大阪地震は南海トラフ地震の予兆か、ないしスーパーサイクルとは何?【再掲】

大阪地震が南海トラフ地震の予兆である可能性

【特集】南海トラフ地震の「スーパーサイクル」とは? 次は超巨大津波の可能性も(ヤフー)

6月18日に起きた大阪府北部を震源とする大きな地震は、次の南海トラフ地震の「予兆」ともいわれています。その南海トラフ地震をめぐって今「スーパーサイクル」という言葉が注目されています。大地震は数百年に一度、周期的に起きているとされていますが、実はその何度かに一度は東日本大震災のような巨大地震を起こす周期があり、そのことを「スーパーサイクル」と呼ぶのです。近畿に大津波が襲うことになるかもしれない南海トラフ地震にも、この「スーパーサイクル」があることが最新の研究でわかってきました。

(中略)

「100年200年の歴史地震とは何かが違う。もうひとつの大きなサイクルがあるのではないかというのは間違いない」(産業技術総合研究所・海溝型地震履歴研究グループ長 宍倉正展さん)

「数百年だけの歴史をたよって最大だろうとか、宝永が最大だろうとかいうのはやめた方がいい。それは必ずしも最大のものではないと考えなければいけない。自然からの警告だと思う」(高知大学 岡村眞名誉教授)

 どうも記事によると「地震には100年単位のサイクルとは別に、もう少し大きなサイクルが存在するのではないか?」というのが「スーパーサイクル」と呼ばれるものなんだそうです。

 まだ断定はできないものの、可能性としてその大きなサイクル、スーパーサイクルに現在の日本が入っているという可能性はあるのだそうで、今後研究が進んでどのようになっていくのか?どのような結論を導き出すのか? 非常に興味深いところです。

 私は地震科学にはまったくもって疎く、一般的な知識しか持ち合わせていないので「大阪地震が南海トラフ地震の予兆かもしれない!」と専門家がいえば「ん~そうなの、マジで怖いなぁ」としか理解できないわけですが……。

 しかし歴史およびデータから確定していることをいえば、日本は世界屈指の震災大国であるということです。

 自然現象や災害というのはその発生を抑えられないからこそ、被害を軽微にする、もしくは被害からの復興をすばやくできる体制にしておくことが必要でしょうし、それはひとえに「国土への投資」にかかっているのです。

 現在の日本が地震大国にあるまじき行いをしているというのはわりと明らかで、最低でも以下の2つに関して対策が求められるだろうと思います。

  1. 大都市部への人口の集中や、東京一極集中の解消
  2. インフラの冗長化および、耐震性強化などの投資

 1)は首都直下型地震、南海トラフ地震の連動が予測されている中でその被災地となり得るのは大阪、東京、名古屋などの日本の大都市圏です。特に東京への一極集中は非常にまずく、政治中枢から人口、GDPに至るまでが集中しており今後も増える見通しです。

 なぜ地方の衰退と東京への一極集中が進むのか? というとその1つの原因はわりと単純で、「地方に投資しないので、東京に集中する」というだけの話なのですね。

 ピケティのr(資本収益率)>g(成長率)の式も関連しますが、かれは過去の統計から「社会の規制されない資本主義は、富の集中を生み出し、格差を広げる」ことを導き出しました。

 なぜ「r>gの式」が関連するのかについて、端的にご説明差し上げます。資本収益率とは株式などの金融と思ってもらって結構です。「お金はお金のあるところに集まる」というのはけだし至言で、なんの規制もコントロールも社会がしない場合には「資本収益率のほうが、経済成長率より大きくなる」というのも「金持ちがより金持ちに、富が集中していく」という現象をこの式は表しております。

 この場合、東京と地方でいえば社会がなんの規制やコントロールもしないのならば、東京はより富が集中し、地方は衰退していくという構造は歯止めが効かないとなります。つまり自由競争では、東京の一極集中が必然であるとなるわけです。

 では地方の衰退に歯止めをかけ、東京一極集中の人口および産業の分散を図るためには何が必要なのか? も明白でありまして、「社会及び国家が『自由競争に反して』地方へ投資をする」ことが必要なのです。

 地方に投資するには、そしてそれがインフラを主要な基盤とするのならば、そのインフラ計画には国家の計画が必要不可欠になります。また地方への予算を増やすといったことも国家による予算編成が必要でありましょう。

 ちなみに……地方分権だか主権だかを唱える論者たちは決定的に間違っていて、彼らの論理は「地方に権限を移譲して、地方同士で『自由競争』させればうまくいく!」という議論をしているわけです。これでは新たな勝ち組、負け組の地方を再生産するだけでありますね。勝ち組は一部の大都市を要する都道府県、負け組は他の地方となるのは明白です。

 矛盾しているようですが、人口や産業の地方分散を進めるためには、権力的には中央集権でないと無理なのですよ。少なくとも「インフラこそが基盤である」という認識に立つと。

※インフラがなくても競争ができる!という人は、田舎のあぜ道に喫茶店を作って大繁盛させてから言ってください。もしくはインターネットというインフラを拒否して、反論してください(←書き込めないでしょ?)

