法で集計した大阪市の教育費はほぼ横ばい。
https://twitter.com/ck_um/status/1109725193931358208

阿吽

難しいんでしょうね・・。

戦後レジームなんて難しく考えなくても・・、今や世界の覇権をねらう中共に対して、軍事力を拡大しアメリカと協力して封じ込める。

対米関係も、もっと対等なものにして、財政出動で豊かになった日本がアメリカの経済の下支えをするぐらいの高景況をすれば、アメリカも貿易問題でそこまで日本には文句も言わなくなってくるでしょうし・・・。

軍事も東南アジア諸国から中国製の武器や製品を駆逐して、日本製かアメリカ製を使わせて、日本が東南アジア各国の安全保障を担うぐらいのことをすれば良いだけなのです。

現実を見れば、戦後レジームなんて小難しく考えなくても、今必要なことを、たったこれだけすればいいだけだと良いというのに・・・、できない。

,
戦後体制という強固なレジームからは、そう簡単には逃れられないのですね。

まあ、戦後体制は、それこそ今のこの世界そのものですからね。

それの否定はひいては今の世界の批判にもつながる・・・。

・・これ、日本だけじゃなく、もちろん、世界中が捕らわれているレジームなのじゃないでしょうか?

まあ、しかし・・、世界中で戦後生まれがほとんどになっている昨今、少しずつ、良いか悪いかは別にして、その戦後体制にほころびが生まれているとは思いますけどね・・・。

,
まあ、今日の進撃の庶民さんの記事ではないですが・・、別段、世界規模の話しではなくとも・・、人は簡単に経路依存性におちいりますけどね・・。

だからこそ、「言葉は大切にしろ」と言うわけなんですけど・・。

阿吽

この枠につきましては投稿ミスです。ヤンさん、すみません。

阿吽

>中国、ロシアなどはパクス・アメリカーナに挑戦してますが、その挑戦は戦後秩序の土台に立つもの、と解釈できます。
>中国、ロシアも常任理事国ですし。

そのとおりですね。彼等は現状(戦後秩序)を最大限利用して勢力拡大をはかろうとしています。

まあ、完全に覇権拡大を完遂したあとには、中国、ロシアとも、それぞれ当地であらたな秩序を打ち立てるかもしれませんが・・。(秀吉亡き後の徳川家康みたいに・・)

,
>認知不協和の上で経路依存性を進めると、破滅が待ち受けるわけでしょうね。

間違った土台からは、間違った結果しか生み出さない・・、ということなんでしょうね・・。

それこそ字義通り、土台のガタガタの家は、すぐに傾くように・・。

だからこそ、議論と言うのはまずに誠実さが必要となってくるのでしょう。

誠実ささえあれば・・、きっと、自身が間違えた時に方向転換もしやすいでしょうからね。

それは・・、風見鶏ともまた違う柔軟な修正と、きっとなるでしょう。

不誠実な議論(一例としてあげれば、今回などは中途半端な陰謀論とか?)をすれば、それも難しくなってくるのでしょうね・・。

だからこそ、誠実な言葉が、真摯な態度が、必要となってくるのでしょうね。

タイトルとURLをコピーしました