新元号アンケート最多は平和-平和主義は貧困への道的に言えば、つまり本能的に貧困を望む日本国民

新元号アンケート最多は平和だってさ

 新元号予想、最多は「平和」…次代に願い託す(読売)という興味深い記事が出ておりました。引用しましょう。

 新元号が改元1か月前の4月1日に発表されることが決まり、次の元号を予想するアンケートなどが注目を集めている。昭和から平成に変わる時の「自粛」とは異なる雰囲気のなか、多くの人が様々な元号を予想し、新時代に願いを託しているようだ。
 「平和」「安久」――。
 これは、ソニー生命保険(東京都千代田区)が昨年3月、1000人を対象に新元号を予想するインターネット調査を実施し、上位となったものだ。
 「平和」が47人と最多で、「和平」(19人)、「安久」(17人)と続いた。「自由」や「希望」という予想も寄せられた。
 同社の担当者は「平成は阪神大震災や東日本大震災など災害が相次いだ。平和で安心できる世の中への願いが込められているのでは」と分析する。 (一部引用)

新元号予想、最多は「平和」…次代に願い託す(読売)

 私はこのように思っております。「平時に平和を叫ぶものは少ない、物騒だからこそ平和への訴求が高まる」と。例えば美味しい料理を食べている最中に「美味しい料理が食べたい」などと口にするものがいないように、上述のセリフが出てくるのは「不味い料理を食べているとき」なわけです。本質的に現在、日本国民は本能や直感で日本が「平和でない」と感じているということになりましょう。

 もう少し言えば平成の御代は日本国民にとって凋落、停滞、減少の時代であったと言えましょう。しかし大抵は凋落などの最悪の事態だと感じているときは、まだ最悪でない場合が多いのです。つまり次の元号が何かはまだわかりませんが、平成以上に最悪な時代が日本国民に訪れるような気が致します。

平和主義は貧困への道(著:佐藤健志さん)レビュー再編

 以前に佐藤健志さんの著作、平和主義は貧困への道のレビューを書きましたが、要点のみ再編しまして書き出します。

 上記著作の目次を紹介します。

平和主義は貧困への道、目次紹介

  • 序章 賢いほどのバカはなし
  • 第一章 平和主義は貧困への道
  • 第二章 平和主義は少子化への道
  • 第三章 愛国は虚妄か、さもなければ売国だ
  • 第四章 経世済民のために経世済民を放棄せよ
  • 第五章 従属徹底で自立を目指せ!
  • 第六章 政治は口先と言い訳がすべて
  • 終章 不真面目こそが未来を拓く

平和主義は貧困への道のレビュー

 まず最初に私の感想でいうと、「僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された」も併せて読むと大変理解が進むのではないか?と思います。というのも目次からお察しの方もいらっしゃるでしょうけれども、この「平貧」は現代日本における戦後レジームの限界点や矛盾を分析し、そしてもはや戦後日本が行き着くところまでいったと分析し、それに対してどのように我々は振る舞ったら良いのか?という視点を示唆する構成になっているのです。

 上記は戦後レジームという表現を使用しましたけれども、むしろ「戦後日本の”現実”を解き明かし、欺瞞を浮き彫りにし、問題点を顕にすること」と言い換えたほうがよいかもしれません。

 なぜならば・・・一般的に使用される戦後レジーム(戦後体制)という言葉の印象だと、少々物足りないというか違うというか。この本は「戦後レジーム」という言葉では表現できない”現実”に言及しているように思うのです。そう感じるのです。

 「普段は論理的に書くヤンが『そう感じる』って表現使うんやっ?」と驚かれたそこの貴方。帯の後ろには中野剛志さんが、こう書いてるんです。

バカをやるのは利口者!やはりブルース・リーは正しかった。”考えるな、感じろ”さあ、目を開け。

 さて平和主義は貧困への道ですが作品の論理構造としても、大変に面白いものがあります。敗戦後に欺瞞構造が生み出され、日本は富国強兵という明治以来の国是を捨て、富国弱兵路線に突っ走るわけです。つまりは平和”主義”になるわけです。戦争の反省の観点から、二度と戦争を起こさないためには日本政府は借金も国債発行も自ら大幅に財政法四条で制限したりと。