現実の日本

 南海トラフ地震は明日あるかもしれないし、30年後かもしれません。誰にもわからない、というのが答えでしょう。しかし仮に30年後だと仮定しても、もはや南海トラフ地震に備えるための準備期間は非常に少ないというのが現状です。

 そもそも論なのですが、日本のように災害の多い国土条件の国家において人口及び産業の一極集中を見過ごしてきたというのは、かなり致命的であります。

 なぜいままで見過ごしてきたのか? 有効な対策を講じなかったのか?というと、日本という国家において戦略が存在しないことが大きな要因でしょう。

 「公共事業は悪だ!」と囃し立てられれば「そうなのかっ!」とこれを正義面して叩き、衰退させた。予算も半減以下にした。

 「官僚は悪い!」と囃し立てられれば「そうなのかっ!」と正義面して叩き、民営化に邁進した。

 「プライマリーバランスだ! クニノシャッキンガー」という根拠なき妄言をもとに、緊縮財政に20年間も明け暮れた。

 「地方分権だ! 地方間で競争させるのだ! 大阪都構想だ!」という美辞麗句に賛同し、国家としての計画の遂行を難しくしてきた。

 これらの過ちはすべて「基盤となる国家戦略、方針の欠如」が原因ではないか?と思えてなりません。我が国のエリートから国民に至るまで、なにか「問題を1つずつ解決すれば、全体が必ず良くなるはずだ」という非論理的思考、演繹的思考にとらわれているように思えます。

 個人の武勲を重ねれば、戦争に勝利するはずだと考えた戦中の大本営と同じ思考回路でありますね。そうであればそもそも、戦略論なんぞ必要ないという話になってしまう。

 まあ、逆説的ではありますが戦略、方針がないからこそ「提起された問題が解決するべきものなのかどうか?」の判断をする基準がなく、したがって感情論的に問題だと思えるようなものをことさら大きく取り上げて、道を誤ってきた。全体として歪になってしまったと表現することも可能でしょう。

 もしくは「日本人が誰も、責任を取りたがらない病気」なのかもしれません。戦略、方針というのはそれを打ち立てると、それがうまくいかなかった場合に責任が発生します。その責任を取りたくないから誰も戦略、方針を打ち立てずにその場その場の感情論と世論に身を任せて責任回避と大衆受けに汲々としてきたとも考えられます。まさしく「エリートたちの劣化」でありましょうし、さらに言及するのならば「エリートの権威の崩壊」と共に、エリートの劣化は始まったと見ても良いでしょう。

 情報社会と情報の氾濫によって「誰しも賢くなれる社会」は皮肉にも、「誰もがバカになる社会」を到来させてしまったのかもしれません。

 このことは、世の中に間違ったダイエット情報と商品が氾濫していることからも、私はほとんど明白であろうと思っていたりします。

 「着るだけで痩せるシャツ!」「飲むだけで痩せるサプリ!」「カロリーカット! するサプリ」等々(笑)大衆の欲望に忠実な商品こそが「売れ筋」であり、しかしその商品たちの効果というのは非常に怪しい。

※というか、私自身が試したところによるとカロリーカット系商品の効果は殆どないといって差し支えありません。飲むだけで痩せたら、それはサプリじゃなくて毒の間違いでしょう(笑)

 これと同じことが政治、経済の世界も起こっていると私は診断しております。欲望のままに、感情のままに望めばその処方箋らしきものは得られるが、真実と結果だけは得られない、というのが現状の日本だったりするんじゃないでしょうかね。

 20年間も「技術立国で強い日本のために、痛みに耐えて競争に耐えてきた結果、弱い日本になった」わけでありますからね。そして将来に予測されうる巨大地震を前に、その準備期間の少なさに茫然自失とする他に日本が取れる行動はあるのか? 本来、すぐにでも取らなければならないのですが。

 冗談でも何でもなく、亡国の足音がすぐそこまで迫っているのかもしれません。

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