保守の遁走および岐路に立つことすら叶わぬ日本【ヤンの字雷】【再掲】


保守の遁走と北朝鮮

 「北朝鮮はアメリカに軍事制裁される!」

 「韓国はアメリカに見捨てられる!」

 「外交の安倍!」

 「南沙諸島で中国はアメリカの海洋権益という、核心的利益を犯した!ただじゃ済まさないはずだ!」

 もう何度となく妄言を聞かされてうんざりしている今日このごろ。日本の保守と呼ばれる人たちの判断力および情報収集力、もしくは予測力というのはほとんど妄想であり、頑なに「日本に都合の悪いことは起こらないはずだ」という前提条件に基づいたものであったことが、もはや明白になってきております。

 2015年に南沙諸島に軍事基地建設を中国は始めたときに、私の記憶が確かならばいわゆる保守派言論人と呼ばれている人たちはこぞって「アメリカが許すはずがない!」と大合唱しましたが、ご存知の通り無害通航権を行使できる12海里のところを空母が行ったり来たりしただけでありました。

 2017年4月から続く北朝鮮の核、ミサイル問題では結局の所、米朝首脳会談にてアメリカの一方的とも呼べる譲歩を北朝鮮が引き出し、CVIDの文言は共同声明から消え、米韓軍事演習は中止になり、在韓米軍の撤退にすら言及したという状況であります。

 ちなみに報道によると、北朝鮮の報道で「拉致問題は解決済み」と米朝首脳会談後に報道されたようで、気炎を上げていた安倍政権はまたもや出鼻からくじかれた形。

 ちなみに・・・安倍総理は「もう騙されないぞ!」と言っているそうですが、それって「騙される人の定番文句、ないし騙されたことのある人の言い訳」でありますね。

 いやはや・・・保守といわれる言論人たちの予測ないし判断は、まったくもって見当違いであったわけですね。

 ちなみにTPPでも「中国包囲網!」などと妄言、空言をいっていた保守言論人などがいましたけれども、これまたアメリカからはしごを外されてという状況。そもそもRCEPや一帯一路への協力を日本が進めている時点で、中国包囲網などというのは幻想以外の何物でもなかったわけですけれども。

 なぜこのようにことごとく、国家の大事に対して保守の判断は外れるのか?非常に簡単な話でありまして、彼らは基本的に「日本に都合の悪いことが起こるはずがない」という前提条件で国際社会(=アメリカ)を見ようとしているからでありますね。

 つまり「愛国心を持つ=愛は盲目=判断を誤る」といういびつな構造が、彼らの脳内には存在しているわけです。

 必ずしも愛国心=盲目とは限らないのですけれども、少なくとも予測と判断を間違え続けている彼らに対しては当てはまるでしょう。

岐路に立つことすら叶わない日本

 上述してきた「愛は盲目的現実からの遁走」ないし「お花畑的愛国心」によって、保守言論人といわれている人たちは現実を見つめられなかった。

 しかしながらこれは何も、保守言論人だけの現象ではありません。

 経済エリートたちはグローバリズム・新自由主義というイデオロギーにとらわれて20年間に及ぶ経済失政を招きましたし、そのイデオロギーは日本の隅々まで浸透してしまって、いまや自律的自縄自縛という現象にまでなっている。財政出動を政治家が唱えようものなら、マスメディアから有識者から一般国民に至るまでが「プライマリーバランス!クニノシャッキンガー!」と大合唱で追い詰めるわけです。

 これを緊縮財政・全体主義ないし新自由主義・全体主義といわずしてなんと言うのでしょう。

 TPPでは民主党政権時代にさんざん反対していたネトウヨ層が、安倍政権下では賛成に回るという矛盾を見せつけました。これはネットでのTPP反対運動の言説の多くが、TPPの危険性を理解したものではなく、単に民主党政権への不信によるものであったということでしょう。

 ようするに、わけも分からず反対していたということじゃないと、安倍政権になって賛成に回ることへの説明がつかない。つまり、真面目にTPPを理解しようとしていた人というのは非常に少なかったとしか思えません。

 移民拡大政策についても多少の反対は言論としてあるものの、多くの有識者やマスメディア、そして一般国民は議論することすらせずに黙認していると解釈してもおかしくない状況でしょう。これは左派にもいえることです。