 我々が生きているのは資本主義経済ですから、最も大きな資本(お金)を動かせる国家が縛られていては、いずれは貧困への道に陥ることは明白な話であったのです。ただし・・・敗戦後に東西冷戦が始まり、日本はアメリカの寛容な外交方針をうけて、要するに状況に恵まれて高度成長期やバブルなどがありました。日本人の努力もあるのでしょうけれども、しかし環境に恵まれすぎていたという面は否定不可能です。なにせそもそも、富国弱兵で興隆できるはずがなかったのですから。

 そして東西冷戦が終わりを告げ、ソビエト連邦が崩壊したときにアメリカは、今までの寛容な外交方針をきっちりと転換しました。アメリカにとって日本は、かもがネギを背負っているようなものであったのです。

 日本は敗戦後に追い詰められて欺瞞に逃げ、運良く環境が良くて欺瞞が事実のように扱われておりましたけれども、1990年代以降にその環境が崩れたために凋落し始め、そしてその現実に気がついた日本はどうしたのか?敗戦後に現実から逃げたのと同じように、現在はまさに現実から逃亡中なのです。一周回ってループしてしまったのですね。

 そして平和主義は貧困への道もほんの構造としてこれをなぞるため、序章と終章がループするという構造になっておりまして、非常にユニークな論理構造です。しかし案ずることなかれ。終章では「どのように振る舞えば、賢いバカをせずに済むのか」という処方箋がしっかりと示されております。要するに賢い(賢しい)から状況の中で自己利益の最大化を目指し、それゆえにバカをやるのだから、そんな状況なんだったらむしろ不真面目になりなさい、という処方箋です。

 なに?まだこの本を読んでいない?あの三橋貴明さんが「日本国民必読」とまで太鼓判を押し、藤井聡さんは「佐藤健志さんはある種の天才」とまで評した著作ですぞ。ぜひぜひ、お読みくださいませ。

新元号「平和」を望む真面目な国民、降りかかるのは?

 阪神大震災や東北地震などがあり、また世界情勢も非常にきな臭くなった平成の御代を考えるに、たしかに平和を願うのは非常に真面目であると言えましょう。しかし・・・真面目に平和を願えば願うほど、「賢いやつがバカをやる」状態に陥るこの現象は、もはや抗いがたい経路依存性と言うべきでしょう。とすると、待っているのは当然「平和じゃないこと」に殆ど決まっております。

 具体的には中国の台頭と大国化は、もはや日本がどうこうできる段階をとっくに超えております。またアメリカの東アジアでのプレゼンスの低下ももはや止められません。韓国が中国勢力圏に入ることもまた、ほとんど論理的には自明となっております。そして日本が凋落し続けるであろうことも、昨今の新自由主義全開の安倍政権、つまり入管法規制緩和による移民拡大、水道事業民営化、漁業法改正、カジノ法案、日米FTA(TAG)などを考えるとこれまた明白。

 豊かなときに「豊かにならなければ!」などと叫ばれないように、平和なときに「平和になってほしい!」とは叫びません。さらなる凋落の時代が訪れるであろう予感を含む、読売新聞の冒頭の記事でありました。

新元号でプログラマは凄いことになる

 新元号の発表は4月1日に発表されるのだそうですが、元号が実際に変わるのは5月1日なんだそうです。・・・1ヶ月しか準備期間がないのですが、大丈夫でしょうか?ほとんどの書類には西暦ではなく、元号で生まれを書くでしょうし、また元号に合わせてプログラムなども改修せねばなりません。時間がなさすぎでしょう(苦笑)

 今から先に申し上げておきますが、プログラマの皆様に置かれましてはご愁傷さまでした。終わりなきデスマーチ、つまり元号の改修作業が4月1日から始まります。もしかしたら改修作業でGWすら奪われるかもしれません。と、私が心配しておりましたら、やはり同じような心配をする人達は多いようで、元号変更で「2019年問題」は起こるのか? (1/2)という記事も。

 さて元号は何になるのか?皆様も元号予想なんかしてみてはいかがでしょうか?

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