 左派は本来は労働者の味方であったとするのならば、自国の労働市場の競争激化が労働者の不利になるのだから反対せねばならない。

 しかし左派にそのような議論が盛り上がっているとはあまり聞きませんし、そして右派については完全に移民拡大をスルーしようとしている。

 もはや自身が保持しているイデオロギーや主張に筋が通らず、「なんでもあり」な状態になっております。このような状態を「思考停止」ないし「二重思考」と表現し、そしてそれは「全体主義的状況」というのですよ。

 いくつかの事実から見てきましたが、失われた20年ないし平成の御世において日本は、転げ落ちるようにグローバリズムに傾倒し、突っ走ってきたと言えます。

 そして世界情勢でグローバリズムの弊害が大きくなり、見直そうという動きすら出てきているこの時代に、思考停止に陥ってさらなる傾倒を見せている。

 岐路というのは「こっちに行けばこうなって、あっちに行けばこうなる」という分かれ道のこと。日本は脇目もふらずにグローバリズム、緊縮財政、小さな政府という道を政治家、官僚、マスメディア、一般国民に至るまでが支持ないし黙認して突っ走っているのだから、「岐路にすら立てない」のであります(!!)。

 ちなみに左派、右派ともにイデオロギーや主張に筋が通らず、論理が立たない「なんでもありの状態」ということは、すなわち「簡単かつ単純な価値判断ができるツールが好まれる状態である」ということ。

 それはなにか?「お金」「貨幣」でございますね。「金になりさえすれば、何をやっても良い」という価値基準がはびこり、それすなわちグローバリズム・新自由主義が日本人の精神を犯していくというわけです。

 こうなると「観光立国だ!インバウンドだ!カジノだ!」と短絡的な解決策を求めるようになり、構造的にもますます外国依存の経済構造へ傾いていくことは明らかで、外国依存するということは自主性と独立性を放棄することと同様。「国際社会との協調」という美辞麗句のもとで、「国際社会(=アメリカ)への隷属」を強めていくことになるのです。

 「岐路にすら立てない現実」や「薄まっていく自主性、独立性という現象の構造」を「現実として認識」できなければ、それはすなわち「なにもできない」ことと同様どころか、さらなる悪い結果をもたらすこと請け合い。

 それは「お花畑愛国者」や「保守言論人」、そういった人たちが南沙諸島や今回の北朝鮮情勢でことごとく判断と予測を間違えたという現実から明らかでしょう。

 不都合であろうとなんだろうと正確に現実を認識すること。それだけが日本を”岐路”に立たせることが可能な手段なのだと思います。

P.S

 シュペングラーによりますと、眼識というものが非常に大事なのだそうです。料理や芸術の世界で言う目利きと考えても良いと思います。

 普段料理をする人ならば一度くらいは経験があると思うのですが、たまに「買って失敗した食材」があったりしませんか?私は一度、天満市場で異常に安いサバを発見してホクホクして買ったところ、焼き魚にすらできない鮮度で落ち込んだ経験があります(笑)

 鯖の生き腐れ、私の目利きド腐れでございましたorz

 一度でもそういう経験をすると、なんとなしに警戒感を持つようになったり、もしくはどのような魚が鮮度が良いのかの見分け方を調べたりするでしょう。まあ、私の場合は値段につられて買ってしまったわけですが・・・(恥)

 このように(?)多少の探究心と虚心坦懐で素直に過ちを認める姿勢、そして直感力があれば眼識ってのは磨かれていくと思うのですね。

 それは「知識」ではなく「経験値」と表現したほうがよいかもしれません。

 逆に私の失敗のように、サバそのものを見るのではなく値段のみに目が行くとたいがい失敗します(笑)これは例えば、「鯛は高いから美味しいはずで、鰯は安いからマズい」みたいな思い込みも含みます。値段と味は関係ない。美味しいものは美味しいし、マズいものはマズいのです。

 政経論における眼識も同様だと思います。ニュースと現実を照らし合わせて考えていけば、おのずと「なんやあの人ら・・・おかしなことばっかり主張してるやん!」とか「お、この人の主張ってすごい腑に落ちるな」とかがあるはずです。

 やすい定食屋でも美味しい店は美味しいし、高い割烹でもマズイ店はマズい。愛国だ何だと騒ぐ保守でもマズい主張はマズいし、名も知られていないブロガーでも美味しい主張は美味しいのです。

 皆様と一緒に、私も日々眼識というか目利きを磨く毎日です。日々、精進あるのみでありますね。

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